一橋 大学 アメフト。 後期受験体験記~僕が一橋に受かるまで~

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東大は序盤、一橋大に先制を許すも、第2クオーター(Q)に逆転して以降は攻守で圧倒。 リーグ戦はここまで3戦全勝としている。 第4戦は10月22日午後1時半から、東京学芸大学と戦う。 3点ビハインドの第2Q、東大は樋山選手( 32) のTDで逆転に成功する(撮影・小田泰成) 東 大|06714|27 一橋大|3000|3 経験の少ない下級生中心のメンバーで試合に臨んだ東大。 試合開始直後、パントキックの距離が伸びず一橋大にフィールド中央付近からの攻撃を許すと、フィールドゴール(FG)につなげられ先制される。 次の攻撃ではタッチダウン(TD)まで残り6ヤードと迫られるも、攻撃権更新まで1ヤードの4thダウンギャンブルを止めて無失点で切り抜ける。 東大の反撃開始は第2Q。 パントがうまく転がり陣地を回復すると、直後に池内俊貴選手のインターセプトが飛び出し敵陣29ヤードで攻撃権を奪う。 ランで前進し、最後は樋山大郎選手が1ヤードをねじ込んでTDを決め逆転。 さらに前半終了間際にもパスを続けて敵陣に攻め込むが、ここは31ヤードのFGを失敗して3点差で前半を終える。 第2Q、反撃の起点となった池内選手(中央)のインターセプト(撮影・小田泰成) 後半に入ると一橋大がファンブルで後退するなど精彩を欠き始め、東大が攻勢に。 フィールド中央付近で攻撃権を手にすると、古賀福丸選手にパスを通して攻撃権を更新。 ランで攻撃をつなぎ、再びパスを受けた古賀選手がそのまま走って飛び込みながらTDを奪う。 その後も樋山選手らランニングバックが走り続けて攻めを切らさず、第4Qに樋山選手がこの日2度目となる22ヤードのTDランを決めて勝負あり。 最後まで集中力を切らさず、後半は攻守で圧倒してリーグ戦3連勝とした。 僕らの方がフィジカルはちょっと上だと思っており、前半思うようにいかなくても焦って自滅しなければ何とかなるとそんなに心配はしていませんでした。 バックアップメンバーとして、特に下級生が経験を積んでレベルアップするということに尽きると思います。 僕らのレベルだと楽に勝てる試合というのはほぼないので、一戦一戦準備して、試合の中で少しずつ強くなっていく必要があります。 楽な試合にならないということは想定していた中で、自分たちのプレーをすれば最終的に勝つのは自分たちだと思っていたので、焦ることなくプレーできました。 ディフェンスが相手に追加点を許さずしのいでくれたのも大きかったです。 下級生が頑張ってくれたところはよかったです。 春から若いチームだったので、下級生が力を付けていってくれたのが今につながっていると思います。 【関連記事】.

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なんで同志社大学に受かったのに一橋大学に行っちゃうの? 私は同志社大学も合格していたのですが、どうやら一橋大学を私立大学と思われている節があるんですよね。 特に地方ではほとんど知名度がありません。 これ、ビックリするくらい知られていないんですよ。 入試難易度もそれなりに高いのですが地方の旧帝大のほうが有名なケースもあります。 文系の4学部しかないので学生数が少ないということもありますが、それを差し引いても知名度もっと欲しいです。 かろうじて日本経済新聞を読んでいる方には認知度はあるように思えますが。 そこにきて慶應義塾大学って知名度バツグンですよね。 全国的に知られているし、ネームバリューも高いです。 卒業生の数も多いですし、この点では一橋大OBとしては慶應義塾大学が羨ましいのですよ。 一橋大学に入学することがコスパ悪い? あと、上記の記事で気になったのは「コスパが悪い」という点です。 入試にコスパを気にしている時点で一橋大卒業生の特色が色濃く出ていますね。 国立大学はセンター試験、二次試験と、一言でいえば、入試にあたって勉強しなければならない教科なども多かったです。 しかし、慶應大学の文系学部であればそこまで幅広く対応しなくてもよいですし。 慶應大学に進学するのだと決めていれば、そこまで労力をかけなくてもよかったなと」 一般的に知られていないかもしれませんが、一橋大学の入試ってかなり範囲が広いんですよ。 センター試験で5科目受験した後に、二次試験では筆記で国語、英語、数学、社会という4科目を受験します。 たしかに科目数は多いのですが、「コスパが悪い」という考え方よりも強く感じたことがあります。 それは、 学生のうちからジェネラリストの要素が鍛えられるという点 です。 よく「得意なことだけを磨けばいい」と言われますが、それは「得意分野を特定できた人」にかぎって言えることです。 高校生の6割くらいはまだ自分のフィールドを探している最中でしょう。 だから、この時期からいろいろな勉強法を確立しておくことは決して無駄ではないと思うのです。 慶應大学卒業生が世渡りがうまいしスマート。 社会に出てから、慶應大学卒業生と会う機会が多くなりまして、その時に感じるのは「うわーみんな知的だし、世渡り上手いなー!」。 一般的に慶應大学卒業生は地頭はいいし、なんというか社会に適応するのが上手なんですよね。 母集団が多いのでばらつきがあり標準偏差は高そうですが、概していえばスマートなんですよ。 一方、一橋大学OBOGも頭はいいのですが、慶應OBOGと比較すると社交性はやや劣勢なのかなと、これは完全な私見ですが……。 大学時代に国立や小平(私の時代はまだ小平に校舎がありました)という東京のおだやかな土地で過ごすという経験に関連しているのかは分かりませんが、慶應大学生はやはり都会的でおしゃれですよ。 本当にかないません。 一橋大学のすごさを皆さん知らなすぎる。 でね、前置きが長くなりましたがここからが本題です。 なんやかんや言ってもやはり一橋大学を卒業してよかったと思うのですよ。 娘にもし「慶應大学経済学部と一橋大学経済学部どっちに進学すればいい?」と聞かれたらまず間違いなく一橋を推します。 40歳すぎると人生に学歴は関係ないと思われますが、やはり日本ってまだ学歴社会なんですよね。 しかも自分より年上の方には学歴にセンシティブな方も多いんです。 そこで一橋大学ってちょうどいいポジショニングなんですよ。 何がちょうどいいかって「 知る人ぞ知る大学」だからいいんですよ。 東大や京大や早稲田や慶應なんて日本全国に知れ渡っていますが、先述したように一橋大学って一部の人しか知られていないんです。 大学受験経験者や大企業に勤務している方には認知度は高いですが、それ以外に正確なバリューを知っている人はあまりいません。 いいかえると、 大学名を伝えるだけで勝手にスクリーニングがかかるわけです。 知っている人をふるいにかけられるという効果が得られるんですね。 で、もう一つ感じることがあって、これは勝手なイメージなのですが 一橋卒業生って恐ろしいほどのポテンシャルを持っているケースがあるんです。 先輩や後輩と接する機会に感じるのですが、「あ、この人将来的に大化けするわ」という人が少なからずいます。 ま、母集団が少ないので目立たないですが確率的には大きいと思いますよ。 日曜の夜なのでコラム的な感じでバイアス強めで書いてみました。 あと、私一橋大学卒業生の中でも収入レベルがワースト1%に属すると思いますので、他の一橋OBOGからは同じ一橋くくりにされたくないかもしれませんけどね!.

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第71回東商戦 男子対校エイト 4月28日 埼玉・戸田ボートコース 1位 一橋大 6分23秒88 2位 東京大 6分26秒88 第71回を迎えた東京大学と一橋大学の対校競漕 ボート 大会、通称「東商戦」が、4月28日に開催された。 花形の対校エイトは通算42勝27敗 第8回大会はメルボルンオリンピックのため開催せず で東大が大きく勝ち越しているが、直近は一橋大が10連勝中だ。 一橋大主将の増田創史 4年、市川 にとって、今回の東商戦は長いリハビリを乗り越えての復帰戦だった。 そして、東大に3秒差をつけてのゴール。 増田は勝利を確認すると、ボートの上で上半身を前に倒し、しばらく動かなかった。 昨年10月末から始まったリハビリ 11連勝をかけた勝負の前、増田には少し気負いがあった。 目標であるインカレ優勝に向けて部全体にに勢いをつけるためにも、対校エイトで、両校を通じて最多の連勝記録を更新したいという思いが強くあった。 「実は今朝も試合の夢を見たんですよ。 夢の中で勝つには勝ちましたけど、なんとか勝ったという勝ち方で……。 現実はすっきりした勝ちでいきたいところです」 久しぶりの実戦に対する緊張もあったのだろう。 増田は昨シーズン終盤から腰痛に悩まされてきた。 痛みをこらえて出場し続けていたが、10月末の全日本選手権終了後にボートから離れ、リハビリに入った。 「以前に剥離骨折をした部分が、うずくように痛むんです。 痛みを我慢して試合に出続けている間に、悪化させてしまいました。 完治は難しいそうで、痛みと付き合いながらやっていけるところまでは回復させたくて。 そのためのリハビリでした。 もちろんリハビリの間はボートには乗れませんでした」 増田 手前から2人目 は昨年のインカレもストロークとして出場した 写真は一橋大学端艇部提供 主将である自分が練習に参加できない。 当初はもどかしさや焦りもあった。 「漕ぎたいし、漕ぐことで部を引っ張っていきたかったんですけど、それはできませんでした。 『つまらないな』と感じることもありましたよ。 でもそんなときに同級生や先輩が一緒に考えてくれたことで、決意しました。 リハビリと練習は別ものですけど、そのリハビリを真剣に取り組む姿を見せることで部を引っ張っていこう、と」 東商戦の3週間前に戻ってきた 今年4月に入ってから、ボートに乗り始めた。 東商戦の約3週間前のことだった。 リハビリの間もトレーニングで体をつくり、できる準備はしてきた。 それでも試合に入ってみないと分からない部分はある。 午後4時半過ぎ、2000mで争う対校エイトがスタートした。 一橋大は東大に500m通過で3秒、1000m通過で3秒半ほどの差をつけた。 ところがスピードに乗りきれず、1500m通過では2秒弱の差まで詰められてしまう。 それでも一橋大はここから盛り返し、最終的には6分23秒88で、東大にちょうど3秒の差をつけてフィニッシュラインを通過した。 一橋大 手前 は一時、東大に差を詰められたが、再び勢いを取り戻した 「中盤に失速したところで東大に迫られたのに、そこから8人の動きを合わせられなくて焦りました。 追いつかれる前にラストスパートは決められましたけど、大切なところで試合勘の鈍った部分が出てしまいました。 ようやくここまで戻ってきたといううれしさの一方で、まだ体力や判断力が戻ってないと痛感しました。 でも、一番はホッとしました。 なんとかつなげられた。 11連勝で来年につなげられました」 日本一を目指す部にあこがれて 増田は昨年、3年生ながらインカレのエイトでクルーのストロークとして全体のリズムをつくり、準優勝に貢献した。 そんな増田も高校まではボートと無縁だった。 千葉の進学校である市川高校時代はサッカー部だったが、全国大会を目指すようなチームではなかった。 一橋大に入って、何か高い目標に挑戦したいと考えているときに、ボート部が日本一を目標に掲げているのを知った。 一橋大は増田が入学する直前の13、14年にもインカレの対校エイトで準優勝を飾っていた。 「高校のサッカー部は県大会出場が目標でした。 一橋に入って、端艇(ボート)部の日本一という目標を見て、純粋にあこがれました。 練習環境も高校とはまったく違って、ここで本気になって日本一を目指したい、と。 それで端艇部を選びました」 一橋大は合宿生活を送っている。 朝5時半に全体朝礼、6時から朝練に入る。 朝練後は身支度をして国立(くにたち)キャンパスまで登校。 授業が終わり次第、戸田へ戻って午後練。 練習と勉強で戸田と国立を往復する毎日を送っている。 ボートは全員が同じ技量でないといけない 「高校時代には経験したことのない大変さや厳しさがありますけど、日本一になるには必要なことだと思ってました。 サッカーだとパスがうまい選手、シュートを決める選手……と、異なる役割の選手たちでチームをつくります。 ボートは全員が同じ技量であることが必要です。 そこに難しさや、逆に日本一になれる可能性を感じて、続けてきました」 東商戦のあとには、5月に全日本選手権、9月に引退試合となるインカレがある。 一橋大はインカレで過去10年間で3度の準優勝をしているが、優勝は1885年の創部以来ない。 全日本選手権は半世紀ほど前に優勝したのが最後だ。 日本一を目指す、増田の最後の挑戦が始まった 「部員のほとんどが大学に入ってからボートを始めています。 高校では文化部や帰宅部だったという人もいます。 そのような部だからこそ、総合力で勝負していけると思います。 」 増田は今年のインカレを最後に、選手生活に区切りをつける。 部員は2年生から4年生までで69人、新入生が入部すれば100人くらいになる。 ここからのラスト半年、増田は部員たちを一つにまとめ、悲願のインカレ優勝を目指す。

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