エホバ の 証人 輸血 拒否。 エホバの証人の輸血拒否問題!なぜ輸血がダメ?事件や判例もまとめ

宗教的理由による輸血拒否に関するガイドライン|京都民医連中央病院

エホバ の 証人 輸血 拒否

エホバの証人の輸血問題 血液製剤の何が受け入れられて何を拒否しなければいけないか、そしてそれはどの患者が助かりどの患者が死ななければならないかも決めることですが、この決定は実際には、ものみの塔協会の指導部が、幾つかある血液成分の分類法の中からどの分類法を採択して、何を「主要成分」と決めたことに全てがかかっていることが分かるのです。 この決定は、聖書の教義とは一切関係ありませんし、現代の血液の医学とさえも関係がないのです。 ほとんど唯一の決定要素は、ものみの塔協会の指導部がどの分類法を使って主要成分を決めたか、なのです。 ものみの塔誌の何ページをもさいて長々と聖書の議論をいくら繰り広げた所で、実際に救急病院で行なわれる生きるか死ぬかの決定に関与するのは、これらの聖書の教えではなく、ものみの塔協会の指導部が、多くの選択肢の中からどの血液製剤を「主要成分」と決めて禁止しているかにかかっているのです。 エホバの証人は肉や魚を食べます。 完全に血抜きができない血液の残る肉や魚を食べています。 血液製剤の一部を認めることで、医療に血液が必要であることを認めてもいます。 微量の血を口に入れるし、血液成分の一部も血管に注入する。 これらは体内に他の血液を入れないというエホバの証人の元々の教えとは既に違っていますね。 なぜこのように血に関する教えに変化が生じるのでしょうか? それは、エホバの証人の血についての教えは、聖書の教えではなかったからですね。 医療行為に血液が必要であることを認めたエホバの証人の教えが今後も変化することは間違いありません。 そうだと思います。 元々、聖書に輸血はダメと書いていないのですから。 seiei00rさんの回答 『輸血拒否によって死んだ人間と、輸血を受けたことによる医療ミスによって死んだ人間の数は公表されていない。 同時に、輸血拒否をする人間の数より、輸血を受け入れる人間のほうがはるかに多い。 日本のエホバの証人は、約20万人。 このなかの一人が、もし輸血拒否で死んだとすると、その死亡リスクは20万の一となる。 (輸血を受け入れると仮定する)日本の総人口の1億2000万人にこのリスクをあてはめると、輸血による医療ミスで、年間600人の人間が死ぬことになる。 もちろん、輸血による医療ミスで年間600人も日本では死んでいない。 現在の医療において、輸血を受け入れるリスクのほうが、輸血を拒否するリスクより少ない。 だから、現代医療においても輸血は行われている。

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「エホバの証人」輸血拒否事件 第一審

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スポンサーリンク エホバの証人とは エホバの証人は、キリスト教系統の新しい宗教です。 しかし 他の教派とは一線を画した存在としてとらえられることが多いようです。 例えば、彼らは聖書に書いてあることを読み解き、実践することを重要視しています。 キリスト教とは違い、聖書に基づいた厳しい戒律があるのです。 ゲームやギャンブルは禁止。 派手なメイクや服装もダメ。 なんと、 クリスマスを楽しむことまで禁止されているんです。 その代わりに彼らは、熱心な布教活動を行っています。 多くの人が、一度はエホバの証人と言葉を交わしたことがあるかもしれませんね。 エホバの証人輸血拒否事件とは? エホバの証人は、聖書から 「血を避けるべき」という教えを読み取りました。 そのため、 輸血することが禁止されているのです。 しかし、命を救うためにはどうしても輸血が必要な場面がありますよね。 輸出拒否事件は、まさにそういった状況下で起こりました。 事件の概要と結果 エホバの証人輸血拒否事件は、エホバの証人が輸血を拒否したにもかかわらず、医師が輸血してしまったため、 病院に対して損害賠償を求めた事件です。 事件は最高裁まで争われ、2000年2月19日に エホバの証人側の主張が認められました。 最高裁は、患者の自己決定権を尊重し、 医師が行った輸血の措置を違法としたのです。 判決で、医師は55万円の賠償金を支払うよう命じられました。 事件の顛末を詳しく見ていきましょう。 事件の流れをくわしく解説 事件は1992年に東大附属病院で起こりました。 肝臓ガンを患っていた、エホバの証人の女性が病院を訪れました。 もちろん彼女は宗教上の戒律を守るため、輸血を避けたいという立場にいます。 そこで、以前に同じような肝臓ガンの患者を、生理食塩水の点滴のみで手術した実績のある、東大附属病院を選んだのです。 彼女は信仰の説明をし、「どうしても輸血だけは避けたい」旨を医師に話しました。 その上で、もしも輸血をしないことにより命を落としたとしても、病院側の責任は一切問わないという内容の文書を作成し、手渡したのです。 この女性のように、たとえ命を落としたとしても、輸血はしないという態度のことを 「絶対的無輸血」といいます。 一方で、医師は 「相対的無輸血」の立場をとっていました。 もし手術中に、輸血しなければ命を救えない状況になった場合は、輸血するという考え方です。 医師は女性に対して「できるだけ信仰心を尊重します」という風に応じていました。 ところが、医師は「手術の状況次第では輸血する」という旨を患者に伝えませんでした。 ここが後から争われるポイントとなる部分ですね。 その後、患者の様態が急変。 緊急手術が行われました。 手術は肝臓の大部分を取り除く大手術となり、女性は大量の出血からショック状態に陥りました。 命を救うためには輸血が必要な状況になったのです。 「相対的無輸血」の立場をとる医師は、女性の生命を救うことを優先し、輸血を行い手術しました。 結果、手術は成功。 女性は救われましたが、彼女は輸血されたことに対してひどくショックを受けてしまいました。 そして翌年1993年、医師と病院に対して、「信仰の自由」と「自己決定権」の侵害により、1200万円の損害賠償を請求する訴訟を起こしたのです。

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エホバの証人とは

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コンテンツ• 実際に経験した輸血拒否の症例 私もある病院で勤務していた頃、輸血を拒否する患者さんを担当したことがありました。 その患者さんは侵襲的な処置が必要だったのですが、一通りその処置の説明をして最後のところで、私が輸血が必要になる場合と話したところ、 「私は宗教上の理由で輸血はできません」 と言われてしまいました。 こうなると医療者側としては非常に困ってしまうのです。 どんな治療だって輸血に至るほどのリスクがないものはありませんから、輸血拒否となってしまえば侵襲的な治療をすることができません。 一方で患者が治療を拒否したのだから治療せずに死んでも仕方がないとするのは簡単ですが、果たしてそのような考えが受け入れらるかは大いに疑問です。 どこからともなく親戚が現れて医療裁判になってしまえば、医療者側の正当性を主張するのは相当に疲れそうです。 輸血拒否の症例にどのように対応すべきか迷う 当時勤務していた病院にはそのようなマニュアルがなく、私1人の判断で動かなければならない状況でした。 それに医師になってまだ数年しか経過していないような状況でしたし、上級医に相談しようにもあまり真剣に取り合ってもらえず、すごく困った記憶があります。 無理やり輸血することに同意させるのは、難しい話だとなんとなく理解していました。 かといって輸血をしないで死にゆく患者さんをただ傍観しているのは倫理的にありえない話です。 最終的には私の判断、勤務している病院で対応できる案件ではないと考え、 近隣の総合病院に搬送することにしました。 どうやら輸血拒否の患者さんを積極的に受け入れる病院がいくつかあるそうで、患者さんの中ではある程度知られているようです。 輸血拒否に関する判例 このような輸血拒否の意志を示される患者さんの対応は、実に注意しなければなりません。 そしてたくさんの病院で多くのトラブルが発生しています。 法の観点からも難しい案件であり、例えば生命を救う目的で輸血を行なったにも関わらず、裁判で敗訴した事例があります。 エホバの証人輸血拒否事件(エホバのしょうにん ゆけつきょひじけん)とは、宗教上の理由で輸血を拒否していたエホバの証人の信者が、手術の際に無断で輸血を行った医師、病院に対して損害賠償を求めた事件。 輸血拒否や自己決定権について争われた法学上著名な判例である。 これは輸血拒否の方針をとっている患者の手術で、 明確な同意を得ることなく輸血を行なったが故に、精神的な苦痛を理由に病院側が提訴され、敗訴した事例です。 非常に有名な裁判なのですが、医療者側にとっては衝撃的です。 同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。 医療者としてはあまり理解できないのですが、命を助けるために必要な処置よりも、患者の自己決定権が尊重されているのです。 輸血拒否の意思と医療者側の葛藤 輸血拒否をされる患者さんにおいて、果たして本当に自己決定権が優先されるべきか、生命の維持が優先されるべきかは、難しい問題です。 患者さんの自己決定権が優先されるべきなのは間違いありませんが、だからと言って果たして本当に患者さんを見殺しにしても良いのでしょうか。 「 早く死にたい」と病院でおっしゃる患者さんに、安楽死を勧めることは、今の日本の法律下ではありえないことです。 一方で輸血拒否の信条が宗教的理由に由来している場合には、輸血せずに死ぬのもやむなしとのことですから、なんともわからないところです。 輸血拒否の患者に対する最近の病院の傾向 生命に危機が及ぶ場合にどのように対処するのかは難しい問題なのです。 現在では上記の判例を参考にして、 十分な説明と同意のもとに輸血を拒否するという患者の自己決定権を尊重するような流れがあるようです。 私が勤務している病院においても、輸血を拒否する患者さんが治療を受ける場合には、十分な説明と同意のもとに、何があっても輸血をしない方針となっているようです。 つまりは患者さんの命よりも意思を尊重しようという方針のようです。 しかしながら緊急事態の場合には、患者さんに十分な説明を行うことも、同意を得ることの余裕もないでしょう。 輸血拒否の意思と自己決定権の尊重の間には、必ず乗り越えなければならない壁が発生するでしょう。

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