パラダイム シフト。 実践 7つの習慣 パラダイムを変えれば結果も変わる

中学生でもわかる!7つの習慣の「パラダイムシフト」と「原則」とは?要約まとめ

パラダイム シフト

パラダイムを簡単に まず、この言葉の意味を調べると、 次のように書かれています。 出典: デジタル大辞泉(小学館) アメリカの科学史家クーンが科学理論の歴史的発展を分析するために導入した方法概念。 科学研究を一定期間導く、規範となる業績を意味する。 のちに一般化され、 ある一時代の人々のものの見方・考え方を根本的に規定している概念的枠組みをさすようになった。 出典: 三省堂 大辞林 上記2つの辞書から引用しました。 「 パラダイム」とは、簡単に言うと、 「 ある時代における支配的な物の見方や考え方」 のことを言います。 これだけだと分かりにくいため、補足を入れましょう。 「 支配的」とは、 「 当たり前のこと・常識的なこと」だと考えて下さい。 例えば、中世以前のヨーロッパでは 「太陽が地球の周りを回っている」という考えが当たり前でした。 これを、 「 天動説(てんどうせつ)」と言います。 しかし、時代がどんどんと進むにつれて、 人々は「 地動説(ちどうせつ)」が常識ということに気づき始めます。 「地動説」とは、 「地球が太陽の周りを回っている」という考え方のことです。 ではなぜ「地動説」が常識と言われるようになったかと言うと、 「 明らかに地球は太陽の周りを回っている」 ということが様々な実験により分かったからです。 具体的には、 地球を空から見れる衛星などによって、 科学的に実証することができたのです。 そして、 「天動説ではどうも惑星の動きを説明できない」 という結論がはっきりと出るようになりました。 こうなると、 人々は今まで非常識とされていた考え方を 逆に常識と認めざるを得ませんよね。 これが、「パラダイム・シフト」と呼ばれる現象なのです。 「シフト(shift)」とは、「 移り変わる」、 言い換えれば、「物事の根本的な考え方が変わる」ということですね。 ちなみに、 「パラダイム・シフト」ではなく、 「 パラダイム転換」と言う場合もあります。 一見違うようにも聞こえますが、 どちらも同じ意味だと思ってください。 スポンサーリンク パラダイムを詳しく では、「パラダイム」について もう少し詳しく見ていきましょう。 「パラダイム 」は、英語で「 paradigm」と書き、 元々は「 模範」「 範」などと訳されていました。 ところが、 アメリカの「トマス・クーン」という学者 によって現在の意味になったのです。 彼は、1962年に 「科学革命の構造」という本を刊行します。 その本の一節に「パラダイム」という言葉が登場し、 科学の歴史や思想を説明する中でこの言葉が有名になったわけです。 「クーン」は、「 科学は連続的には進歩しない」と主張しました。 どういうことか言うと、 「 科学は、革命のように非連続的に変化する」 と言ったのです。 人間は生きていく上で、 それまでの理論では到底説明できない現象や問題に直面します。 そんな時に、 「 以前と全く異なる考えによって新しい理論が生まれ、考え方の常識が一新されること」 これを彼は、 「 科学革命」と呼んだのです。 つまり、 「 古いパラダイムが新しいパラダイムに代わる」 ということですね。 「パラダイムの変化」は、学問の根本的な枠組みが変わることです。 言いかえれば、 「世界観が変わること」とも言えるでしょう。 その後、 クーンの主張は多くの誤解釈があったため、 後の改訂版では撤回が宣言されています。 しかし、現在でもこの意味から派生し、 科学以外の様々な分野で「パラダイム」が用いられています。 具体的には、 「心理学」「哲学」などの分野ですね。 これらの分野では、 「 見方を変える」「 固定観念を破る」 といった意味でも使われているのです。 共通しているのは、 「 物事への支配的な考え・枠組み」 といったことですね。 どれも完璧に正しい訳語ではありませんが、 概ね上記のような理解で問題ありません。 また、「パラダイム・シフト」だと• 「 革命」• 「 変革」• 「 改革」• 「 一新」• 「 常識変化」• 「 常識打破」 なども「類語」と呼べるでしょう。 関連: イメージ的には、「思考が180度変わる」 と考えると分かりやすいですね。 パラダイムの使い方・例文 では、最後に「パラダイム」の使い方を 実際の例文で確認しておきましょう。 かつては、天動説が一つの パラダイムであった。 パラダイムとは、科学者の行動の指針となるものである。 パラダイムが異なれば、物の見方が正反対となる。 理論の枠組みが劇的に変わることを、 パラダイムシフトと呼ぶ。 パラダイム転換により、近代科学は新しい常識へと変わった。 科学革命とは、古い パラダイムから新しい パラダイムへと代わることだ。 パラダイムチェンジは、世界の枠組みの変化を意味する。 「パラダイム」は、基本的には 「近代的なテーマを扱った文章」に使われることが多いです。 特に、大学入試の現代文では その傾向が強いですね。 ただし、場合によっては ビジネスで使われることもあります。 ビジネスの場合は、 「 組織内での常識的な考え方」という意味だと思ってください。 要するに、 「それまで組織で当たり前と思われていたルール」 ということですね。 例えば、ある企業が今までは 「安いものを多く作って売ること」が 利益につながると考えていたとしましょう。 しかし、なかなか業績が上がらず 壁にぶつかってしまったとします。 そんな時に、 「高いものを少しでも多く売ることが利益につながる」 と考えて抜本的に発想を変えたとします。 このような場合に、 「 組織内の既存の考えを一新する」という意味で 「 パラダイムを変える」などと言うわけです。 関連: まとめ いかがでしたか? 今回の内容をまとめると、 「 パラダイム」= ある時代における支配的な物の見方や考え方。 「 パラダイム・シフト」= 古いパラダイムから新しいパラダイムへ変化すること。 「 類語」=「 常識・規範・定説・思考体系・価値体系」など ということでしたね。 「パラダイムシフト」の方は、一言で 「 常識変化」「 180度変換」などと覚えてもよいでしょう。 この記事をきっかけに、 ぜひ正しい意味を覚えて頂ければと思います。 では、今回は以上です。

次の

パラダイムとは?意味や例をわかりやすく解説

パラダイム シフト

辞書にはこう書いてあります。 ある時代・集団を支配する考え方が、非連続的・劇的に変化すること。 社会の規範や価値観が変わること。 例えば、経済成長の継続を前提とする経営政策を、不景気を考慮したものに変えるなど。 パラダイムチェンジ。 パラダイム変換。 発想の転換。 ビジネス書の全世界的ベストセラーで 学ばれた方も多いと思います。 靴の商社に勤める2人の営業マンに、新規市場開拓としてアフリカ赴任人事が伝えられます。 赴任地はアフリカでもかなりの奥地。 住む人は皆、裸足。 靴を履く習慣などない土地柄。 そして赴任早々、2人の営業マンからそれぞれ、本部に報告が入ります。 A 「誰も靴を履いてません。 こんな所で靴なんて売れるとは思えません!」 B 「誰も靴を履いてません。 すごい市場です。 ここなら全員に売れる可能性があります!」 と、端折ればこんな感じの話です。 ちなみに、この「靴の営業マンの話」を、朝礼ネタ・朝礼スピーチとして活用されるようでしたら、 こちらの『朝礼スピーチ実例』が参考になるかもしれません。 ・・・ さて、筆者の先輩は、とても自慢げに「靴の営業マンの話」をした後、 「なっ、Bの営業マンのような考えを持てば、パラダイスだろ?だろっ!(半ば強制)」と 見事に締め括りました。 身近なパラダイムシフト 先日、こんな話を聞きました。 女の子が泣きながら、こう訴えかけてきたそうです。 誰かお願い、助けてっ!」 居合わせた大人たちの多くは「た、高い穴?」「深い穴だろ」と感じたそうですが、 1人の女性は違いました。 仮に、その女の子に対し「それは高いじゃなくて、深いだよ」と諭す大人がいるとすれば、 それは、大人の方が間違っているのかもしれません。 ちなみに、この「高い穴に落ちた女の子の話」を、朝礼ネタ・朝礼スピーチとして活用される ようでしたら、こちらの『朝礼スピーチ実例』が参考になるかもしれません。 ・・・ 「パラダイムシフト」という言葉は本来、 シフト前後の考え方に対して、優劣などの価値判断を行わない概念(三省堂辞書サイトより)。 また、一個人の物の見方が変わることを指すものでもない(ウィキペディアより)そうです。 本来の意味からは随分と拡大解釈されている面もあるようですが、難しい解説をされるよりも、 「見方を変える」「固定観念を捨てる」「常識を疑う」といった、分かりやすい説明を受けた方が 記憶にも残りやすいもの。 ・・・ 先輩の「パラダイ スシフト」。 「なんちゃってー」と茶化していましたが… 今思えば、子どもの頃に習ったことって、面白い先生に教わったことの方が記憶に残っているもの。 これは大人になった今でも同じですね。 先輩には感謝しています。 この先輩を「おバカな先輩」と思うか、「素敵な先輩」と思うか、 これも1つのパラダイムシフトなのかもしれませんね。

次の

「パラダイム」の意味とは?使い方・例文とパラダイムシフトも解説

パラダイム シフト

パラダイム・シフト ~天文学の事例~ 以前の記事で、「天王星の軌道についての疑問が海王星の発見につながった」というエピソードを紹介しました。 それを例にしてみましょう。 18世紀、天王星の軌道がニュートン力学の計算からズレているらしいことが分かりました。 そのズレを説明するために「天王星の外側に未知の惑星があって、その惑星の引力によって天王星が引っ張られているのではないか」と考えたわけです。 そしてその考えが正しかったことはすぐに判明しました。 そのとき、新たに発見されたのが海王星です。 こういうその場しのぎのような解決法を 「アド・ホックな解決」というのでした。 天王星と海王星については、アド・ホックな解決がたまたま正解だった事例と言えるでしょう。 天王星の軌道がニュートン力学の予測とズレているからといって、簡単に「ニュートン力学は間違いがあるのだ。 ニュートン力学を捨て去ろう!」となるかといえば、普通はそうはなりません。 ニュートン力学というのは他の多くの理論や観測事実の基礎になっている大元の理論です。 パソコンで例えるなら、個々のアプリケーションソフトではなく、パソコンを動かす基本ソフトであるOSのようなものですね。 さて、パラダイムにとって少しばかり不都合な事実があるからと言って、パラダイムをいじるとなると、あちこちに影響が及んで大変です。 だからこそ、この場合でも「天王星の外側に未知の惑星がある」という〈小さな理論〉を導入するというアド・ホックな解決をしたわけです。 ここでポイントになるのは、 アドホックな解決をすることによって基礎的・普遍的・中心的なパラダイムは無傷で守られるということです。 この事例の場合は、実際に海王星が発見されてアド・ホックな解決が正しいことがすぐに分かったので、それでよかった。 めでたしめでたしですね。 しかしながら、そうはうまくいかないこともあるんです。 天王星/海王星は18世紀の話でしたが、19世紀に新たな問題が出てきました。 今度は「水星の軌道」の問題です。 よくよく調べてみると、水星の軌道もニュートン力学の計算からはズレていることが分かってきました。 昔の成功体験がありましたから、天文学界は今度もアド・ホックな解決でイケると考えました。 その解決法とは「水星の内側に未知の惑星があって、その引力で水星の軌道が変わる」というものです。 そして気の早いことに、まだ発見されていないその惑星に 「バルカン」という名前までつけてしまいました(^^;)。 ところが、探せど探せどバルカンは見つかりません……。 結局、ニュートン力学の範囲内では水星の軌道をうまく説明できず、20世紀に登場したアインシュタインの一般相対性理論を使えばそれについて説明可能であることが分かりました。 こちらは、アドホックな解決ではうまく対応できず、パラダイムの修正・廃棄にまで至ってしまった事例ですね。 ニュートン力学から相対性理論へという風に、科学のパラダイムが大変動することを 「パラダイム・シフト」と言います。 この「パラダイム」も「パラダイム・シフト」もアメリカの科学史家 トマス・クーンが提唱した概念です。 どちらの言葉も有名になりましたね。 科学に限らずいろんな分野で、そのときの常識を「パラダイム」と呼び、それを打ち破ることを「パラダイム・シフト」と呼んでいるように思います。 他にもいくつかニュートン力学で説明困難な事実があり、それらも関係しています。 パラダイムシフトはどう起きるのか? ではここで、クーンが説明した「パラダイム・シフトが起きる仕組み」をまとめておきましょう。 科学者集団はその時代・地域で受け入れられているパラダイムのもとで研究している。 そうした研究をクーンは 「通常科学」と呼ぶ。 ニュートンが登場した17世紀から、彼の理論が中心にあった20世紀初頭までの科学は、ニュートン力学のパラダイムに則った「通常科学」の時代というわけ。 それを 「アノマリ」と言う。 ただ、それらのアノマリ(変則事例)はアド・ホックに解決されたり、些細な問題として放置されたりするのが普通。 この状態が通常科学の 「危機」。 これこそが「パラダイム・シフト」あるいは 「科学革命」。 天動説から地動説へ移行した、ニュートン力学から相対性理論へ移行した……例えばこれらがパラダイム・シフトの例です。 パラダイム論への反応 さて、クーンのパラダイム論ですが、様々な反響を呼びました。 実はその中にはネガティブな反応も多くあったのです。 別にそれほど変なことを言っているとも思えないのに、何が引っ掛かったのでしょう? クーンのパラダイム論がネガティブに受け止められた原因は、「科学的発展はかなり主観的な要因で起きる」とクーンが主張していると思われた点にあると思います。 例えばアノマリが蓄積されていても、それを深刻に受け止めるか、それともスルーするかには研究者たちの主観的な要因が関係するでしょう。 若い人が新たな発想で解決しようとしても、頭の古い先生世代がそれを封じてしまうということもあるかもしれません。 科学理論とは言っても論理や観察だけで理性的に優劣を決めているのではなく、研究者集団の社会的要因(人数や力関係)や心理的要因に大きく左右されているというわけです。 少し極端な言い方をすれば、研究者たちの主観によって決まるというなら 「パラダイムなんてどれでもいい」ということにもなりかねません。 科学の理論というのは、客観的世界の真実を表していると普通は考えられています。 それなのに、パラダイムはまるで好き嫌いの問題であってどれを選択してもいいだなんて…… クーンの考え方はこのように解釈されることがあったのです。 このあたりのことが「科学とは客観的な営みであり、研究者の主観とは関係なく証拠に基づいて発展していく」と強調したい人たちのカンに触ったのでしょう。 ですが、クーンは「アノマリ(変則事例)の劇的な解決として科学革命が起きる」と言っているわけですから、少なくともアノマリを解決する能力については新パラダイムの方が優れていると考えていたはずです。 また、異なるパラダイムや理論を比較する際の合理的基準として、それらの「正確さ」「無矛盾性」「単純性」などいくつかの項目を挙げているので、パラダイム間の優劣がまったくないと考えていたとは思えません。 確かに科学というのは、証拠や根拠に基づいて客観的に発展させていくものです。 しかし一方、科学をやるのは人間です。 どちらが優れたパラダイムなのか、ハッキリと決着のつかない間は主観も入ってくるはずです。 結局、クーンと反対派との議論は、科学の営みにおける客観的要因と主観的要因のどちらの側面を強調するのかで対立していたように僕には思えます。 本質的な部分でお互いにまったく異なることを言っていたようには思えません(実際、反対派のラカトシュという学者の考えもクーンとよく似ています)。 実際の意見の相違がどの程度のものだったのかは疑問で、「言い方」「強調点の置き方」にすぎないものが感情的な対立にまで発展しただけかもしれないと思っています。 とは言え、科学的発展においては客観的な側面ばかりが語られていたのに、そこに主観的な要因があることを指摘し、科学にも心理学的・社会学的な側面が多分にあることを主張したクーンの業績は重要なものだったと言うべきでしょう。 次回「科学の方法と特徴(4)「科学らしさ」とは何か」では、結局、僕たちが「科学らしさ」と感じているものの正体は何なのかということを考えてみます。

次の