未来少年コナン 尻叩き。 未来少年コナン(バラクーダ号): あっけらかん、と

外出自粛中に観るべきアニメ『未来少年コナン』の話|二岡せきぬ|note

未来少年コナン 尻叩き

小学生の頃に始まったアニメ『名探偵コナン』。 今でも漫画アニメともに続いている息の長い作品でありますが、僕も子供らしくコナンにハマってまして、ある日コナンと名前が似た作品がある事に気付いたんですよね。 未来少年コナン 最初抱いた感想は「随分絵が古臭いな」と 笑 当然『名探偵コナン』とは全然違う作品でありまして、すぐに存在を忘れてしまいました。 当時観ていたものはまあコナンであったり『ポケットモンスター』、『ドラえもん』、『クレヨンしんちゃん』、あとは庵野秀明監督作品の『彼氏彼女の事情』もなんとなくハマって観てたりしてました。 当時は当然庵野秀明が作ってたなんてわからなかったわけですが 笑 『未来少年コナン』が宮崎駿監督作品である事に気付いたのもオタクになってからです。 宮崎駿監督といえば日本で一番有名なアニメ監督でありまして、彼がスタジオジブリで作り上げた様々な作品は今でも定期的に日テレの金曜ロードショーで観る事ができます。 僕ら世代からくらいからはもう子供の頃からジブリを観て育ったという人も多いのではないかと思います。 ただそれと同時に、あまりにも身近すぎて宮崎駿という人物はオタク的な感性からは離れていたと言いますか、せいぜい『天空の城ラピュタ』のバルス祭でネットで盛り上がるくらいしかオタクとの接点がなかった気がするんですよね。 少なくとも僕はジブリは観てましたが、それよりも深夜にやっているオタクアニメに興味が行っていたわけです。 僕が宮崎駿という人物に興味を持ち始めたのは去年辺りから、きっかけはオタキング・岡田斗司夫氏のやっているニコ生ゼミを観てからでした。 宮崎駿監督がいかに天才で、そしていかに面白いお爺ちゃんなのかというのを岡田斗司夫氏が配信の中でいろいろ語っていまして、例えば有名なルパン三世の映画『カリオストロの城』で、今では凄く人気のある作品なのに当時は映画史に残るほどの不入りでその後数年間干されるはめになってしまったとか ルパン三世カリオストロの城 『風の谷のナウシカ』がそこそこ成功した後 ナウシカの興行成績は当時そこまででもなかったようです 、黒字になった資金で高畑勲に作らせようとした『柳川掘割物語』という実写映画の制作が遅れに遅れ、ついには自身の家を抵当に入れる事態になり困り果てていたところで鈴木敏夫氏にそそのかされて作ったのが『天空の城ラピュタ』だったという話とか 天空の城ラピュタ いろんな事を知って、だんだんと宮崎駿という人に興味を持ち始めた。 そして、冒頭の話に戻りますが、『未来少年コナン』を観てみたいと思い始めたわけです。 『未来少年コナン』は1978年に作られた作品でして、宮崎駿監督が37~8歳の頃に作ったという事になります。 『カリオストロの城』が作られる2年くらい前ですかね。 全26話構成で、舞台は近未来の世界。 大規模な戦争により地殻変動が起き、ほとんどの生物が死滅してしまった世界で一人の少年が活躍するストーリーになっております。 僕の大好きなプロ野球はどうせ開幕しませんし、仕事終わりの暇な時間が大分できたのでせっかくなら観てみようと思い、観始めたわけですが…。 いや~舐めてました。 めちゃくちゃ面白いですよ、これ 笑 主人公・コナンは最初、のこされ島という無人島で彼のお爺さんと二人で暮らしてまして、そこにラナという少女が流されてくるというところから物語が始まります。 ラナは世界を変える秘密を握っていて、悪党に追われているわけですよ。 で1話でその悪党がラナをさらい、コナンが追いかける為に島を出るわけですが、そこから始まるいろんな人との出会いや体験がとても面白い。 まずコナン、とにかく大人にボコられ続けます 笑 例えば4話『バラクーダ号』では、旅の途中で仲良くなった男の子・ジムシーと一緒にラナのいるインダストリアという街に行くためにバラクーダ号という船に乗り込もうとします。 しかしジムシーが勝手な行動を取り、食堂に入って酒を飲んでへべれけになってしまう。 船員にも見つかり捉えられ、縛られたまま海に放り込まれそうになるのですが、船長・ダイスが「尻叩きの刑に耐えられたら船で働かせてやる」って言い出すんです。 で、尻叩きの刑って聞いたら「なんだそんなもんか」って思うじゃないですか。 でもこれが少し想像していたものとは違くて。 ぶっ太い木の板を持ってきて、それでコナンの尻を打ちのめすんですよ 笑 しかも最初はコナンとジムシーがそれぞれ20発ずつ受ける予定だったのが、ジムシーが泥酔してしまっている為にコナンがジムシーの分まで引き受けるんですよね。 それもこれもラナを助けたいという一心で。 それで気絶するほどの痛みに耐えて、なんとか40発受けきるのですが、これで「見込みのある男じゃねえか、仲間にしてやる!」…とはならないんですね。 コナンとジムシーは船の地下に放り込まれて、そこから奴隷みたいな作業を延々とやらされるんですよ。 しかもジムシーは酔っていて覚えていないし、ラナを助けたいという気持ちもない そもそもジムシーは会ったことがない ので、コナンの作業を手伝おうともしない。 コナンは尻を過剰にぶたれた事で高熱を出しながら、それでも文句1つ言わずに黙々と奴隷みたいな作業をやり始める。 ま~可哀想なんですが、これが何かというと、宮崎駿監督からのメッセージなんですよね。 いかに崇高な目的があっても、他人がすぐに汲み取ってくれるわけじゃない。 他人には他人の生活があって、主人公に協力してくれるNPCとかではないわけです。 そんな他人の気持ちを変えるには、自分が命を張ったり、他人の犠牲になって過酷な状況に耐えなければ信頼など勝ち取れない…こう仰っているわけですな。 この宮崎駿の考えはジブリの他作品でも描かれています。 例えば『魔女の宅急便』では空を飛べる特別な存在であるキキを、街の住民はそれだけでは受け入れてくれない。 『千と千尋の神隠し』では無気力な女の子・千尋が湯婆婆に名前を奪われ扱き使われながらも懸命に働いて人からの信頼を得ていきます。 …というのをジブリでは2時間くらいの尺で簡潔に見せてくれるのですが、26話もある『未来少年コナン』ではとにかくいろんな理不尽がコナンを襲うわけです。 コナンはとにかく大人に殴られ、殺されかけます。 その度コナンは我慢したり、嫌な奴には復讐したり、殺されそうになるのを自慢の身体能力で生き延びラナを助け、守ります。 ラナもまたコナンに助けられるだけでなく、時には死にそうになるコナンを助けます。 この二人の共存関係も素晴らしいですし、次から次へと理不尽が襲ってくる展開にはハラハラさせられ、それと同時に敵側のバックボーンなんかも描いたりして恨みきれなくもなる。 軽い気持ちで観始めたのですが、展開が気になりすぎてやめられずあれよあれよと消化してしまい、5日くらいで完走してしまいました。 もう42年前の作品ですが展開にしてもキャラクターにしても少しも古臭いと感じる部分がなく、宮崎駿監督の他のどの作品にも負けていない凄いアニメでしたね。 今までジブリで感動したりしていたのはすべて『未来少年コナン』でやっていた事なんだと、そういう意味でも感動を覚えましたね。 もし外出自粛で暇している方がいらっしゃれば、この機会にぜひ『未来少年コナン』を観てみてください。 絶対に損はいたしません! というところで今日は終わりにします。 今は『ガンバの冒険』を観ていまして、凄いなと思ったらこちらもノートに書かせていただきます。 ではまたお会いしましょう。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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「未来少年コナン」のダイス船長は裏切り者だけど憎めない!声優は永井一郎さん

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¥ バラクーダ号に忍び込んだコナンとジムシー。 船長室で、ダイスがドンゴロスとグッチに八つ当たりしている。 コナンに壊されたロボノイドはお前達20人分に匹敵する、明日までにこの船をプラスチップで一杯にしろ、と。 ところで、なぜプラスチックではなくプラスチップなのか。 ここで旧ブログには、 未来少年コナンファンページ の掲示板の2004年(H16年)の0036番に書かせて頂いた、という記述があります。 私の個人的な意見としましては、現実に身の回りにある「プラスチック」だと、あまりにも現実的すぎるのと、逆に、プラスチックの再資源化があまりにも非現実的だという相反する2点の原因により、あえて現実に存在する「プラスチック」と似たような単語「プラスチップ」にしたのではないか、と思っているのですが。 そういえば、『タイムボカン』でマージョ一味が探している宝石は、ダイヤモンドをはるかに超える価値を持つ『ダイナモンド』でした。 これは多分私自身が書いたものだと思うのですが、しかし今の私よりはるかに論理的な文章だ。 私の問いに管理人のふみひろ様が答えたものかもしれません。 元の掲示板がなくなっており、サイトの過去ログも未転載となっており、インターネットアーカイブ で調べても、丁度該当する期間は保存されていないので、詳細は不明です。 ラナを縛って船室に閉じ込めてなかったから逃げられたんだ、と話すドンゴロスとグッチ。 だから、ラナはいつ、どうやってバラクーダ号を逃げ出してのこされ島に辿り付いたかだ。 もっと言えば、ダイス達がどうやってラナをハイハーバーから連れ出したかも疑問だ。 ラナがハイハーバーから連れ出されてバラクーダ号から脱出してのこされ島に来るまでの謎。 一体どんな事件があったのか。 食い物の匂いに誘われて厨房にもぐり込んだジムシー。 ジムシーは食い意地が張って鼻が利くという設定。 猪八戒的キャラか? 厨房では料理人のグッチが鼻歌を歌いながらダイス船長の夕食を料理している。 鼻歌の内容は「サンタルチア」か!?西暦2008年に人類が絶滅の危機を迎え、その20年後にも残っていたという設定の名曲。 一騒動起こしたジムシーを助けるため、酔っ払っているジムシーを連れて島に戻るコナン。 友人思いやな〜。 このままジムシーを見捨てて隠れたままでインダストリアまで密航する選択もあったのに。 折角インダストリアに行くきっかけをつかみながら酔っ払った友人を見捨てずに島に戻ったコナン。 こういった責任感の強さがコナンを名実ともに素晴らしいリーダーたりうる所以です。 それにしてもジムシーって、酒を飲んで酔っ払ったり、タバタバを吸ったり、10才という設定の割にはオヤジ入ってるな。 そしてダイスの迅速的確な指揮のもと、密航者追跡隊が出動。 ロボノイド部隊がボートに乗って島に上陸するシーンは結構勇ましいシーンです。 そして、崖を登ってにげようとするコナンに石を投げつけて落とすダイス。 こんなちょっとした行動から、ダイスが声が大きくて威張っているだけの無能な司令官ではなく、かなり有能な人物であると分かります。 結局捕まって、甲板で尋問が始まる。 「太陽が昇る方向(東)の方から自分で作ったボートでやって来た」 と言うコナンにドンゴロスは 「うそをつけ!東の海はあばれ海だ。 越えられるはずがない!」 「ふーん、あれ、あばれ海というんだ」 生まれてからおじいと二人きりで過ごしてきたコナンなのに、ジムシーとの喧嘩にしろ今回の尋問にしろ、なかなか度胸が据わって論理的に対処している。 私もこうありたい。 しかし、プラスチップ島とのこされ島の間にあばれ海があってバラクーダ号も乗り出さないとすれば、ラナはどうやってのこされ島に辿り着いたことになるのだろうか。 コナンへの訊問の末、コナンが海と船が好きで勇気があると認めたダイスは、コナンが船に乗ることを許す。 この行為から、ダイスは単なる悪役ではないと思われるのである。 実際、後にコナンの味方になったが。 原作を読むと、この時代は肉体労働による生産が主流のようだから、コナンやジムシーのような健康な肉体を持つ労働力が必要だったという事情もあると思われる。 しかし本当に改心するまでのダイス船長には二面性があり、今回も単なる豪快ないい人という面意外に、残虐な面も見せている。 尻叩き20回に耐えれば許してやる、しかし弱音をはけば首くくりだ、と条件をつけ、1回の尻叩きでのびてしまったジムシーを躊躇なく 「吊るせ」 と首吊りにしようとする。 後にコナンの理解者・協力者となるダイス船長もこの時点では未だ単なる「いい人」ではなく、油断のならない男である。 最初は笑って尻叩きを見物していた船員達が次第に静かになっていく描写も説得力がある。 酔っ払ったジムシーが尻叩きの刑の前に 「いつでもどーぞ」 と尻を振る場面。 尻叩きの後、膨れ上がったコナンの尻。 ジムシーが膨れたコナンの尻を見るためにパンツを下ろすと尻が光っているシーンと、ジムシーがコナンの尻に水をかけると湯気が出る名場面。 番組の細かい意味を理解できずに見ていた初回放送時の幼かった私でも、こういったギャグシーンには反応して笑っていた記憶があります。 夜、目を覚ましてコナンの尻をめくり、回復していることに安心して再び眠りにつくジムシー。 二人の友情をギャグを通して描く名場面です。 本当は島に残っていたかったジムシーですが、コナンへの友情に免じて納得します。 ジムシーが物分りの良い人間で良かった。 ところで、ジムシーがコナンのヨットの帆を使って作ったマント。 酔っ払ってバラクーダ号から逃げる時に、船に引っかかって置いていきます。 その後、ジムシーのマントに注目してみていると、確かにジムシーの背中にはマントはありません。 しかし、正面からジムシーを見ると、あたかもマントをしているかのように、首のところにネクタイの如く結び目があります。 これは一体どういうことでしょうか。 マントは引っかかって破れたのだから、ちぎれた残りが首輪の如く首の周りに残っているのでしょうか。 マントに長ズボンに靴というのがジムシーのコスチューム。 一体いつジムシーの背中にマントが復活するか、注目です。 さて、いよいよ次回はインダストリアに到着です。 まず、インダストリア沿岸の廃墟シーンが見どころです。 それから、インダストリア内部の光景、モンスリーの衝撃私服シーン、レプカ初登場、など……。 次回が楽しみです。

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未来少年コナン 第4話 バラクーダ号: SF KidなWeblog

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未来少年コナンは、大人になりたくないという子供心を思い出させてくれる この中に登場する主人公「コナン」は、勇敢さ、正義感、純粋さなど、大人が忘れてしまいがちな大切なものを持ち合わせた少年で、「大人になりたくない」と子供の頃に抱いた、大切な気持ちを思い出させてくれます。 未来少年コナンとは? 「コナン」という名前を耳にすると、名探偵コナンを思い浮かべる人の方が圧倒的に多いと思いますが、未来少年コナンはこれとは一切無関係なアニメです。 従って、主人公のコナンという名前は同じでも、全く別な人物です。 敢えて、共通点をあげるならば、どちらも少年ってところですね。 さて、この「未来少年コナン」がどのようなアニメかというと、未来における少年「コナン」の活躍を描いたアニメです。 (タイトル見れば誰でも分かるだろ!って。 仰る通りでー) 5つの大陸が沈んで人類が滅びかけ、宇宙船で非難して生き残った人たちが、再び地球に戻ってきて、新たな生活を始めた新しい世界が舞台設定になっています。 ある小さな島(残され島)に不時着した生存者たちが次第に亡くなって行き、祖父と二人暮らしをしていたコナンが、祖父の死をきっかけに、新たな仲間を求めて島を出て行きます。 そこから、コナンの旅が始まり、様々な人と出会い、色々な経験を経て、最後は世界を支配して行こうとする悪人レプカに立ち向かって行くという話です。 コナンの魅力は では、主人公のコナンの魅力とは何でしょう。 コナンは、少年らしい 素直さ、純粋さ、真直ぐさを持ち合わせていますが、それだけでなく、強い正義感を持ち、また 勇敢で、友情、愛情にも満ちていて、子供ながら強い魅力があります。 当時子供であった私は、そんな魅力あふれるヒーロー「コナン」と、自分自身とを、どこかで重ね合せながら観ていた気がします。 さて、そんな多くの魅力を持つコナンですが、実際のストーリーの中では、どんな姿として現れていたでしょう。 それは、コナンが知り合う人ひとりひとりが、 コナンと出会ってその魅力に魅かれ、仲間になって行く姿に現れています。 まず、残され島に漂着した少女 ラナと出会い、わずかに接しただけでお互いに心が通じ合うようになった姿は、お互いに子供でありながら、どこかに小さな愛情という心を抱いたからでしょう。 その後、 ラナを命がけで守ろうとする姿や、常にラナのことを思う姿にも、人を思うやさしさが溢れていました。 そして、 ジムシーと出会ってよき友達になったのは、ジムシーが自然とコナンに親しみを覚えて心が通うようになったからこそで、友情のあふれる姿をコナンに感じます。 特に、罰 (尻叩きの刑)を受けることになったジムシーの身代りになって、コナンがその罰を受ける姿は、友人のためには身体を張ることまでする、友情の深さを感じました。 また、コナンの凄さは、 モンスリーの心を変えてしまったところにあると思います。 モンスリーは悪人レプカに直接仕えるレプカの手下の幹部の一人で、レプカの野望を手助けする立場にいた人物ですが、コナンと何度も接する中に、レプカの間違いに気付き、コナンの仲間になってレプカに抗するようになりました。 これも、コナンが持っている、純粋さや真直ぐさから生じる強い正義感に心を打たれたからでしょう。 そして、その正義感や勇気に突き動かされたもう一人の人物が ダイスです。 ダイスは、海を愛する船長で、ひとり我が道を行くというタイプでしたから、自分自身の商売がうまく行っていれば、他のことには一切関わらないといった感じでした。 ところが、コナンと接して行く中で、そんな打算だけで動いていた行動が、だんだんとコナンに協力するように変わり、最後はコナンの味方となって行動を共にし、レプカと闘う姿にまで変わりました。 そんなモンスリーやダイスの 心を変えて、生き方までを変えてしまうのは、まさに、一切の混じり気のない純粋さと、強い正義感を持つコナンに魅力があったからでしょう。 そして、コナンが悪人レプカを倒そうとして立ち向かう姿には、勇気や勇敢さを強く感じます。 レプカは大きな組織を率いるだけでなく、近代的な武器を持っているのに対して、コナンは生身の身体一つと、槍一本だけという、到底、抗しえない状況でありながら、正義感のもと勇敢に挑む姿には、大人が真似できない凄いものを感じます。 関連記事 汚れた大人が失ってはいけないもの そんなコナンを観ていると、何かどこかにカリスマ的な要素があるのかというと、決してそうではありません。 透き通るような純粋さ、真っ直ぐさ、勇気や勇敢さ、正義感や愛情、友情など、ひとりの少年として、 子供だからこそ持っている輝かしい魅力が溢れいて、それがそのままにじみ出ているからに他なりません。 だからこそ、そんなコナンの姿を見ていると、大人が忘れがちな、「 大人になんか、なりたくない!」という子供心を思い出させてくれます。 子供は、大人へと成長して行く過程で、大人は「ズルい」と感じるものですが、そんな時は誰しも、「 大人になんかなりたくない」といった感情を抱くものです。 そんな忘れかけていた子供心を思い出させてくれるのがコナンなのです。 大人は妙に物わかりが良くなってしまったり、曲がったことが気にならなくなってしまったり、物事を利害や打算だけで考えるようになってしまったりします。 また、どこかで妥協したり、悪いことを悪いと言わずに見て見ぬふりをしたり、自己を捨てて大きなものに巻かれたりもします。 そのような姿は、子供からみればどこか「ズルい」と映るものです。 成長した大人から見れば、そのような点は「 現実を考えるからこそそうなる」とも言えますが、その一方で、どこかに 子供時代に持っていた大事な何かを失ってしまったと感じる一面を持つこともあるのではないでしょうか。 コナンは、そんな忘れ物のようなものを思い出させてくれるのです。 関連記事 観たこと無い人には絶対おススメ このように、子供心を思い出させてくれる未来少年コナンですが、このアニメそのものに大きな見応えがあります。 原作は海外の著作で、私はその和訳単行本を読んだことがありますが、あくまで原作なので、アニメのストーリーとはかなり違った趣がありました。 換言すれば、アニメの未来少年コナンは、見応えたっぷりになるようにアレンジして作られた、 完成度の高い作品と言えます。 実は、未来少年コナンは、あの有名な宮崎駿氏がまだ若いころに演出を手掛けた作品でもあるのですね。 ストーリー中、超人的な身体能力を持つコナンが、「 あり得ない~」というような活躍を見せてくれ、そんな姿はとてもコミカルで、見ていてもとても愉快です。 なんか、この記事書いていて、ストーリーを思い出しては感動がよみがえって、鳥肌が立ってしまいました。 (我ながら凄い!) 「未来少年コナン」は、一度は絶対観て欲しい絶対におススメのアニメです。 一度見たら必ず、また観たくなりますよ!.

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