イノシシの肉 別名。 イノシシ肉(ジビエ)の美味しい食べ方とレシピ!下処理の方法は?

お肉の名前たち、一体なぜこの呼び名なのか?馬肉は「さくら」、イノシシ肉は「ボタン」、鹿肉は「もみじ」、ウサギ肉は「月夜(げつよ)」、鶏肉は「柏(かしわ)」、鴨肉は「イチョウ」、スッポンは「マル」、ふぐは「テッポウ」

イノシシの肉 別名

この記事を読むのに必要な時間は約 11 分です。 こんにちは! ジビエの歴史を調べていると、日本人と鹿やイノシシなどの野生動物はとても長い歴史で繋がってきたことを知って、感動しまくっている、 ライターのあかりんごです。 さて、今回は、紅葉(もみじ)や牡丹(ぼたん)など昔から隠語として用いられてきた言葉について紹介したいと思います! 今では、当たり前のように使われているこれらの言葉ですが、なぜこのような名前を使うようになったのか?疑問ですよね?? なので、今回は、そんな隠語が生まれる背景となった歴史的な背景などについてご紹介したいと思います。 記事をお読みいただく皆様へ、• どうして隠語を使わなければならなかったのか?• なぜ「紅葉」や「牡丹」だったのか? について、知ってもらえる機会となれば幸いです。 鹿肉は紅葉 もみじ 、イノシシ肉は牡丹 ぼたん 前提として、皆さんは鹿肉やイノシシ肉に隠語があることはご存知ですか? イノシシや鹿に限らず、 馬肉にも桜という別名があります。 このように日本では古くから食肉の別名があり、今でも 「ぼたん鍋」といった料理名にもその文化が残っています。 植物や花の名前に例える場合が一般的ですが、イノシシは牡丹の他にも山鯨(やまくじら)という別名も持っています。 なぜイノシシと呼ばず、 牡丹や 山の鯨のようにわかりにくい名前で読んでいたのでしょうか? 隠語を生んだ日本の歴史 歴史の流れより、隠語が生まれた背景について、説明していこうと思います。 結論からいいますと、 直接的な原因は 江戸時代に発令された法令にありますが、せっかくなので日本人はお肉とどう付き合ってきたかをザックリと説明していきます。 狩猟採取時代 もともと日本では 縄文時代から 弥生時代にかけては自然物の採取が主な食糧確保の手段でした。 その頃の日本列島では、温暖な気候へと変化したことからマンモスやバイソンなどの大型動物が絶滅し、鹿やイノシシなどの中型生物が大繁殖します。 それはドングリをつける木が増えたことが原因として考えられています。 ドングリは鹿やイノシシにとって重要な餌となるからです。 よって、縄文人は鹿やイノシシを狩猟対象にしていたようです。 その証拠に、貝塚の調査ではこの時代に出土する動物骨の 90%が鹿とイノシシのものという結果が出ています。 このように日本人は鹿とイノシシ、加えて鳥類などを貴重なタンパク源として日常的に食べていたと考えられています。 食肉禁止令の制定 縄文時代以降は野生動物に加えて家畜として飼われていた牛、馬、鶏を食べる文化が広がっていきます。 しかし、このような肉食文化はある法令をきっかけに一変します。 その法令こそが、675年に天武天皇が発令した 「肉食禁止令」でした。 この法令が出された背景としては、聖徳太子の 「憲法十七条」が挙げられます。 「憲法十七条」の制定によって事実上、 仏教が国教となりました。 仏教の考え方の一つに 不殺生というものがあり、生きているものを殺すと必ず仏から罰を受けると考えられていたのです。 ただ、当時仏教はまだ庶民にまで浸透しておらず貴族階級の間でのみ実践されていました。 よって庶民は依然として肉を食べ続けたため、その後も聖武天皇や桓武天皇など数々の天皇が殺生禁断の布令を繰り返し出しています。 ちなみに、ここで禁止されたのは 牛、馬、サル、犬、鶏です。 あれ?鹿とイノシシが入っていませんね。 そうです。 元々、主肉として食べられていた、鹿やイノシシについては、禁令外であったため、禁止されることはありませんでした。 ご馳走だった鹿肉料理 平安時代になると、貴族の間で唐の食文化を真似するようになりました。 当時の神社や各国の特産物などをまとめた 『延喜式』という書物では、鹿やイノシシなどを全国から集めているといった記述があります。 また、天皇の長寿のために1月に行われていた歯固の膳には、猪宍1杯と鹿宍1杯が必ず用意されました。 この時代にできた 大饗料理(だいきょうりょうり)は、現在の和食にも通じています。 武士が好んだ山の幸 鎌倉時代に入り、武士は武道の練習として狩猟を好みます。 それに伴い、武士たちは狩猟で得た肉を食べて健康的な生活を送っていました。 この頃、武士にとって狩猟は自分たちの力を大衆に見せつける手段でもありました。 その証拠に源頼朝は富士山麓で大規模な巻狩りを行い公家たちを震撼させ、政治の主導権を握ったとも言われています。 「生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)」 江戸時代になり5代将軍の徳川綱吉は 「生類憐みの令」を発令します。 これによりさらに殺生が厳しく禁止されました。 しかし、実際には、建前上のこととなりシカ肉は盛んに食べられました。 庶民は宗教には無頓着な様子で肉を食べたそうです。 そして武家や公家は肉を薬だと言い張り、建前上は宗教を守っているように見せていました。 このような、 くすり喰いと呼ばれる行為は、オランダ医学に影響を受けたと考えられます。 当時日本に輸入されたオランダ医学から、 獣肉を食べていないから日本人は虚弱なのだという認識が広まったのです。 こうして江戸の町では「ももんじ屋」という肉屋が 「紅葉」という隠語で公然と売られるようになりました。 江戸中期の儒学者である 荻生徂徠が残した記述にこのようなものがあります。 吾邦(わがくに)似て大牢(たいろう)といへるは、大鹿、子鹿、猪なり。 (訳:我が国における立派なご馳走とは、大きい鹿、子供の鹿、そしてイノシシである。 ) このように、江戸町民が大好きだった食べ物は鹿肉と猪肉だったと言われています。 ちなみに、当時、鹿肉は すき焼き風の鍋料理が人気だったそうですね。 なぜ紅葉(もみじ)と牡丹(ぼたん)だったのか? ではなぜ鹿は紅葉(もみじ)、イノシシは牡丹(ぼたん)なのでしょう? 諸説ありますが、今回はその中でも私が有力だと考えている一説をご紹介したいと思います。 鹿と紅葉(もみじ) 鹿が紅葉と呼ばれるようになったのは、 花札が由来だとされています。 花札は 安土・桃山時代の「天正かるた」が元となり、江戸中期には現在の花札が生まれました。 花札はカードに描かれた絵柄を組み合わせて出来役を作るゲームです。 この絵柄カードは12つに分類でき、それぞれ一年を構成する月々の風物が描かれています。 例えば1月なら松に鶴、3月なら桜に幕といった感じです。 そして花札の10月の絵柄に描かれているのが 紅葉に鹿なのです。 ちなみに、この絵柄に描かれている鹿はそっぽを向いています。 (現代語っぽいですが、結構昔から使われている言葉みたいですね!) イノシシと牡丹(ぼたん) また、イノシシ肉の別名である牡丹は 「唐獅子牡丹図」という絵に由来していると言われています。 この絵は金地に群青と緑青の2匹の獅子の姿が躍動的に描かれています。 そして2匹の獅子の横に、立派な 赤と白の牡丹が描かれているのです。 獅子と猪は名前が似ていることから、イノシシ肉は 牡丹と結びつけられ「牡丹肉」と呼ばれるようになったのではないかと言われています。 また、紅葉(もみじ)の由来となった花札にも7月の絵札としてイノシシは登場します。 しかしここでイノシシと一緒に描かれているのは萩で、牡丹ではありません。 まとめ 狩猟採集時代から鹿やイノシシは日本人にとって重要なタンパク源でした。 仏教が国教となり肉食禁止令が出された後でも、鹿肉は法令外であったため貴族や天皇に愛されてきました。 しかし江戸時代に殺生そのものを禁止する 「生類憐みの令」が下されます。 何とか肉を食べたい武家や公家は、肉は薬だとして肉を食べます。 このような 「くすり喰い」の文化が生まれ、肉を薬として売り出す、 ももんじ屋ができました。 ここで売られていたのは肉ではなく薬という建前なので、そこで使われた商品名は「紅葉(もみじ)」や「牡丹(ぼたん)」となった訳ですね。 それが今でも使われているというのは、何だかとても歴史を感じることだと思います。 このように鹿肉、イノシシ肉は昔から日本人に親しまれてきました。 しかし今では牛や豚に置き換わり、これらは食べ慣れないものとして敬遠されるようになりました。 現在は、 需要がないという理由(その他、課題は多々ある)から、捕獲された野生動物の多くが食肉とならずに処分されているのが現状です。 捕獲した資源を有効活用するためにも、親しみを持って鹿やイノシシの肉を食べる人が増えればと願っております。 この記事を読んで紅葉肉や牡丹肉に少しでも親しみを持っていただければ幸いです。 最後まで読んでいただきありがとうございました!.

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猪肉

イノシシの肉 別名

日本における食肉の定番といえば、牛肉、豚肉、鶏肉です。 一方、馬肉や鹿肉、猪(イノシシ)肉などはマイナーではあるものの、近年の「ジビエ」ブームもあり、牛や豚などとは異なるうま味を好んで食べる人も多いようです。 これらの肉は「さくら」「もみじ」「ぼたん」という別名でも呼ばれますが、ネット上では、「どうして肉を花の名前で呼ぶんだろう」「花の色と似てるから?」などの声が上がっています。 食肉の別名には、どのようなルーツがあるのでしょうか。 和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。 禁忌とされた時代の「隠語」 Q. 馬肉、鹿肉、猪肉が別名で呼ばれるようになった理由と背景を教えてください。 齊木さん「これらの肉が別名で呼ばれるようになったのは、獣肉を食べることを禁止されていた時代に『隠語』として使われていたことに由来します。 戦国時代から江戸時代にかけて、僧侶が宗教的な理由で肉を食べられないことや、徳川綱吉による『生類憐(あわれ)みの令』が定められたことで獣肉食が禁忌とされ、それが上流階級を中心に『建て前』として守られていました。 一般庶民の間でも、馬や鹿、猪などの獣肉食は抑制的で、それらの肉を提供する店では、先述の通り隠語を使って客を呼び込んでいました。 この獣肉を出す店を『ももんじ(怪しい)屋』と言っていたようです。 『ももんじ』の語源は妖怪『ももん爺(じい)』のようです」 Q. なぜ、馬肉は「さくら」、鹿肉は「もみじ」、猪肉は「ぼたん」なのですか。 齊木さん「それぞれの肉ごとに、以下のようなさまざまな理由・諸説が存在します」 【馬肉=さくら】 ・馬肉を切った時、切り口の赤身部分が鮮やかな「さくら色」であることから ・桜の咲く時期の馬肉は、冬の間に草や穀類をたくさん食べ、脂がのって美しいことから ・幕府の直轄の牧場が佐倉地域周辺(現在の千葉県北部)にあり、「馬と言えば佐倉」だったことから これらの中で、「切った時の肉の色がさくら色であることから『さくら肉』と呼ばれた」説が有力とされています。 ちなみに、昔は刺し身ではなく、鍋物として食べられることが主流でした。 【鹿肉=もみじ】 諸説ありますが、花札の10月札「鹿に紅葉」の絵柄から、鹿肉を「もみじ」と呼ぶようになったとされています。 ちなみに、この札に描かれた紅葉の木の下で、鹿がツーンとそっぽを向いていることから「シカト」という言葉ができたと言われています。 【猪肉=ぼたん】 猪肉を切って皿に盛り付けるとき、「牡丹(ぼたん)の花」のように飾ることに由来します。 猪鍋(ぼたん鍋)で皿に盛られた肉は本当に「ぼたん」のようにきれいなものです。 鶏肉を「かしわ」と呼ぶことがありますが、なぜでしょうか。 齊木さん「『かしわ』の由来も諸説あります。 鶏の羽ばたきが、神社で手のひらを打ち合わせて鳴らす『かしわ手』を打つ姿に似ていること、朝廷に存在した『膳部(かしわべ)』という料理法などがありますが、食用にされていた鶏の色が『カシワ(柏)』の葉の色に似ていたから、という説が有力です。 現在は鶏肉全般が『かしわ』と呼ばれています。 ちなみに、先述の馬、鹿、猪とは異なり、鶏肉は江戸時代には主に水炊きとして一般的に食されていました。 江戸時代の料理書『料理物語』(1643年)には、鶏卵を用いた各種料理や菓子が記されています」 Q. これらは、なぜ植物の名前なのでしょうか。 齊木さん「動物を食することは、生き物を殺すことを禁じる『殺生戒』に反するので、植物の名前を仮称することで世間の批判をかわし、良心の呵責(かしゃく)を和らげたと考えられます」 Q. 他にも、別名を持つ肉はありますか。 齊木さん「植物の例えではありませんが、別名がある食べ物は他にもあります。 牛肉や豚肉、羊肉にも、別名はあるのでしょうか。 齊木さん「今でこそ一般的な牛肉、豚肉、羊肉は『畜肉』です。 『獣肉』と違って隠すことがなかったため、隠語が作られることはありませんでした。 江戸時代後期には、獣肉の総称として『山鯨(くじら)』が使われています。 魚とされていた鯨に擬した獣肉を指し、料理として食べさせる店では、一番美味とされる猪を主力商品としていたことから、特に猪肉を指します。 【移動に関する感染対策】 ・感染が流行している地域からの移動、感染が流行している地域への移動は控える ・帰省や旅行はひかえめに 出張はやむを得ない場合に ・発症したときのため誰とどこで会ったかをメモにする ・地域の感染状況に注意する• 3 日常生活の各場面別の生活様式 【買い物】 ・通販も利用 ・1人または少人数ですいた時間に ・電子決済の利用 ・計画を立てて素早く済ます ・サンプルなど展示品への接触は控えめに ・レジに並ぶときは前後にスペース• 【公共交通機関の利用】 ・会話は控えめに ・混んでいる時間帯は避けて ・徒歩や自転車利用も併用する• 【食事】 ・持ち帰りや出前 デリバリーも ・屋外空間で気持ちよく ・大皿は避けて料理は個々に ・対面ではなく横並びで座ろう ・料理に集中 おしゃべりは控えめに ・お酌 グラスやお猪口の回し飲みは避けて• 【娯楽 スポーツ等】 ・公園はすいた時間や場所を選ぶ ・筋トレやヨガは自宅で動画を活用 ・ジョギングは少人数で ・すれ違うときは距離をとるマナー ・予約制を利用してゆったりと ・狭い部屋での長居は無用 ・歌や応援は十分な距離かオンライン• 【冠婚葬祭などの親族行事】 ・多人数での会食は避けて ・発熱やかぜの症状がある場合は参加しない.

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岐阜県:実はスゴイ!イノシシとシカの栄養成分

イノシシの肉 別名

イノシシの刺身が原因の病名は? すべて寄生虫が原因でおこる病気です。 E型肝炎 妊婦や高齢者が感染すると劇症肝炎をおこして、死亡する率が高いそうです! 腸管出血性大腸菌感染症 ちょうかんしゅっけつ・だいちょうきん・かんせいしょうと読みます。 潜伏期間が4、5日あって、激しい下痢と腹痛があり、血便が出るそうです。 血便はだんだんひどくなり、血液の量が増え、血が出ているのと変わらなくなるそです! トリヒナ症 別名、旋毛虫症 せんもうちゅうしょう)ともいわれ、繊毛虫の感染症。 症状は、顔が腫れ、筋肉痛をおこす。 肺吸虫症 寄生虫が肺にまで侵入する病気です。 脳にまで侵入することもあるそうです。 病名とか症状は読んでいるだけで 気持ちが悪くなるので 詳しく書くのはやめておきます 苦笑。 すみません。 詳しく書かなくてもイノシシの刺し身で発病すると どれだけ恐ろしいことになるか、十分わかりますね。 以上の病気はイノシシ肉の刺し身を食べて発症するだけではありません。 生肉ならなんでも発症するのです。 生肉でなくても十分加熱していないと発症することもあります。 イノシシの刺身が原因の病気の治療方法は? E型肝炎はふつう自然に治るそうです。 しかし、劇症肝炎になってしまったら、特殊治療が必要となります。 肝移植とかもあるそうです。 他の症状は寄生虫を駆除する強い薬を飲むのです。 イノシシの刺身が原因の病気の予防方法は? 寄生虫を体内に取り込んでしまったら治療が大変ですね。 イノシシの刺身など生食はしない! これが一番の予防方法です。 野生動物の肉 ジビエ は 煮込み料理が一番でしょう。 十分過ぎるほど加熱していますから、寄生虫は絶滅です! 西表島のイノシシの刺身とは? あさイチで紹介されていた西表島のお店は寄生虫対策をしているのでしょうか。 食中毒の報告が保健所に入っていないから営業続けているってことですよね。 沖縄には寄生虫をやっつける強い薬草のような野菜があって、それといっしょに食べるとか?.

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