横浜 市営 バス 事故。 原因は居眠りか?

横浜市営地下鉄ブルーラインで事故相次ぐ | akkiの鉄道旅行記

横浜 市営 バス 事故

新着情報• 2020年6月23日 (交通局自動車本部営業課)• 2020年6月8日 (交通局経営推進室プロジェクト推進課)• 2020年6月4日 (交通局経営推進室プロジェクト推進課)• 2020年5月29日 (交通局自動車本部運輸課)• 2020年5月28日 (交通局自動車本部営業課)• 2020年5月26日 (交通局技術管理部車両課)• 2020年5月18日 (交通局工務部建築課)• 2020年5月4日 (交通局自動車本部路線計画課)• 2020年4月21日 (交通局自動車本部営業課)• 2020年4月17日 (交通局総務部人事課)• 2020年4月9日 (交通局総務部人事課)• 2020年4月3日 (交通局自動車本部営業課)• 2020年3月31日 (交通局自動車本部営業課)• 2020年3月27日 (交通局自動車本部営業課)• 2020年3月26日 (交通局自動車本部路線計画課).

次の

直前の接触時に意識失う? 横浜のバス7人死傷事故

横浜 市営 バス 事故

2018年10月28日午後9時頃、横浜市西区の交差点で、信号待ちの乗用車に路線バスが突込み、その反動で乗用車が前のバスに衝突しました。 バスに乗っていた男子高校生一人が死亡、その他6人が重軽傷を負いました。 また、追突された乗用車は原型がわからないほの姿になり、事故の惨劇が無残な姿で報道されていました。 10月31日の報道で、睡眠時無呼吸症候群であることが判明いたしました。 画像を含めて、バスが衝突をした理由が判明!身元の詳細や事故の真相について迫ります。 追記事項です。 亡くなった高校生の身元が判明いたしました。 スポンサーリンク Contents• 事故の詳細 路線バス運転手の衝突事故により、7人の死傷事故が発生いたしました。 バス運転手のミスと思われますが、実は勤続17年のベテランとも。 まずは事故の詳細に迫ります。 出典;TVK 出典;TVK 横浜市西区の交差点で路線バスが乗用車に追突し1人が死亡、6人が重軽傷を負った事故で、バスが現場から200メートルほど手前の場所でも衝突事故を起こしていたことが新たに分かりました。 28日午後9時15分頃、横浜市西区桜木町の国道の交差点で、神奈川中央交通の路線バスが信号待ち中の乗用車に追突。 さらに乗用車が前に止まっていた横浜市営バスに追突する事故がありました。 この事故で、神奈川中央交通のバスで運転手の後ろの席に座っていた10代とみられる男性が死亡しました。 またバスの男性運転手と乗客の女性が重傷、乗用車の運転手ら合わせて4人も軽いケガをしています。 神奈川中央交通によりますと、男性運転手は勤続17年のベテランで、28日は午前9時から勤務し、事故のおよそ2時間前に1時間以上の休憩をとっていました。 また病院に搬送される際意識があったということで、県警では運転手の容体が回復するのを待って当時の状況を詳しく聞く方針です。 出典;TVK 事故の画像を見ていただくとわかりますが、 乗用車が変形をとどめていません。 かなりのスピードで衝突したことが予想されます。 この事故によって、路線バスの運転手の後ろに座っていた男子高校生 16 が亡くなっております。 相当の衝突が予想されます。 いったい運転手の身に何があったのでしょうか? 事故原因を含めて、事故を起こした運転手の状態にも触れていきます。 スポンサーリンク 運転手は平敬文 たいらたかふみ 容疑者(50)で「無呼吸症候群」だったことが判明 出典;ANN 出典;ANN 逮捕されたのは、 運転手の平敬文容疑者 50 と判明しました。 事故の瞬間に意識を失っていたと報道されていましたが、10月31日の新たな報道で、「 無呼吸症候群」であることがわかりました。 しかも治療中であったということで、仕事ができる状態であったのかどうか、会社側の問われる内容にも発展してきています。 会社側は、医師の判断で続行させたと言っているようですが、死亡している事故が発生しているだけに、責任を取らないわけにもいかないでしょう。 いずれにしても、平敬文容疑者の健康状態がさらに分かってくれば、会社側の対応が問われることは間違いなさそうです。 スポンサーリンク 一人死亡、6人重軽傷の画像や身元の詳細は 出典;TVK 出典;TVK 出典;TVK 出典;TVK こういう事故は大体、運転手のミスから発生してしまうものですが、画像を見る限り、乗用車はほとんど原型を留めていません。 ブレーキをしたのかどうかも怪しいです。 この事故によって死亡したのは、路線バスの運転手の後ろに座っていた 16歳の高校一年生。 重症が路線バスの運転手と 乗客の女性。 乗用車の運転手とその他4名の人が軽傷を負っています。 乗用車の方は、幸いにも運転席は被害がそこまで及んでいません。 車はスポーツカー マツダのロードスター)のような形をしていますが、スポーツカーだとしたら、強度が強く助かったのでしょうか。 いずれにしても軽傷で良かったですね。 路線バスの運転手や乗っていた女性は重症で、その他4名の方が軽傷ですが、まだ身元は判明しておりません。 分かり次第、追記させていただきます。 亡くなった男子高校生 16 は、 秋場璃雄さんです。 横浜市都筑区茅ケ崎南と判明しております。 御冥福をお祈りいたします。 そして、 女性の方は、亡くなった男子高校生のお母さんであることがわかりました。 大変、悲しい事故に発展してしまいました。 重症とのことですが、元気になられることをお祈りいたします。 スポンサーリンク なぜ路線バスが衝突したのか、運転手の状態は? 出典;TVK 事故現場は、横浜市西区の桜木町の交差点です。 事件の内容によりますと、交差点200m手前からバスはガードレールにぶつかり物損事故を起こしていたことが分かっています。 報道にあるように、2時間前に一時間以上は休憩していたということですが、はたしてこの運転状態からそうは言い切れるでしょうか。 事故の原因を考えますと、ガードレールにぶつかっていることから、意識がはっきりしていないことは明らかです。 また、事故当日の出勤時間から、28日は午前9時から勤務し、事故までの午後9時まで12時間ほどの労働を行っています。 これは、かなりの時間外労働であることが判断できるのですが、 路線バス会社の神奈川中央交通ではどのような勤務体系を組んでいるのでしょうか。 スポンサーリンク 路線バス運転手の勤務体系は? 運転手の意識がはっきりしていないと仮定すると、12時間以上働いていることから、勤務先である 神奈川中央交通の勤務体系に疑問が出てきます。 シフトの例としては午前番の場合5:00-13:30午後番の場合14:00-22:30通し番の場合6:30-20:30となっております。 実質12時間です。 しかも運転の12時間はかなり体も辛くなります。 意識ももうろうとして当たり前ではないでしょうか。 仮に、もし事故を起こしていなかったとしたら、軽く12時間勤務は超えてきますので、 一時間の休憩で、休憩をとったとは言えないですよね、 このような発言は運転手が勤務している会社側が発言したのでしょうか、問われる内容です。 また、この事故に関する運転手の状態は、詳細が明らかになってはいないのですが、 17年のベテランでも体に無理をしていたことが考えられます。 ブラック企業の疑いもでてくるのではないでしょうか。 若い高校生が一人亡くなっていますから、しっかりと真相を明らかにしてもらわなければなりません。 スポンサーリンク まとめ 最近バス会社の運転事故は、勤務体系に無理が多く、事故も多発しているのが現状です。 今回の玉突き事故はどうでしょうか。 真相が明らかになってくれることを願います。 最後に、この事件に寄せられたコメントを確認して終わりにしましょう。 亡くなった高校生の親御さんの心境を考えると辛いです。 事故原因の解明をちゃんとしてほしいです。 ご冥福をお祈りいたします。 出典:yahoo! news バスを利用する機会が多いですが、亡くなった少年の様に運転席の真後ろの単独シートに座る機会があります。 携帯など見ていると無防備で急ブレーキなどで、前のめりになる事も幾度かありますが、路線バスにはシートベルトありませんから危険ですね。 お悔やみ申し上げます。 出典:yahoo! news 普通の仕事と同じ感覚で 8時間乗車で人を乗せて運転、 というのは若い人でも キツい。 それだけ人を乗せて運転するのは 神経を使う。 バス運転士は8時間労働の枠に 縛ってほしくないわ。 長い時間運転すれば 事故が起きるリスクは高くなる。 出典:yahoo! news 事故を減らす具体的な対策としては、 バスのような特殊な業務は ある時間乗ったら何時間開けなくては 乗車出来ない、 といったことを義務化すべきだ。 要するに休息をとらないと いけないようにすべき。 んでもって、 こういう運用になって給与が さらに下がると、 ますますドライバーがいなくなる、 という悪循環になるだろうから、 国で何とかサポートしてもらいたい とこだわ。 出典:yahoo! news スポンサーリンク.

次の

横浜市営バス

横浜 市営 バス 事故

沿革 [ ] 横浜市営バスのはじまり [ ] 横浜市営バスの設立の発端は(12年)の襲来であった。 横浜市電気局(現 )はの壊滅的な被害からの復旧に追われ 、震災により郊外へ移っていった市民の新たな交通需要に対応することができなかった。 (2年)には市に隣接する2町7村が横浜市に編入され 、ますます急拡大した市域の足を確保する必要があった。 そこで、電気局は"市電の補助機関として"バスの運営に乗り出すこととなったのである。 開業当初の路線 路線名 運行区間 井土ヶ谷線 神奈川 - 横浜駅前 - 桜木町駅前 - 阪東橋 - 井土ヶ谷 保土ケ谷線 桜木町駅前 - 平沼町2丁目 - 浅間町 - 保土ケ谷駅前 - 保土ケ谷橋 小港線 桜木町駅前 - 万国橋 - 桟橋 - 山下橋 - 小港橋 - 小港 根岸線 桜木町駅前 - 市役所前 - 亀ノ橋 - 地蔵坂上 - 山元町 - 滝ノ下 間門線 磯子 - 八幡橋 - 滝ノ下 - 間門 三ツ沢線 神奈川 - 青木橋 - 反町東横電車前 - 三ツ沢 日野線 弘明寺 - 上大岡 - 吉原 - 日野 (昭和3年)4月18日に電気局からバス事業開始についての議案が市会に提出され、市会はこれを原案通り採決した。 の即位大礼式が行われるのにあやかり、市営バスは1928年(昭和3年)11月10日、右記の7路線で運行を開始した。 路線の総延長は30. 2km 、料金は1区間7銭、運転手・車掌合わせて140人、クリーム色に青帯塗装の14人乗りフォードA型バス30台体制にて運行を開始し 、一日の利用数は約1万人弱であった。 開業直前に桜木町駅横の空地に桜木町車庫(現 )の建築が始まったが間に合わず、市電の浅間町車庫の一部がバスの仮車庫として転用された。 桜木町車庫は(昭和5年)4月15日より使用を開始しているが、後に浅間町車庫の自動車施設の増強に伴い桜木町車庫は1933年3月に廃止統合された。 (昭和11年)頃までには当時として組み込まれていった鶴見方面の路線増強、弘明寺線・岡野町線・磯子線・豆口線・関内周り三ツ沢線といった当時の郊外線の新設など 、バス路線の大幅な拡張やそれに伴う車両の増強(140台程に増)が行われ、"市電の補助機関として"の運行から"独立せる運輸体系"を持って事業経営に当たることとなった。 これを支えるべく鶴見方面の営業拠点として1937年12月27日に鶴見車庫を開設、翌年1月16日に営業を開始している。 民営バスとの競合 [ ] 当初横浜市は、市民のための公共交通は市民自らが経営すべきであるという公営交通一元論を持っていたが、これは実現せずに現在に至っている。 市営バスは路線の拡大を図るべく(昭和4年)に計23路線の申請をしているが 、これに対し後から申請した各民営バスの路線が先に認可されるなど、当時路線の許認可を取り仕切っていた県や鉄道省の理解は得られず対立していた。 市営バスの開設直前には 横浜乗合自動車が横浜駅 - 杉田間のバスを開業し、市内西部では 相武自動車や 鶴屋商会(後に相武自動車と合併)が路線を開業させていた。 当時の市内民営バス 事業者名 主な路線 横浜乗合自動車 横浜駅 - 長者町 - 杉田 鶴見駅西口 - 東寺尾 - 獅子ケ谷 東神奈川駅西口 - 小机 - 川和 中央相武自動車 横浜駅 - 鶴ケ峰 - 長津田 鶴ケ峰 - 厚木 相武鶴屋自動車 弘明寺 - 本郷村 - 鎌倉 戸塚駅 - 長後 - 厚木 横須賀自動車 杉田 - 金沢八景 - 横須賀 (市外) - 市電生麦終点 箱根宮ノ下 - 鎌倉 - ホテルニューグランド ・1935年に横浜乗合自動車と横須賀自動車は合併、湘南乗合自動車に改称 ・1936年に 湘南電気鉄道が湘南乗合自動車を買収、1941年に京浜電気鉄道に合併 ・1938年に相武鶴屋自動車が東京横浜電鉄の傘下に入る ・1939年に相武鶴屋自動車が中央相武自動車を合併、東海道乗合自動車に改称 ・1942年に富士屋自動車の後身、富士箱根自動車が東京横浜電鉄の傘下に入る ・1943年に東京横浜電鉄は京浜電気鉄道を合併、東京急行電鉄に改称 ・1944年に東海道乗合自動車は神奈川中央乗合自動車に改称 ・その他、百貨店「」が市内に無料送迎バスを運行 (昭和7年)には公営一元化の方針の下に、鶴見駅 - 汐田・安善町方面の路線を運行していた 鶴見乗合自動車を買収し、同年7月1日から鶴見駅 - 安善町間を市営バス路線として開設している。 しかし民営会社の買収はこの1件にとどまった。 横浜乗合自動車が路線売却の方針を示した際、市と会社との交渉が行われたものの価格面で折り合えず、湘南電気鉄道が買収することとなったり、1936年頃に の鶴見駅 - 獅子ケ谷間路線の売却話があった時も交渉がなされたが、これも不調となるなど失敗に終わった。 (昭和10年)には10社以上の民営バスが市内を運行しており 、実際に市営バスで統一するには難しい情勢であった。 これには各民営バス事業者が猛反発し、激しい陳情書を・貴衆両院・各政党に提出して反対運動を行うなど大論戦になったが、結局この法案は審議未了のまま廃案となった。 これには、既にガソリン統制問題が浮上してくるなど、バスを含む運送事業・自動車産業が戦時下の険しい時代に突入しようとしていた背景があった。 戦争と市営バス [ ] (昭和6年)にが起こり、(昭和12年)にが勃発し、日本は戦時体制に突入する。 石油資源がない日本は戦争が進むにつれてガソリン使用が厳しく統制されていき、(昭和16年)の政府の通達ではついにガソリンの使用が禁止、代用燃料車のみ運行可能とされてしまう。 これにより市営・民営問わず運行規模の縮小を余儀なくされ、横浜市内の路線バスはに基づき横浜市が統合主体に選ばれるも、すでに市内民営バスの殆どがの支配下に置かれており 、結局横浜市による統合は実施されず、東急の手によって整理・統合されてしまった(・・が対象)。 このことが、市内バス路線の市営バス統一実現をさらに遠ざけた。 (昭和13年)から市営バスでも大口 - 子安線での運行が始まり、(昭和15年)には保有車両の3分の2が木炭バスになっている。 当初大口 - 子安線が選ばれたのは、坂が無く平坦なため馬力が無い木炭バスでも走行できたからであった。 車庫ではガス中毒で倒れる整備員が出たり、坂道では馬力不足で乗客を降車させ運行、また運転には非常に高度な技術を要するなど、職員は大変苦労したという。 木炭バスは戦後の(昭和27年)頃まで走り続けた。 乗合自動車運転系統図(1945年5月)より 運行系統 キロ程 桜木町駅前 - 山下橋 - 小港 - 間門 - 磯子 8. 95km 鶴見駅 - 市場 - 向井町二 - 弁天下 - 寛政 5. 00km 鶴見駅 - 森永工場前 - 末吉橋 5. 54km 鶴見駅 - 安田銀行前 - 向井町二 - 富士電機前 3. 39km 横浜駅 - 東横反町駅前 - 島田橋 - 三ツ沢 3. 52km 六角橋 - 新子安 - 宝町 - 大黒町岸壁 - 明神前 9. 28km やがて木炭すら満足に入手ができなくなると、市営バスは市電との並行区間を中心にその殆どが運行休止された。 1945年(昭和20年)5月29日のではバス144台中55台を失うなど電気局も大損害を受け 、バスは翌日から全面運休となったが 、職員の必死の復興努力によって6月1日よりまず軍需工場への輸送のための末吉橋 - 鶴見駅西口線 、横浜駅 - 洪福寺線 、4日から桜木町駅 - 間門線が運行復活し、同年10月1日から生麦 - 鶴見駅西口線の運行を再開(後に生麦 - 鶴見駅西口 - 末吉橋の通し運行に変更) 、10月8日には横浜駅 - 弘明寺線 、(昭和21年)に横浜駅 - 三ツ沢線 、磯子 - 間門線 、生麦 - 大黒町線が再開された。 車両は木炭バスに加え、電気バス21両と米軍払い下げのトラックを強引に改造したバス50両が用意され窮地を凌いだ。 (昭和22年)夏、横浜市は東京急行電鉄、神奈川中央乗合自動車の2社と路線の 臨時運転契約を結んだ。 これは、交通需要があるにも関わらず燃料・資材不足から運行休止であったり間引き運転され無ダイヤ状態であった両社運行の路線を市営バスが肩代わりして臨時運行するというもので 、東急の該当区間は東神奈川駅 - 川和(後の3系統)・横浜駅 - 杉田(後の110系統・4系統)、神奈中の該当区間は横浜駅 - 亀甲山(後の5系統)であった。 戦後混乱期の臨時処置であったが、その後も市民交通の便宜のためには市営バスによる運行継続が必要との判断から、両社との 相互乗り入れ協定が結ばれ共同運行路線となった。 市民急増に対応し運行拡充 [ ] 1946年(昭和21年)5月、横浜市電気局は 横浜市交通局に改称され 、名実共に市電中心の運営から市営交通を総括する事業体として再出発していくこととなる。 戦争が終わり復興が進むにつれて横浜市の人口は急激に増加し 、終戦時の1945年(昭和20年)には62万人だったのが (昭和26年)には100万人を突破している。 市域は急速に都市化が始まり 、都市計画も十分になされないまま市街地が虫食い的に拡大していった。 市営バスはこういった状況下で交通需要の増大に対応するべく順調に路線を復興・新設していき 、(昭和24年)には6・7・16・18系統 、(昭和25年)には20・21・23・24系統 、1951年(昭和26年)には25・29・31系統 、(昭和27年)には32・33・34・36系統 、(昭和28年)には41・42・43系統などが開設されている。 終戦直前には営業路線長15kmであったのが 、1952年(昭和27年)には215kmにまで増加した。 1949年(昭和24年)11月、全国でも初となるバス全路線への付番が施行された。 民営バスもこのころ路線網を大幅に拡充しており 、1948年(昭和23年)に東京急行電鉄から京浜急行電鉄が分離独立。 1949年(昭和24年)にはが神奈川中央乗合自動車から一部路線を譲受。 1950年(昭和25年)にはが路線バスを新規開業した。 このため交通局は不毛な対立を避け運行円滑化を図るべく、(昭和30年)以降に市内民営バス各社と 乗合自動車経営路線の実施計画に関する路線協定を締結していった。 協定書には全四項あり、第一項では共同運行路線のダイヤ厳守について、第二項では新規路線開設に当たっての事前協議について、第三項では共同運行路線ダイヤの事前協議について記されている。 しかし協定締結後もしばらくは安定とはいかず、神奈中と井土ヶ谷 - 六ッ川線の路線免許申請で競合してしまい、運輸省の仲裁により結局神奈中が路線を開設することとなったり、相鉄が23路線・93kmの大規模な路線申請をした際、前述の協定に違反するとして大きな問題となるなどした。 それでも昭和30年代後半には対立は収束に向かい、(昭和43年)には市営・神奈中・相鉄の3社局共同運行であった62系統千丸台団地線 を皮切りに利用者がどの社局のバスでも乗れる 共通定期券が各共同運行路線で設定されるなど 、市営バスと同様に市民の足を担う存在となっていた民営バスとの共存の道を探るようになる。 代表的な例を挙げると(昭和36年)の70系統磯子駅 - 汐見台団地線開設 、(昭和41年)の90系統中山駅 - 青葉台駅線開設 、(昭和45年)の56系統鴨居駅 - 竹山団地線開設 、(昭和47年)の75系統鶴ヶ峰駅 - くぬぎ台団地線開設 、(昭和49年)の111系統上大岡駅 - 洋光台駅 - 港南台駅線開設 、(昭和54年)の65系統十日市場駅 - 若葉台線開設(後に青葉台駅へ延伸)などである。 さらに、埋立て造成が進み重化学工業や貿易の拠点となっていった本牧・鶴見の臨海部への就業者輸送にも対応し、(昭和42年)に54系統根岸駅 - 日産工場線・91系統根岸駅 - 三菱本牧工場線 、1972年(昭和47年)に61系統磯子駅 - 鳥浜町線 、(昭和52年)には17系統鶴見駅 - 大黒町岸壁線など順次路線拡充がなされた。 しかし新設された路線は必ずしも採算がとれていた訳ではなく 、ラッシュ時の往路は混雑するものの折返しの復路は乗客が少なくなる効率の悪い系統が少なくなかった。 前述の通り民営バスとの関係もあり思う様に市営バスの進出が出来ず、収支バランスの取れた健全な路線網を構築できていないのも事実であった。 また、諸都市の例に漏れずの進行によって自動車保有台数は増加 、道路渋滞によって定時運転ができなくなり 、横浜市営交通でも乗客離れが現れていく。 特に市電ではこの傾向が顕著で、度(昭和39年度)からは輸送人員・収入ともに減少に転じ、市営バスの輸送人員が市電のそれを上回るようになっている。 これらに加え物価高騰による経費の増加や、採用難対策と労働運動の活発化による人件費の増加が交通局の経営を圧迫し、1964年(昭和39年)には累積赤字が53億円 、度(昭和40年度)末には不良債務が66億8200万円余 という膨大な額に達している。 これにより市電廃止の方針は決定的となり、1966年(昭和41年)から1972年(昭和47年)にかけて市電・トロリーバス路線は順次廃止され 、市営バスがそのほぼ同経路を運行し代替機能を果たす事となった。 現在の86・101・102・103・105・106・113・156・158・201・202系統などがそれにあたり 、これら路線はその殆どが現在に至るまで市営バスの主要路線となっている。 バス車両在籍数は市電撤去が開始された1966年(昭和41年)に600台弱であったのが市電全廃となった1972年(昭和47年)には1000台超にまで増車され、バス運転職員もこの時期には毎年200人程度採用していた。 これは• 都心部強化(後の整備)• 金沢地先埋立• の建設• 高速鉄道()建設• 高速道路建設• 建設 の6つからなり、交通局市営バスもこれら事業をサポートする運営展開を進めることとなる。 地下鉄建設計画は市電代替と乗車率超過状態であった京急線救済を果たしたい市の意向から、1972年(昭和47年)12月には - 間を先行開業させた。 これに併せて市営バスは朝夕ラッシュ時に限り伊勢佐木長者町 - 県庁間の無料連絡循環バスを開設し、地下鉄が・へ延伸される(昭和51年)9月まで運行された。 地下鉄建設構想があったもののMM線計画や関連事業者の意向などにより実現を見なかった鶴見 - 綱島方面や本牧方面については 、現在に至るまで市営バスが引き続き同地区への輸送を担っている。 横浜市北部の港北ニュータウンは後半から造成・入居が始まり、市営バスはこれら地域の交通需要に対応するべく(昭和58年)から港北NT地区への路線拡充を行った。 営業拠点も当時の鶴見営業所を新横浜駅付近に移転、 港北営業所として新設 、(3年)には 港北ニュータウン営業所を新設するなどNT地区運行の輸送力確保に努めた。 (平成5年)にの - 間が延伸開業すると 市営バスの当地区運行は縮小調整がなされたが、現在も市営地下鉄の補完交通として港北NT地区に路線網を保持している。 金沢地先埋立事業により誕生し、市域各所に点在していた中小工場の集積とニュータウン開発がなされた金沢区並木・福浦地区のバス輸送も市営バスが担当 、(昭和58年)9月25日には当地区の営業拠点として磯子営業所金沢派出所が設けられ61・117・121・122・123系統など路線網が形成された。 しかしの開通により大幅な路線撤廃がなされ当地区での市営バス運行は短命に終わった。 高速道路(自動車専用道路)を経由する路線バス運行の試みも行われた。 (平成元年)開設のベイブリッジ経由大黒ふ頭方面行109系統が その代表例であり、開設当初はベイブリッジ人気のため増発便が運行されるほどの盛況ぶりであった。 その他に国道16号線バイパスを経由し郊外の大型団地と市中心部を結ぶ150系統 、第三京浜道路を経由し港北区(当時)緑産業道路沿いの軽工業地域と横浜駅を結ぶ95系統などが運行されたものの 、150系統は道路渋滞で定時性が確保できず利用が定着しなかったことから、また95系統などは均一運賃であるが故の採算性の低さから維持が困難とされ 、(平成22年)までに高速有料道路経由での運行は取り止められている。 横浜市の主催により現在のみなとみらい21地区で開催されたの来場客輸送では民営バス各社と分担し、市営バスは横浜駅西口 - 会場のシャトルバスに加え、の試みとして設けられた新横浜・大黒ふ頭・新本牧駐車場の3箇所と会場間を結ぶ輸送を担当した。 また、1989年度に各営業所へ配置された路線バス車両の26台は明るいカラフルな博覧会特別塗装とされ、より一層の賑やかさを添えた。 その後も市営バスは横浜の中核としてショッピングセンターや企業ビル等の整備が進められたみなとみらい地区において、Yループバス(現:廃止)やみなとみらい100円バス 、あかいくつなどの特別系統の運行や企画乗車券の設定などを積極的に行っており 、みなとみらい線やシーバスなどと連携しつつ横浜観光輸送の一翼を担っている。 (詳しくは後述) さらなる福祉化と地域密着化へ [ ] 人々のライフスタイルの変化と共に午後11時以降のバス運行を求める要望が高まるのに対して 、横浜市営バスでは特に若葉台・野庭・竹山などの大規模団地への輸送において採算を度外視して終車時刻の延長を図ってきた。 (昭和62年)からはこれら団地路線を中心に 深夜バスの運行を開始し 、その後他路線でも順次拡充が図られた。 高秀市政下の(平成5年)に策定された「ゆめはま2010プラン基本計画」では、市内の殆どの地域で最寄駅まで15分で到達可能とする 駅まで15 分構想が掲げられた。 これに基づき交通局では210系統境木線を皮切りに、22・135・211・212・213・215・218・219・222系統など 、小型バスを利用し地域と連携・協調した新路線の開設に取り組み始めた。 中でも210系統はバス路線の空白域をピンポイントで経由したことに加え沿線の開発も進んだため順調に増発を重ねていき、深夜バスの運行も行う主要路線へ発展した。 ただこの210・211・212・213系統以外の新規小型バス系統についてはいずれも僅かな赤字が続いており 、恒久的に路線運行を継続していくには経路変更などを含めた課題が残されている。 公営交通としての優れた環境特性を市民にアピールするため、また民営バス事業者の先導的な役割を果たすべく、90年代からは福祉対策バス・低公害バスの導入を非常に意欲的に行うようになった。 スロープ付ワンステップバスは1996年度から、ノンステップバスは度(平成9年度)から大量に導入しており、車椅子に対応するバス車両は2010年現在で9割を超えている。 度(平成17年度)からは環境創造局と協調し、毎年度ごとに電気式ハイブリッドノンステップバスを10両ずつ投入している。 (平成10年)10月、市営バス・市営地下鉄のイメージをよりなじみ深く親しみやすいものにしようというねらいから 、イメージキャラクター が制定された。 市営バスの各種案内や主催イベント 、タイアップキャンペーンなどで広く使用されるようになり 、イメージアップに一役買っている。 改善型公営企業として [ ] (平成14年)、これまでの大型プロジェクト中心の市政や長引く不況によって逼迫した財政の再建を政策の基本とする市政となると、市交通局の高コスト体質も厳しく問われることとなった。 中田市長の諮問により鉄道会社社長や大学教授などで組織された横浜市営交通あり方検討委員会では 、これまで市一般会計からの補助を受けながら路線網を維持してきた市営バス事業について 、 より経営の自由度の高い「民営」へ移行することが望ましいと答申するなど、様々な議論・検討がなされたが 、横浜市の結論は公営形態で継続 、『改善型公営企業』としての経営を確立し『市営交通としてバス・地下鉄を走らせ続ける』ことを目指すこととなった。 これを受けて交通局は後述する路線網再編を伴う事業規模適正化も含めて、バスサービスの改善と採算の確保にむけて様々な取組みに注力している。 そのうちいくつかの事例をここに記す。 嘱託職員の採用とへの運行委託による人件費削減• 民間企業と提携した広告パネル付きバス停留所上屋の整備• 小型バス路線開設の継続とふれあいバスの開設(後述)• インターネットによる運行情報の提供サービスを開始• 基幹系統において年末年始の終夜運行を実施• 雨の日臨時便と急行系統の増設• 市内定期遊覧バスのリニューアルと企画乗車券の新設• 元来横浜市は1日当り約90万人のバス利用者がいるなど他都市と比べてもバス需要の高い地域であり 、これらの施策により市営バスでは22年ぶりに黒字を達成するなど、横浜市営バスは公営バスとしては比較的順調な経営成績を上げているものの、交通局の建設資金とした莫大な企業債の償還や景気低迷・少子高齢化の影響による利用数の減少があり 、依然厳しい状況が続いている。 また、近年は横領事件や 、勤務乗車証の私的使用 、採用時の学歴詐称などの不祥事が顕在しており 、さらなる公営企業としてのモラル健全化と運営透明性の向上が課題となっている。 路線再編成 [ ] 2007年前後に事業規模適正化と採算性改善を目的に施行された路線移譲・再編成関連の経緯を以下の年表とする。 : 芹が谷地区の30・71・77・203系統などで路線移譲前途のダイヤ改正 、84系統を廃止• : 30・71・203・206系統をへ移譲• 2006年: 神奈川県生活交通確保対策地域協議会に9路線の退出意向を提出• 2006年: 43系統をへ 、110系統をへ移譲• 2006年: 123系統を廃止• 2006年: 66・69・108系統と45系統の一部区間を廃止 、76・98・145系統を廃止・再編し156・158系統を開設 、77・138・139系統を神奈川中央交通へ移譲• 2006年: 野庭営業所を廃止• 2006年: 神奈川県生活交通確保対策地域協議会に追加して29路線(計38路線)の退出意向を提出• 2006年: 70・85系統の一部区間を関係する地元企業の理解が得られたとして廃止• 2006年: 横浜市道路局が「横浜市生活交通バス路線維持制度」を発表• 対象候補路線は10・11・17・18・26・27・33・54・60・72・73・80・109・121・134・300・302・308・310系統• 2006年: 107系統の一部区間をへ移譲• 2006年: 横浜市生活交通バス路線維持制度の適用路線を運行する事業者を募集開始• 3月16日: 3・118系統を東急バスへ移譲• 2007年: 大規模な路線再編を実施• 24・42・81・93・95・96・100・114・120・122・126・127・162(100円バス)・303系統を廃止• 10・14・17・18・33・38・41・54・57・61・73・99・107・109・202・302系統の一部区間を廃止又は経由地変更• 181系統と暫定運行措置対象路線の290・291・292・293・294系統を開設。 68・79・201系統が暫定運行措置対象路線となる。 4系統と横浜市生活交通バス路線維持制度の適用路線となる11・60・121・72・134系統を民営事業者(4系統は横浜京急バス、11・60・121系統は、72系統は、134系統は)へ移譲。 10・17・18・26・27・33・73・54・80・109・181・300・302・308・310系統が横浜市生活交通バス路線維持制度の適用路線となる。 港北ニュータウン営業所を廃止• 2007年8月20日 : 31系統の一部区間を廃止。 2007年: 1系統を神奈川中央交通へ移譲(但し中山駅前 - 緑車庫間は存続)• 2007年: 116系統を神奈川中央交通へ移譲• : 5・115系統を神奈川中央交通へ移譲(但し5系統の横浜駅西口 - 保土ケ谷車庫間は存続)• 4月1日: 暫定運行措置対象であった路線を再編・減便の上、一般営業路線に変更 このバス路線再編成・整理は、市営バス事業規模の適正化と経営の健全化を目的とし、以下の方針を以って進めるとされた。 民間事業者との共同運行によって非効率となっている路線を移譲• 市営バスなどのバス路線や鉄道路線と並行・重複している路線の一部区間を廃止• 利用者数が少ない、又は採算が取れず維持が困難である路線を廃止 横浜市道路局の 横浜市生活交通バス路線維持制度とは 、市営バスの一部の廃止予定路線を民間に移譲し 、その補助を行うというもので、市営バスの路線再編を受けて創設された。 対象候補路線は計19路線であったが 、14路線については運行事業者が決定しなかったため 、暫定的に横浜市営バスが継続して運行することとなった。 暫定運行措置路線とは、運行経費の一部を横浜市の一般会計から繰出し2007年(平成19年)4月から2年間暫定運行を行ったもので 、一定の利用が見込まれる廃止区間をカバーする形で新たに5路線が開設された。 また、既存系統の3路線も暫定運行措置対象路線とされた。 ダイヤは日中の1時間に1本のみの運行で、既存系統である68・79・293系統のみは1時間に1本ではなく現行便数から多少の減便での措置とされた。 運行開始から2年を経過した2009年(平成21年)には、これらの路線の利用状況が増加傾向又は横ばいであったことから、さらに支出を削減した上での運行継続であれば可能と判断され 、運行経路・便数を再度見直した上で一般営業路線に変更された。 これら一連の路線再編成は地域住民に与える影響が大きいため、その後に地域での説明会などが開催されたが 、市民の反発は非常に強いものとなった。 またこの路線再編はあくまで採算が基準のため、81系統や95系統など利用客が多数あっても廃止となった系統があった。 しかし、3系統や24系統の廃止を補う形で38系統の経由地が変更されるなど 、利用者に対する一定の配慮は見られた。 また、民間に移譲された路線はパターンダイヤになりかえって便利になったという意見もある。 年譜 [ ] この節のが望まれています。 1928年11月10日: 横浜市営バス営業開始。 電車浅間町車庫にバス出張所を併設する。 1930年4月15日: 桜木町車庫の使用を開始• 1932年2月28日: 浅間町車庫をバス専用化・施設拡張。 これに前後し桜木町車庫を廃止• 1932年3月25日: 鶴見乗合自動車の買収契約を締結、同年7月1日より市営バス路線として運行開始• 1933年2月1日: 貸切バス営業開始• 1935年12月23日: 市内遊覧バス営業開始• 1938年1月16日: 鶴見車庫の使用を開始• 1945年5月29日: 横浜大空襲により浅間町車庫を中心に壊滅的被害 、バス53台焼失• 1947年8月1日: 東京急行電鉄と臨時運転契約を結び同社線神奈川 - 川和間、同16日より同社線横浜駅 - 杉田間の代理運行を開始• 1949年11月20日: バス全路線に系統番号を制定• 1952年5月12日: 9系統などでワンマン運行を開始• 1959年7月16日: 運行開始• 1966年11月1日: 横浜市交通局再建計画がスタート。 内容は主に横浜市電の廃止• 1972年3月31日: 横浜市電及びトロリーバスを全廃• 1988年2月8日: 交通局の全額出資により外郭団体の株式会社を設立 、交通局保有資産の活用及び窓口業務などの関連事業委託を開始• 1991年5月10日: 磯子営業所金沢派出所廃止• 1992年3月: 市営バス・地下鉄共通カード「」発売開始• 1994年10月1日: 発売開始• 1996年3月21日:10・93系統の車掌乗務を廃止、これにより市営バス全路線がワンマン運行となる。 1998年11月27日: 今後の横浜市営バス事業のあり方検討委員会設置• 1999年3月31日: 貸切観光バス事業廃止• 1999年12月9日: 今後の横浜市営バス事業のあり方検討委員会が答申を行う。 2005年3月28日: 観光スポット周遊バス「あかいくつ」営業開始• 2006年3月27日: 野庭営業所廃止• 2007年3月18日: 浅間町営業所からを導入開始• 2007年4月1日: 路線再編対象32路線にて再編施行。 港北ニュータウン営業所廃止• 2007年6月: 交通局内部で、総額8830万円の横領が発覚• 2007年12月9日:横浜交通開発へ61・117系統を移譲 、これに伴い当外郭団体が新たに乗合自動車事業の直営を開始• 2008年2月9日:横浜交通開発への磯子・緑営業所所管路線の運行委託を開始• 2008年6月22日: 全営業所でPASMOの導入完了• 2008年12月31日: 初めて一部の路線で終夜運転を実施。 2010年7月31日: バス共通カードの取り扱いを終了• 2013年3月23日: IC乗車カード全国相互利用サービスを開始• 2014年8月29日: 市営バス全車両車内において接続サービスの供用を開始• 2016年9月30日: 市内遊覧バス「」の運行を終了• 2016年10月1日: 観光スポット周遊バス「ぶらり観光SAN路線」営業開始• 2019年9月12日:バス()の試験導入を発表。 同月19日に出発式と試乗会が実施された。 営業所 [ ] 横浜市営バスの営業所と各担当路線は以下の通り。 所在地 横浜市磯子区森三丁目1-19 担当系統 8・10・58・61 交 ・63・64・70 交 ・85・94・99・113 327 ・ 117 交 ・215・293・294 所在地 横浜市港南区日野南三丁目1-1 担当系統 2・45・51 351 ・52・64・76・107 367 ・108・111・112・130・217 所在地 横浜市港北区大豆戸町字塚田581 担当系統 6・13・14・38・41 355 ・67・104 322 ・129・300・301 370 ・302・304 所在地 横浜市西区浅間町四丁目340-1 担当系統 26・34・35 346 ・36・44・50・53・57・59・82・83・87・88・ 89 ぶらり野毛山動物園BUS ・105・106・201 329 ・202・204・208・281 ピアライン ・291・292 所在地 横浜市磯子区滝頭三丁目1-33 担当系統 9・21 361 ・68・78・101・102 324・ 378 ・103 366 ・113・133・135・156・158・219・270 ぶらり赤レンガBUS ・273 ふれあいバス ・281 ピアライン ・ 375 所在地 横浜市鶴見区生麦一丁目3-1 担当系統 7・13 365 ・15・16・ 17・18・19・27・29・48・86・128・155・181・213 所在地 横浜市保土ケ谷区川辺町4-2 担当系統 22・25 358 ・28・31・32・33・34・35 346 ・50・ 62・75・79・ 92・101・199・207・210 374 ・211・212 376 ・214・218・260・ 288 聖隷横浜病院循環 所在地 横浜市中区本牧元町45-1 担当系統 8 148・ 363 ・20・ 26・54・58・91・97・103・105 328・ 364 ・106・ 109・222・271 あかいくつ ・ 280 ぶらり三渓園BUS 所在地 横浜市緑区白山一丁目10-1 担当系統 1・12・36 326・ 377 ・39 373 ・56 353 ・73・80・82・100 交 ・119 354 ・124・136・221 鴨居・東本郷線 ・240・275 ふれあいバス ・277 ふれあいバス ・295・305 372 ・306・318 所在地 横浜市旭区若葉台二丁目15-1 担当系統 23・40・55 345 ・65 321・ 350 ・74・90・205・272 ふれあいバス 備考 赤字:急行系統。 但し17・26・89・109系統は普通便の運行もあり。 緑字 :深夜バス。 交 :横浜交通開発により運営される系統。 鶴見営業所、2008年11月22日撮影 浅間町営業所と保土ケ谷営業所、滝頭営業所は横浜市営バスの主要営業所であり多数の路線と特殊路線を所管する。 これに対し若葉台営業所と港南営業所は運行便数・輸送量が多い郊外の団地輸送路線を受け持っており、担当する系統の数自体は少ない。 浅間町営業所にはCNG充填設備が設けられており、CNGバスが配置されている。 CNGバスと対応設備が初めて配置されたのは滝頭営業所であるが、(平成20年)に浅間町営業所敷地内に東京ガスとのパートナーシップ事業により一般個人・事業者も利用可能なCNG充填設備が完成すると、滝頭営業所のCNG車両は全車が浅間町営業所に移籍され、滝頭営業所のCNG施設の運用は廃止された。 磯子営業所と緑営業所の路線運行は市交通局の外郭団体である横浜交通開発へ委託されており 、磯子営業所所管の61・70・117系統、緑営業所所管の100系統は横浜交通開発直営の路線となっている。 なお、横浜交通開発直営の路線と運行委託される路線では、横浜市営バスの定期券・一日乗車券などは全て共通の利用が可能である。 保土ケ谷・緑・鶴見・滝頭・港南・磯子営業所の敷地内には横浜市営住宅 、浅間町営業所の敷地内には西スポーツセンターが併存しており 、営業所事務室はこれら建築物の1階・2階部分に収まる構造となっている。 廃止された営業所・派出所 [ ]• 磯子営業所金沢派出所: 横浜市金沢区幸浦二丁目1-17 (1991年5月10日廃止)• 港南営業所芹ケ谷派出所: 横浜市港南区芹が谷三丁目33-3 (1974年12月23日廃止)• 翌24日から2006年3月27日まで野庭営業所芹ヶ谷詰所。 同営業所廃止と共に神奈川中央交通に移譲。 浅間町営業所中山出張所 (1964年12月19日廃止)• (初代)鶴見営業所 - 横浜市鶴見区生麦四丁目6-37 (1981年5月5日廃止、現 港北営業所)• 西営業所: 横浜市西区高島二丁目18 (1965年7月11日廃止、現 保土ケ谷営業所)• 跡地には(横浜店)が建てられ、1階は横浜駅東口バスターミナルになっている。 この名残で営業所があった横浜新都市ビルの敷地の東側(元 みなとみらい21線 横浜地下駅建設予定地 )は市営バスの操車場として使われている。 : 横浜市港南区野庭町字宮久保637-2 (2006年4月1日廃止 )• 緑営業所川和派出所: 横浜市都筑区川和町字上サ2469 (1991年6月28日廃止)• : 横浜市都筑区大丸23-21 (2007年4月1日廃止 ) 営業区域 [ ] 横浜市営バスの路線網 古くからの市街地が中心であり開業当初からの路線や市電代替系統も多く、横浜駅へ直接発着する系統が目立つ ・・・ 、戦前当時の事情により市電が一路線しか開設されなかったものの京浜工業地帯を抱え古くから市営バスが運行されていた 、戦後開発された大規模団地・住宅地と東京方面へ向かう鉄道路線駅とのフィーダー輸送路線が多い市郊外の ・・ 南部・・の一部が市営バス路線網の営業基盤となっている。 その他、各民営バスの営業エリア である・・・・・へ乗り入れる路線がある。 ・・には現在市営バスの運行はない。 前述の経緯もあり、各民営バスとの市域内営業区域の分担は完全には徹底されておらず各民営バスもそれぞれ市営バス運行エリアへ乗り入れる路線を持っており 、市営バス路線網の中心地といえる横浜駅にも民営事業者 の路線が多数乗り入れている。 また民営バスとの共同運行路線も少なからず存在する。 路線の総営業距離は2009年現在500kmほどで、毎日の利用数は約33万人である。 かつては市内各地から横浜駅へ路線が集積する現在よりもさらに広い路線網であったが 、に入り健全運営ができる事業規模に適正化するとして各民営バスへの路線移譲と再編が進められ若干縮小した。 その他に横浜市街地での観光に特化した特殊路線や、行ツアーバスに代表される貸切運行および、スクールバスの運行がある。 各系統の詳細については所管営業所の記事を参照されたい。 系統番号 [ ] 横浜市営バスの各路線には数字のみで表される が附番されており 、営業運行車両の行先表示の左側に掲示される他、さまざまな案内に使用されている。 1番から300番台の系統まで存在しており 、現在運行されている系統数は約150である。 附番には規則性はなく(後述) 、また一部において同一の系統番号でも運行区間が殆ど異なる路線があったり (例:23・41・45系統) 、同一区間の運行でも往路か復路かによって異なる附番であったり (例:35・50系統)と多少複雑な面がある。 旅客案内では使用されないが、運行区間が異なる系統内での各運行パターンごとにアルファベット記号が付与されており、乗務員の運行指示書や業務書類などで用いられている。 その他、行先表示には系統番号が掲示されない深夜バスや特殊路線などにも書類上は系統番号が附番されている。 再使用が繰り返された 6系統 運行区間 使用時期 1代目 横浜駅 - 保土ケ谷駅東口 - 戸塚駅 1948? -1957 2代目 桜木町駅 - 日ノ出町1丁目 - 戸塚駅 1957-1959 3代目 横浜駅 - 横浜新道経由 - 戸塚駅 1959-1962 4代目 長津田駅 - 上市ヶ尾 - 鉄町 1964-1966 5代目 青葉台駅 - 田奈駅 - 奈良北団地 1966-1993 6代目 新横浜駅 - 大倉山駅 - 鶴見駅西口 2010- 現在の系統番号制が開始されたのは(昭和24年)11月20日である。 当時存在していた運行路線に対して1系統から43系統まで順番に附番されたものであったが 、路線の改変や廃止が繰り返されるにつれ路線廃止等で欠番となった系統番号を再附番した新設路線が開設されるようになり (その最たる例は左記の6系統である。 ) 、その一方で1949年(昭和24年)の系統番号制施行から大きな路線変更がなく定着している路線においては混乱を避け番号の整理(変更)をなさないまま存続されているため 、また路線が新設される際にも新番号が附番される場合と既存系統の子系統扱いとなる場合があることから、番号分けと各路線の開設時期や運行方面などは殆ど一致しない。 理由は定かではないが、トロリーバスの代替系統・東戸塚駅発着の新設路線などは200番台 、港北ニュータウン地区の新設路線や2010年代に新設された急行路線は300番台 、駅から15分交通政策に関連し平成期以降に新設された路線は210番台 、2007年の路線再編により暫定新設された路線には290番台に飛んだ系統番号が与えられたため 、現在一般運行路線には欠番となっている番号が多数ある。 また、民営事業者のバス路線でも、横浜市営バスと共同運行を行っている路線は基本的に民営事業者も同じ系統番号を使用し 、横浜市営バスから移譲された路線についても一部を除き系統番号が引き継がれている。 特殊な路線 [ ] あかいくつ号車内(2008年5月22日撮影) あかいくつ [ ] 路線名 No. みなとみらいルート(M)と中華街・元町ルート(C)の2ルートが運行されている。 運賃は大人220円・小児110円である。 PASMO・Suica等の交通系ICカードを利用しての乗車にも対応している。 その他、市営バス一日乗車券・バス・地下鉄1日乗車券・市営バス回数券・みなとぶらりチケット・みなとぶらりチケットワイド・みなとみらいぶらりチケット (相鉄発行)・横浜1Dayきっぷ (京急発行)での利用が可能である。 市営バス全線定期券・横浜市発給の敬老・福祉特別乗車証では乗車が出来ない。 当路線専用のレトロ調バスで運行されているが、車両不足や臨時増発の場合は一般路線バス車両が充当される。 本牧営業所が運行を担当しており 、旅客案内上の呼称である「あかいくつ」のほか、書類上では 271系統という系統番号が附番されている。 詳しくは、の項を参照されたい。 ぶらり観光SAN路線 [ ] 路線名 No. 横浜市営バスが長らく手掛けてきた定期観光バスに代わり、 あかいくつと同じく自由に乗り降りできる形態の観光バスとして2016年度に新設された。 3ルートそれぞれのテーマカラーに彩られた専用のカラーリング車両を用いて運行されており 、Nルート89系統の野毛山動物園 - 一本松小学校間を除いた全区間で あかいくつと同様の各種観光乗車券が利用できる。 乗車料金及びPASMO等乗車券の取扱については一般の横浜市営バス路線に準じている。 通常の横浜駅東口発着路線と同じく、復路の横浜駅方面行は 横浜駅改札口停留所に立ち寄ったあと横浜駅東口バスロータリーへ到着する経路をとる。 三渓園Sルートは一般の横浜市営バスが乗り入れない三渓園隣接駐車場内を発着しており 、観光客の利便性が図られている。 三渓園Sルート及び赤レンガAルートは土曜と日曜日の日中時間帯のみの設定であるが 、野毛山動物園Nルートについては開設以前からの横浜市営バス一般系統であった89系統を継承しているため 、曜日を問わず毎日終日にわたり運行がある。 旅客案内上においても書類上の系統番号が表されず差別化されている三渓園Sルート及び赤レンガAルートと異なり、野毛山動物園Nルートについては89系統の系統番号が併記される。 平日の朝夕は横浜駅へ向かわない桜木町駅発着便のみの営業とされている。 その他、詳しくは所管の、並びにの記事を参照のこと。 ぶらり野毛山動物園BUS 8-3909 ピアライン [ ] 路線名 No. 曜日を問わず終日運行されており、ナイトタイムエコノミーの促進を目的として終車時刻を22時台に設定していることが特筆される。 朝夕は速達性の高い往復運行、日中はみなとみらい・新港地区における周遊性を重視した循環運行を基本とする。 運行には専用のカラーリング車両のほか燃料電池バスが用いられる。 滝頭営業所と浅間町営業所が運行を担当し 、旅客案内上の呼称である「ピアライン」のほか、書類上では 281系統という系統番号が附番されている。 乗車料金及びPASMO等の乗車券の取扱については一般の横浜市営バス路線に準じている。 その他、詳しくは所管の並びにの記事を参照のこと。 ふれあいバス [ ] この節では便宜上、ふれあいバスと同様の取り組みの一環である地域貢献型バスサービス路線についても記述する。 路線名 No. 経路選定は既存路線より離れた交通空白地帯、あるいは病院・公共施設へのアクセスが不便な地域を補完することに主眼が置かれており、2009年度(平成21年度)に緑区・中区において 、続いて2012年度には既存路線からの変更を含めて鶴見区・神奈川区において曜日に関わらず日中2便の運行で開設された。 保土ケ谷区においては2009年度に一般系統扱いながらふれあいバスとほぼ同一の運行形態をとるの追加ルートが新設されている。 加えて2016年度(平成28年度)には、保土ケ谷区のとの連携により通院に特化した新路線が開設された。 当病院の敷地内を発着し、JR横須賀線の保土ケ谷駅東口や相鉄線西横浜駅での乗継ができる水道道停留所などの主要地点のみに停車していく循環運行であり、既存路線の32系統を増強する形で平日の午前中にのみ便が設けられた。 いずれの系統も深夜バスと同様、各系統ともに旅客案内には使用されない書類上の系統番号が与えられている。 運賃の取扱方式・利用可能乗車券は他の一般路線と同一である。 臨時営業路線 [ ] 37系統 [ ] No. 1952年10月29日: 横浜駅 - 浅間下 - 三ツ沢グランド前間を開設。 当初から行事開催時の臨時運行系統であった。 1958年5月18日:横浜駅西口発着便を新設。 後に横浜駅(東口)発着便は運行されなくなっている• 詳細時期不明:途中停留所無停車の直行運行となる• 詳細時期不明:東神奈川駅西口発着便を新設• 詳細時期不明:東神奈川駅西口発着便廃止 37系統は、(ニッパツ三ッ沢球技場)での試合等開催時に臨時運行される系統である。 利用状況に応じて全営業所から車両が充当されるため、横浜市営バスの全一般車両に当系統の行先表示の用意がある。 横浜駅西口発着便については原則として一般の三ツ沢方面系統と同様の経路を運行するが、復路の横浜駅西口行については翠嵐高校前廻りで運行する場合がある。 49系統 [ ] No. 1991年11月23日: 49系統横浜駅 - 大桟橋ターミナル運行便 A 、桜木町駅 - 大桟橋ターミナル運行便 B を新設 かつてはへの送迎バスにこの番号が付されていたが、現在はへの臨時送迎バスが書類上49系統を名乗っており、国際客船ターミナルに大型が入港する際に運行されるが、客船側からバスをチャーターされる場合がほとんどなのでほぼ運行されることはない。 なお、(平成15年)から(平成17年)までみなとみらい100円バスに「大さん橋・山下公園ルート」があったが、こちらは横浜港国際客船ターミナルに大型客船が入港していなくても大さん橋に発着していたほか、後に開設された路線では終日大さん橋に立ち寄る経路の運行となった。 150系統 [ ] No. 2011年3月22日: 201・329系統の横浜国大構内乗入れと共に臨時系統として設定 横浜国立大学のオープンキャンパス開催時や入学試験が行われる際に臨時運行される系統である。 37系統と同様に途中停留所無停車にて運行され、利用状況に応じて全営業所から車両が充当される。 相鉄バスとの共同運行系統である。 かつて150系統として関内駅北口 - (経由) - 若葉台中央線が運行されていたが 、当路線は全くの別路線であり150系統を名乗る路線としては2代目にあたる。 雨の日臨時便 [ ] 系統 No. 2009年6月1日: 21・34・36・41・45・58・74・111・201・202・213・215系統に新設• 2012年5月14日: 21(333A : 根岸駅 - 市電保存館)系統運行便を廃止• 雨の日臨時便は、利用が増え混雑・遅延が顕著に発生する雨天日の朝ラッシュ時間帯に限り運行される臨時増発便である。 サービス向上策の一環として2009年(平成21年)6月1日より運行開始された。 当増発便のみの独自区間運行が存在する系統がある。 また、夏休み期間および年末年始では降水量に関わらず運行されない。 この運行有無は横浜市交通局の公式HPにて前日の19時に掲出される。 深夜バスと同様、各系統ともに旅客案内には使用されない書類上の系統番号が与えられている。 運賃 [ ] 大部分の系統が大人220円・小児110円の均一料金となっている。 ららぽーと横浜直行バスを除く全路線でなどの交通系ICカードが利用可能である。 なお、乗降方式は全て前乗り中降りの料金先払い制である。 40・94系統のみ区間料金制を採用している。 区間料金制の系統に乗車する際は乗務員に対して行き先を告げる必要がある。 7系統は南幸町 - 川崎駅西口間の相互利用に限り、大人210円・小児110円となる。 料金は通常料金の2倍であり、やでも乗車可能であるが、これらの乗車券を利用する場合は通常料金と深夜料金の差額を支払う必要がある。 市営バスのみ利用できるを大人600円・小児300円で、市営バス・市営地下鉄共通の一日乗車券を大人830円・小児420円で車内・営業所・定期券発売所にて発売している。 「あかいくつ」も利用できる。 市営地下鉄が利用できない市営バス専用一日乗車券については、従来の カード版に加え、2014年7月1日よりPASMOなどIC カード版の車内発売も開始された。 これは事前に交通系ICカードに必要料金分をチャージの上、初回乗車時に乗務員に申し付けることで利用ができる。 (平成4年)3月14日より他地域各社より先駆けて神奈中バス・江ノ電バス・川崎市バスなどと共同で、市営地下鉄も利用可能な磁気式プリペイドカード・Yカードの取扱を開始した。 後にこれをベースに首都圏全域各社で利用可能となったも併せて発売・利用可能とされていたが、新たにIC式共通カードPASMOの発売が開始されるとマリンカード・Yカードは2008年(平成20年)2月21日に販売終了 、バス共通カードは市営バスでのPASMO利用率が3割を超え、今後も一層の普及が見込まれるとして2010年(平成22年)3月31日に販売を終了することとなった。 同年7月31日を以ってマリンカード・Yカード・バス共通カード共に取扱を終了し、払戻しの取り扱いとなっている。 有料道路を経由していた109系統については、開設当初から横浜ベイブリッジ()区間を乗車する場合に大人230円・小児120円とする割増料金が設定されていたが 、一般道路経由への変更に伴いこの割増料金制は廃止された。 企画乗車券 [ ] 通常の一日乗車券の他、以下の市営バス限定の企画乗車券が発売されている。 なお、他社が発行する市営バスの利用ができる企画乗車券の記述については省略する。 環境定期券制度 通勤定期券・シニアパスを所持している乗客と同伴で乗車する場合 、5人まで全線1人100円(子供50円)で乗車できる制度。 他社とは異なり、 家族以外でも適用になるのが特徴である。 定期券範囲外の場合は所持者は100円になり 、他社発行の共通定期券でも制度を受ける事が可能。 みなとぶらりチケット 横浜中心部の観光スポット周辺に利用エリアが限定されている一日乗車券。 にもからまで利用可能。 また、あかいくつ号やぶらり観光SAN路線も利用可能。 利用エリア外での乗車や乗り越しはその分の実費を支払わなければならず 、バスの車内では注意を促す放送が流れる。 提携施設や提携店舗での割引やサービスの特典も付加されている。 大人500円・小児250円 みなとぶらりチケットワイド みなとぶらりチケットのエリアに加えて、市営地下鉄で乗降が可能(横浜駅 - 新横浜駅間での乗降は不可)。 新横浜地区の提携施設や提携店舗での割引やサービスの特典も付加されている。 大人550円・小児280円 EXみなとぶらりチケット みなとぶらりチケットワイドと同じ内容であるが、東海道・山陽新幹線の「エクスプレス予約」または「スマートEX」との組み合わせでみなとぶらりチケットワイドよりもお得になるものである。 発売には発売日の2日前以降の新横浜駅到着の「EXご利用票」または「ご利用票」のいずれかの提示が必要である。 新横浜駅の駅事務室・改札口案内所のみで発売されている。 大人500円・小児250円 乗り継ぎ運賃制度 [ ] 2008年(平成20年)3月30日に施行された市営地下鉄グリーンライン開通に伴う再編と同時に、一部区間にて市営バスから市営バスへ乗り継ぐ場合に2回目の乗車運賃が無料となる乗り継ぎ運賃制度が新設された。 区間内において1回目の乗車時に乗り継ぎ券を受け取り、2回目の乗車時に乗り継ぎ券を渡すことで利用ができる。 現在この制度が利用可能な区間は以下の4つである。 江田駅 - (301系統) - 池田・都筑ふれあいの丘 - (徒歩7分) - 御影橋 - (306・310・124・80系統) - センター南駅• 301系統江田駅 - 御影橋 - センター南駅間運行便の廃止によるもの• 仲町台駅 - (301系統) - 池田・都筑ふれあいの丘 - (徒歩7分) - 御影橋 - (306・310・124・80系統) - センター南駅• 88系統仲町台 - 都筑ふれあいの丘 - センター南駅間運行便の廃止によるもの• 地区公園・保育園前 - (65系統 のみ) - 十日市場・十日市場駅 - (23系統) - 中山駅• 2010年(平成22年)6月28日より設定。 なお、23系統L : 中山駅 - 若葉台中央運行便が利用可能な若葉台中央・霧が丘高校・中山谷停留所からの利用はできない。 また、23系統S青葉台駅 - 三保中央運行便および55・321系統での利用はできない。 江田駅 - (301系統) - 仲町台駅 - (300系統) - 新横浜駅• 2010年(平成22年)11月8日より設定。 この区間は市営地下鉄の開業まで300系統 江田駅 - 新横浜駅として直通運行されていた。 廃止区間• 緑車庫 - (36系統) - 菅田町入口 - (129系統) - 新横浜駅• 120系統菅田町 - 菅田町入口 - 新横浜駅間運行便の廃止によるものであった。 後に新設された295系統の増便に伴い2013年3月30日をもって廃止された。 バスの乗り継ぎ制度では他の例としてにおける全路線にて利用可能な2回目の乗車運賃が100円引となる乗り継ぎ割引、が古くから実施している地下鉄への乗り継ぎも可能な乗り継ぎ制度などがあるが、当制度は設定区間が限定されており地下鉄との乗り継ぎも不可能なため、制度の新設を評価する意見がある一方で 、さらなるサービス内容の充実を求める意見がある。 PASMO [ ] 横浜市営バスの一般運行路線では、横浜市営地下鉄と同様にとの利用が可能である。 利用時にはが適用される。 車内では千円札・二千円札を一枚ずつチャージすることが可能であるが 、10,001円以上の残額があるカードにはチャージができない。 オートチャージサービスには未対応である。 PASMO・Suica以外の全国8つの交通系ICカード での運賃支払いと車内でのチャージの利用も可能であるが、PASMO・Suica以外のカードにおけるIC定期券・IC一日乗車券・バス利用特典サービスの取扱は行っていない。 市営バス定期券のPASMOへの搭載対応は、現行の定期券制度が 全線定期券又は指定駅停留所から2km以内区間での設定である 短距離定期券又は各民営バスとの 共通定期券の3つであることから、全ての車両にカードリーダー(車載器)が取り付けられるまで設定が見送られたが、2008年(平成20年)6月22日に全車両がPASMO利用に対応したため 、同年7月1日から市営バスのPASMO定期券の発売が開始された。 また前述の通り、一般路線バス車内において市営バス専用のIC一日乗車券を発売している。 詳しくはの節を参照のこと。 鉄道駅との接続が多い路線を多数所管しているとの理由で浅間町営業所から導入され、2008年(平成20年)6月22日に全営業所の所管路線で利用開始となった。 3月18日: に導入• 2007年: に導入• 2007年: に導入• : に導入• 2008年: に導入• 2008年: に導入• 2008年: に導入• 2008年: に導入• 2008年: 、に導入• 2008年: に導入• 2008年: 市営バスのPASMO定期券発売開始• 2013年3月23日: PASMO・Suica以外の交通系IC全国相互利用サービスを開始• 2014年7月1日: 市営バス専用IC一日乗車券の発売を開始 車両 [ ] 概説 [ ] 、、、の4メーカーの車両を保有している。 なお、事業用車両はこの限りではない。 車両保有数は2020年現在約800両であり 、低床車の導入に積極的では全車両の96% 、は4%と非常に高い割合となっている。 低公害車の導入にも比較的積極的であり、電気式を70台ほど 、を15台ほど保有している。 蓄圧式ハイブリッドバスは世代交代により、2011年度をもって全車が置き換えられており現存しない。 度(平成16年度)より新車購入は入札制とされており、毎年単一メーカーの車両が大量に導入される。 廃止された野庭営業所は日野製の車両、金沢派出所と港北ニュータウン営業所は日産ディーゼル製の車両が指定されていた。 車種は大型短尺車に加え、大型長尺車や大型標準尺車、中型車、小型車など、所管の路線事情に見合った車種が各営業所に配置されている。 8・58・105系統など本牧方面の路線を担当する本牧営業所、大規模団地輸送を担当する磯子・港南・若葉台営業所、17系統・181系統など大黒ふ頭方面の路線を担当する鶴見営業所には大型長尺車が配置されている。 横浜市営バスの一部営業所にはワンステップバスが配置されている。 かつては一般路線用のツーステップバスも保有していたが、2013年11月に行われたさよならツアーに使用された9-4532号車の廃車をもって全車除籍となった。 磯子・鶴見・保土ケ谷・本牧・緑営業所には中型車が配置されている。 保土ヶ谷・滝頭・本牧・磯子・緑営業所には、狭隘路線専用の小型車が配置されている。 保土ケ谷営業所が最も小型車の配置台数が多い。 滝頭営業所にはとハイブリッドノンステップが配置されている。 浅間町営業所にはCNGバスが配置されている。 1999 - 2001年度に導入されたCNGノンステップバスの車両登録番号は、(平成14年)の決勝戦の横浜開催を記念して20-02とされた。 かつては滝頭・港北営業所にもCNG車が配置されていたが、滝頭営業所は度、港北営業所は度にCNG充填設備が廃止され、所属していたCNG車両は浅間町営業所および緑営業所に転属された。 度には緑営業所におけるCNG車両の運用を終了している。 港北・港南・浅間町・保土ケ谷・本牧・港北営業所にはハイブリッドノンステップバスが配置されている。 過去には若葉台・緑・本牧営業所への蓄圧式ハイブリッドバスの多数配置や、、リフト付バスなどの低公害車・バリアフリー対策車両の配置が比較的初期から積極的に行われてきた。 保土ケ谷営業所には市内遊覧バス用のスーパーハイデッカーが在籍している。 このスーパーハイデッカー車はリースによって導入され、車椅子用リフトを装備している。 車両の登録番号は市内遊覧バスの運行開始年にちなんだと考えられる「19-35」とされた。 先代の市内遊覧バスだった製2階建て車両()は退役後も1台が残っていたが、2015年3月限りで廃車された。 保土ケ谷営業所にはツーステップ・トップドア・全席ハイバックシート仕様である貸切用途専用車両が在籍している。 車体にはかつての観光バス車両と同一の塗装が施されている。 さらに、2011年には同じく保土ケ谷営業所にハイデッカー仕様の貸切用途専用車両が配置された。 この車両は市内遊覧バス用車と同一の赤色塗装であるが、車体のロゴ表記とスーパーハイデッカーではない点、車椅子用リフトを装備していない点などに差異が見られる。 かつてはこれら専用用途車両のほか、一般路線車両の運賃箱設備を撤去した用途外車両が貸切運用に用いられていた。 本牧営業所には観光スポット周遊バス「」用の中型車・中型ロング車・大型車が配置されている。 この車両は外装・内装ともにレトロ調の装飾となっており異彩を放っている。 改装はが担当した。 なお車両購入費として、から2005年に導入された5両のうち4両分の約1億4,000万円の助成を受けた。 車両の登録番号は(平成21年)の開港150周年を記念して150で統一されている。 運行当初に配置された2004年度車は中型車で、2008年度に増備された車両は中型ロング車、2012年度、2016年度に増備された車両は大型車とされた。 利用者が忘れ物の問合せをする際などの利便を図るため、2007年後期導入車両から登録番号は車両番号と同一の希望ナンバーとされていたが、2010年度後期導入車両からこれは取り止めとなっている。 車内座席表地は1989年度車から現在に至るまで青地に・・のイラストが入る織り柄とされている。 2004年度に導入されたCNG車両にはイラストの柄のものも存在する。 またかつては横浜市環境事業局の「ヨコハマはG30」をPRする柄の車両やロングシート部分が緑色のリフトバス車両も存在した。 なお、優先座席の表地色は赤地とされたが、2005年度車より一般座席と同一の青色に統一されている。 89年度車以前の導入車両は濃青地に縦縞が入る柄の座席表地が採用されており、さらにそれ以前の導入車両は青色の座席表地が採用されていた。 なお、本牧営業所には灰色の生地が使われた車両も存在した。 行先表示装置は2002年度導入車両から単色LED電光式を標準仕様としている。 その他、「あかいくつ」用車両や貸切用途車両、燃料電池バスには幕式やフルカラーLED式の車両が存在する。 なお、2002年度以前導入車両の幕式表示器からLED式への改造は、数台への試験的な実施に留まった。 また、1980年代には単色液晶式への試験的な改造車が存在した。 試験改造車はいずれも廃車されており現存しない。 車内の案内表示装置は液晶式の表示器を採用している。 このLCD表示器では主に次停留所、行先表示、現在時刻、市営地下鉄との乗換案内、広告等を4か国語(日本語、ローマ字、中国語、韓国語)にて表示する。 加えて「あかいくつ」用車両は観光案内用の液晶ディスプレイを運転席背後に設置している。 1990年より1行表示形式のLED電光式装置が標準仕様として採用されていたが、2014年2月よりLCD表示器の試行運用を本牧・浅間町営業所で開始したのち、次第に現在の仕様への置換えが進んだ。 車両正面に設置される横浜市交通局紋の意匠 一般大型・中型バス のカラーリングに準じ、クリーム色の車体に青色のラインを配している。 バンパーは銀色である。 車体正面の青いラインはY字型に曲がっており 、中心に交通局章が設置されている。 これは市章「ハマ菱」を4つの「電光」(雷紋)で囲んだ、電気局発足時以来のものである。 基本的なデザインは1964年度車から変更されていないが、近年小規模な変更が2回行われた。 1995年度以前の導入車両 現行塗装とほぼ同じであるが、車体中央の青帯に銀色の縁取りが施されており 、正面行先表示周辺が青色で覆われる塗り分けであった。 これら導入車両は既に現存しないが、滝頭・浅間町営業所所属の一部車両が青線の周囲に銀色の帯を装飾して運行している。 1996年度以降導入車両 正面の青いYラインが直線基調のものとなり 、前述の銀色の縁取りと正面上部の青色塗装が省略された。 この小変更以前の塗装車はファンから旧塗装車と呼ばれている。 2000年度・2001年度以降導入車両 いすゞ・日野製車両は2000年度から、三菱ふそう・日産ディーゼル製車両は2001年度の導入車両から、正面の青いラインが再びY型となった。 近年では車体全面を広告とするが多数在籍しているが 、視覚障害者団体からの要請により正面の塗り分けは残される。 また、横浜交通開発に譲渡された車両については、カラーリングの意匠はそのままに 、車体正面の紋章が"TD"に変更され 、車体側面などの"横浜市営"の表記は"横浜交通開発"に改められている。 一般小型バス オフホワイトの地に青いラインが引いてあり側面後部には短い斜めのストライプが3本入る。 正面は交通局章の周辺で分断された青いラインの両端が緑色と橙色になっており、車体背面(後部)のラインは橙色となっている。 小型バスはまりんカラー 赤色の車体にのラッピングが随所に施される。 2009年度に配置された一般小型バスがこのカラーリングとされた。 あかいくつ 明治期の路面電車をイメージした外装で、車体上半分がベージュ色、下半分が赤である。 市内遊覧バス用スーパーハイデッカー車・貸切用ハイデッカー車 赤色の車体。 前者は側面と後部に大きく『横濱 BAYSIDELINE』のロゴ、後者は『横浜 LIMOUSINE』のロゴが入る。 屋根は白色である。 観光バス クリーム色にピンクと緑の帯を巻き、バンパーより下はダークグレーである。 2007年に一度消滅したが、2010年夏に路線バス車両ベースの新車で復活した。 2階建てバス(過去車両) 白色の車体。 後部に青い横浜の名所イラストが描かれ、・・の3種があった。 ズーラシア塗装(過去車両) 緑色の山の背景に大きく動物のイラストが描かれている。 特定スクールバス(過去車両) 横浜市立通学専用として、白に青・黄・水色のラインが入る。 青色の面積が後部に行くにつれて大きくなっている。 2009年に全車廃車され消滅した。 オープンバス(過去車両) の優勝時に、廃車予定の路線バス車両1台(磯子営業所所属・ベース)を、1か月半の期間と20万円の費用をかけてに改造されて優勝パレードに使用された。 パレード使用後は解体する予定だったため登録であったが、ファンからの要望で残される事になり、補強工事を施して正式にナンバーが登録され、翌年の横浜国際仮装行列から各種のイベントに用いられた。 登録番号はCNGノンステップバスと共にの決勝戦の横浜開催を記念して20-02とされた。 車両はその後、首都圏の影響によりにの民間会社へ売却された。 CNGノンステップバス(過去車両) 白地の車体に濃い青色のバンパーで、車体にはの学生チームによるデザイン、市交通局関連の広告、又はのラッピングが施されている。 はまりんラッピングバスは車内の座席表地もはまりんイラストの柄となっている。 当初、1999 - 2001年度に導入されたCNGノンステップバスは決勝戦の横浜開催をPRするラッピングであった。 2009年度車からは一般大型車両と同一の塗装とされた。 2018年度までに全車廃車され消滅した。 車両番号 [ ] 車両には1 - 4桁の番号が付けられており、以下の法則に基づいている。 4 - 3 7 72 年式 メーカー 用途 固有番号 例: 4-3772(あかいくつ1号車)• 上1桁目は導入された年度を示す(なお、その車両が購入された予算年度に基づいている。 つまり、2007年度に導入されたものでも2006年度の予算で購入されれば6の数字が与えられる。 この場合は2004年度購入車)。 下4桁は1桁目がエンジンメーカー、2桁目が用途、残りの2桁が車両番号となる。 ただし、車両番号の下2桁に「42」「49」が付く番号は忌番のため原則として使用しない(1994年式までの車両には「42」「49」を使用していたが、2006年度末に消滅した)。 エンジンメーカーは、1がいすゞ自動車、2が三菱ふそう、3が日野自動車、4が日産ディーゼル、5がその他のメーカーとなる。 に使用されていた日野・初代ポンチョは厳密にはフランス製のエンジンを搭載するため「5」が適用された。 用途は、0が観光用などの貸切、1が特定車両、2が横浜交通開発所有の車両(かつては車掌台付車両に付番)、3以降がワンマンの通常路線バス車両となる。 ワンマンの通常路線バス車両番号は、下3桁が999に至る前に最初の番号(連番は300だが、リセットの最初は下3桁は301となる)に戻る場合がある。 廃車車両の譲渡 [ ] 横浜市営バスで役目を終えた車両は競争入札により中古車両流通業者へ売却処分され 、全国各地のバス事業者にて整備の上再運用される例が多い。 を含めた首都圏がによる排出ガス規制強化地域に指定された1990年代後半から増加し、譲渡先は北はから南はまで広範囲に存在する。 P-代 まではが標準で多くの事業者が購入していたが、U-代 では整備の煩雑さなどにより敬遠されがちなが標準となったことから、しばらくは地方への譲渡は見られず多くの車両はなどの東南アジア諸国へ輸出されるか解体処分されていた。 しかし、KC-代 以降は一部車種を除き再びマニュアル車が標準となったことから、2008年頃から再び全国の地方事業者での再運用が見られるようになった。 また近年はノンステップ車両やトルコン式オートマティック車が主流である中型ワンステップ車両の譲渡もみられる。 詳細は「」を参照 通年設定されているコースは午前・午後・土曜夜の3種類があり 、いずれも横浜駅東口から出発する。 車両は通常の観光バス(SHD)を使用しているが、1996年(平成8年)から2008年(平成20年)11月までは観光路線で使われていた2階建てバス(・モナコ)を専用車に充当していた。 またかつては滝頭営業所の所管であった。 (平成17年)と(平成18年)には夏期限定でとの共同運行による夜のコースが設定された。 その影響か2006年(平成18年)からははとバスのガイドが乗務している。 午前コース「まるごと早まわり」• (の - - 往復)• ・・・• での食事(オプション)• 午後コース「開港ものがたり」• (首都高速 - 本牧JCT - 大黒PA - )• 夜景コース 土曜日限定 「横濱夜景」• (の - - 往復)• 過去に設定された見学地• (ベイブリッジ大黒埠頭側の展望施設)• ・横浜マリタイムミュージアム(現・)• 『マリンルージュ』『ロイヤルウィング』乗船(オプション) (平成20年)12月にコース内容のリニューアルと新車の導入が行われ、午後コースは平日と土曜・休日で内容が異なる。 また一日コースと午前コースでは追加料金で昼食を中華街の他に洋食も選べるようになり、午後コースでは喫茶が加わる。 (平成21年)の会期中は平日午後に発の短時間コースが設定された。 年間の利用者数が12000人程度と低迷し、採算割れが続いていることから、(平成28年)9月30日限りで市内遊覧バスから撤退、運行を終了した。 詳しくはを参照。 みなとみらい100円バス [ ] 2000年代にはみなとみらい21地区において運賃100円 (子供は50円)にて利用ができる特殊系統が運行されていた。 運行日は・・祝日・振替休日と、・・期間中の平日であり、車両はCNGノンステップバスが優先的に充当されていた。 みなとみらい線やの開業に伴い徐々に縮小されていき、2015年秋を以って運行を終了している。 詳しくはの節を参照のこと。 1963年6月13日: 競輪開催時のみ運行の49系統下末吉 - 鶴見駅西口 - 花月園競輪場線を開設、後に鶴見駅西口発着に改められる。 1986年9月26日: 鶴見駅西口 - 花月園競輪場間の49系統としての運行を休止、無料送迎バスに改められる。 2010年3月31日 : 花月園競技場廃場に伴う営業終了により、廃止。 (平成22年)まで花月園競輪場の競輪開催日に横浜市営バスにより無料送迎バスが運行されていた。 かつては49系統という番号が付番されていたが、最末期には系統番号は付番されていなかった。 鶴見駅西口発着は港北・鶴見両営業所の担当でとの共同運行、東神奈川駅・横浜駅西口方面は鶴見営業所の担当であった。 横浜駅西口行は花月園競輪場発のみの運行で、途中東神奈川駅西口に停車した。 花月園競輪場の廃場に伴う営業終了により、シャトルバスも廃止された。 ららぽーと横浜直行バス [ ] 2014年から1年間、JR横浜線鴨居駅南口と大型商業施設を途中停留所無停車で連絡するシャトルバス路線の運行を横浜市営バスが担当していたことがあった。 鴨居駅改札口前あるいはららぽーと横浜内の発行機にて乗車券引換券を受け取ることで無料で乗車できた。 乗車券引換券を持たずに利用する場合の運賃は大人100円・小児50円であり、現金以外のいずれの有料乗車券・福祉乗車券等の利用もできなかった。 曜日を問わずショッピングモール営業時間の9〜21時台に30分間隔で運行されていた。 緑営業所の所管系統であり、旅客案内では用いられないが書類上の系統番号は100系統とされていた。 2007年3月のららぽーと横浜開業以来、民間事業者への貸切委託によって無料シャトルバスが運行されていたものの、運行形態上鴨居駅南口バスロータリーに乗り入れができず、駅周辺を迂回のうえ北口にて発着していたため利便性に難があった。 公共交通利用促進の観点から協議が行われ、2014年5月より所要時間の短縮が見込める駅南口発着に変更の上、横浜市営バスが路線バスとしてシャトルバスの運行を引き継ぐこととなった。 開設から1年目の2015年4月1日には交通局よりへと路線移譲され、現在は引き続き同社が同様の形態で運行している。 運行情報 [ ] 2005年(平成17年)4月1日より運行中のバスの現在位置や到着予測時刻を確認できるバスロケーションシステムの「」が提供されており、パソコン・携帯電話で閲覧が可能である。 また、2007年(平成19年)の交通局ホームページのリニューアル時より「市営交通緊急情報」のページが開設され、交通事故や災害などによりバスの運休・迂回運行が発生している場合に情報が表示される。 クリスマスイルミネーションバス [ ] 横浜市営バスでは、利用者がバスを単に移動手段としてだけでなく乗ることを楽しめるものにする取組みの一環として 、一般路線バス車内外に装飾を施したイルミネーションバスを2007年度より毎年年末のクリスマスシーズンに運行している。 この装飾は12月初頭に交通局職員やその家族の手作業にて施され、25日のクリスマスまで開催営業所管内の各路線にてランダムに運行される。 2007年度は港南営業所での4台のみでの企画であったが、好評により2008年度には港南、港北、緑、本牧、滝頭営業所での総勢12台、2011年度には全営業所総勢17台と年々規模の大きいイベントとなっている。 2011年度の港北営業所の1台はとの提携イベントとして 、滝頭営業所の1台は横浜学園との共同作業にて 行われた。 また2011年には東日本大震災の復興支援の一環として、横浜市交通局よりに車内装飾用LED電球などが無償譲渡され、横浜市交職員が仙台市へ赴き「」用車両への装飾を行った。 一般車両を使ったバスツアー [ ] 横浜市交通局協力会(交通局の外郭団体)が不定期的に開催する一般車両を使ったバスツアーは、毎回マニアックな企画でに好評を博している。 (平成18年)との2日間、鶴見営業所所属(当時)の109系統専用車いすゞ・富士重工7E・KC-LV280Qを使用した「いすゞKC-LV280Qで行くバス好き集まれ! バスツアー」が行われた。 交通局主催のバスツアーに一般車両が使用されるのは交通局創立以来初めてのことであった。 コースは、桜木町駅を午前9時と午後2時に出発し、前半は横浜の中心部や鶴見営業所の路線をつなぎ合わせたルートでスカイウォークへ向かうというもので、その後車両の公開と撮影会が行われた。 後半は、ベイブリッジの下の国道357号線を渡り、山下公園・中華街・港の見える丘公園を抜け、根岸台で折り返しの後、桜木町駅へ戻る約4時間のコースであった。 鶴見営業所所管の路線走行時は、音声合成装置で実際に停留所の放送が流れたり、また、交通局のイメージキャラクター「はまりん」が桜木町駅での見送りと出迎えの他、途中の停留所で突如出現し乗車するも途中で降りるなど様々なシチュエーションが用意された。 同年には、第2弾として、廃車の近い本牧営業所所属の三菱ふそうの超低床型バス()を使用したバスツアーが行われた。 翌(平成19年)には、路線再編によって2006年度(平成18年度)限りで廃止あるいは民間事業者へ移譲される路線を旧塗装車で巡る「ありがとうツアー」が企画された。 同年には、旧塗装車の廃車を惜しんで、2回目の「旧塗装車ありがとうツアー」が開催された。 なお旧塗装車は2009年(平成21年)10月までに全車が廃車された。 (平成21年)には、を運行する特徴的な系統であったが路線再編で廃止された旧95系統のルートを辿る「95系統復活ツアー」が開催され 、旧95系統経路の往復走行や、浅間町営業所での撮影会が行われた。 (平成23年)・には、9-1524号車と9-3667号車を使用して「廃車作業立会いツアー」が開催された。 現在市営バスでは営業していないルートなどを貸切車両で巡ったあと、営業所にて当該車両の方向幕の撮影会、正面交通局章の取り外しや車両番号の塗潰しなどの登録抹消作業を参加者が実際に体験できるという趣向の凝らされたプログラムであった。 申し込み開始から数時間後に定員が満席になり、地元神奈川新聞の報道はもとよりテレビ朝日や趣味雑誌の出版社などの取材があるなど注目を集めた。 好評につきこれ以後も継続的に同様のツアーが企画されることとなり、2013年10月現在この廃車作業立ち合いツアーは第12回目まで計画・開催されている。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 現在の金額に換算すると約231億円• 現在の価値に換算すると約271億円• 前者は13系統、後者は8・58・105・106系統など• 東端は西口・安善町、西端・北端は奈良北団地、南端は金沢区総合庁舎• 大別すると市東部は、市西部は・、市南部は・・神奈川中央交通、市北部は・が路線網を有している。 かつては瀬谷区や栄区、さらには横須賀市にも路線が乗り入れていた。 泉区には市営バスの路線が定期運行された実績は無い(ただし、市営地下鉄が不通になった際に泉区内の~間で市営バスの車両・乗務員により代替バスが運行された実績はある)。 横浜駅へ乗り入れる一般路線を有す民営事業者は、、である。 は2006年11月に、は2019年12月を以て撤退している。 神奈中バス、京浜急行バス、相鉄バス、フジエクスプレスは横浜市営バスと同じ数字のみの系統番号、東急バスは横浜市営バスと共通又は引き継いだ番号に系統頭文字記号が加わる形式(例:青23系統)を用いている。 詳しくはを参照のこと• 液晶式行先表示機は1988年度に鶴見営業所に配置されたいすゞ自動車製車両の2台に試験採用された。 出典 [ ]• web. archive. org 2020年5月12日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月24日. 2020年5月24日閲覧。 web. archive. org 2019年7月5日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 「横浜市営交通八十年史」P307 - 308• web. archive. org 2020年5月7日. 2020年5月7日閲覧。 「バスジャパン・ハンドブックR・57」 p. web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 www. city. yokohama. 2020年5月6日閲覧。 乗合自動車運転系統図(1945年5月)• web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 「神奈川中央交通50年史」• 『東京急行電鉄50年史』• 『バスジャパン・ニューハンドブック23』 p. web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月7日. 2020年5月7日閲覧。 web. archive. org 2020年5月21日. 2020年5月21日閲覧。 はまれぽ. com. 2020年5月24日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月24日. 2020年5月24日閲覧。 web. archive. org 2020年5月7日. 2020年5月7日閲覧。 web. archive. org 2009年4月2日. 2020年5月24日閲覧。 web. archive. org 2009年2月17日. 2020年5月24日閲覧。 web. archive. org 2013年6月13日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2015年11月24日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 「バス・ジャパン」通巻8号 p43• web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2019年3月28日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2004年12月5日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2004年7月21日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2006年8月27日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2004年11月28日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2004年12月10日. 2020年5月12日閲覧。 archive. city. yokohama. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月7日. 2020年5月7日閲覧。 web. archive. org 2020年5月7日. 2020年5月7日閲覧。 web. archive. org 2013年7月1日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2005年6月29日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年1月16日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年2月9日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2007年6月18日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年2月9日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年3月7日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年2月9日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年3月7日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年4月15日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年5月8日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2007年6月18日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2006年8月27日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2007年2月12日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2007年2月14日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2007年2月18日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2008年2月22日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2007年5月19日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2007年6月14日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2009年4月11日. 2020年5月24日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 交通局総務課 記者発表資料 平成26年8月29日• 横浜市交通局 2016年9月30日. 2016年9月30日閲覧。 - 横浜市(横浜市記者発表資料)、令和元年(2019年)9月12日、同月29日閲覧• 神奈川新聞社 カナコロ. 2019年9月24日. 2019年9月29日閲覧。 web. archive. org 2020年5月7日. 2020年5月7日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 「横浜新都市センター30年史」92-93・156ページ• web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2019年11月9日. 2020年5月5日閲覧。 はまれぽ. com. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2019年11月9日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 はまれぽ. com. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2019年10月17日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2019年10月3日. 2019年10月3日閲覧。 archive. city. yokohama. 2020年5月21日閲覧。 web. archive. org 2019年10月3日. 2019年10月3日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2008年4月8日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月6日. 2020年5月6日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 archive. city. yokohama. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月5日. 2020年5月5日閲覧。 web. archive. org 2020年5月9日. 2020年5月9日閲覧。 web. archive. org 2020年5月12日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2019年11月11日. 2020年5月12日閲覧。 、、、、、、、• web. archive. org 2020年3月5日. 2020年5月12日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。 web. archive. org 2020年5月8日. 2020年5月8日閲覧。

次の