吉幾三 おらこんな村いやだ。 オラ こんな 村 いや だ

俺ら東京さ行ぐだ(吉幾三) / コード譜 / ギター

吉幾三 おらこんな村いやだ

そうそう、そうなんです。 あれもない、これもない、 もうもう、こんなとこはいやなんだ~ だからおらは東京さいぐんだ! じゃあさ、東京でなにやるの?というと、 オチは結局、べこかうだ~の馬車ひくだ~の 田舎の時とやることはいっしょなんだよね~ 今のゾーンはもういいです! ほんとにほんとにもういやです! もっと軽やかで愛と調和に満ちたゾーンにいきま~す! と私がたくさん宣言してみても、 じゃあ、その新しいゾーンであなたは何をやりたいの? しっかりと描けていますか?意図していますか?となると ・・・・・そうですね、かなり弱いかも、ってことだったのか~。 そこでおんなじことしてちゃ・・・・ねぇ・・・・。 う~ん、こんなゆかいな歌に学ばせていただけるとは思わなんだ。 おら びっくらこいたな~ ときどき春は近いと感じられるけれど、 それでもまだまだ寒くて今日も太陽はかくれたまま。 20年間ほぼ風邪もひかず、熱も出した事の無い私が、 この冬は、二回の高熱を出し、その一回はなんとインフルエンザで、 かつその後もずっとかるい風邪を引き続けているような日々です。 まずはどんな状況でもパイプを詰まらせずに、 自分の中にたくさんの光をとりいれるぞ~!! そしてたくさん興味を持って、ジャッジせずに無条件に愛を贈って、 今まで慣れ親しんできたゾーンはもう卒業。 仕事も、もっとからっと楽しいゾーンに求めることにします。 私は、私ができることを楽しく精一杯差し出して、 ご縁のあった方に愛を送る人となります。 愛の出力も強化です まずは一歩一歩、できることから。 まずは、できることに愛を込めて。

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俺ら東京さ行ぐだ/吉 幾三の歌詞

吉幾三 おらこんな村いやだ

選挙も終わり また 元の静けさ、今から23年前、正しく現在の世を予想した歌詞。 作詞・作曲 歌手 吉幾三「おらこんな村〜いやだ」 考えると、23年前の予想が完全にあたっていますねえ。 今年は選挙の当り年、イノシシ年12年に1度必ず来る。 そして、国民に選ばれた議員、国・地方問わず、ほどんとがサラリーマン議員。 足元の事や、国家観の無いのが大多数、当選後にはなにをするかは、マスコミの毎日の報道でご存知の通り、如何に我が懐だけを気にして、日々を送り地元に帰ると、微微細際まで我が手柄の報告。 その実、どこかに金が転がっていないか、耳目がそちらの方を向いている。 バッチを付け、床の間に座る以外に何を考えているやら、超田舎は「少子化・高齢化」今後をどう考えているのかの話などは全然と言うくらい無い。 「道路つくり」橋かけをどうのこうのぐらい、建設土木屋さんの使い走りを、胸を張ってやっているぐらい、それをやると後で懐にご馳走が転がってくる。 それが「丸い団子」(談合)の材料となり、両手の手の平になるべく転がし程丸くなる。 自然界は「丸」、「円」が出来るのは当たり前だ、それで「縁」をつくり、益々の「円」の方に向いて行く流れ、逆らうとスッペ返しが来る。 ・・・・・・・・おお怖い。 闇の世界と行ったり来たりでないの。 もう一度歌詞の中味を読んで見よう。 その後は替え歌ブログを作っている方のが面白い。 最後まで行くと都会の事情が見えてくる。 」 今度カラオケで歌おっと。 題・・・東京国際金融街構想・・・ あちらこちらで嘆息が聞こえますので、ネタにさせていただきましょう。 今後益々「超田舎」増え、そして消滅の運命が待っている。 残るは「強者共の夢のあと」、草木と石の世界のみ、人がどこにいるやら行方不明。 「南無阿弥陀仏」と手を合わし人のいない世界に、さあみんなで東京さ行こう。 9 6 2 2 5 17 20 16 12 19 10 20 21 13 15 22 27 13 3 3 6 8 6 7 9 3 21 16 21 30 30 20 29 27 18 23 20 14 26 24 29 29 19 30 29 20 23 10 4 27 29 26 28 27 22 16 9 12 11 5 9 9 24 8 9 3 5 9 6 8.

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俺ら東京さ行ぐだ 吉幾三 替え歌集

吉幾三 おらこんな村いやだ

俺ら解説さするだ 1984年11月25日リリース。 の代表作にして、後の邦楽に多大な影響を与えたエポックメイキングな楽曲である。 現在の吉幾三のイメージといえば歌手であるが、70〜80年代の吉はコミックソングを中心に活動しており、この曲もである。 ユーモアのある歌詞と温かみのある津軽なまりの歌声、軽快なリズムに乗せられたという当時の邦楽として画期的な表現が評価され、大ヒットとなった。 プロデュースには同じく東北出身の演歌歌手、が関わっている。 なお、千は1984年の3月に吉から楽曲提供を受けた『津軽平野』をリリースしており、吉が作曲家として注目されていた時期でもあった。 日本のあるド田舎に生まれた若者が、大都会に憧れ地元を飛び出そうとする内容の歌であり、日本全国の田舎の若者の心を打ったことは想像に難くない。 歌詞の面白さもさることながら、この曲の最大の特徴はラップスタイルを取り入れているところである。 それまでもいくつかのアーティストが邦楽のラップを制作してはいたが、ラップ特有のプロテストソングも盛り込んだところにこの曲の持ち味がある。 なおこの歌の歌詞は(吉の出身地の)というわけではなく、東北方言をいろいろ混ぜ合わせた なんちゃって方言である。 津軽弁では 強いていうなら 「わ、東京さ行ぐでぁ」、「おらきゃ東京さ行ぐど」などと表現される。 2008年ごろからを中心にインターネット上で注目され、この曲と他のアーティストの楽曲とのやがインターネットユーザーによって多数制作・発表された。 吉は「」と呼ばれ、「IKZOブーム」が巻き起こった。 」を発表したほか、マッシュアップの制作者と合同で「IKZO CHANNEL 441. 93」 441. 2019年には全編津軽弁でのラップ『TSUGARU』を発表。 『俺ら東京さ行ぐだ』・『NDA! 』の流れを汲む楽曲となっている。 自身の 昔の楽曲との間にたまたま同調する部分があったのではないか」とコメントする一方で、2010年のインタビューでは「 IKZOブームは 全くわからん。 何やってんだか。 」ともコメントしている。 ただし、その後のインタビューでは「若い世代が自身の楽曲に親しんでくれる事自体は良い事」としており、基本的には 自身の 古い楽曲が若い世代に親しまれ、音楽業界が盛り上がることには好意的な反応を示している。 それでは皆様ご一緒に 余談っこあるだ 吉幾三の代表作と認知される本曲だが、ヒットしてしばらくした頃に、自身の出身地である金木町 現在は合併によりとなっている。 なお、の出身地でもある から 「青森県はそんな田舎じゃねえよっ!! 」と、本気で苦言を呈された。 また、全国各地から「自分たちの村をバカにするな!」と抗議が届いた。 吉は、自身の幼少期 1950〜60年代前半 は本当にこのような状態であったと冗談めかしてコメントしている。 もちろん、本作で歌われる村は吉の創作であり、どこか特定の地域をモデルにしたわけではないのだが、バラエティ番組にて行われた調査によれば、大陸共和国のが、世界で最もこの曲とシンクロする村らしい。 サビで歌われる3つのオチの内、2つは実現可能。 東京でベゴ 牛 飼うだ…にある(外部リンク)に行けば牛の飼育が体験できる。 東京で馬車引ぐだ…関連の行事を含め、都区内でを用いたイベントは割と行われている(外国の駐日大使が着任すると、皇居へ出向き信任状捧呈式を行うが、東京駅から皇居への移動について大抵の大使が馬車を選ぶといわれている たださすがにでは買えそうにない…。 一番サビ終了後、間奏に入る前に「がぁっ!」という掛け声が入るが、これは「行こう!」が「いが!」となり、さらに短縮されたもの。 気持ち「ンガッ」という感じで発音するとそれっぽく聞こえる。 関連タグだ ・・の歌。 同じ様に出身地をネタにしているが、その反応には差が 佐賀 ある。 関連記事 親記事.

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