もらんだむ。 まったりいんふぉまてぃくすめもらんだむ

霊苑めもらんだむ

もらんだむ

案の定長期間放置してしまいました。 このたびようやくの提出を終え、なんとか修了はできるかなぁというところでひとまず心に余裕ができたので、とりあえずパパっと前のエントリの最後に書いたへの移行を済ませてみた。 移行を考えてた主な理由は、ではという仕様があったから。 このブログの方向性的にはイレギュラーな存在ながら、一番需要がありそうなコンテンツである公務員試験関連エントリ群を隔離して読みやすくするために目次ページみたいなのを置いたほうがいいかなぁと思ってたんだけど、この仕様を使えば一応その目的は達成できてるんじゃないだろうか。 あとは的には移行して欲しいみたいだし、簡単に移行できるということだったので(実際簡単だった)。 使用感も悪くない。 というわけで公務員試験関連で検索してこのブログに辿り着いた方は、サイドバーの公務員試験カテゴリから順番にエントリを見ていってくれれば読みやすいと思います。 それだけ。 春からは公務員ということで情報界隈からは足を洗うわけだけどプログラミングは今後も的な用途でたまに触ると思うので、今後はそういうときにこのブログを使っていくかもというところ。 意外と第2クールから参加している人の数が多く開始時点で人数は30人ぐらいになっていたので、結局第1クールで何人が残ったのかは分からなかった。 第1クールと同じような流れで、午前中に2回面接を受ける。 面接官はどちらも5,6年目、内容も志望動機中心でほとんど第1クールと変わらず、可もなく不可もなく無難にこなしたという感触だったが、今思うとここで頭角を現せなかったのが決め手になったのかもしれない。 そろそろ昼飯時だなぁと思っていると、他の7,8人と一緒に 荷物を持って来るよう指示された。 一瞬でめのまえがまっくらになるも、すぐに帰されるのではなく別の待合室に通されしばらく待つように言われる。 優秀そうな他の訪問者はこちらにいなかったので、これはいわゆる一軍部屋と二軍部屋に分けられたのか?こっちは二軍部屋だけどまだチャンスはあるのか?と考えを巡らすも、結局2,3人ずつまた荷物を持って出てくるよう言われ、エレベーター前で「は以上になります」。 ということでA省は昼飯まで辿り着くことなく第2クール午前でお祈り。 かの有名なエレオクを体験することができてよかったです(震え声) A省を出たあと一緒に落とされた学部4年の訪問者としばらく話していたんだけど、その人は「評価は良かったんですが、まだ学部生でチャンスがありますから、大学院に入ってからまた来てください」みたいなことを言われたらしい。 院進学を保険にして暇な学部4年前期に公務員試験を受けてみるというのはわりと賢い選択肢だと思っていたんだけど、もしかしたら理系では学部生は優先的に落とされるということがあるのかもしれない。 3省庁の志望順位はそれほど変わらないとはいえ、A省には一番対策を作りこんで挑んでいたのでこれはかなりショックだった。 もしかしたら第1クールで残れたのはよっぽどダメな人しか落ちない前座だったからなだけで、明日明後日も今日みたいにあっさり落とされてしまうのでは?とここで一気に精神的に追い込まれる。 とりあえずすぐさまホテルに戻り、その日の残りで必死にB省の対策を詰めた。 この日はまた朝一から21時過ぎまで束縛されることになったんだけど、その間に行った面接の回数はなんと 2回という、第1クールを超える待機地獄だった。 まぁ21時過ぎになったのは学習しない僕が朝もたもたしてまた受付順が最後の方になったからで、出口面接自体は19時ぐらいに始まってたけど。 最後の方は訪問者同士の雑談のネタも尽き、全員で窓の外を眺めて他の庁舎の電気が付いている部屋の数から各省庁のブラック度を測る遊びをしていた。 訪問者を連日遅くまで残らせる =を担当する職員も残っている B省もブラックであろうことは言うまでもない。 ちなみにこの日も受付時に作文を課され、テーマは「とその理由」だった。 は一応用意してはいたけどA4用紙を埋められるほど深く考えていなかったので、全く別のものを捏造する羽目になってしまった。 あ、僕は面接2回だけだったけど、第2クールから参加した人はおそらく第1クールの遅れを取り返させるためにもう少し多く呼ばれていた。 面接自体は1回目が10年目の課長補佐、2回目も年次教えられなかったけどそこそこ年いってそうな人が相手の人事面接で、内容はB省の持つ役割や興味のある政策分野の話が中心だった。 幸いにも僕は楽観的というか物事を深く考えないタイプなので、前日のショックをあまり引きずらずに面接に臨めてはいたと思う。 とはいえ急に話す内容が劇的に立派になるなんてことはなく、面接の感触は良くも悪くもないかなぁという感じだった。 なので出口面接に呼ばれたときは結果が全く予想できず極度の緊張状態だったのだけど、面接官から出た言葉は「第3クール初日に来てもらいたいと思います」。 しかし僕はで失敗できない立場もあって第3クール初日はセオリー通り一番受かりそうな省庁に行くつもりだったので、ここで「第2クールの結果が出揃ってから判断したいので返事は保留にさせてもらいたい」ということと、思い切って「差し支えなければ現時点でどのくらい評価されているかを教えてほしい」とお願いした。 結局返事は第3クール開始直前までにメールすればいいと言われたが、評価については「他の受験者との兼ね合いもあるので教えられない」ということだった。 評価がよくて引き止めたいならなんとなくほのめかしてくれそうなもんだと思ったので、その回答から自分の評価が決して高くないんだなということはなんとなく察した。 面接も特に上手くやれたわけじゃないし、訪問中に高評価のサインみたいなのも特に感じられなかったし。 このとき僕は確か「1日目の省庁は既に落ちたんだけど3日目の省庁がどうなるかわからないので……」みたいなことを正直に伝えた気がするけど、これは今冷静に考えると「いやいやなんで第2希望のウチと第3希望で迷うんだよ」と思われて良くなかったかもしれない。 評価を尋ねたことと併せると、評価が高い方に行こうとしていることがバレバレである。 返事を保留にしてもらうこと自体はいいと思うんだけど、単に結果が出揃ってから考えたいとだけ言ってはぐらかすか、あるいは第1希望にも予約をもらっていると嘘をつくのもありだったかもしれない(省庁間で訪問者の選考状況を共有するなんてことはやってないはず)。 あと評価を尋ねたときも面接官に心なしかちょっと嫌そうな反応をされた気がするので、直接尋ねるのはどうしても知りたいという場合以外やめたほうがいいのかも。 このへんの駆け引きは正解がわからないし難しいところだね。 とりあえず首の皮一枚つながった状態で3日目へ。 やっぱり第1クールではあんまり落とさないのか? 面接は午前に1回午後に1回で、どちらもけっこう年配の人達が面接官だった。 研究についていま現在不十分な点・今後どう発展させていくか・企業の研究との違いを聞かれるなど、面接カードの内容にはない質問が多かったが、幸いそれほど答えづらい質問はなくうまくこなすことができた。 その後はB省のように待ち地獄になることはなく15時ぐらいに出口面接に呼ばれたんだけど、なんと面接官から「非常に評価しているので、ぜひ第3クール初日に来てもらいたいと思っています」と言われる。 おお、これは!?と思いつつ冷静にB省の選考もまだ残っていることを伝えると、「こちらとしてはB省に行かれると困るんですが、もちろん最終的な判断はお任せします」と面接官。 これはもう高評価間違いなしだろうとテンションが上がるも、とりあえず保留にして夜までに電話で連絡することにしてもらった。 結局、解説編で書いた通りその後の人生を決める選択となる第3クール初日の訪問官庁は、評価の差や訪問中に受けた印象 主に待ち時間 を勘案してほとんど迷わずC省に決めた。 B省も一応第3クール2日目に予約を入れた。 これを見て、いい評価をもらえてそうだとはいえもしかしたら他の人も同じようなことを言われてるかもしれないし、まだまだ全然油断はできないなと緊張が高まる。 1人ずつ面接が始まり、面接から帰ってきた人の話を聞いていると、どうやら今までと同じような面接をしている人とそうじゃない人がいる様子。 どういうことかと思っているとわりと早めの順番で面接に呼ばれる。 面接室はけっこう広めで長机の向こうにお偉いさんっぽい人が4人座っており、その前に置かれた椅子に座って面接を行うという、ちょうど二次試験の人事面接と似た配置での面接だった。 今までとは違う重めの雰囲気に緊張しながらもな流れは面接カード通りで無難にこなせたが、面接官の一人に「働き出すと目上の人と多く関わるけど、人間関係をうまくやっていく自信はあるか? 意見が合わないときどうするか?」みたいなことを聞かれ、あまり考えたことない話題だったのでうまく答えられなかった。 あとは他省庁の志望理由なんかも聞かれた。 うーんちょっと良くなかったなーと落ち込みながら待合室で待機していると、他の人の面接が進むなか荷物を持って来るように言われる人が出始める。 そして僕も荷物を持ってくるよう言われ、普通に出口面接か?それともまさかA省みたいな首切りか?とどぎまぎしながら案内の人に付いていくも、結局普通の出口面接で、あっさり第4クールの予約をもらうことができた。 後になって考えるとどうやらこの日は圏に入っている人は役員面接的なものを行い、まだ評価が定まっていない人はもう何回か普通の面接を行っていたようだ。 僕はその役員面接はあんまりうまくいった気がしてなかったけどそれまでに評価が固まっていたのかなんとか許されたらしく、この日は11時半ぐらいに解放されることになった。 まだまでいけるという確信はなかったけど、体力温存を優先してもともと評価が高くない上に2日目に回した時点でほぼダメであろう翌日のB省の訪問はメールで辞退した。 もうホテルにこもってやることもあんまりないし、前述通りの楽観人間なのでへの不安は忘れて観光などに出かけた。 おわりに ……ということで、僕の体験記はこれにて完結。 先の見えない時期から長々と書いてきたけど、最終的に最高の結果で締めくくることができて本当によかったと思う。 書いてる間から読んでくれていた方は、完結まで長らくお待たせしてしまいすみませんでした。 エントリ中でも何度か触れたとおり僕はもともと行政に対して思うところがあるとか国をどうこうしたいとかそういうことをほとんど考えたことのない人間だったので、僕の志の高さは明らかに行政官になるには不十分だったと思う。 それは付け焼き刃とはいえそこそこ真面目に対策をして臨んだA省,B省でいい結果が出なかったことからもわかるし、訪問中の他の訪問者との会話の中でもひしひしと感じた。 じゃあなぜ最終的にまで辿り着くことができたかというと、それは卑下や謙遜ではなくひとえに運と相性がよかったということに尽きると思う。 ここでひとつすごく記憶に残っている、C省第2クールの面接での幸運な出来事の話。 なので対策のときにそのページもチェックしておいたんだけど、第2クール2回目の面接で面接官 当然説明会のときとは違う人 に「C省で具体的にやってみたいことはあるか」みたいな質問をされたときにそのページの内容に触れて答えると、非常にいい反応をもらえたのである。 もちろんこれ自体が採用の決め手になったとかそういうわけではないけど、他にもC省でよく聞かれた求める人物に関する質問が僕の持つバックグラウンドから説得力のある答えを返しやすいものであったりと、訪問前には予想もしなかった相性のよさを感じる場面が多々あった。 対策サイトとか体験記ブログとかにはよく「は実力だけじゃなくて運と縁も大事」みたいなことが書かれてて、僕も受験前はそれ読んであーはいはいという感じだったけど、あれはマジでした。 とはいえ運なんかは自分ではどうにもならないし、これから国家公務員総合職を目指す人に僕から助言できることがあるとすれば、「自分のことはしっかりわかっとけ」ということでしょうか。 での問答はとにかく論理的で説得力のある回答が求められるので、そのために自分の内面やこれまでやってきたことをふりかえる作業はとても大事だと思います。 だいたいの人は僕なんかよりよっぽど高い志を持って行政官を目指してると思うので、あとはそれと自分自身のパーソナリティとをしっかり繋げられれば完璧なはずです。 それと前に書いたとおり席次はたぶんけっこう重要だし高いに越したことはないので、差がつけやすい一次の特に専門をしっかり押さえて点数を稼いでおきましょう。 ……さて、なんか真面目に締めてしまいましたが、めでたく完結ということで次のエントリからはまた微妙な内容の情報技術関連ブログに戻りたいと思います。 に向けてだんだん忙しくなってきてるのでしばらく放置する可能性もあります。 今のところ今後公務員関係のエントリを書く予定はありませんが、ちょこちょこと既存エントリを修正したり、コメントで質問などを頂いたときには回答させてもらうことがあるかもしれません。 あと、ちょうど一区切りがついたので前々からやろうとして先送りにしていたへの移行をそのうちやる予定です。 そのときに何らかの形でこの公務員試験関係エントリ群をまとめられたらと思ってます。 色々と至らない点もあったと思いますが、本エントリが少しでも受験者の皆さんのお役に立てば幸いです。 それでは。 ikautimituaki 全体の流れ この後の話の流れをわかりやすくするために、はじめに僕のがどのように進んでいったのか、以下にその全体像をまとめておく。 解説編と併せて見てもらうと分かりやすいかも。 僕が周った省庁を初日から順にA,B,Cとして、最終的にをもらったのはC、つまり一応第3志望の省庁。 「一応」というのは、この3省庁の志望度はどれも同じぐらいだったので、志望動機が作りやすい順に周ったため Cには興味のある政策分野があったけど、僕が今までやってきたこととあんまり関係がなかったので動機に説得力をもたせづらかった。 他に省庁のランク順に周るとかいう話もあるけど、これは文系の場合っぽい? よく知らない。 自体についてのあれこれは解説編で書いたとおりなので、ここからはもうほとんど残っていない記憶と訪問中に取っていたメモを頼りに、実際の僕のの進み方をできるだけ具体的に追っていきたい。 とはいえ余裕がなかったのでそこまで詳細にメモを取っていないのと、僕のプライバシー保護のため不鮮明な部分も多くなると思いますが、あらかじめご了承ください まぁ本気出した当局なら一意できる程度の情報は既に出してる気がするけど……)。 受付後は文理で別の待合室に通され、最終的に待合室に揃った人数は約40人。 学部・院・といろんな人がいたので、技術系と事務系を別々に選考するのは当然として、技術系の中でさらに試験区分によって分けるということはしないらしい。 これは他の省庁も一緒だった。 総合職全体での採用数は学部卒と院卒で分けて出されてるけど、省庁ごとの採用数一覧見ると分かれてないし学部卒・院卒の枠配分は省庁ごとに勝手にやってるんだろうか。 A省の待合室には長机を長方形に組んだ島が複数あり、訪問者は分かれてそれらを囲む形で座るという形だった。 そのグループを使って何かするということは 少なくとも僕の訪問中には なかったが、訪問者同士の距離が近かったので、否応なく他の訪問者と常に会話が生まれるようになっていた。 この辺は省庁によってけっこうスタイルが違ってて面白い。 訪問者には受付順に番号が与えられ、訪問中はずっとその番号で管理された。 面接の際には面接を行う何人かの番号が呼ばれ、ぞろぞろと面接室に連れて行かれる。 面接室は広めの部屋がでいくつかのブースに区切られていて、各ブースで職員と一対一で面接を行うという形。 面接が終わったら待合室に戻って次の面接まで待機。 この流れはB省,C省でもだいたい同じだった。 A省では待ち時間の間は他の訪問者と面接がどんな感じだったかといった情報交換や、その他雑談をしていた。 面接から帰ってくるといつの間にか意識高い議論が行われてたりもした。 A省で特徴的だったのは、選考落ちを伝える際のやり方。 面接で呼ばれるときには「何番さん、荷物を 持たずに来てください」あるいは普通に「面接を行いますので来てください」と言われるのだが、選考落ちの際にはその旨が待合室の中では直接伝えられず、「何番さん、荷物を 持って来てください」と呼ばれる。 これが選考落ちのサインであり、その後はエレベーター前だかに連れて行かれ、「本日の面接は以上になります。 何かあれば連絡します 何かあるとは言ってない 」などと祈りの言葉を投げつけられて終了となるようだ。 なので呼び出しの人が待合室に来たときには壮絶な緊張感が漂い、さっきまで談笑していた人が落ちて帰っていった後なんかはお通夜ムードになる。 面接の合間合間にそのタイムが繰り返される様はさながら地獄だったが、これがわりと典型的なの形式だっていうんだから恐ろしい話である。 A省では原課面接は一切なく人事面接だけを受けた。 詳細にメモを取ってはいないのでもうほとんど覚えてないけど、面接の内容はに面接カードの内容 志望理由・やってみたいこと・研究内容・性格・打ち込んだことなど に沿って進められ、突拍子もない質問が飛んでくることはあまりなかったと思う。 なので志望理由なんかは毎回最初にだいたい同じことを喋って、詳しく突っ込まれる部分が相手によって変わるという感じ。 一回の面接はだいたい15〜30分ぐらい。 あとの2省庁もだいたいそんな感じだったけど、省庁ごとに重点を置いている部分が違うようで、例えばA省では研究について詳しく聞かれることはあまりなかった。 あとA省では毎回面接官の年次とこれまでの経歴 所属部署の変遷とか を聞かされた。 役職 課長補佐とか は教えられなかったので、よく言われる面接官の役職の違いで自分の評価が云々みたいなのはよく分からなかった。 でものプロは説明会などのときに志望省庁の採用担当者や会った職員の役職を把握しておくらしいって他の訪問者が言ってた。 さて、ここからは僕がこの日受けた面接の模様をダイジェストで。 まず1回目の面接官は入省3年目の男性。 練習不足が祟って、はじめの志望動機を言うところからいきなりつっかえてしまった 二次試験の人事面接は大学のイベントで一度練習する機会があったけど、については対人の練習は一切してなかった。 終わったあと「なぜ民間じゃなくて公務員なのかをしっかり説明する」「経験によるエピソードを盛り込む」といいとのアドバイスを受けた。 前のエントリでも触れたようにどっちもわりと基礎かつ根本的なことだし、「アドバイスは採用の見込みがない人がされる」みたいな話もあるので、今思うとしょっぱなからを立ててたのかもしれない。 全員1回目の面接が終わったぐらいの時点で早くも1人が前述のやり方で帰され戦慄した。 2回目の面接は5年目の女性、3回目は7年目の男性、4回目は7年目の女性だった。 面接は毎回だいたい同じような感じだけど、3回目の面接官には「自分のやりたいことができるとは限らないがそれでもいいか?」ということをやたら強調され、たじろいでしまった。 省庁内での配属先はある程度希望を聞いてもらえることもあるが、に各省庁が扱う様々な政策分野の中で自分の専門・興味のある分野に携われる確率はそんなに高くないとのこと。 これはどの省庁でも同じらしく、この質問は他の省庁でもけっこうされたので、ちゃんと考えといたほうがいいと思う。 単に「国家の政策を担う以上はどんな分野にも魅力があると思うので……」みたいなことを言うだけだと、「まぁみんなそう言うよね」とぶった斬られる。 昼飯は確か2回目の面接の後に他の訪問者と省内の食堂で食べた。 面接の順番については評価順に呼ばれるなんて話もよくあり、訪問者の間でも様々な憶測が飛び交っていた。 この訪問では1回目の面接は受付順だったが、僕は2,3回目がだいぶ後の方、4回目は前の方と法則性がよく分からなかった。 他の人もそんな感じだった。 面接の合間合間にぽつぽつと帰される人が出て、全員が4回目の面接を終えたあたりで残っていたのは25人ほど。 ここから僕はもう1回面接に呼ばれ、この日は結局5回面接を受けることになったのだが、5回目があったのは25人のうち僕を含む8人ほどだけだった。 このことについても訪問者の間で憶測が飛び交ったが、その8人のメンツから優秀だったから呼ばれたのかギリギリだったから呼ばれたのかはよくわからない感じだった。 情報戦である。 結局18時前になると3,4人ずつ荷物を持って来るよう呼ばれ きれいに番号順に呼ばれたし時間も時間だったので選考落ちのアレではないとわかった 、出口面接という程のものはなくエレベーター前で第2クール初日午前の予約を言い渡され解散。 ということで面接の出来自体は良かったとはいえないものの、とりあえず僕のは初日通過と幸先のいいスタートを切ることになった。 この日思ったのは、だいたいどの面接官にも最後に「何か聞きたいことは?」と聞かれるので、質問をできるだけたくさん用意しておいたほうがいいなということ。 面接中に面接官が話した内容について鋭い質問を投げられるのがベストだけど、僕は頭の回転が遅いからそういうの苦手だったし、かといって複数の面接官にあらかじめ用意した同じ質問を投げ続けるのはリスキーだし。 これは他の省庁でも共通なので、志望省庁について勉強するときに浮かんだ疑問点をまめにメモるとかしておくといいのかも。 それを好きなだけ中の人に直接聞けるというある意味非常にいい機会です 勉強中にこういうポジティブな考え方ができてたらなぁ……。 待合室の席の配置はA省と似ていたが、訪問者同士の距離が遠く会話がしにくい雰囲気になっていた。 また、受付時に「チームで壁を乗り越えた経験」についてA4用紙1枚分の作文を課された。 期限は帰るまでだったが作文とか死ぬほど苦手なので勘弁してほしかった。 最終的に集まった人数は15人ほどと1日目に比べてだいぶ少ない。 2日目以降はそんなもんなんだろうか。 さて、B省での面接は最初がいきなり原課面接だった。 僕含め3人の訪問者が実際に職員が働いてるオフィスに通され、会議スペース的なところで3年目の職員からB省の概要やその人の業務内容に関する説明を受けた。 他の2人がだんまりだったしこれも評価の対象になるのかと思い頑張って質問を投げたが、メモとか取ってなかったし本当に説明だけだったのかもしれない。 午前の面接はこれだけで、昼飯の後しばらくして2回目の面接があった。 今回は人事面接で、面接官は4年目の職員。 面接は30分だと伝えられていたが面接カードの内容が15分ぐらいで終わってしまい、残りが全部質問タイムになって困った。 やっぱり質問は多めに用意しておこう。 B省の特徴はとにかく待ち時間が長いことで、16時を過ぎたぐらいの時点で受けた面接は上記の2回だけ。 1日目は第1志望ということもあってかジャケットを着ていた人も多かったが、この日は他の受験者もほとんどノージャケノータイ第1ボタン空けでぐでーっとしていた。 ちなみにどの省庁も待合室はろくに冷房が効いてなくて暑い。 僕はうちわを持って行ってたんだけど、これがけっこう役に立ったのでおすすめ。 結局その後さらに2回人事面接があり、それが終わったのが18時過ぎぐらい。 4回目の面接では志望動機についてそれがなぜ公務員でないと駄目なのかを深く追及されて困った。 B省での面接はA省と同じく面接カードベースだったけど、A省より研究のことを説明させられる機会が多かった気がする。 B省ではA省のように途中で帰らされるということがなく、全ての面接が終わったあと1人ずつ出口面接に呼ばれて結果を伝えられるという形だった。 順番は受付順 つまり朝来た順 で、僕は来るときに少し道に迷ったため10人目ぐらいだったのだが、ここからの待ち時間がまた酷かった。 1人呼ばれたあと次が呼ばれるまで10分ぐらいかかっていたので、19時前ぐらいから呼ばれ始めて僕が開放されたのは21時過ぎという始末。 のルール的には拘束は22時までなので一応セーフ ? なのだが、この長時間拘束にはだいぶ体力を奪われてしまった。 出口面接自体は2人の職員に「今日の面接はどうでした?」みたいなことを軽く聞かれるだけのもので、最後に次回の予約をもらいとりあえず1日目に続き第1クール突破。 ということでこの日は「 できるだけ早い受付順を確保した方がいい」という教訓を得た。 僕が訪問した全省庁とも第1クールでの帰る順番は受付順だったし。 まぁ僕はてきぱき行動できない人間なので結局毎回10〜5分前到着だったけど……。 あとは長い待ち時間を潰す算段も立てておいたほうがいいかもしれない。 B省と同じく朝は直接待合室まで向かいそこで受付をするという形で、この日の訪問者は10人ほど。 C省の待合室は大学の講義室のように机が列状に並んでおり、B省にも増して他の訪問者と会話をする雰囲気ではなかった。 B省では待ち時間が長いこともあり次第に訪問者の間で会話が生まれていたが、C省では結局訪問中他の訪問者と話をすることは一切なく、待ち時間には用意されていたパンフとかを読んでいた。 あと携帯でしてでネット見たりとかもしてたけど特に何も言われなかった 他の2省庁も同様。 僕が訪問した省庁は待合室での行動を評価してはいなさそうだった 評価する省庁もあると聞いたことがある けど、ずっと携帯いじってるのはあんまりいい感じがしないので、を持ち込んでいたのはよかったかもしれない。 感覚の問題だけど。 C省の面接も全て人事面接。 面接官の年次や役職は一切教えられなかったけど最初の面接からそこそこ年いってそうな人が出てきたりして、ここはだんだん年次が上がっていく感じではないのかな?と思った。 あとは自分がやっている研究に加えて研究室のことや所属している専攻のことなんかも聞かれたりして、学業まわりに重点を置いてる感じがした。 最初に言ったとおりC省にはあまり深い志望動機がなかったのでこれには助けられた。 また、ここまでくると既に人事面接を8回こなし流石に慣れてきていたので、意外な質問が来なければわりとそつなく受け答えができるようになっていた。 僕は以前の面接の経験がほぼ皆無だったので、C省に通ったのは他2省でがっつり実戦練習ができたおかげもあるかもしれない。 慣れって大事だ。 この日は午前に1回、午後に2回面接に呼ばれ、4時半頃から1人ずつ受付順で出口面接が始まった 途中切りはなかった。 出口面接では特に何も聞かれず次回の予約をもらい、例によって僕の受付順はうしろの方だったけど、18時前ぐらいには開放された。 ……と、第1クールを終えてここまでまさかの3戦3勝。 最後のC省はともかくA,B省での面接はあまりうまくできたという感触もなかったんだけど、意外と楽勝なんじゃね?という慢心が生まれる。 土曜はに気晴らしに行って、日曜はほぼ一日中ホテルにこもってダラダラしたりうまく答えられなかった部分の練り直しなんかをしたりしていた。 次回、やっぱり楽勝ではなかった後半、 筆者は果たしてを獲得できるのか!?なるべく近日公開。 ikautimituaki.

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志水辰夫公式ページ〈志水辰夫めもらんだむ〉 更新日:2020. 唐人の父親の見舞いに行くという少女とともに、 新蔵は唐へと渡る決心をした。 折しも唐では、阿片戦争が始まろうとしている 波乱の時代だった……。 書き下ろし長編時代小説。 ------------- 書評『新蔵唐行き』が 東京新聞 12月2日付に掲載されました。 ------------- ( 朝日新聞 の本の情報サイト) 出版社がホントにおすすめしたい本 2019. 24 PR by 双葉社 ------------- 文芸評論家・縄田一男氏の書評『新蔵唐行き』 「手に汗握る展開 独特の深み」が 日本経済新聞 11月7日付夕刊に掲載されました。 ------------- 書評『新蔵唐行き』 「一気読み必至」が 夕刊フジ 10月26日号に掲載されました。 主人の須川幾一郎に異変が起きたときには 志保姫を国許につれ戻す手立てになっていた。 江戸表にも国許派のものがいるのだ。 追っ手をかわして、姫を連れて戻れるのか! 街道筋には見張りがいる。 巡礼の親子に紛して旅は始まった。 エンタテイメント時代長篇。 リンクに関してはフリーですが、ご一報いただければ幸いです。 Copyright 2002.

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【解説】 「経済学」の内容ではないですが、各国のGDPの規模感はある程度覚えておきたいです。 例えば昨年の中小企業診断士一次試験でも、主要国のGDPの規模を間接的に問われる問題がありました(経済学・経済政策第3問)。 さて、昨年2010年の日本の名目GDPは約5. 46兆ドルです。 1ドル=87円(今となっては円安ですが)で計算すると、約479兆円となります。 日本の名目GDPを円単位で見た場合、 ここ20年500兆円前後で推移している事実も知っておいた方が良いでしょう。 また、 昨年中国が名目GDPで世界二位となったことも押さえておきたいです。 以前は40年以上日本が世界二位でした。 この辺はグラフ問題で出そうな気がします。 なお、名目GDPの6位以降はブラジル、イタリア、カナダ、インド、ロシアの順になります。 今回の記事は、「世界経済のネタ帳」様を参考にさせて頂きました。 【解説】 マクロ経済学の本を見ると、大抵はじめに出てくる GDP(国内総生産)のお話です。 GDPは「一定期間内に国内で産み出された 財・サービスの付加価値の総額」と定義されています。 必ず押さえておかなければならないところです。 ポイントは 財・サービスの付加価値とは何ぞや?ですね。 ざっくり説明しますと 1 誰かが頑張って「モノ」を作ったり、「サービス」を提供する 2 誰かがその「モノ」や「サービス」に対しお金(対価)を支払う の両方がなされたときに発生するものが「付加価値」です。 ですので、働かないのにお金をもらったり(おこづかい等)、もしくはタダ働きをすることはGDPの定義する付加価値にはなりません。 ちなみに、2コマ目のこみぽちゃんの思い通り貯金していた場合、4コマ目の付加価値は発生しません。 実はこれを 国全体レベルの規模で考えると、日本のGDPが伸びない理由が見えてきます。 その話はまたいつか。

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