ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう。 「なんで最初から気づかなかったんだろう!?」

成らぬはひとの。

ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう

当時は空前の「スピリチュアル&癒やし」ブーム。 スピ系雑誌は自己治癒に関するさまざまな情報があふれていました。 モグに好かれるため、10カ月以上も占いの結果に一喜一憂し、恋愛効果があると言われたアドバイスを実践し、心身ともに疲れ切っていた私は、今度は癒やしを求めてスピリチュアルの世界にハマっていったのです。 都内のスピグッズ専門店を巡り、アロマセラピー、ホメオパシー、フラワーエッセンス、オーラソーマなど、スピ系癒やしグッズを片っ端から試しました。 失恋の痛みを一刻も早く解消したい私は、ホメオパシーの砂糖玉を舌の下に入れながらフラワーエッセンスを舌の上へ垂らしたり、香りが異なる複数のオーラソーマのポマンダー(香水のようなもの)を同時にまとうなど、使い方ガイドを無視して強行治療。 しかし一気に色々試し過ぎて、効いてるのかどうなのか全く分からないという状態に。 もっと効果の手応えを感じられるものはないだろうか? 藁にもすがる気持ちで情報をかき集めました。 そんな時、スピ系雑誌の特集で見つけた「リコネクティブヒーリング」。 ヒーリングとは心霊治療とも言われていて、体に触れず患者の心と体を癒やす治療法。 「リコネクティブヒーリング」は宇宙のエネルギーで人を癒し、しかも、人間としての変化と進化を促すというヒーリングだそう。 失恋を断ち切って自分を変えたいと思っていた私は、リコネクティブヒーリングに劇的効果を求めて、ヒーラーさんに予約をしました。 予約当日。 指定されたマンションの一室は、マッサージベッドが一台置かれただけの簡素な空間でした。 そこに現れたヒーラーさんは、どっから見ても普通の主婦。 劇的な効果を期待していた私は、その姿を見て意気消沈しましたが、ここまできたらもう後に退けません! 言われるがままにマッサージベッドに寝ました。 彼女は部屋の照明を薄暗く落とすと、私の体に触れるか触れないかの距離で手をかざし始めました。 しばらくすると、彼女の手から温かい何かが流れているような感じが......。 体が温かくなっていくにつれ、「気持ちいい~」と眠りそうになる私。 30分ほどたったその時、私の視界に、灰色の影を発見したのです!! それは背の高い男の人ぐらいの大きさで、私の右側に立って、私の右ももに両手を置いていました。 ヒーラーの人は私の足下に立って足の裏に手をかざし続けているし...... じゃあ、私のこの灰色の影は何!? いつの間にかスタッフが増えた!? でも、誰かが部屋に入る音はしなかったし......。 しかも、その影、人間の気配がしないのです。 木とか岩のような感じで、動く気配もなく、どっしりとそこに立っていたのです ヒーリング終了後、ハーブティーをいただいていると、ヒーラーさんがおもむろに「今日、来てたねー」と一言。 「何がですか?」と私が聞き返すと彼女は不思議そうに、「見えなかった? ヒーリング中、部屋にもうひとりいたでしょ」と言ったのです。 そう、灰色の影は私の幻覚じゃなかったんです! 心霊治療と言われているヒーリング、もしや幽霊? と思って彼女に聞くと、「違うよ。 地球外の存在だよ」と、予想外の答えが返ってきました! 私が見た灰色の影は宇宙人だったんです!! 彼女いわく、このヒーリングをしているとよく宇宙人が来て、ヒーリングを手伝ってくれるらしいのです。 ということは、私は宇宙人に癒やしてもらったってこと!? どこの星から来たどんな宇宙人なのか、来る宇宙人は毎回違うのかなど、ヒーラーさんにいろいろ質問しましたが、彼女はそれ以上答えてくれませんでした。 初めてのヒーリングで宇宙人に癒やされるとは......。 私は驚きつつも感激しつつ、ヒーリング代1万8,000円を払って興奮状態のまま部屋を後にしました。 宇宙人によるヒーリングのおかげで心の変化が起きたのか、それからの私はだんだんと前向きになってきました。 そんなこんなでモグと連絡を取らない日々が3カ月もたとうかという頃、なんとモグから「最近何でライブ来ないの?」とメールが送られてきたのです。 宇宙人ヒーリングにより生まれ変わった私は、忙しいとか適当な理由で返信したのですが、それ以降もモグからはひっきりなしにメールが来るようになりました。 どうせライブの誘いはバンドマンの営業だし...... と断り続けていたある日、「今度の日曜の夜、暇してたら飲みにいかない?」と、モグからプライベートのお誘いが!! 相手には彼女がいて、私をファンか友だちとしてしか見ていないことを分かっていても、やはりうれしいお誘いメール。 これを最後にモグへの思いを忘れようと決めた私は「OK」と返信しました。 こうして私は初めてモグとふたりで飲みに行くことになったのですが、恋を断ち切るつもりで行ったデートがその後のさらなる修羅道への入り口になるとはつゆ知らず。 ここを境に、私の恋とスピの狂想曲は本格的に激しさを増して行くのでした......。 <今回の散財> リコネクティブヒーリング(60分) 1万8,000円 カワグチニラコ イラストレーター。 32歳独身。 初めての占いで占い師を信じなかったばっかりに占いジプシーに。 "当たる"と聞けばどこへでも行き、タロットなどの定番から変わり種までひと通りの占いは経験済み。 現在、ジプシー時代に得た知識と本来の好奇心が相まって、占い師に転向しようか悩み中。

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山里亮太、『テラスハウス』出演中だった木村花の訃報に「とてつもない苦悩気付けなかった」「何かできることはなかったのか」と後悔

ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう

『SUPER BEAVER 15th Anniversary 都会のラクダSP 〜LIVE document〜』 2020. 昨今のコロナウイルス禍を機に誕生した、ライブストリーミングを中心とする映像配信サービス『Stagecrowd(ステージクラウド)』の記念すべき第1弾として実施された同配信。 SUPER BEAVERとしても、政府より発表されたガイドラインの内容を受け、4月10日の千葉LOOKを皮切りに開始予定だった全国ツアー『SUPER BEAVER 15th Anniversary 都会のラクダ TOUR 2020 〜ラクダの原点、ピーポーパーポー〜』の開催を断念、全24公演の中止が決定した矢先の試みだっただけに、事前収録とは言えどんなパフォーマンスを見せるのか大いに注目を集めていた。 「「SUPER BEAVERってこういうバンドだな」ってすごい思って。 これが楽しくて、これに魅せられてバンドをやってるんだろうなって思える瞬間がありました」(Ba・上杉研太) 「めっちゃ楽しかったですよ。 その舞台となったのは、東京・STUDIO COAST。 同会場の代名詞とも言える看板には、いつもと同じように当日のライブタイトル=『SUPER BEAVER 15th Anniversary 都会のラクダSP 〜LIVE document〜』が刻まれ、時をさかのぼるように「久々だ〜!」と真っ先に会場入りした柳沢をカメラが追っていく。 音響、照明も通常のライブさながら仕込みが始まっており、スタッフと次々に挨拶を交わしながら、「今回は普通のライブとはちょっと違う、1つのエンタテインメントみたいなものを作れたらいいなと思って。 来てみたら思ってた以上にワクワクする感じで、早くもテンション上がってるんですが(笑)」と柳沢。 続いて藤原、上杉が、柳沢同様に入口で検温と消毒を済ませ会場入り。 セッティングが進む様子を伺いながら、「確かにこれはすごい。 ヤバ」と興奮冷めやらぬ様子の上杉が、「これが新しい生活様式ってやつですか?(笑)」とスタッフと談笑し、早速ベースを手に取る。 「フロアで4人で音を出すのは初めてですね。 それだけで楽しくなるのに、こんなに機材もあって……いい意味で、現場でやる緊張感を久々に味わってる気がします。 このちょっとソワソワする感じ。 (以前は)こんなことをずっとやってたんだなって思いました(笑)」と笑う上杉。 そう、この日の形態はバンド初のフロアライブ。 観客がパンパンに入った状態ではなかなかできないそれに挑んだのも、彼らが「無観客でしかできないこと」にこだわったスタンスの現れだと言えるだろう。 そして、最後に会場入りした渋谷龍太(Vo)が楽屋でメンバーと合流し、場内を見渡していく。 改めてこれだけの多くの人間がSUPER BEAVERのライブに携わっていると感じるシーンだ。 普段着のままサウンドチェックにいそしむ4人の姿にも、いつもは見ることのできないSUPER BEAVERの心臓部に潜入している気持ちになる。 「ヤナギ(=柳沢)のギターが今日はよく聴こえるなぁ」と通常とは異なるシチュエーションのライブに武者震いする渋谷が、「不慣れな配信ライブでございますけども、メンバー4人精一杯やりますので何卒、今日は1日よろしくお願いします!」とバンドを代表してチームに言葉を送る。 「お久しぶりです、SUPER BEAVERです」と渋谷が開口一番、爆音があのイントロへとシームレスに切り変わっていく。 ここで奏でた1曲目は、「歓びの明日に」。 またも「初めて」を始めるこのバンドの第一歩に、こんなにふさわしい曲はないだろう。 彼らが歩んできた15年が、決して途切れることなくつながっていることを証明するようなセットリストに、オープニングからグッとくる。 「想像もしえなかった日々の真ん中で、バンドマンに何ができる!?」(渋谷) 自らに問いかけ、それを現在進行形で提示していく。 SUPER BEAVERのライブ以外の何物でもない光景が画面越しにでも胸を揺さぶるのは、かなりの至近距離からメンバーの表情を捉えたカットや、普段ではありえない真下から煽るようなド迫力のアングルなど、オーディエンスの視界を遮る心配がないためいつも以上に自由な、無観客ライブならではのカメラワークのたまものか。 15年を共に生き抜いてきた4人が向かい合って音を鳴らす、どのメンバーの目線の先にも戦友がいるというフロアライブの立ち位置は、今回でなくては見ることのできなかった美しい絵面だ。 そんな布陣で放たれた「青い春」が、とりわけエモーショナルに突き刺さる。 カメラに向かってクラップを促す渋谷に、思わず画面越しに応えた人も多かったのでは? 「ライブはやっぱり目の前にあなたがいて成り立つもんだと思ってるんですけども、それがかなわないとなれば、配信ならではの、画面の向こうで見ていてくれるあなたにどうやったら一番伝わるかなと考えた結果が、こちらのスタイルでございます。 メンバー4人、顔を合わせて演奏しております。 こんなことはスタジオ練習以外ではありません!(笑) 4人でギュッとエネルギーを爆発させて、画面の向こうまで届くようにしっかりとやりますので、最後までよろしくお願いします。 フロムライブハウスのSUPER BEAVERが、どんなふうに伝えるか。 そのまま藤原がつないだビートの上で、「画面の向こう側、現実とこの場所のあやふやな境界線。 飛び越えられなきゃバンドマンじゃないと思ってます。 目の前で会えない、めちゃくちゃ残念だ。 それでも思いっ切りやりますので、画面の向こうで油断してんなよ! 画面の向こうから、しっかり届けてください、よろしくお願いします。 行こうぜ! 会いたい自分がいる方へ」と、いつもながら「予感」のイントロの尺にジャストで合わせてくる渋谷のMC術には感心する。 メイン画面脇に設置されたチャットでは文字でシンガロングが巻き起こり、離れた場所にいてもまるでオーディエンスのみんなと一緒にいるように感じる。 渋谷も画面に呼びかけ手招きし、「あなたの番ですよろしく!」とマイクを向ける。 そんなアクションの連続に、チャットも倍々ゲームで盛り上がっていく。 MCで、「曲が終わっても拍手は鳴りませんし、名前を呼んでくれる声も届きません。 しかしながら届いてる実感が、聴こえてるような気になるのは、不思議なもんです。 いや〜不慣れですよ、ホントに。 「それでも」と思う気持ちが、4人をこの場所で向かい合わせて、たくさんの人の力を借りて、配信という形を取ってるわけです。 さぁ! 喋るか、みんな!(笑)」と語る渋谷の表情もいつになくやわらかで、そうさせるのはメンバーが目の前にいる安心感か、画面の向こうにオーディエンスがいてくれると感じる信頼感か。 「素直に今めちゃくちゃ楽しいです。 こういう状況下で我々もツアーができなくなったりして……それこそメジャー再契約を発表した4月の頭辺りなんて、計画してたことがことごとくできなくなって(苦笑)。 自宅からの配信とかもやってみたりしましたけど、メンバーで演奏するのはもう4カ月ぶりぐらい? 今日は会場入りしたときから、セットを目にしてワクワクしたよね、この向き合ってる感じが」(柳沢) 「どこか普通のライブより豪華だよね? 絨毯があるから!?(笑)」(渋谷) 「4人で覚悟を決めて音を鳴らし合うのって久しぶりじゃない? バンドってやっぱりこうだよなっていうのを今ヒシヒシと感じてますね。 変な話、ちょっと忘れちゃってたよね?(笑) こんな状況だけどベストを尽くしていくしかないし、そういう意味でも、この4人がここで音を鳴らしてるというのが自分の中でも合点がいくし、ちゃんと最前線でバンドをやれてる感じがしてますね」(上杉) 「え〜と藤……藤……?」(渋谷) 「藤原だよ!(笑) 一緒に音を出す、この楽しさが届いていればいいなって」(藤原) 「自分たちが音楽をやってる姿勢が、画面を通してプラスの活力にだけなればいいなって思ってます。 まっすぐな意味での「頑張れよ」だと思ってくれたら嬉しいです。 「頑張れ」っていう言葉は結構しんどく聞こえちゃったりする場面はあると思うんだけど、俺たちの「頑張れ」は、あなたが頑張ってるのを知った上でも言いたい「頑張れよ」なので。 自分たちができること、4人で表せるスタンス、この先を見据えての動き……全てがあなたを前に転がす原動力になりますようにと、今日この機会を設けさせていただきました。 柳沢がつまびくギターを背にカメラが上空へと舞い上がり、その画面を越えてしっかりと1つ1つの言葉が、信念が伝わってくる。 ストリングスアレンジが施された音源も素晴らしかったが、ギター、べース、ドラム、声だけで構成された「ひとりで生きていたならば」もまた感動的で、4人の15年間歩んできた軌跡をそのまま落とし込んだようなこの曲には、鳥肌が止まらない。 心が動いてると身体が合図する。 続けざまの「嬉しい涙」でも、「歌って!」とカメラに呼びかける渋谷にチャットは文字でシンガロング。 4人と全国、いや、全世界で見ているオーディエンスで一緒にライブを作っていく感覚。 と同時に、収録済みの映像であることを完全に忘れてしまう圧倒的な没入感。 「拍手が、歓声が、一緒に歌ってる声が聞こえないことに対しては、奇麗事を一切抜きにするならば違和感はあります。 =いかに大事なものかって今になって気付きますね。 自分たちはそういうことを常日頃考えながら音楽活動をやってきたつもりだし、当たり前なんかないし、慢心も驕りもないつもりだけど、やっぱりあなたが目の前にいないのは不思議な気持ちです。 でも、届けられるものは全部届けようと、思いっ切り今日はやりました。 4人でやってきた音楽だからこそ、4人だけじゃないことに気付けた音楽です。 15年という歳月は紆余曲折、山あり谷あり、いろいろありました。 悔しかったり悲しかったことの方がもしかしたら多いかもしれない。 ただ、そういうことを経験しながらも、自分たちはその1つずつをドラマに変えてきたバンドだと思ってます。 今後もうまくいかないとき、うまくできないときはあると思います。 でも、そういうときは、そのまんまうまくいったときよりも、その後もっとうまくいく可能性があるって思いながら、俺たちは音楽をやってます。 この先も4人で、そしてあなたと、音楽を作っていこうと思ってますので、何卒よろしくお願いします。 疾走感と高揚感に突き上げられるこの曲はライブのド頭にピッタリかと思いきや、ライブをビシッと締めくくることができる曲だとも再認識。 演奏を終え、心地よい疲れを引きずりバックヤードへと向かうメンバー。 ここで映像の冒頭で流れた渋谷のコメントがプレイバックされる。 渋谷の言葉が、ライブを見終えた自分により響くのが分かる。 映像の終了後も、チャットには感動と感謝がすさまじいスピードで積み重なっていく。 そして最後は、柳沢が配信終了直後にTwitterのタイムラインに投げかけたこの約束を、あなたに。 「どれだけ考えても「ライブの代わり」はありませんでした。 だから俺たちは一つの作品を作ろうと決めました。 それが収録に決めた理由です。 あなたが「楽しかった」と思ってくれたなら本望です。

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何も持っていない人間は、どう戦うべきか?(後編)

ひとりじゃ何一つ気付けなかっただろう

成らぬはひとの。 鳥になって 糸 <1. First Contact 雅> ちっくしょー、ツいてねーな… 左肘の内側、柔らかい所を親指でぎゅ、と圧迫し左手を胸より下げないようにして。 人気のない廊下をひとり、保健室へと急いでいた。 今日は自分にとっては母校にあたる中学校で、高校の合同説明会が行われている。 高校教諭になりたてで下っ端なため、こういう面倒な行事には駆り出されてしまう運命にある。 加えて。 説明会のチーフスタッフで、現三年生の学年主任でもある有馬早苗が、強硬に僕の同行を押し通したという経緯もあって。 僕は否応なく今日の説明会に参加していた。 今のところ、高校・大学を通して先輩で最愛の恋人である新野さやかとの関係は誰にも知られていない。 もちろん、バレていたら同じ職場には採用されなかっただろうし、バレた時点で即刻クビだろう。 僕らの関係は誰にも知られてはならないのだ! それにしても。 結構、痛ぇ…。 体育館での会場設営の際。 倒れてきた立て看板を反射的にキャッチしたら釘の処置が甘かったらしく、飛び出していた先端で左手のひらを引っかけた。 5cmくらいのひっかき傷で、幸い出血自体は大したことがなく。 消毒だけはしっかりしておいたほうがいいので、今、こうして保健室に向かっている。 母校だからひとりで動けるけど、もし知らない学校だったら付き添いつきだ。 子供じゃあるまいし。 下手したら有馬早苗がついてきておかしなことにでもなったらそれこそ、コトだ。 血相変えて心配していた早苗を思い出してうんざりする。 歩きながら窓の外に目をやると、銀杏が色づいて校庭に彩りを添えている。 最初のうちは同じ職場で働くことに難色を示していたさやかだったけれど。 近頃ではやっと信用してくれたのか、あまり文句も言わなくなった。 プライベートでさやかラブを全開にしているので、職場で同じようにされたらたまらんという危惧もあったのだろう。 しかし実際に一緒に働いてみて。 仕事中はあくまで先輩と後輩というスタンスをごく自然に貫く姿に、やっと安心してくれたらしい。 ま、相当努力してるからネ。 これが評価されなかったら、相当ツラいけどネ? やっと保健室にたどり着いて、ドアを開ける。 慌てたような衣ずれの音が、何とも色っぽい。 消毒、オキシドールか! 染みるんだよなぁ、コレ…イソジンないのかな… あとはガーゼと包帯と、えぇと、傷口には何塗りゃいんだこりゃ 頭を悩ませていたら、背後でカーテンが手荒に引かれる音と。 続いて、詰問するような調子の、声。 必要なものを抱え、ゆっくり振り向く。 ひとりはジャージで仁王立ち、もうひとりは奥のベッドの上でシャツのボタンを留めている。 ふたりとも、思わず見惚れてしまうほど綺麗な顔立ちをしている。 ただし、ジャージのほうは傷ついた獣みたいな瞳をしていて、こちらをじっと窺っている。 一発で僕をこの学校の職員じゃないと見破った、ということは。 3年生、か。 「ああ、ただの通りすがりだから。 お邪魔しちゃったかナ」 ふたりの行為を否定したつもりはなかったけれど。 茶化すような口調が気に入らなかったのか、ジャージの顔が厳しくなる。 きっと、自分の周りにあるものはすべて気に入らないんだろう。 自分自身でさえも。 「何なんだよ」 不穏な口調で詰問される。 僕はオキシドールのキャップを開け(吹きかけるタイプだ)、呼吸を整え、意を決して傷口にスプレーする。 アレ?意外と平気………じゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ やっぱいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 半べそになりながら、脱脂綿で傷口を押さえる。 耐えがたい痛さ。 「おぉ、いてぇ。 そんなに苛々すんな、落ち着け。 何がそんなに、面白くないんだい?」 その言葉で、明らかにジャージがカッとなったのがわかる。 「お前らなんかに、何がわかるんだッ!」 『お前ら』。 君が本当に怒りをぶつけたいのは誰なんだい? どうしてそんなに、自分が無力だなんて感じてるんだ。 だからそんなに苛立ってるんだろう、周りでなく、他ならぬ自分自身に。 空っぽで、虚無感にまみれて窒息しそうだったかつての自分が、ジャージに重なる。 「うーん、残念ながら他人の気持ちって、誰も理解できないんだヨ。 」 伝わるだろうか。 伝わるといいな。 僕の危惧をよそに、そう言われたジャージは驚いたように押し黙った。 「伝えなきゃ、伝わらないんだ。 伝えようとしても、伝わらないこともある」 ジャージが、じっと考え込むような素振りを見せる。 僕は傷口の応急処置をしながら続けた。 「今は地べたを這ってる虫みたいな気分かもしれないけど」 包帯を、ややキツめに巻いていく。 「あと3年もすれば、君たちは自分の力で羽ばたけるようになるんだよ」 息詰まるような閉塞感とか。 檻の中で無駄にもがいているような徒労感とか。 そんなものは、永遠じゃないんだ。 「自分の背中に羽があることをちゃんと知ってるかい?」 君は無力じゃない。 無力だと、思いこんでるだけなんだ。 「どんなところにでも、鳥になって羽ばたいていけるんだよ。 」 自分を縛っているのは自分自身でしかないんだ。 伝わるといい。 かつてさやかが、僕にそう教えてくれたように。 考え込むように押し黙るジャージの後ろで。 ベッドの上で冷たい横顔を見せている生徒も気になる。 彼女のほうが、もしかしたら闇は深いのかもしれない。 「高校は、そのための準備期間みたいなもんだから。 もっと話したければ、うちの高校にくるといいよ」 「…高校?」 「うん。 一応、高校のセンセーだからネ!」 新米ですけれども。 棚から出した備品を、ひとつずつ戻していく。 僕は学校名を教えてから、立ち尽くしているジャージに「またネ」と声をかけて。 保健室から出て行きかけて、立ち止まる。 「それと。 ドア、鍵かけといたほうがいんじゃね?」 それだけ言って、僕は保健室を後にした。 ここではさやかじゃなくて、新野先生だけど。 油断していると、綺麗すぎて見とれちゃうから気をつけなけりゃ。 「ありがとうございます。 」 見かけ上、キリッと返事をして立ち上がる。 あくまで見かけ上。 振り返るように職員室の入口を見て、一瞬誰だかわからなかった。 近づいてやっと、相手が誰だかわかった。 「おっ、久しぶり!」 ジャージじゃなかったからすぐに気付けなかった。 印象的な顔立ち。 高校説明会の日に保健室で出会ったジャージだった。 藤間悠と名乗ったその中学生は、見るからにモテそうな風貌をしている。 加えて何もかも拒絶するような雰囲気と、憂いを帯びた表情がそれに拍車をかけている。 気が短いのだろう、目じりが軽くつり上がっていて、そのせいで表情がきつい。 場所を、ひとけのない応接室に移動してお茶を出す。 「…アンタが言ってたことが気になったから、来た」 警戒心丸出しだ。 「素直だネ。 何が気になった?」 僕は決して自分が教師に向いているとは思わない。 優れたスポーツ選手が必ずしも優れたコーチになれないように。 僕は学習意欲のない生徒の気持ちを理解してあげられないからだ。 助けを求めて伸ばされた手は、決して拒絶しない。 最後までとことん付き合う。 底なし沼で、無限とも思える時間もがき続ける辛さを知ってるから。 助けられるなんて思っちゃいないけど。 それでも、一緒にもがくことはできるから。 しばらく躊躇ってから、悠が沈黙を破るために口を開く。 僕は悠の目を見つめて、じっと言葉を待った。

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