かね はら のぼる。 正徹 千人万首(注釈付き)

古今和歌集の部屋

かね はら のぼる

一 年のうちに春たちて雨の降りければ 春としもなほおもはれぬ心かな雨ふる年のここちのみして 山ごもりして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日頃にも似ず聞えければ かすめども年のうちとはわかぬ間に春を告ぐなる山川の水 山ふかく住み侍りけるに、春立ちぬと聞きて 山路こそ雪のした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ 山里に春たつといふことを 山里は霞みわたれるけしきにて空にや春の立つを知るらむ 難波わたりに年超えに侍りけるに、春立つこころをよみける いつしかも春きにけりと津の國の難波の浦を霞こめたり 春になりける方たがへに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て わきて今日あふさか山の霞めるは立ちおくれたる春や越ゆらむ 立春の朝よみける 年くれぬ春くべしとは思ひ寐にまさしく見えてかなふ初夢 山の端の霞むけしきにしるきかな今朝よりやさは春のあけぼの 春たつと思ひもあへぬ朝とでにいつしか霞む音羽山かな 一〇 たちかはる春を知れとも見せがほに年をへだつる霞なりける とけそむる初若水のけしきにて春立つことのくまれぬるかな 春立つ日よみける 何となく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山 正月元日雨ふりけるに いつしかも初春雨ぞふりにける野邊の若菜も生ひやしぬらむ 家々に春を翫ぶといふことを 門ごとにたつる小松にかざされて宿てふやどに春は來にけり 初春 岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらむ ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり清瀧川の水のしらなみ 春きて猶雪 かすめども春をばよその空に見て解けんともなき雪の下水 題しらず 三笠山春はこゑにて知られけり氷をたたく鶯のたき 春あさみ 篠 すず のまがきに風さえてまだ雪消えぬしがらきの里 二〇 嵯峨にまかりたりけるに、雪ふかかりけるを見おきて出でしことなど申し遣わすとて おぼつかな春の日數のふるままに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ かへし 靜忍法師 立ち歸り君やとひくと待つほどにまだ消えやらず野邊のあわ雪 題しらず 春しれと谷の下みづもりぞくる岩間の氷ひま絶えにけり 小ぜりつむ澤の氷のひまたえて春めきそむる櫻井のさと くる春は嶺の霞をさきだてて谷のかけひをつたふなりけり 雪とくるしみゝにしだくから崎の道行きにくきあしがらの山 元日子日にて侍りけるに 子日してたてたる松に植ゑそへむ千代かさぬべき年のしるしに 子日 春ごとに野邊の小松を引く人はいくらの千代をふべきなるらむ ねの日する人に霞はさき立ちて小松が原をたなびきにけり 子日しに霞たなびく野邊に出でて初うぐひすの聲をきくかな 三〇 五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを、子日にあたりける日、折櫃にひきそへて遣わすとて 君が爲ごえふの子日しつるかなたびたび千代をふべきしるしに ただの松ひきそへて、この松の思ふこと申すべくなむとて 子日する野邊の我こそぬしなるをごえふなしとて引く人のなき 若菜 春日野は年のうちには雪つみて春は若菜のおふるなりけり 雪中若菜 けふはただ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり 雨中若菜 春雨のふる野の若菜おひぬらしぬれぬれ摘まん 籠 かたみ 手ぬきれ 若菜に初子のあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける わか菜つむ今日に初子のあひぬれば松にや人の心ひくらむ 若菜に寄せてふるきを思ふということを わか菜つむ野邊の霞ぞあはれなる昔を遠く隔つと思へば 老人の若菜といへることを 卯杖つき七くさにこそ出でにけれ年をかさねて摘める若菜に 寄若菜述懷といふことを 若菜おふる春の野守に我なりてうき世を人につみ知らせばや 野に人あまた侍りけるを、何する人ぞと聞きければ、菜摘む者なりと答へけるに、年の内に立ちかはる春のしるしの若菜か、さはと思ひて 年ははや月なみかけて越えにけりうべつみけらしゑぐの若だち 四〇 題しらず 澤もとけずつめど 籠 かたみ にとどまらでめにもたまらぬゑぐの草ぐき 海邊の霞といふことを もしほやく浦のあたりは立ちのかで烟あらそふ春霞かな おなじこころを、伊勢の二見といふ所にて 波こすとふたみの松の見えつるは梢にかかる霞なりけり 霞によせてつれなきことを なき人を霞める空にまがふるは道をへだつる心なるべし 世にあらじと思いける頃、東山にて、人々霞によせて思ひをのべけるに そらになる心は春の霞にてよにあらじとも思ひたつかな おなじ心をよみける 世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて數ならぬ身の思出にせむ 題しらず 霞まずは何をか春と思はましまだ雪消えぬみ吉野の山 梅を 香にぞまづ心しめ置く梅の花色はあだにも散りぬべければ 梅をのみわが垣ねには植ゑ置きて見に來む人に跡しのばれむ とめこかし梅さかりなるわが宿をうときも人は折にこそよれ 五〇 山里の梅といふことを 香をとめむ人をこそまて山里の垣根の梅のちらぬかぎりは 心せむ賤が垣ほの梅はあやなよしなく過ぐる人とどめける この春はしづが垣ほにふれわびて梅が香とめむ人したしまむ 旅のとまりの梅 ひとりぬる草の枕のうつり香は垣根の梅のにほひなりけり 古き砌の梅 何となく軒なつかしき梅ゆゑに住みけむ人の心をぞ知る 嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、梅の風にちりけるを ぬしいかに風渡るとていとふらむよそにうれしき梅の匂を 庵の前なりける梅を見てよめる 梅が香を山ふところに吹きためて入りこん人にしめよ春風 伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに、庵の梅かうばしくにほひけるを 柴の庵によるよる梅の匂い來てやさしき方もあるすまひかな 閑中鶯といふことを うぐひすのこゑぞ霞にもれてくる人目ともしき春の山里 雨中鶯 うぐひすの春さめざめとなきゐたる竹の雫や涙なるらむ 六〇 住みける谷に、鶯の聲せずなりにければ 古巣うとく谷の鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ うぐひすは谷の古巣を出でぬともわが行方をば忘れざらなむ 鶯は我を巣もりにたのみてや谷の外へは出でて行くらむ 春のほどは我が住む庵の友になりて古巣な出でそ谷の鶯 鶯によせておもひをのべけるに うき身にて聞くも惜しきはうぐひすの霞にむせぶ曙のこゑ 梅に鶯の鳴きけるを 梅が香にたぐへて聞けばうぐひすの聲なつかしき春の山ざと つくり置きし梅のふすまに鶯は身にしむ梅の香やうつすらむ 題しらず 山ふかみ霞こめたる柴の庵にこととふものは谷のうぐひす すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりな梅の立枝を 鶯は田舎の谷の巣なれどもだみたる聲は鳴かぬなりけり 七〇 雨しのぐ身延の郷のかき柴に巣立はじむる鶯のこゑ 鶯の聲にさとりをうべきかは聞く嬉しさもはかなかりけり 鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に、聲のしければ 思ひ出でて古巣にかへる鶯は旅のねぐらや住みうかるらむ 深山不知春といふことを 雪分けて外山が谷のうぐひすは麓の里に春や告ぐらむ 山里の柳 山がつの片岡かけてしむる庵のさかひにたてる玉のを柳 柳風にみだる 見渡せばさほの川原にくりかけて風によらるる青柳の糸 雨中柳 なかなかに風のおすにぞ亂れける雨にぬれたる青柳のいと 水邊柳 水底にふかきみどりの色見えて風に浪よる河やなぎかな さわらび なほざりに燒き捨てし野のさ蕨は折る人なくてほどろとやなる 霞に月のくもれるを見て 雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かかれる春の夜の月 八〇 山里の春雨といふことを、大原にて人々よみけるに 春雨の軒たれこむるつれづれに人に知られぬ人のすみかか きぎすを もえ出づる若菜あさるときこゆなりきぎす鳴く野の春の曙 生ひかはる春の若草まちわびて原の枯野にきぎす鳴くなり 片岡にしばうつりして鳴くきぎす立羽おとしてたかゝらぬかは 春霞いづち立ち出で行きにけむきぎす棲む野を燒きてけるかな 歸雁 玉づさのはしがきかとも見ゆる哉とびおくれつつ歸る雁がね 霞中歸雁といふことを 何となくおぼつかなきは天の原かすみに消えて歸る雁がね かりがねは歸る道にやまどふらむ越の中山かすみへだてて 山家呼子鳥 山ざとに誰を又こはよぶこ鳥ひとりのみこそ住まむと思ふに 題しらず ませにさく花にむつれて飛ぶ蝶の羨しきもはかなかりけり 九〇 春といへば誰も吉野の花をおもふ心にふかきゆゑやあるらむ 春の月あかかりけるに、花まだしき櫻の枝を風のゆるがしけるを見て 月みれば風に櫻の枝なべて花かとつぐるここちこそすれ 花を待つ心を 今さらに春を忘るる花もあらじやすく待ちつつ今日も暮らさむ おぼつかないづれの山の峰よりか待たるる花の咲きはじむらむ 待花忘他といふことを まつによりちらぬ心を山ざくら咲きなば花の思ひ知らなむ 題しらず 春になる櫻の枝は何となく花なけれどもむつましきかな 空晴るる雲なりけりな吉野山花もてわたる風と見たれば さらにまた霞にくるる山路かな花をたづぬる春のあけぼの 雲もかかれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで 雲かかる山とは我も思ひ出でよ花ゆゑ馴れしむつび忘れず 一〇〇 ひとり山の花を尋ぬといふことを 誰かまた花を尋ねてよしの山苔ふみわくる岩つたふらむ 老木の櫻のところどころに咲きたるを見て わきて見む老木は花もあはれなり今いくたびか春にあふべき 老見花といふことを 老づとに何をかせまし此春の花待ちつけぬわが身なりせば 春は花を友といふことを、せが院の齋院にて人々よみけるに おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし せが院の花盛なりける頃、としただがいひ送りける おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな 返し ながむてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春は經なまし 上西門院の女房、法勝寺の花見られけるに、雨のふりて暮れにければ、歸られにけり。 又の日、兵衞の局のもとへ、花の御幸おもひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりし、とて遣しける 見る人に花も昔を思ひ出でて戀しかるべし雨にしをるる 返し いにしえを忍ぶる雨と誰か見む花もその世の友しなければ 若き人々ばかりなむ、老いにける身は風の煩はしさに、厭はるることにてとありけるなむ、やさしくきこえける 白河の花、庭面白かりけるを見て あだにちる梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる 庭の花波に似たりといふことを詠みけるに 風あらみこずゑの花のながれきて庭に波立つしら川の里 一一〇 山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出でて よしの山ほき路づたひに尋ね入りて花みし春は一むかしかも 雨のふりけるに、花の下に車を立ててながめける人に ぬるともとかげを頼みて思ひけむ人の跡ふむ今日にもあるかな 世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかり歸りけるに、昔おもひ出でて ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはるしるしなるらむ かきたえてこととはずなりにける人の、花見に山里へまうできたりと聞きてよみける 年を經ておなじ梢に匂へども花こそ人にあかれざりけれ 花の下にて月を見てよみける 雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり 春のあけぼの、花見けるに、鶯の鳴きければ 花の色や聲に染むらむ鶯のなく音ことなる春のあけぼの 屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人むれて花見ける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを 木のもとは見る人しげし櫻花よそにながめて我は惜しまむ 寂然紅葉のさかりに高野にまうでて、出でにける又の年の花の折に、申し遣しける 紅葉みし高野の峯の花ざかりたのめし人の待たるるやなぞ かへし 寂然 ともに見し嶺の紅葉のかひなれや花の折にもおもひ出ける 那智に籠りし時、花のさかりに出でける人につけて遣しける ちらでまてと都の花をおもはまし春かへるべきわが身なりせば 一二〇 閑ならんと思ひける頃、花見に人々のまうできければ 花見にとむれつつ人のくるのみぞあたら櫻のとがにはありける 花もちり人もこざらむ折は又山のかひにてのどかなるべし 國々めぐりまはりて、春歸りて吉野の方へまゐらむとしけるに、人の、このほどはいづくにか跡とむべきと申しければ 花をみし昔の心あらためて吉野の里にすまむとぞ思ふ 花の歌あまたよみけるに 空に出でていづくともなく尋ぬれば雪とは花の見ゆるなりけり 雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて花にむつるゝ鶯の聲 よしの山雲をはかりに尋ね入りて心にかけし花を見るかな おもひやる心や花にゆかざらむ霞こめたるみよしのの山 おしなべて花の盛に成にけり山の端ごとにかかる白雲 まがふ色に花咲きぬればよしの山春は晴れせぬ嶺の白雲 吉野山梢の花を身し日より心は身にも添はずなりにき 二三〇 花さへに世をうき草になしにけりちるを惜しめばさそふ山水 雨中落花 梢うつ雨にしをれてちる花の惜しき心を何にたとへむ 風の前の落花といふことを 山ざくら枝きる風の名殘なく花をさながらわが物にする 山路落花 ちりそむる花の初雪ふりぬればふみ分けまうき志賀の山越 夢中落花といふことを、前齋院にて人々よみけるに 春風の花をちらすと見る夢は覺めても胸のさわぐなりけり 散りて後花を思ふといふことを 青葉さへみれば心のとまるかな散りにし花の名殘と思へば 櫻にならびてたてりける柳に、花の散りかかるを見て 吹みだる風になびくと見しほどは花ぞ結べる青柳の糸 花の散りたりけるに並びて咲きはじめける櫻を見て ちるとみれば又咲く花の匂ひにもおくれさきだつためしありけり 苗代 苗代の水を霞はたなびきてうちひのうへにかくるなりけり 題しらず たしろみゆる池のつつみのかさそへてたたふる水や春のよの爲 二五〇 躑躅山の光たりといふことを 躑躅咲く山の岩かげ夕ばえてをぐらはよその名のみなりけり かきつばた 沼水にしげる眞菰のわかれぬを咲き隔てたるかきつばたかな つくりすて荒らしはてたる澤小田にさかりにさける杜若かな 山吹 きし近みうゑけん人ぞ恨めしき波にをらるる山吹の花 山吹の花咲く里に成ぬればここにもゐでとおもほゆるかな 伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所にて、海邊の春の暮といふことを、神主どもよみけるに 過ぐる春潮のみつより船出して波の花をやさきにたつらむ 春のうちに郭公をきくといふことを 嬉しとも思ひぞわかぬ郭公春きくことの習ひなければ 暮春 春くれて人ちりぬめり芳野山花のわかれを思ふのみかは 三月、一日たらで暮れけるによみける 春ゆゑにせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮れぬる 三月晦日に 今日のみと思へばながき春の日も程なく暮るる心地こそすれ 二七〇 雨のうちに郭公を待つといふことをよみける ほととぎすしのぶ卯月も過ぎにしを猶聲惜しむ五月雨の空 郭公を待ちて明けぬといふことを 時鳥なかで明けぬと告げがほにまたれぬ鳥のねぞ聞ゆなる 郭公きかで明けぬる夏の夜の浦島の子はまことなりけり 人にかはりて まつ人の心を知らば郭公たのもしくてや夜をあかさまし 無言なりけるころ、郭公の初聲を聞きて 時鳥人にかたらぬ折にしも初音聞くこそかひなかりけれ 不尋聞子規といふことを、賀茂社にて人々よみけるに 郭公卯月のいみにゐこもるを思ひ知りても來鳴くなるかな 雨中時鳥 五月雨の晴間もみえぬ雲路より山時鳥なきて過ぐなり 夕暮時鳥といふことを 里なるるたそがれどきの郭公きかずがほにて又なのらせむ 山寺の時鳥といふことを人々よみけるに 郭公ききにとてしもこもらねど初瀬の山はたよりありけり 時鳥を 時鳥きく折にこそ夏山の青葉は花におとらざりけれ 三一〇 五月の晦日に、山里にまかりて立ちかへりにけるを、時鳥もすげなく聞き捨てて歸りしことなど、人の申し遣しける返ごとに 時鳥なごりあらせて歸りしか聞き捨つるにも成にけるかな 五日、さうぶを人の遣したりける返亊に 世のうきにひかるる人はあやめ草心のねなき心地こそすれ さることありて人の申し遣しける返ごとに、五日 折におひて人に我身やひかれましつくまの沼の菖蒲なりせば 高野に中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊の侍りけるに、櫻のちりけるが珍しくおぼえてよみける 櫻ちるやどにかさなるあやめをば花あやめとやいふべかるらむ ちる花を今日の菖蒲のねにかけてくすだまともやいふべかるらむ 五月五日、山寺へ人の今日いるものなればとて、さうぶを遣したりける返亊に 西にのみ心ぞかかるあやめ草この世はかりの宿と思へば みな人の心のうきはあやめ草西に思ひのひかぬなりけり 五月雨の軒の雫に玉かけて宿をかざれるあやめぐさかな 五月會に熊野へまゐりて下向しけるに、日高に、宿にかつみを菖蒲にふきたりけるを見て かつみふく熊野まうでのとまりをばこもくろめとやいふべかるらむ 題しらず 空晴れて沼のみかさをおとさずばあやめもふかぬ五月なるべし 三二〇 五月雨 水たたふ入江の眞菰かりかねてむな手にすつる五月雨の頃 五月雨に水まさるらし宇治橋やくもでにかかる波のしら糸 こ笹しく古里小野の道のあとを又さはになす五月雨のころ つくづくと軒の雫をながめつつ日をのみ暮らす五月雨のころ 東屋のをがやが軒のいと水に玉ぬきかくるさみだれの頃 五月雨に小田のさ苗やいかならむあぜのうき土あらひこされて さみだれの頃にしなれば荒小田に人にまかせぬ水たたひけり ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし、人にかはりて さみだれにほすひまなくてもしほぐさ烟もたてぬ浦の海士人 五月雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをに流れて 水無瀬河をちのかよひぢ水みちて船わたりする五月雨の頃 三四〇 さみだれは山田のあぜの瀧枕かずをかさねておつるなりけり 河わだのよどみにとまる流木のうき橋わたす五月雨のころ おもはずもあなづりにくき小川かな五月の雨に水まさりつつ 深山水鷄 杣人の暮にやどかる心地していほりをたたく水鷄なりけり 題しらず 夏の夜はしのの小竹のふし近みそよや程なく明くるなりけり 夏の月の歌よみけるに なつの夜も小笹が原に霜ぞおく月の光のさえしわたれば 山川の岩にせかれてちる波をあられとぞみる夏の夜の月 雨後夏月 夕立のはるれば月ぞやどりける玉ゆりすうる蓮のうき葉に 海邊夏月 露のぼる蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦 池上夏月といふことを かげさえて月しも殊にすみぬれば夏の池にもつららゐにけり 三五〇 泉にむかひて月をみるといふことを むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり むすぶ手に涼しきかげをそふるかな清水にやどる夏の夜の月 撫子 かき分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅にまじる撫子の花 雨中撫子といふことを 露おもみそのの撫子いかならむ荒らく見えつる夕立のそら 撫子のませに、瓜のつるのはひかかりたりけるに、小さき瓜どものなりたりけるを見て、人の歌よめと申せば 撫子のませにぞはへるあこだ瓜おなじつらなる名を慕ひつつ 照射 ともしするほぐしの松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜 夏野の草をよみける みまくさに原の小薄しがふとてふしどあせぬとしか思ふらむ 旅行草深といふことを たび人の分くる夏野の草しげみ葉末にすげの小笠はづれて 行旅夏といふことを 雲雀あがるおほ野の茅原夏くれば凉む木かげをねがひてぞ行く 題しらず くれなゐの色なりながら蓼の穗のからしや人のめにもたてぬは 三六〇 蓬生のさることなれや庭の面にからすあふぎのなぞしげるらむ 山がつの折かけ垣のひまこえてとなりにも咲く夕がほの花 あさでほす賤がはつ木をたよりにてまとはれて咲く夕がほの花 夏の夜の月みることやなかるらむかやり火たつる賤の伏屋は 蓮池にみてりといふことを おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮の花咲きにけり となりの泉 風をのみ花なきやどは待ち待ちて泉のすゑを又むすぶかな 題しらず 君がすむきしの岩より出づる水の絶えぬ末をぞ人も汲みける 水邊納凉といふことを、北白河にてよみける 水の音にあつさ忘るるまとゐかな梢のせみの聲もまぎれて 木陰納凉といふことを人々よみけるに けふもまた松の風ふく岡へゆかむ昨日すずみし友にあふやと 題不知 夏山の夕下風のすずしさにならの木かげのたたまうきかな 三七〇 道の邊の清水ながるる柳蔭しばしとてこそ立ちとまりつれ よられつる野もせの草のかげろひて凉しくくもる夕立の空 なみたてる川原柳の青みどり凉しくわたる岸の夕風 柳はら河風ふかぬかげならばあつくやせみの聲にならまし ひさぎ生ひて凉めとなれるかげなれや波打つ岸に風わたりつつ 凉風如秋 まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみ山ベの里 松風如秋といふことを、北白河なる所にて人々よみて、また水聲秋ありといふことをかさねけるに 松風の音のみなにか石ばしる水にも秋はありけるものを 山家待秋といふことを 山里はそとものまくず葉をしげみうら吹きかへす秋を待つかな 題しらず 荒にける澤田のあぜにくらら生ひて秋待つべくもなきわたりかな つたひくるかけひを絶ずまかすれば山田は水も思はざりけり 山里のはじめの秋といふことを さまざまのあはれをこめて梢ふく風に秋しるみ山べのさと 山居のはじめの秋といふことを 秋たつと人は告げねど知られけり山のすそ野の風のけしきに 初秋の頃、なるをと申す所にて、松風の音を聞きて つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむ心地こそすれ 題しらず すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初風 おしなべてものを思はぬ人にさへ心をつくる秋のはつ風 ときはの里にて初秋月といふことを人々よみけるに 秋立つと思ふに空もただならでわれて光を分けむ三日月 七夕 いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしき數に人や思ふと 暮れぬめり今日まちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ 天の河けふの七日は長き世のためしにもひくいみもしつべし 三九〇 ふねよする天の川べの夕ぐれは凉しき風や吹きわたるらむ 待ちつけて嬉しかるらむたなばたの心のうちぞ空に知らるる 棚機のながき思ひもくるしきにこの瀬をかぎれ天の川なみ 蜘蛛のいかきたるを見て ささがにのくもでにかけて引く糸やけふ棚機にかささぎの橋 秋の歌に露をよむとて おほかたの露には何のなるならむ袂におくは涙なりけり 題しらず いそのかみ古きすみかへ分け入れば庭のあさぢに露ぞこぼるる 小笹原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山を行く心地する 萩 思ふにも過ぎてあはれにきこゆるは萩の葉みだる秋の夕風 萩の風露をはらふ をじか伏す萩咲く野邊の夕露をしばしもためぬ萩の上風 隣の夕べの萩の風 あたりまであはれ知れともいひがほに萩の音する秋の夕風 四〇〇 題しらず おしなべて木草の末の原までもなびきて秋のあはれ見えける 野萩似錦といふことを 今日ぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野邊にありけるものを 萩野にみてり 咲きそはん所の野邊にあらばやは萩より外の花も見るべく 萩野の家にみてりといふことを 分けて出づる庭しもやがて野邊なれば萩のさかりをわが物にみる 題しらず いはれ野の萩が絶間のひまひまにこの手がしはの花咲きにけり 衣手にうつりし花の色なれや袖ほころぶる萩が花ずり 終日野の花を見るといふことを 亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて露にも袖を染めてけるかな 秋風 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原 野徑秋風 末は吹く風は野もせにわたるともあらくは分けじ萩の下露 女郎花 をみなへし分けつる袖と思はばやおなじ露にもぬると知れれば 四一〇 女郎花色めく野邊にふれはらふ袂に露やこぼれかかると 水邊女郎花といふことを 池の面にかげをさやかにうつしもて水かがみ見る女郎花かな たぐひなき花のすがたを女郎花池のかがみにうつしてぞ見る 女郎花水に近しといふことを をみなへし池のさ波に枝ひぢて物思ふ袖のぬるるがほなる 女郎花帶露といふことを 花の枝に露のしら玉ぬきかけて祈る袖ぬらす女郎花かな 折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれて立てるけしきに 草花露重 けさみれば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな 大方の野邊の露にはしをるれど我が涙なきをみなへしかな 草花時を得たりといふことを 糸すすきぬはれて鹿の伏す野べにほころびやすき藤袴かな 霧中草花 穗に出づるみ山が裾のむら薄まがきにこめてかこふ秋霧 四二〇 行路草花 折らで行く袖にも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道 草花道をさへぎるといふことを ゆふ露をはらへば袖に玉消えて道分けかぬる小野の萩原 忍西入道、西山の麓に住みけるに、秋の花いかにおもしろからんとゆかしうと申し遣しける返亊に、いろいろの花を折りあつめて 鹿の音や心ならねばとまるらんさらでは野邊をみな見するかな かへし 鹿の立つ野邊の錦のきりはしは殘り多かる心地こそすれ 草花をよみける しげり行く芝の下草おはれ出て招くや誰をしたふなるらむ 題しらず 月のためみさびすゑじと思ひしにみどりにもしく池の浮草 うつり行く色をばしらず言の葉の名さへあだなる露草の花 薄路にあたりて繁しといふことを 花すすき心あてにぞ分けて行くほの見し道のあとしなければ 古籬苅萱 籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野邊とはなりけるものを 人々秋の歌十首よみけるに 玉にぬく露はこぼれてむさし野の草の葉むすぶ秋の初風 四四〇 おぼつかな秋はいかなる故のあればすずろに物の悲しかるらむ 何ごとをいかに思ふとなけれども袂かわかぬ秋の夕ぐれ なにとなくものがなしくぞ見え渡る鳥羽田の面の秋の夕暮 堪へぬ身にあはれおもふもくるしきに秋の來ざらむ山里もがな 雲かかる遠山ばたの秋されば思ひやるだにかなしきものを 山里に人々まかりて秋の歌よみけるに 山里の外面の岡の高き木にそぞろがましき秋の蝉かな 田家秋夕 ながむれば袖にも露ぞこぼれける外面の小田の秋の夕暮 吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵の秋の夕ぐれ 題しらず 風の音に物思ふ我が色そめて身にしみわたる秋の夕暮 野の家の秋の夜 ねざめつつ長き夜かなといはれ野に幾秋までも我が身へぬらむ 四七〇 雨中虫 かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるる庭の露いとふらし 田家に虫を聞く こ萩咲く山田のくろの虫の音に庵もる人や袖ぬらすらむ 夕の道の虫といふことを うち具する人なき道の夕されば聲立ておくるくつわ虫かな もの心ぼそう哀なる折しも、庵の枕ちかう虫の音きこえければ その折の蓬がもとの枕にもかくこそ虫の音にはむつれめ 年ごろ申されたる人の、伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに、庭の道も見えず繁りて虫なきければ 分けて入る袖にあはれをかけよとて露けき庭に虫さへぞ鳴く 秋の末に松虫の鳴くを聞きて さらぬだに聲よわりにし松虫の秋のすゑには聞きもわかれず 限あればかれ行く野邊はいかがせむ虫の音のこせ秋の山ざと 十月初つかた山里にまかりたりけるに、蛬の聲のわづかにしければよみける 霜うずむ葎が下のきりぎりすあるかなきかに聲きこゆなり 朝に初雁を聞く よこ雲の風にわかるる東明に山とびこゆる初雁のこゑ 船中初雁 沖かけて八重の潮路を行く船はほのかにぞ聞く初雁のこゑ 四八〇 夜に入りて雁をきく からす羽にかく玉づさのここちして雁なき渡る夕やみの空 雁聲遠を 白雲を翅にかけて行く雁の門田のおもの友したふなり 霧中雁 玉づさのつづきは見えで雁がねの聲こそ霧にけたれざりけれ 霧上雁 空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくる玉章 題しらず つらなりて風に亂れて鳴く雁のしどろに聲のきこゆなるかな 秋ものへまかりける道にて 心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ澤の秋の夕ぐれ 曉の鹿 夜を殘す寢ざめに聞くぞあはれなる夢野の鹿もかくや鳴きけむ 夕暮に鹿をきく 篠原や霧にまがひて鳴く鹿の聲かすかなる秋の夕ぐれ 田の庵の鹿 小山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかすかな 幽居に鹿をきく 隣ゐぬ畑の假屋に明かす夜はしか哀なるものにぞありける 四九〇 人を尋ねて小野にまかりけるに、鹿の鳴きければ 鹿の音を聞くにつけても住む人の心しらるる小野の山里 小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて をじか鳴く小倉の山の裾ちかみただひとりすむ我が心かな 鹿 しだり咲く萩のふる枝に風かけてすがひすがひにを鹿なくなり 萩が枝の露ためず吹く秋風にをじか鳴くなり宮城野の原 よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野邊のつゆとなるらむ さらぬだに秋は物のみかなしきを涙もよほすさをしかの聲 山おろしに鹿の音たぐふ夕暮を物がなしとはいふにやあるらむ しかもわぶ空のけしきもしぐるめり悲しかれともなれる秋かな 何となく住ままほしくぞおもほゆる鹿のね絶えぬ秋の山里 霧 鶉 ( うずら )なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草の里 五〇〇 霧行客をへだつ 名殘多みむつごとつきで歸り行く人をば霧も立ちへだてけり 山家霧 立ちこむる霧の下にも埋もれて心はれせぬみ山べの里 夜をこめて竹のあみ戸に立つ霧の晴ればやがてや明けむとすらむ 題しらず 晴れがたき山路の雲に埋もれて苔の袂は霧くちにけり 寂然高野にまうでて、立ち歸りて大原より遣しける へだて來しその年月もあるものを名殘多かる嶺の朝霧 かへし したはれし名殘をこそはながめつれ立ち歸りにし嶺の朝ぎり 下野武藏のさかひ川に、舟わたりをしけるに、霧深かりければ 霧ふかき古河のわたりのわたし守岸の船つき思ひさだめよ 松の絶間よりわづかに月のかげろひて見えけるを見て かげうすみ松の絶間をもり來つつ心ぼそくや三日月の空 入日影かくれけるままに、月の窓にさし入りければ さしきつる窓の入日をあらためて光をかふる夕月夜かな 久しく月を待つといふことを 出でながら雲にかくるる月かげをかさねて待つや二むらの山 五一〇 雲間に月を待つといふことを 秋の月いさよふ山の端のみかは雲の絶間に待たれやはせぬ 閑に月を待つといふことを 月ならでさし入るかげもなきままに暮るる嬉しき秋の山里 八月十五日夜 山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月 かぞへねど今宵の月のけしきにて秋の半を空に知るかな 天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり さやかなる影にてしるし秋の月 十夜 とよ にあまれる五日なりけり うちつけに又こむ秋のこよひまで月ゆゑ惜しくなる命かな 秋はただこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども 思ひせぬ十五の年もあるものをこよひの月のかからましかば くもれる十五夜を 月みればかげなく雲につゝまれて今夜ならずば闇にみえまし 五二〇 終夜月をみる 誰きなむ月の光に誘はれてと思ふに夜半の明けにけるかな 霧月を隔つといふことを 立田山月すむ嶺のかひぞなきふもとに霧の晴れぬかぎりは 名所の月といふことを 清見潟おきの岩こすしら波に光をかはす秋の夜の月 なべてなき所の名をや惜しむらむ明石はわきて月のさやけき 月瀧を照らすといふことを 雲消ゆる那智の高峯に月たけて光をぬける瀧のしら糸 月池の氷に似たりといふことを 水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月 池上の月といふことを みさびゐぬ池のおもての清ければ宿れる月もめやすかりけり 同じこころを遍昭寺にて人々よみけるに やどしもつ月の光の大澤はいかにいづこもひろ澤の池 池にすむ月にかかれる浮雲は拂ひのこせるみさびなりけり 海邊月 清見潟月すむ夜半のうき雲は富士の高嶺の烟なりけり 五三〇 海邊明月 難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく 遠く修行し侍りけるに、象潟と申所にて 松島や雄島の磯も何ならずただきさがたの秋の夜の月 月前草花 月の色を花にかさねて女郎花うは裳のしたに露をかけたる 宵のまの露にしをれてをみなへし有明の月の影にたはるる 月前野花 花の色を影にうつせば秋の夜の月ぞ野守のかがみなりける 月照野花といふことを 月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも 月前萩 月すむと萩植ゑざらむ宿ならばあはれすくなき秋にやあらまし 月前女郎花 庭さゆる月なりけりなをみなへし霜にあひぬる花と見たれば 月前薄 をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花薄かな 五四〇 花すすき月の光にまがはまし深きますほの色にそめずば 月前紅葉 木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて詠めつるかな 月前鹿 たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲 月前虫 月のすむ淺茅にすだくきりぎりす露のおくにや秋を知るらむ 露ながらこぼさで折らむ月影にこ萩がえだの松虫のこゑ 田家月 夕露の玉しく小田の稻むしろかへす穗末に月ぞ宿れる 題しらず わづらはで月にはよるも通ひけり隣へつたふあぜの細道 松の木の間よりわづかに月のかげろひけるを見て、月をいただきて道を行くといふことを 汲みてこそ心すむらめ賤の女がいただく水にやどる月影 旅宿の月を思ふといふことを 月は猶よなよな毎にやどるべし我がむすび置く草のいほりに 旅宿の月といへるこころをよめる あはれしる人見たらばと思ふかな旅寐の床にやどる月影 月やどるおなじうきねの波にしも袖しぼるべき契ありけり 五五〇 都にて月をあはれと思ひしは數より外のすさびなりけり 月前に遠くのぞむといふことを くまもなき月の光にさそはれて幾雲井まで行く心ぞも 月前に友に逢ふといふことを 嬉しきは君にあふべき契ありて月に心の誘はれにけり 遙かなる所にこもりて、都なりける人のもとへ、月のころ遣しける 月のみやうはの空なるかたみにて思ひも出でば心通はむ 人々住吉にまゐりて月を翫びけるに 片そぎの行あはぬ間よりもる月やさして御袖の霜におくらむ 波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしの岸 春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくあはれなりければ ふりさけし人の心ぞ知られける今宵三笠の山をながめて 月寺のほとりに明らかなり 晝とみる月にあくるを知らましや時つく鐘の音なかりせば 月前に古へをおもふ いにしへを何につけてか思ひ出でむ月さへかはる世ならましかば 伊勢にて、菩提山上人、對月述懷し侍りしに めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になり行くむつび忘るな 〇五六〇 月に寄せておもひを述べけるに 世の中のうきをも知らですむ月のかげは我が身の心地こそすれ よの中はくもりはてぬる月なれやさりともと見し影も待たれず いとふ世も月すむ秋になりぬれば長らへずばと思ふなるかな さらぬだにうかれて物を思ふ身の心をさそふ秋の夜の月 捨てていにし憂世に月のすまであれなさらば心のとまらざらまし あながちに山にのみすむ心かな誰かは月の入るを惜しまぬ 月前述懷 月を見ていづれの年の秋までかこの世に我か契あるらむ 題しらず こむ世にもかかる月をし見るべくは命を惜しむ人なからまし この世にて詠めなれぬる月なれば迷はむ闇も照らさざらめや 月 秋の夜の空に出づてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな 〇六六〇 はなれたるしらゝの濱の沖の石をくだかで洗ふ月の白浪 思ひとけば千里のかげも數ならずいたらぬくまも月はあらせじ 大かたの秋をば月につつませて吹きほころばす風の音かな 何亊か此世にへたる思ひ出を問へかし人に月ををしへむ 思ひしるを世には隈なきかげならず我がめにくもる月の光は うきことも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方の空 月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむ栖をしへよ 八月、月の頃夜ふけて北白河へまかりける、よしある樣なる家の侍りけるに、琴の音のしければ、立ちとまりてききけり。 折あはれに秋風樂と申す樂なりけり。 庭を見入れければ、淺茅の露に月のやどれるけしき、あはれなり。 垣にそひたる萩の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りけり 秋風のことに身にしむ今宵かな月さへすめる宿のけしきに 九月十三夜 こよひはと所えがほにすむ月の光もてなす菊の白露 雲消えし秋のなかばの空よりも月は今宵ぞ名におへりける 〇六七〇 後九月、月を翫ぶといふことを 月みれば秋くははれる年はまたあかぬ心もそふにぞありける 獨聞擣衣 ひとりねの夜寒になるにかさねばや誰がためにうつ衣なるらむ 隔里擣衣 さよ衣いづこの里にうつならむ遠くきこゆるつちの音かな 菊 いく秋に我があひぬらむ長月のここぬかにつむ八重の白菊 秋ふかみならぶ花なき菊なれば所を霜のおけとこそ思へ 月前菊 ませなくば何をしるしに思はまし月もまがよふ白菊の花 京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただしきほどにしたてて、鳥羽院にまゐらせ給ひたりける、鳥羽の南殿の東おもてのつぼに、所なきほどに植ゑさせ給ひけり。 公重少將、人々すすめて菊もてなさせけるに、くははるべきよしあれば 君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ 高野より出でたりけると、覺堅阿闍梨きかぬさまなりければ、菊をつかはすとて 汲みてなど心かよはばとはざらむ出でたるものを菊の下水 かへし 谷ふかく住むかと思ひてとはぬ間に恨をむすぶ菊の下水 題しらず いつよはる紅葉の色は染むべきと時雨にくもる空にとはばや 〇六八〇 紅葉未遍といふことを いとゝ山時雨に色を染めさせてかつがつ織れる錦なりけり 山家紅葉 染めてけりもみぢの色のくれなゐをしぐると見えしみ山べの里 霧中紅葉 錦はる秋の梢をみせぬかな隔つる霧のやどをつくりて 紅葉色深といふことを 限あればいかがは色もまさるべきをあかずしぐるゝ小倉山かな もみぢ葉の散らで時雨の日數へばいかばかりなる色かあらまし いやしかりける家に、蔦のもみぢ面白かりけるを見て 思はずよよしある賤のすみかかな蔦のもみぢを軒にははせて 寂蓮高野にまうでて、深き山の紅葉といふことをよみける さまざまに錦ありけるみ山かな花見し嶺を時雨そめつつ 題しらず 秋の色は風ぞ野もせにしきりたす時雨は音を袂にぞきく しぐれそむる花ぞの山に秋くれて錦の色もあらたむるかな 秋の末に法輪寺にこもりてよめる 大井河ゐせぎによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる 〇七〇〇 時雨 初時雨あはれ知らせて過ぎぬなり音に心の色をそめにし 月をまつ高嶺の雲は晴れにけり心ありけるはつ時雨かな 立田やま時雨しぬべく曇る空に心の色をそめはじめつる 秋しのや外山の里や時雨るらむ生駒のたけに雲のかかれる 時雨の歌よみけるに 東屋のあまりにもふる時雨かな誰かは知らぬ神無月とは 山家時雨 宿かこふははその柴の色をさへしたひて染むる初時雨かな 閑中時雨といふことを おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは 題しらず ねざめする人の心をわびしめてしぐるる音は悲しかりけり 落葉 嵐はく庭の落葉のをしきかなまことのちりになりぬと思へば 曉落葉 時雨かとねざめの床にきこゆるは嵐に堪へぬ木の葉なりけり 〇七一〇 月前落葉 山おろしの月に木葉を吹きかけて光にまがふ影をみるかな 瀧上落葉 こがらしに峯の紅葉やたぐふらむ村濃にみゆる瀧の白糸 水上落葉 立田姫染めし梢のちるをりはくれなゐあらふ山川のみづ 落葉網代にとどまる 紅葉よるあじろの布の色染めてひをくるるとは見ゆるなりけり 草花野路落葉 もみぢちる野原を分けて行く人は花ならぬまで錦きるべし 山家落葉 道もなし宿は木の葉に埋もれぬまだきせさする冬ごもりかな 木葉ちれば月に心ぞあくがるるみ山がくれにすまむと思ふに 題しらず 神無月木葉の落つるたびごとに心うかるるみ山べの里 冬の歌よみけるに 難波江の入江の蘆に霜さえて浦風寒きあさぼらけかな 玉かけし花のかつらもおとろへて霜をいただく女郎花かな 〇七二〇 題しらず 津の國の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風わたるなり 水邊寒草 霜にあひて色あらたむる蘆の穗の寂しくみゆる難波江の浦 枯野の草をよめる 分けかねし袖に露をばとめ置きて霜に朽ちぬる眞野の萩原 霜かづく枯野の草は寂しきにいづくは人の心とむらむ 霜がれてもろくくだくる荻の葉を荒らく吹くなる風の色かな 山家枯草といふ亊を、覺雅僧都の坊にて人々詠けるに かきこめし裾野の薄霜がれてさびしさまさる柴の庵かな 野の邊りの枯れたる草といふことを、双林寺にてよみけるに さまざまに花咲きたりと見し野邊の同じ色にも霜がれにけり 氷留山水 岩間せく木葉わけこし山水をつゆ洩らさぬは氷なりけり 瀧上氷 水上に水や氷をむすぶらんくるとも見えぬ瀧の白糸 氷筏をとづといふことを 氷わる筏のさをのたゆるればもちやこさましほつの山越 〇七三〇 世をのがれて鞍馬の奧に侍りけるに、かけひの氷りて水までこざりけるに、春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きてよめる わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる 川氷 川わたにおのおのつくるふし柴をひとつにくさるあさ氷かな 千鳥 淡路がた磯わのちどり聲しげしせとの鹽風冴えまさる夜は あはぢ潟せとの汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり さゆれども心やすくぞ聞きあかす河瀬のちどり友ぐしてけり 霜さえて汀ふけ行く浦風を思ひしりげに鳴く千鳥かな やせわたる湊の風に月ふけて汐ひる方に千鳥鳴くなり 題しらず 千鳥なく繪嶋の浦にすむ月を波にうつして見る今宵かな 風さむみいせの濱荻分けゆけば衣かりがね浪に鳴くなり 冬月 秋すぎて庭のよもぎの末見れば月も昔になるここちする 〇七四〇 さびしさは秋見し空にかはりけり枯野をてらす有明の月 小倉山ふもとの里に木葉ちれば梢にはるる月を見るかな 槇の屋の時雨の音を聞く袖に月ももり來てやどりぬるかな 月枯れたる草を照らす 花におく露にやどりし影よりも枯野の月はあはれなりけり 氷しく沼の蘆原かぜ冴えて月も光ぞさびしかりける 靜なる夜の冬の月 霜さゆる庭の木葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな 庭上冬月といふことを 冴ゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞ敷く 山家冬月 冬枯のすさまじげなる山里に月のすむこそあはれなりけれ 月出づる嶺の木葉もちりはてて麓の里は嬉しかるらむ 舟中霰 せと渡るたななし小舟心せよ霰みだるるしまきよこぎる 〇七五〇 深山霰 杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものは霰なりけり 櫻木に霰のたばしるを見て ただは落ちで枝をつたへる霰かなつぼめる花の散るここちして 題しらず 音もせで岩間たばしる霰こそ蓬の宿の友になりけれ 霰にぞものめかしくはきこえける枯れたるならの柴の落葉は 冬の歌よみける中に 山ざくら初雪ふれば咲きにけり吉野はさとに冬ごもれども 題しらず 山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花は雪まさりけり しの原や三上の嶽を見渡せば一夜の程に雪は降りけり 夜初雪 月出づる軒にもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪 庭雪似月 木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭の白雪 枯野に雪のふりたるを 枯れはつるかやがうは葉に降る雪は更に尾花の心地こそすれ 〇七六〇 雪道を埋む 降る雪にしをりし柴も埋もれて思はぬ山に冬ごもりする 雪埋竹といふことを 雪埋むそのの呉竹折れふしてねぐら求むるむら雀かな 仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに 降りつもる雪を友にて春までは日を送るべきみ山べの里 山居雪といふことを 年の内はとふ人更にあらじかし雪も山路も深き住家を 雪朝待人といふことを わがやどに庭より外の道もがな訪ひこむ人の跡つけで見む 雪朝會友といふことを 跡とむる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる 雪の朝、靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに たけのぼる朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ 社頭雪 玉がきはあけも緑も埋もれて雪おもしろき松の尾の山 加茂の臨時の祭かへり立の御神樂、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て うらがへすをみの衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれる白雪 雪の歌どもよみけるに 何となくくるゝ雫の音までも山邊は雪ぞあはれなりける 〇七九〇 寂然入道大原に住みけるに遣しける 大原は比良の高嶺の近ければ雪ふるほどを思ひこそやれ かへし 思へただ都にてだに袖さえしひらの高嶺の雪のけしきは 秋の頃高野へまゐるべきよしたのめて、まゐらざりける人のもとへ、雪ふりてのち申し遣しける 雪深くうづめてけりな君くやと紅葉の錦しきし山路を 雪に庵うづもれて、せんかたなく面白かりけり。 今も來らばとよみけむことを思ひ出でて見けるほどに、鹿の分けて通りけるを見て 人こばと思ひて雪をみる程にしか跡つくることもありけり 冬の歌十首よみけるに 花もかれもみぢも散らぬ山里はさびしさを又とふ人もがな ひとりすむ片山かげの友なれや嵐にはるる冬の夜の月 津の國の芦の丸屋のさびしさは冬こそわきて訪ふべかりけれ さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりなこやの池水 よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく さえ渡る浦風いかに寒からむ千鳥むれゐるゆふさきの浦 〇八〇〇 山里は時雨しころのさびしきにあられの音は漸まさりける 風さえてよすればやがて氷りつつかへる波なき志賀の唐崎 よしの山麓にふらぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし 宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたる小野の山里 鷹狩 あはせたる木ゐのはし鷹をきとらし犬かひ人の聲しきるなり 雪中鷹狩 かきくらす雪にきぎすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる 降る雪にとだちも見えず埋もれてとり所なきみかり野の原 月前炭竈といへることを 限あらむ雲こそあらめ炭がまの烟に月のすすけぬるかな 山里に冬深しといふことを とふ人も初雪をこそ分けこしか道とぢてけりみ山邊のさと 山里の冬といふことを人々よみけるに 玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしくみゆるふゆの山里 〇八一〇 冬の歌よみける中に さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべん冬の山ざと 題しらず 柴かこふいほりのうちは旅だちてすとほる風もとまらざりけり 谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐の窓たたくらむ 身にしみし荻の音にはかはれども柴吹く風もあはれなりけり 寒夜旅宿 旅寐する草のまくらに霜さえて有明の月の影ぞまたるる 山家歳暮 あたらしき柴のあみ戸をたちかへて年のあくるを待ちわたるかな 東山にて人々年の暮に思ひをのべけるに 年暮れしそのいとなみは忘られてあらぬさまなるいそぎをぞする 年の暮に、あがたより都なる人のもとへ申しつかはしける おしなべて同じ月日の過ぎ行けば都もかくや年は暮れぬる 山里に家ゐをせずば見ましやは紅ふかき秋のこずゑを 歳暮に人のもとへつかはしける おのづからいはぬをしたふ人やあるとやすらふ程に年の暮れぬる 離別歌 あひ知りたりける人の、みちのくにへまかりけるに、別の歌よむとて 君いなば月待つとてもながめやらむあづまのかたの夕暮の空 年頃申しなれたりける人に、遠く修行するよし申してまかりたりける、名殘おほくて立ちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて侍りつるかひなく、いかに、と申しければ、木のもとに立ちよりてよみける 心をば深きもみぢの色にそめて別れて行くやちるになるらむ 遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、遠行別といふことを人々まで來てよみ侍りしに 程ふれば同じ都のうちだにもおぼつかなさはとはまほしきに 年ひさしく相頼みたりける同行にはなれて、遠く修行して歸らずもやと思ひけるに、何となくあはれにてよみける さだめなしいくとせ君になれなれて別をけふは思ふなるらむ 遠く修行することありけるに、菩薩院の前の齋宮にまゐりたりけるに、人々別の歌つかうまつりけるに さりともと猶あふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は 同じ折、つぼの櫻の散りけるを見て、かくなむおぼえ侍ると申しける 此春は君に別のをしきかな花のゆくへは思ひわすれて かへしせよと承りて、扇にかきてさし出でける 女房六角局 君がいなんかたみにすべき櫻さへ名殘あらせず風さそふなり 〇八三〇 見しままにすがたも影もかはらねば月ぞ都のかたみなりける 天王寺へまゐりけるに、片野など申すわたり過ぎて、見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ、天の川と申すを聞きて、宿からむといひけむこと思ひ出だされてよみける あくがれしあまのがはらと聞くからにむかしの波の袖にかかれる 天王寺にまゐりけるに、雨のふりければ、江口と申す所に宿を借りけるに、かさざりければ 世の中をいとふまでこそかたからめかりのやどりを惜しむ君かな かへし 家を出づる人とし聞けばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ 天王寺へまゐりたりけるに、松に鷺の居たりけるを、月の光に見て 庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ雪はつもれる夏のよの月 天王寺へまゐりて、龜井の水を見てよめる あさからぬ契の程ぞくまれぬる龜井の水に影うつしつつ 六波羅太政入道、持經者千人あつめて、津の國わたと申す所にて供養侍りける、やがてそのついでに萬燈會しけり。 夜更くるままに灯の消えけるを、おのおのともしつきけるを見て、 消えぬべき法の光のともし火をかかぐるわたのみさきなりけり 明石に人を待ちて日數へにけるに 何となく都のかたと聞く空はむつまじくてぞながめられぬる 播磨書寫へまゐるとて、野中の清水を見けること、一むかしになりにける、年へて後修行すとて通りけるに、同じさまにてかはらざりければ 昔見し野中の清水かはらねば我が影をもや思ひ出づらむ 四國のかたへ具してまかりたりける同行の、都へ歸りけるに かへり行く人の心を思ふにもはなれがたきは都なりけり 〇八四〇 ひとり見おきて歸りまかりなんずるこそあはれに、いつか都へは歸るべきなど申しければ 柴の庵のしばし都へかへらじと思はむだにもあはれなるべし 旅の歌よみけるに くさまくら旅なる袖におく露を都の人や夢にみるらむ きこえつる都へだつる山さへにはては霞にきえにけるかな わたの原はるかに波を隔てきて都に出でし月をみるかな わたの原波にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ 讚岐の國へまかりて、みの津と申す津につきて、月のあかくて、ひゞのてもかよはぬほどに遠く見えわたりけるに、水鳥のひゞのてにつきて飛びわたりけるを しきわたす月の氷をうたがひてひゞのてまはる味のむら鳥 いかで我心の雲にちりすべき見るかひありて月を詠めむ 詠めをりて月の影にぞ夜をば見るすむもすまぬもさなりけりとは 雲はれて身に愁なき人のみぞさやかに月の影はみるべき さのみやは袂に影を宿すべきよわし心に月な眺めそ 〇八五〇 月にはぢてさし出でられぬ心かな詠むる袖に影のやどれば 心をば見る人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる 露けさはうき身の袖のくせなるを月見るとがにおほせつるかな 詠めきて月いかばかりしのばれむ此の世し雲の外になりなば いつかわれこの世の空を隔たらむあはれあはれと月を思ひて 讚岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ御跡尋ねけれども、かたもなかりければ 松山の波に流れてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな まつ山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり 白峰と申す所に、御墓の侍りけるにまゐりて よしや君昔の玉の床とてもかゝらむ後は何にかはせむ 同じ國に、大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに、月いとあかくて、海の方くもりなく見え侍りければ くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける 住みけるままに、庵いとあはれに覺えて 今よりは厭はじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ 〇八六〇 庵のまへに松のたてりけるを見て 久にへて我が後の世をとへよ松跡したふべき人もなき身ぞ ここを又我が住みうくてうかれなば松はひとりにならむとすらむ 雪のふりけるに 松の下は雪ふる折の色なれやみな白妙に見ゆる山路に 雪つみて木も分かず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり 花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける 折しもあれ嬉しく雪の埋むかなきこもりなむと思ふ山路を なかなかに谷の細道うづめ雪ありとて人の通ふべきかは 谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひの軒をとぢずば 花まゐらせける折しも、をしきに霰のふりかかりければ しきみおくあかのをしきにふちなくば何に霰の玉とまらまし 〇八七〇 大師の生れさせ給ひたる所とて、めぐりしまはして、そのしるしの松のたてりけるを見て あはれなり同じ野山にたてる木のかかるしるしの契ありけり 岩にせくあか井の水のわりなきは心すめともやどる月かな まんだら寺の行道どころへのぼるは、よの大亊にて、手をたてたるやうなり。 大師の御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なり。 ばうのそとは、一丈ばかりなるだんつきてたてられたり。 それへ日毎にのぼらせおはしまして、行道しおはしましけると申し傳へたり。 めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。 登る程のあやふさ、ことに大亊なり。 かまへて、はひまはりつきて めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山の誓見るにも やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なり。 わかはいしさと、その山をば申すなり。 その邊の人はわかいしとぞ申しならひたる。 山もじをばすてて申さず。 また筆の山ともなづけたり。 遠くて見れば筆に似て、まろまろと山の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。 行道所より、かまへてかきつき登りて、嶺にまゐりたれば、師に遇はせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり。 塔の石ずゑ、はかりなく大きなり。 高野の大塔ばかりなりける塔の跡と見ゆ。 苔は深くうづみたれども、石おほきにしてあらはに見ゆ。 筆の山と申す名につきて 筆の山にかきのぼりても見つるかな苔の下なる岩のけしきを 善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。 大師の御手などもおはしましき。 四の門の額少々われて、大方はたがはずして侍りき。 すゑにこそ、いかゞなりけんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか 備前國に小島と申す島に渡りたりけるに、あみと申すものをとる所は、おのおのわれわれしめて、ながきさをに袋をつけてたてわたすなり。 そのさをのたてはじめをば、一のさをとぞ名付けたる。 なかに年高きあま人のたて初むるなり。 たつるとて申すなる詞きき侍りしこそ、涙こぼれて、申すばかりなく覺えてよみける たて初むるあみとる浦の初さをはつみの中にもすぐれたるかな ひゝしぶかはと申す方へまかりて、四國の方へ渡らんとしけるに、風あしくて程へけり。 しぶかはのうらたと申す所に、幼きものどもの、あまた物を拾ひけるを問ひければ、つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて おりたちてうらたに拾ふ海人の子はつみよりつみを習ふなりけり まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しはくの島に渡りてあきなはんずるよし申しけるを聞きて まなべよりしはくへ通ふあき人はつみをかひにて渡るなりけり 串にさしたる物をあきなひけるを、何ぞと問ひければ、はまぐりを干して侍るなりと申しけるを聞きて 同じくはかきをぞさして干しもすべきはまぐりよりは名もたよりあり うしまどの迫門に、海士の出で入りて、さだえと申すものをとりて、船に入れ入れしけるを見て さだえすむ迫門の岩つぼもとめ出ていそぎし海人の氣色なるかな 沖なる岩につきて、海士どもの鮑とりける所にて 岩のねにかたおもむきに波うきてあはびをかづく海人のむらぎみ 〇八八〇 題しらず 小鯛ひく網のかけ繩よりめぐりうきしわざあるしほさきの浦 霞しく波の初花をりかけてさくら鯛つる沖のあま舟 あま人のいそしく歸るひしきものは小にしはまぐりからなしただみ 磯菜つまんいまおひそむるわかふのりみるめきはさひしきこゝろぶと 西の國のかたへ修行してまかり侍るとて、みつのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに、したしき者の例ならぬこと侍るとて具せざりければ 山城のみづのみくさにつながれてこまものうげに見ゆるたびかな 西國へ修行してまかりける折、小嶋と申す所に、八幡のいははれ給ひたりけるにこもりたりけり。 年へて又その社を見けるに、松どものふる木になりたりけるを見て 昔みし松は老木になりにけり我がとしへたる程も知られて 志することありて、あきの一宮へ詣でけるに、たかとみの浦と申す所に、風に吹きとめられてほど經けり。 苫ふきたる庵より月のもるを見て 波のおとを心にかけてあかすかな苫もる月の影を友にて まうでつきて、月いとあかくてあはれにおぼえければよみける 諸ともに旅なる空に月も出でてすめばやかげの哀なるらむ 筑紫に、はらかと申すいをの釣をば、十月一日におろすなり。 しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る。 その釣の繩はるかに遠く曳きわたして、通る船のその繩にあたりぬるをばかこちかかりて、がうけがましく申してむつかしく侍るなり。 その心をよめる はらか釣るおほわたさきのうけ繩に心かけつつ過ぎむとぞ思ふ いせじまやいるゝつきてすまうなみにけことおぼゆるいりとりのあま 〇八九〇 磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を りうもんにまゐるとて 瀬をはやみ宮瀧川を渡り行けば心の底のすむ心地する 承安元年六月一日、院、熊野へ參らせ給ひけるついでに、住吉に御幸ありけり。 修行しまはりて二日かの社に參りたりけるに、住の江あたらしくしたてたりけるを見て、後三條院の御幸、神も思ひ出で給ふらむと覺えてよめる 絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ 松の下枝をあらひけむ浪、いにしへにかはらずやと覺えて 古への松のしづえをあらひけむ波を心にかけてこそ見れ 夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所にすずみて、下向しける人につけて、京へ同行に侍りける上人のもとへ遣しける 松がねの岩田の岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて かつらぎや正木の色は秋に似てよその梢のみどりなるかな 熊野へまゐりけるに、やかみの王子の花面白かりければ、社に書きつける 待ちきつるやかみの櫻咲きにけりあらくおろすなみすの山風 奈智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二の瀧おはします。 それへまゐるなりと申す住僧の侍りけるに、ぐしてまゐりけり。 花や咲きぬらむと尋ねまほしかりける折ふしにて、たよりある心地して分けまゐりたり。 二の瀧のもとへまゐりつきたり。 如意輪の瀧となむ申すと聞きてをがみければ、まことに少しうちかたぶきたるやうに流れくだりて、尊くおぼえけり。 花山院の御庵室の跡の侍りける前に、年ふりたる櫻の木の侍りけるを見て、栖とすればとよませ給ひけむこと思ひ出でられて 木のもとに住みけむ跡をみつるかな那智の高嶺の花を尋ねて 熊野へまゐりけるに、ななこしの嶺の月を見てよみける 立ちのぼる月のあたりに雲消えて光重ぬるななこしの嶺 新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟のさたしける浦人の、黒き髮は一すぢもなかりけるを呼びよせて 年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき 〇九〇〇 黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま みたけよりさうの岩屋へまゐりたりけるに、もらぬ岩屋もとありけむ折おもひ出でられて 露もらぬ岩屋も袖はぬれけると聞かずばいかにあやしからまし をざさのとまりと申す所に、露のしげかりければ 分けきつるをざさの露にそぼちつつほしぞわづらふ墨染の袖 大峯のしんせんと申す所にて、月を見てよみける 深き山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我が身ならまし 嶺の上も同じ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし 月すめば谷にぞ雲はしづむめる嶺吹きはらふ風にしかれて をばすての嶺と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月ことに見えければ をば捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ こいけ申す 宿 すく にて いかにして梢のひまをもとめえてこいけに今宵月のすむらむ さゝの 宿 すく にて いほりさす草の枕にともなひてささの露にも宿る月かな へいちと申す 宿 すく にて月を見けるに、梢の露の袂にかかりければ 梢なる月もあはれを思ふべし光に具して露のこぼるる 〇九一〇 あづまやと申す所にて、時雨ののち月を見て 神無月時雨はるれば東屋の峰にぞ月はむねとすみける かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる月すむ嶺は秋にかはらで ふるやと申す 宿 すく にて 神無月時雨ふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな 平等院の名かかれたるそとばに、紅葉の散りかかりけるを見て、花より外にとありけむ人ぞかしと、あはれに覺えてよみける あはれとも花みし嶺に名をとめて紅葉ぞ今日はともに散りける ちくさのたけにて 分けて行く色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり ありのとわたりと申す所にて 笹ふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふありのとわたり 行者がへり、ちごのとまりにつゞきたる 宿 すく なり。 春の山伏は、屏風だてと申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにても思ひわづらふなるべし 屏風にや心を立てて思ひけむ行者はかへりちごはとまりぬ 三重の瀧をがみけるに、ことに尊く覺えて、三業の罪もすすがるる心地してければ 身につもることばの罪もあらはれて心すみぬるみかさねの瀧 轉法輪のたけと申す所にて、釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて 此處こそは法とかれたる所よと聞くさとりをも得つる今日かな 題しらず 近江路や野ぢの旅人急がなむやすかはらとて遠からぬかは 〇九二〇 世をのがれて伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて 鈴鹿山うき世をよそにふりすてていかになり行く我身なるらむ 高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば神路山と申す、大日の埀跡をおもひて、よみ侍りける ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば又うへもなき峰の松かぜ 伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける 榊葉に心をかけんゆふしでて思へば神も佛なりけり 宮ばしらしたつ岩ねにしきたてゝつゆもくもらぬ日の御影かな 神路山にて 神路山月さやかなる誓ひありて天の下をばてらすなりけり 御裳濯川のほとりにて 岩戸あけしあまつみことのそのかみに櫻を誰か植ゑ始めけむ 内宮のかたはらなる山陰に、庵むすびて侍りける頃 ここも又都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名は宇治の里 櫻の御まへにちりつもり、風にたはるゝを 神風に心やすくぞまかせつる櫻の宮の花のさかりを 伊勢の月よみの社に參りて、月を見てよめる さやかなる鷲の高嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森 修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃都思ひ出でられてよみける 都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ 〇九三〇 伊勢のいそのへちのにしきの嶋に、いそわの紅葉のちりけるを 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ 伊勢のたふしと申す嶋には、小石の白のかぎり侍る濱にて、黒は一つもまじらず、むかひて、すが嶋と申すは、黒かぎり侍るなり すが島やたふしの小石わけかへて黒白まぜよ浦の濱風 さぎじまのごいしの白をたか浪のたふしの濱に打寄せてける からすざきの濱のこいしと思ふかな白もまじらぬすが嶋の黒 あはせばやさぎを烏と碁をうたばたふしすがしま黒白の濱 伊勢の二見の浦に、さるやうなる 女 め の童どものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合に京よりひとの申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに 今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりける いらごへ渡りたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、あこやのむねと侍るなり、それをとりたるからを、高く積みおきたりけるを見て あこやとるゐがひのからを積み置きて寶の跡を見するなりけり 沖の方より、風のあしきとて、かつをと申すいを釣りける舟どもの歸りけるを見て いらご崎にかつをつり舟ならび浮きてはかちの浪にうかびてぞよる 二つありける鷹の、いらごわたりすると申しけるが、一つの鷹はとどまりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて すたか渡るいらごが崎をうたがひてなほきにかくる山歸りかな はし鷹のすずろかさでもふるさせてすゑたる人のありがたの世や 〇九四〇 あづまの方へ、相知りたる人のもとへまかりけるに、さやの中山見しことの、昔になりたりける、思ひ出でられて 年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山 駿河の國久能の山寺にて、月を見てよみける 涙のみかきくらさるる旅なれやさやかに見よと月はすめども あづまの方へ修行し侍りけるに、富士の山を見て 風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな 東國修行の時、ある山寺にしばらく侍りて 山高み岩ねをしむる柴の戸にしばしもさらば世をのがればや 下野の國にて、柴の煙を見てよみける 都近き小野大原を思ひ出づる柴の煙のあはれなるかな みちのくににまかりたりけるに、野中に、常よりもとおぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中將の御墓と申すはこれが亊なりと申しければ、中將とは誰がことぞと又問ひければ、實方の御ことなりと申しける、いと悲しかりけり。 さらぬだにものあはれにおぼえけるに、霜がれの薄ほのぼの見え渡りて、後にかたらむも、詞なきやうにおぼえて 朽ちもせぬ其名ばかりをとどめ置きて枯野の薄かたみにぞ見る みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の關にとまりて、所がらにや常よりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹くと申しけむ折、いつなりけむと思ひ出でられて、名殘おほくおぼえければ、關屋の柱に書き付けける 白川の關屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり さきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。 都出でし日數思ひつづくれば、霞とともにと侍ることのあとたどるまで來にける、心ひとつに思ひ知られてよみける 都出でてあふ坂越えし折までは心かすめし白川の關 たけくまの松は昔になりたりけれども、跡をだにとて見にまかりてよめる 枯れにける松なき宿のたけくまはみきと云ひてもかひなからまし あづまへまかりけるに、しのぶの奧にはべりける社の紅葉を ときはなる松の緑も神さびて紅葉ぞ秋はあけの玉垣 〇九五〇 ふりたるたな橋を、紅葉のうづみたりける、渡りにくくてやすらはれて、人に尋ねければ、おもはくの橋と申すはこれなりと申しけるを聞きて ふままうき紅葉の錦散りしきて人も通はぬおもはくの橋 しのぶの里より奧に、二日ばかり入りてある橋なり 名取川をわたりけるに、岸の紅葉の影を見て なとり川きしの紅葉のうつる影は同じ錦を底にさへ敷く 十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり嵐はげしく、ことの外に荒れたりけり。 いつしか衣川見まほしくてまかりむかひて見けり。 河の岸につきて、衣川の城しまはしたる、ことがらやうかはりて、ものを見るここちしけり。 汀氷りてとりわけさびしければ とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣川見にきたる今日しも 陸奧國にて、年の暮によめる 常よりも心ぼそくぞおもほゆる旅の空にて年の暮れぬる 奈良の僧、とがのことによりて、あまた陸奧國へ遣はされしに、中尊寺と申す所にまかりあひて、都の物語すれば、涙ながす、いとあはれなり。 かかることは、かたきことなり、命あらば物がたりにもせむと申して、遠國述懷と申すことをよみ侍りしに 涙をば衣川にぞ流しつるふるき都をおもひ出でつつ みちのくにに、平泉にむかひて、たはしねと申す山の侍るに、こと木は少なきやうに、櫻のかぎり見えて、花の咲きたるを見てよめる 聞きもせずたはしね山の櫻ばな吉野の外にかかるべしとは 奧に猶人みぬ花の散らぬあれや尋ねを入らむ山ほととぎす 又の年の三月に、出羽の國に越えて、たきの山と申す山寺に侍りける、櫻の常よりも薄紅の色こき花にて、なみたてりけるを、寺の人々も見興じければ たぐひなき思ひいではの櫻かな薄紅の花のにほひは おなじ旅にて 風あらき柴のいほりは常よりも寢覺ぞものはかなしかりける 修行し侍るに、花おもしろかりける所にて ながむるに花の名だての身ならずばこのもとにてや春を暮らさむ 〇九六〇 修行して遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやうなる亊の侍りければ よしさらば幾重ともなく山こえてやがても人に隔てられなむ 秋、遠く修行し侍りけるほどに、ほど經ける所より、侍從大納言成道のもとへ遣しける あらし吹く峰の木葉にともなひていづちうかるる心なるらむ かへし 何となく落つる木葉も吹く風に散り行くかたは知られやはせぬ みやだてと申しけるはしたものの、年たかくなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて吉野に住み侍りけり。 思ひかけぬやうなれども、供養をのべむ料にとて、くだ物を高野の御山へつかはしたりけるに、花と申すくだ物侍りけるを見て、申しつかはしける をりびつに花のくだ物つみてけり吉野の人のみやだてにして かへし みやだて 心ざし深くはこべるみやだてを悟りひらけむ花にたぐへて 常よりも道たどらるるほどに、雪ふかかりける頃、高野へまゐると聞きて、中宮大夫のもとより、いつか都へは出づべき、かかる雪にはいかにと申したりければ、返りごとに 雪分けて深き山路にこもりなば年かへりてや君にあふべき かへし 時忠卿 分けて行く山路の雪は深くともとく立ち歸れ年にたぐへて ことの外に荒れ寒かりける頃、宮法印高野にこもらせ給ひて、此ほどの寒さはいかがするとて、小袖はせたりける又の朝申しける 今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ 宮の法印高野にこもらせ給ひて、おぼろけにては出でじと思ふに、修行せまほしきよし、語らせ給ひけり。 千日果てて御嶽にまゐらせ給ひて、いひつかはしける あくがれし心を道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる かへし 山の端に月すむまじと知られにき心の空になると見しより 〇九七〇 待賢門院の中納言の局、世をそむきて小倉の麓に住み侍りける頃、まかりたりけるに、ことがらまことに優にあはれなりけり。 風のけしきさへことにかなしかりければ、かきつけける 山おろす嵐の音のはげしきをいつならひける君がすみかぞ 哀なるすみかをとひにまかりたりけるに、此歌をみてかきつけける 同じ院の兵衞局 うき世をばあらしの風にさそはれて家を出でぬる栖とぞ見る 小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。 おなじ院の帥の局、都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。 歸るさに粉河へまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はあるまじきことなり、吹上みんといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。 道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。 さりとてはとて、吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社にこしかきすゑて、思ふにも似ざりけり。 能因が苗代水にせきくだせとよみていひ傳へられたるものをと思ひて、社にかきつけける あまくだる名を吹上の神ならば雲晴れのきて光あらはせ 苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲はれて、うらうらと日なりにけり。 末の代なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなることを人々申しつつ、信おこして、吹上若の浦、おもふやうに見て歸られにけり。 待賢門院の女房堀川の局のもとより、いひ送られける 此世にてかたらひおかむ郭公しでの山路のしるべともなれ かへし 時鳥なくなくこそは語らはめ死出の山路に君しかからば 深夜水聲といふことを、高野にて人々よみけるに まぎれつる窓の嵐の聲とめてふくると告ぐる水の音かな 〇九九〇 ひとりすむおぼろの清水友とては月をぞすます大原の里 炭がまのたなびくけぶりひとすぢに心ぼそきは大原の里 何となく露ぞこぼるる秋の田のひた引きならす大原の里 水の音は枕に落つるここちしてねざめがちなる大原の里 あだにふく草のいほりのあはれより袖に露おく大原の里 山かぜに嶺のささぐりはらはらと庭に落ちしく大原の里 ますらをが 爪 つま 木に通草 あけびさしそへて暮るれば歸る大原の里 むぐらはふ門は木の葉に埋もれて人もさしこぬ大原の里 もろともに秋も山路も深ければしかぞかなしき大原の里 高野に籠りたりける頃、草の庵に花の散りつみければ ちる花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ 一〇〇〇 高野より、京なる人のもとへいひつかはしける 住むことは所がらぞといひながらかうやは物のあはれなるべき 思はずなること思ひ立つよしきこえける人のもとへ、高野より云ひつかはしける しをりせで猶山深く分け入らむうきこと聞かぬ所ありやと 高野にこもりたる人を、京より、何ごとか、又いつか出づべきと申したるよし聞きて、その人にかはりて 山水のいつ出づべしと思はねば心細くてすむと知らずや 旅のこころを 旅ねする嶺の嵐につたひきてあはれなりける鐘の音かな 海邊重旅宿といへることを 波ちかき磯の松がね枕にてうらがなしきは今宵のみかは しほ湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日にさきへのぼりければ、つかはしける。 人にかはりて 秋は暮れ君は都へ歸りなばあはれなるべき旅のそらかな かへし 大宮の女房加賀 君をおきて立ち出づる空の露けさは秋さへくるる旅の悲しさ しほ湯出でて京へ歸りまうで來て、古郷の花霜がれにける、あはれなりけり。 いそぎ歸りし人のもとへ又かはりて 露おきし庭の小萩も枯れにけりいづち都に秋とまるらむ かへし おなじ人 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどて急ぎし舟出なるらむ 一〇三〇 後朝 今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれ行く空を恨むる あふことをしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや 後朝時鳥 さらぬだに歸りやられぬしののめにそへてかたらふ時鳥かな 後朝花橘 かさねてはこからまほしきうつり香を花橘に今朝たぐへつつ 後朝霧 やすらはむ大かたの夜は明けぬともやみとかこへる霧にこもりて 歸るあしたの時雨 ことづけて今朝の別はやすらはむ時雨をさへや袖にかくべき 逢ひてあはぬ戀 つらくともあはずば何のならひにか身の程知らず人をうらみむ さらばたださらでぞ人のやみなましさて後もさはさもあらじとや 恨 もらさじと袖にあまるをつつまましなさけをしのぶ涙なりせば ふたたび絶ゆる戀 から衣たちはなれにしままならば重ねて物は思はざらまし 一〇四〇 商人に書をつくる戀といふことを 思ひかね市の中には人多みゆかり尋ねてつくる玉章 海路戀 波のしくことをも何かわづらはむ君があふべき道と思はば 九月ふたつありける年、閏月を忌む戀といふことを、人々よみけるに 長月のあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらむ 御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、さうじにはばかる戀といふことを、人々よみけるに ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき 同じ社にて、神に祈る戀といふことを、神主どもよみけるに 天くだる神のしるしのありなしをつれなき人の行方にてみむ 賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、人々まうで來て、山里の戀といふことを かけひにも君がつららや結ぶらむ心細くもたえぬなるかな 寄糸戀 賤のめがすすくる糸にゆづりおきて思ふにたがふ戀もするかな 寄梅戀 折らばやと何思はまし梅の花めづらしからぬ匂ひなりせば 行きずりに一枝折りし梅が香の深くも袖にしみにけるかな 寄花戀 つれもなき人にみせばや櫻花風にしたがふ心よわさを 一〇五〇 花をみる心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ 寄殘花戀 葉がくれに散りとどまれる花のみぞ忍びし人にあふここちする 寄歸雁戀 つれもなく絶えにし人を雁がねの歸る心とおもはましかば 寄草花戀 折りてただしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて 寄鹿戀 つま戀ひて人目つつまぬ鹿の音をうらやむ袖のみさをなるかな 寄苅萱戀 一方にみだるともなきわが戀や風さだまらぬ野邊の苅萱 寄霧戀 夕ぎりの隔なくこそ思ひつれかくれて君があはぬなりけり 寄紅葉戀 わが涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉の色の袖にまがへる 寄落葉戀 朝ごとに聲ををさむる風の音はよをへてかるる人の心か 寄氷戀 春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ 一二七〇 とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたかの我が心かな 君にそむ心の色の深さには匂ひもさらに見えぬなりけり さもこそは人め思はずなりはてめあなさまにくの袖のけしきや かつすすぐ澤のこ芹のねを白み清げにものを思はするかな いかさまに思ひつづけて恨みましひとへにつらき君ならなくに 恨みてもなぐさめてまし中々につらくて人のあはぬと思へば うちたえで君にあふ人いかなれや我が身も同じ世にこそはふれ とにかくにいとはまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな 何ごとにつけてか世をば厭はましうかりし人ぞ今はうれしき あふと見しその夜の夢のさめであれな長き眠りはうかるべけれど 此歌、題も、又、人にかはりたることどももありけれどかかず、此歌ども、山里なる人の、語るにしたがひてかきたるなり。 されば、ひがごとどもや、昔今のこととりあつめたれば、時をりふしたがひたることどもも。 雜歌 いにしへごろ、東山にあみだ房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに、あはれとおぼえてよみける 柴の庵ときくはいやしき名なれども世に好もしきすまひなりけり 世をのがれける折、ゆかりなりける人のもとへいひ送りける 世の中をそむきはてぬと云ひおかむ思ひしるべき人はなくとも 題しらず つららはふ端山は下もしげければ住む人いかにこぐらかるらむ 熊のすむ苔の岩山恐ろしみうべなりけりな人も通はず ねわたしにしるしの竿や立ちつらむこひのまちつる越の中山 雲鳥やしこき山路はさておきてをくちるはらのさびしからぬか まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨過ぎぬかさどりの山 河合やまきのすそ山石たてる杣人いかに凉しかるらむ 杣くたすまくにがおくの河上にたつきうつべしこけさ浪よる 一三〇〇 わけ入りて誰かは人の尋ぬべき岩かげ草のしげる山路を 山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに 嶺おろす松のあらしの音に又ひびきをそふる入相の鐘 夕暮山路 夕されやひはらの嶺を越え行けば凄くきこゆる山鳩の聲 題しらず ふる畑のそばのたつ木にをる鳩の友よぶ聲の凄き夕暮 をりかくる波のたつかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺のむら鳥 つがはねどうつれる影を友として鴦住みけりな山川の水 みな鶴は澤の氷のかがみにて千歳の影をもてやなすらむ 山ざとは谷のかけひのたえだえに水こひ鳥の聲きこゆなり ことりどもの歌よみける中に 聲せずと色こくなると思はまし柳の芽はむひわのむら鳥 桃ぞのの花にまがへるてりうそのむれ立つ折はちるここちする 一三一〇 ならびゐて友をはなれぬこがらめのねぐらにたのむ椎の下枝 屏風の繪を人々よみけるに、海のきはに幼なきいやしきもののある所を 磯菜つむあまのさをとめ心せよ沖ふく風に浪高くなる おなじ繪に、苫のうちにねおどろきたる所 磯による浪に心のあらはれてねざめがちなる苫やかたかな 題しらず 山もなき海のおもてにたなびきて波の花にもまがふ白雲 ふもと行く舟人いかに寒からむくま山嶽をおろすあらしに 浪につきて磯わにいますあら神は鹽ふむきねを待つにやあるらむ 鹽風にいせの濱荻ふせばまづ穗ずゑに波のあらたむるかな あら磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞ便なりける 浦ちかみかれたる松の梢には波の音をや風はかるらむ あはぢ嶋せとのなごろは高くとも此汐わたにさし渡らばや 一三二〇 汐路行くかこみのともろ心せよまたうづ早きせと渡るなり 磯にをる波のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ とほくさすひたのおもてにひく汐はしづむ心ぞ悲しかりける おぼつかないぶきおろしの風さきにあさづま舟はあひやしぬらむ くれ舟よあさづまわたり今朝なせそ伊吹のたけに雪しまくなり 竹風驚夢 玉みがく露ぞ枕にちりかかる夢おどろかす竹のあらしに 山里にまかりて侍りけるに、竹の風の、荻にまがひてきこえければ 竹の音も荻吹く風のすくなきにくはえて聞けばやさしかりけり 世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて、後世のことおこたらずつとむべきよし申して歸りけるに、竹の柱をたてたりけるを見て よよふとも竹の柱の一筋にたてたるふしはかはらざらなむ 題しらず 身にもしみものあらげなるけしきさへあはれをせむる風の音かな いかでかは音に心のすまざらむ草木もなびく嵐なりける 一三四〇 水の音はさびしき庵の友なれや嶺の嵐のたえまたえまに 八條院の宮と申しけるをり、白川殿にて蟲あはせられけるに、かはりて、蟲入れてとり出だしける物に、水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける 行末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水 内に貝合せむと、せさせ給ひけるに、人にかはりて 風たちて波ををさむる浦々に小貝をむれてひろふなりけり 難波潟しほひにむれて出でたたむしらすのさきの小貝ひろひに 風吹けば花咲く波のをるたびに櫻貝よるみしまえの浦 波あらふ衣のうらの袖貝をみぎはに風のたたみおくかな なみかくる吹上の濱の簾貝風もぞおろす磯にひろはむ しほそむるますをのこ貝ひろふとて色の濱とはいふにやあるらむ 波よする竹の泊のすずめ貝うれしき世にもあひにけるかな なみよするしららの濱のからす貝ひろひやすくもおもほゆるかな 一三六〇 ささがにのいと世をかくて過ぎにけり人の人なる手にもかからで 庚申の夜くじくばりて歌よみけるに、古今後撰拾遺、これを梅さくら山吹によせたる題をとりてよみける古今梅によす 紅の色こきむめを折る人の袖にはふかき香やとまるらむ 後撰櫻によす 春風の吹きおこせんに櫻花となりくるしくぬしや思はむ 拾遺山吹によす 山吹の花咲く井出の里こそはやしうゐたりと思はざらなむ 月蝕を題にて歌よみけるに いむといひて影にあたらぬ今宵しもわれて月みる名や立ちぬらむ 題しらず いたけもるあまみか時になりにけりえぞが千島を煙こめたり もののふのならすすさびはおびただしあけとのしさりかもの入くび むつのくのおくゆかしくぞ思ほゆるつぼのいしぶみそとの濱風 あさかへるかりゐうなこのむら鳥ははらのをかやに聲やしぬらむ もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてやつまをこふらむ 一三七〇 年頃聞き渡りける人に、初めて對面申して歸る朝に わかるともなるる思ひをかさねまし過ぎにしかたの今宵なりせば 同行に侍りける上人、月の頃天王寺にこもりたりと聞きて、いひ遣しける いとどいかに西にかたぶく月影を常よりもけに君したふらむ 堀河局仁和寺に住み侍りけるに、まゐるべきよし申したりけれども、まぎるることありて程へにけり。 月の頃まへを過ぎけるを聞きて、いひ送られける 西へ行くしるべとたのむ月かげの空だのめこそかひなかりけれ かへし さし入らで雲路をよきし月影はまたぬ心や空に見えけむ ゆかりなくなりて、すみうかれにける古郷へ歸りゐける人のもとへ すみ捨てしその古郷をあらためて昔にかへる心地もやする ある人、世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて、尋ねまかりたりけるに、月あかかりければ 世をすてて谷底に住む人みよと嶺の木のまを出づる月影 ある宮ばらにつけて仕へ侍りける女房、世をそむきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちて、まゐらせけるにかはりて くやしくもよしなく君に馴れそめていとふ都のしのばれぬべき 侍從大納言成道のもとへ、後の世のことおどろかし申したりける返りごとに おどろかす君によりてぞ長き夜の久しき夢はさむべかりける かへし おどろかぬ心なりせば世の中を夢ぞとかたるかひなからまし 中院右大臣、出家おもひ立つよしかたり給ひけるに、月のいとあかく、よもすがらあはれにて明けにければ歸りけり。 その後、その夜の名殘おほかりしよしいひ送り給ふとて よもすがら月を詠めて契り置きし其むつごとに闇は晴れにし 一三八〇 かへし すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは 爲なり、ときはに堂供養しけるに、世をのがれて山寺に住み侍りける親しき人々まうできたりと聞きて、いひつかはしける いにしへにかはらぬ君が姿こそ今日はときはの形見なるらめ かへし 色かへで獨のこれるときは木はいつをまつとか人の見るらむ ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞きて、まかり尋ねければ、あからさまに京にと聞きて歸りにけり。 其のち人つかはして、かくなんまゐりたりしと申したる返りごとに。 立ちよりて柴の烟のあはれさをいかが思ひし冬の山里 かへし 山里に心はふかくすみながら柴の烟の立ち歸りにし 此歌もそへられたりける 惜しからぬ身を捨てやらでふる程に長き闇にや又迷ひなむ かへし 世を捨てぬ心のうちに闇こめて迷はむことは君ひとりかは したしき人々あまたありければ、同じ心に誰も御覽ぜよと遣したりける返りごとに、又 なべてみな晴せぬ闇の悲しさを君しるべせよ光見ゆやと 又かへし 思ふともいかにしてかはしるべせむ教ふる道に入らばこそあらめ 後の世のこと無下に思はずしもなしと見えける人のもとへ、いひつかはしける 世の中に心あり明の人はみなかくて闇にはまよはぬものを 一三九〇 かへし 世をそむく心ばかりは有明のつきせぬ闇は君にはるけむ ある所の女房、世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ、住みあらしたるさまして、人の影もせざりけり。 あたりの人にかくと申し置きたりけるを聞きて、いひ送りける しほなれし苫屋もあれてうき波に寄るかたもなきあまと知らずや かへし 苫のやに波立ちよらぬけしきにてあまり住みうき程は見えけり 阿闍梨兼堅、世をのがれて高野に住み侍りけり。 あからさまに仁和寺に出でて歸りもまゐらぬことにて、僧綱になりぬと聞きて、いひつかはしける けさの色やわか紫に染めてける苔の袂を思ひかへして 新院、歌あつめさせおはしますと聞きて、ときはに、ためただが歌の侍りけるをかきあつめて參らせける、大原より見せにつかはすとて 寂超長門入道 木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな かへし 年ふれど朽ちぬときはの言の葉をさぞ忍ぶらむ大原のさと 寂超ためただが歌に我が歌かき具し、又おとうとの寂然が歌などとり具して新院へ參らせけるを、人とり傳へ參らせけると聞きて、兄に侍りける想空がもとより 家の風つたふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉 かへし 家の風むねと吹くべきこのもとは今ちりなむと思ふ言の葉 新院百首の歌召しけるに、奉るとて、右大將きんよしのもとより見せに遣したりける、返し申すとて 家の風吹きつたへけるかひありてちることの葉のめづらしきかな かへし 家の風吹きつたふとも和歌の浦にかひあることの葉にてこそしれ 一四〇〇 左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて 花ならぬことの葉なれどおのづから色もやあると君拾はなむ かへし 俊成 世を捨てて入りにし道の言の葉ぞあはれも深き色は見えける 此集を見て返しけるに 院少納言の局 卷ごとに玉の聲せし玉章のたぐひは又もありけるものを かへし よしさらば光なくとも玉と云ひて言葉のちりは君みがかなむ 范蠡がちやうなんの心を すてやらで命をおふる人はみな千々のこがねをもてかへるなり 世に仕うべかりける人の、こもりゐたりけるもとへ遣しける 世の中にすまぬもよしや秋の月濁れる水のたたふ盛りに 人あまたして、ひとりに、かくしてあらぬさまにいひなしけることの侍りけるを聞きてよめる 一すぢにいかで杣木のそろひけむいつよりつくる心だくみに 鳥羽院に、出家のいとま申すとてよめる をしむとて惜しまれぬべきこの世かは身をすててこそ身をもたすけめ 前大納言成通世をそむきぬと聞きて、遣しける いとふべきかりのやどりは出でぬなり今はまことの道を尋ねよ 前大僧正慈鎭、無動寺に住み侍りけるに、申し遣しける いとどいかに山を出でじとおもふらむ心の月を獨すまして 一四一〇 かへし うき身こそなほ山陰にしづめども心にうかぶ月を見せばや 世の中に大亊出できて、新院あらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして、仁和寺の北院におはしましけるに參りて、けんげんあざり出であひたり。 月あかくてよみける かかる世に影もかはらずすむ月をみる我が身さへ恨めしきかな 讚岐にて、御心ひきかへて、後の世のこと御つとめひまなくせさせおはしますと聞きて、女房のもとへ申しける。 此文をかきて、若人不嗔打以何修忍辱 世の中をそむく便やなからましうき折ふしに君があはずば 是もついでに具して參らせける 淺ましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしもある世なるらむ ながらへてつひに住むべき都かは此世はよしやとてもかくても 幻の夢をうつつに見る人はめもあはせでや夜をあかすらむ かくて後、人のまゐりけるに その日より落つる涙をかたみにて思ひ忘るる時の間ぞなき かへし 女房 目のまへにかはりはてにし世のうきに涙を君もながしけるかな 松山の涙は海に深くなりてはちすの池に入れよとぞ思ふ 波の立つ心の水をしづめつつ咲かん蓮を今は待つかな 一四二〇 ゆかりありける人の、新院の勘當なりけるをゆるし給ふべきよし申し入れたりける御返亊に 最上川つなでひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ 御返りごとたてまつりけり つよくひく綱手と見せよもがみ川その稻舟のいかりをさめて かく申したりければ、ゆるし給ひてけり 讚岐へおはしまして後、歌といふことの世にいときこえざりければ、寂然がもとへいひ遣しける ことの葉のなさけ絶えにし折ふしにありあふ身こそかなしかりけれ かへし 寂然 しきしまや絶えぬる道になくなくも君とのみこそあとを忍ばめ 讚岐の位におはしましけるをり、みゆきのすずのろうを聞きてよみける ふりにける君がみゆきのすずのろうはいかなる世にも絶えずきこえむ 新院さぬきにおはしましけるに、便につけて女房のもとより 水莖のかき流すべきかたぞなき心のうちは汲みて知らなむ かへし 程とほみ通ふ心のゆくばかり猶かきながせ水ぐきのあと また女房つかはしける いとどしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべたがふな かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうかべむ かへし 頼むらんしるべもいさやひとつ世の別にだにもまよふ心は 一四三〇 伊勢より、小貝を拾ひて、箱に入れてつつみこめて、皇太后宮大夫の局へ遣すとて、かきつけ侍りける 浦島がこは何ものと人問はばあけてかひある箱とこたへよ 八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。 三條太政大臣歌よみてもてなしたまひしこと、ただ今とおぼえて、忍ばるる心地し侍り。 堂の跡あらためられたりける、さることのありと見えて、あはれなりければ なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て歸りぬる 三昧堂のかたへわけ參りけるに、秋の草ふかかりけり。 鈴虫の音かすかにきこえければ、あはれにて おもひおきし淺茅が露を分け入ればただわずかなる鈴虫の聲 古郷の心を 野べになりてしげきあさぢを分け入れば君が住みける石ずゑの跡 行基菩薩の、何處にか一身をかくさむと書き給ひたること、思ひ出でられて いかがすべき世にあらばやは世をもすててあなうの世やと更に思はむ 一四四〇 中納言家成、渚の院したてて、ほどなくこぼたれぬと聞きて、天王寺より下向しけるついでに、西住、淨蓮など申す上人どもして見けるに、いとあはれにて、各述懷しけるに 折につけて人の心のかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり 寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いなびて、熊野に詣でける道にて、夢に、何亊も衰へゆけど、この道こそ、世の末にかはらぬものはあなれ、猶この歌よむべきよし、別當湛快三位、俊成に申すと見侍りて、おどろきながら此歌をいそぎよみ出だして、遣しける奧に、書き付け侍りける 末の世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし 述懷 何ごとにとまる心のありければ更にしも又世のいとはしき 心に思ひけることを 濁りたる心の水のすくなきに何かは月の影やどるべき いかでわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ のがれなくつひに行くべき道をさは知らではいかがすぐべかりける 愚なる心にのみやまかすべき師となることもあるなるものを 野にたてる枝なき木にもおとりけり後の世しらぬ人の心は 五首述懷 身のうさを思ひ知らでややみなましそむく習のなき世なりせば いづくにか身をかくさまし厭ひてもうき世にふかき山なかりせば 一四五〇 身のうさの隱家にせむ山里は心ありてぞすむべかりける あはれ知る涙の露ぞこぼれける草のいほりをむすぶちぎりは うかれ出づる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせむ 寄藤花述懷 西を待つ心に藤をかけてこそそのむらさきの雲をおもはめ 花橘によせて思ひをのべけるに 世のうきを昔がたりになしはてて花橘におもひ出でばや 題しらず 我なれや風を煩らふしの竹はおきふし物の心ぼそくて 風吹けばあだになり行くばせを葉のあればと身をも頼むべき世か みくまのの濱ゆふ生ふる浦さびて人なみなみに年ぞかさなる いづくにもすまれずばただ住まであらむ柴のいほりのしばしなる世に 老人述懷といふことを人々よみけるに 山深み杖にすがりて入る人の心の底のはづかしきかな 一四六〇 題しらず 時雨かは山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつゝ はらはらと落つる涙ぞあはれなるたまらず物のかなしかるべし 何となくせりと聞くこそあはれなれつみけむ人の心しられて 山人よ吉野の奧にしるべせよ花も尋ねむ又おもひあり つゆもありかへすがへすも思ひ出でてひとりぞ見つる朝がほの花 ひときれは都をすてて出づれどもめぐりてはなほきそのかけ橋 故郷述懷といふことを、常磐の家にてためなりよみけるにまかりあひて しげき野をいく一むらに分けなして更にむかしをしのびかへさむ 嵯峨に住みける頃、となりの坊に申すべきことありてまかりけるに、道もなく葎のしげりければ 立ちよりて隣とふべき垣にそひて隙なくはへる八重葎かな 大原に良暹がすみける所に、人々まかりて述懷の歌よみて、つま戸に書きつけける 大原やまだすみがまもならはずといひけん人を今あらせばや 周防内侍、我さへ軒のと書き付けける古郷にて、人々思ひをのべけるに いにしへはついゐし宿もあるものを何をか忍ぶしるしにはせむ 一四七〇 百首の歌の中、述懷十首一首不足 いざさらば盛おもふも程もあらじはこやが嶺の春にむつれて 山深く心はかねておくりてき身こそうきみを出でやらねども 月にいかで昔のことをかたらせて影にそひつつ立ちもはなれむ うき世とし思はでも身の過ぎにける月の影にもなづさはりつつ 雲につきてうかれのみ行く心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ 捨てて後はまぎれしかたは覺えぬを心のみをば世にあらせける ちりつかでゆがめる道をなほくなして行く行く人をよにつかむとや はとしまんと思ひも見えぬ世にしあれば末にさこそは大ぬさの空 ふりにける心こそ猶あはれなれおよばぬ身にも世を思はする 七月十五日月あかかりけるに、舟岡と申す所にて いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人を照らさむ 一四八〇 題しらず 我が宿は山のあなたにあるものを何とうき世を知らぬ心ぞ くもりなきかがみの上にゐる塵を目にたてて見る世と思はばや ながらへむと思ふ心ぞつゆもなきいとふにだにも足らぬうき身は 思ひ出づる過ぎにしかたをはづかしみあるにものうきこの世なりけり 捨てたれどかくれてすまぬ人になれば猶よにあるに似たるなりけり 世の中を捨てて捨てえぬ心地して都はなれぬ我が身なりけり 捨てし折の心をさらにあらためてみるよの人にわかれ果てなむ 思へ心人のあらばや世にもはぢむさりとてやはといさむばかりぞ くれ竹のふししげからぬ世なりせばこの君はとてさし出でなまし あしよしを思ひわくこそ苦しけれただあらるればあられける身を 一五〇〇 露の玉きゆれば又も置くものをたのみもなきは我が身なりけり あればとてたのまれぬかな明日は又きのふと今日はいはるべければ 秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさやあさぢふの露 年月をいかで我が身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に 思ひ出でて誰かはとめて分けもこむ入る山道の露の深さを くれ竹の今いくよかはおきふしていほりの窓をあけおろすべき そのすぢに入りなば心なにしかも人目おもひて世につつむらむ 泉のぬしかくれて、あとつたへたる人のもとにまかりて、泉に向ひてふるきを思ふといふことを、人々よみけるに すむ人の心くまるる泉かな昔をいかに思ひいづらむ 友にあひて昔を戀ふるといふことを 今よりは昔がたりは心せむあやしきまでに袖しをれけり 題しらず 軒ちかき花たちばなに袖しめて昔を忍ぶ涙つつまむ 一五一〇 寄紅葉懷舊といふことを、法金剛院にてよみけるに いにしへをこふる涙の色に似て袂にちるは紅葉なりけり 十月中の十日頃、法金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはしますよし聞きて、待賢門院の御時おもひ出でられて、兵衞殿の局にさしおかせける 紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔の秋の色をしたひて 返し 色深き梢を見てもしぐれつつふりにしことをかけぬ日ぞなき 題しらず つくづくと物を思ふにうちそへてをりあはれなる鐘のおとかな なさけありし昔のみ猶しのばれてながらへまうき世にもあるかな 故郷の蓬は宿のなになれば荒れ行く庭にまづしげるらむ ふるさとは見し世にもなくあせにけりいづち昔の人ゆきにけむ 何ごとも昔をきけばなさけありて故あるさまにしのばるる哉 嵯峨野の、みし世にもかはりてあらぬやうになりて、人いなんとしたりけるを見て 此里やさがのみかりの跡ならむ野山もはてはあせかはりけり 大覺寺の、金岡がたてたる石を見て 庭の岩にめたつる人もなからましかどあるさまにたてしおかねば 一五二〇 瀧のわたりの木立、あらぬことになりて、松ばかりなみ立ちたりけるを見て ながれみし岸の木立もあせはてて松のみこそは昔なるらめ 大覺寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされて跡もなくなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかるとよみけん折おもひ出でられて、あはれとおもほえければよみける 今だにもかかりといひし瀧つせのその折までは昔なりけむ 題しらず とだえせでいつまで人のかよひけむ嵐ぞわたる谷のかけ橋 うき世をばあらればあるにまかせつつ心よいたくものな思ひそ 世をすつる人はまことにすつるかは捨てぬ人こそ捨つるなりけれ たのもしな君君にます折にあひて心の色を筆にそめつる 山里にうき世いとはむ友もがなくやしく過ぎし昔かたらむ 昔見し庭の小松に年ふりてあらしの音をこずゑにぞ聞く 見ればげに心もそれになりぞ行く枯野の薄有明の月 誰すみてあはれ知るらむ山ざとの雨降りすさむ夕暮の空 一五四〇 遁世ののち、山家にてよみ侍りける 山里は庭の木ずゑのおとまでも世をすさみたるけしきなるかな 長柄を過ぎ侍りしに 津の國のながらの橋のかたもなし名はとどまりてきこえわたれど そのかみこころざしつかうまつりけるならひに、世をのがれて後も、賀茂に參りける、年たかくなりて四國のかた修行しけるに、又歸りまゐらぬこともやとて、仁和二年十月十日の夜まゐりて幤まゐらせけり。 内へもまゐらぬことなれば、たなうの社にとりつぎてまゐらせ給へとて、こころざしけるに、木間の月ほのぼのと常よりも神さび、あはれにおぼえてよみける かしこまるしでに涙のかかるかな又いつかはとおもふ心に 題しらず ふしみ過ぎぬをかのやに猶とどまらじ日野まで行きて駒こころみむ 宇治川をくだりける船の、かなつきと申すものをもて鯉のくだるをつきけるを見て 宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ こばへつどふ沼の入江の藻のしたは人つけおかぬふしにぞありける たねつくるつぼ井の水のひく末にえぶなあつまる落合のはた しらなはにこあゆひかれて下る瀬にもちまうけたるこめのしき網 見るもうきは鵜繩ににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもち網 秋風にすずきつり船はしるめりうのひとはしの名殘したひて 一五五〇 例ならぬ人の大亊なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨のほしきよしを願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたるかしはにつつみたる梨を、唯一つ遣して、こればかりなど申したる返りごとに 花の折かしはにつつむしなの梨は一つなれどもありのみと見ゆ 秋頃、風わづらひける人を訪ひたりける返りごとに 消えぬべき露の命も君がとふことの葉にこそおきゐられけれ かへし 吹き過ぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせのつゆの白玉 院の小侍從、例ならぬこと、大亊にふし沈みて年月へにけりと聞きて、とひにまかりたりけるに、このほど少しよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを聞きて 琴の音に涙をそへてながすかな絶えなましかばと思ふあはれに かへし 頼むべきこともなき身を今日までも何にかかれる玉の緒ならむ 風わずらひて山寺へかへり入りけるに人々訪ひて、よろしくなりなば又と申し侍りけるに、おのおの志を思ひしりて 定めなし風わづらはぬ折だにも又こんことを頼むべきよに あだに散る木葉につけて思ふかな風さそふめる露の命を 我なくば此さとびとや秋ふかき露を袂にかけてしのばむ さまざまに哀おほかる別かな心を君がやどにとどめて 歸れども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる かへしどもありける、聞きおよばねばかかず 一五六〇 同行にて侍りける上人、例ならぬこと大亊に侍りけるに、月のあかくて哀なるを見ける もろともにながめながめて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき 待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に、人々、又の年の御はてまでさぶらはれけるに、南おもての花ちりける頃、堀河の女房のもとへ申し送りける 尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を かへし 吹く風の行方しらするものならば花とちるにもおくれざらまし 美福門院の御骨、高野の菩提心院へわたされけるを見たてまつりて 今日や君おほふ五つの雲はれて心の月をみがき出づらむ 近衞院の御墓に、人に具して參りたりけるに、露のふかかりければ みがかれし玉の栖を露ふかき野邊にうつして見るぞ悲しき 一院かくれさせおはしまして、やがて御所へ渡しまゐらせける夜、高野より出であひて參りたりける、いと悲しかりけり。 此後おはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし、大納言と申しけるさぶらはれける、しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり。 其をりの御ともにさぶらひけることの思ひ出でられて、折しもこよひに參りあひたる、昔今のこと思ひつづけられてよみける 今宵こそ思ひしらるれ淺からぬ君に契のある身なりけり をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに 道かはるみゆきかなしき今宵かな限のたびとみるにつけても 納めまゐらせて後、御ともにさぶらはれし人々、たとへむ方なく悲しながら、限あることなりければ歸られにけり。 はじめたることありて、明日までさぶらひてよめる とはばやと思ひよりてぞ歎かまし昔ながらの我身なりせば 右大將きんよし、父の服のうちに、母なくなりぬと聞きて、高野よりとぶらひ申しける かさねきる藤の衣をたよりにて心の色を染めよとぞ思ふ かへし 藤衣かさぬる色はふかけれどあさき心のしまぬばかりぞ 一五七〇 同じなげきし侍りける人のもとへ 君がため秋は世のうき折なれや去年も今年も物を思ひて かへし 晴やらぬ去年の時雨の上に又かきくらさるる山めぐりかな 母なくなりて山寺にこもりゐたりける人を、ほどへて思ひいでて人のとひたりければ、かはりて 思ひいづるなさけを人のおなじくは其折とへな嬉しからまし ゆかりありける人はかなくなりにける、とかくのわざに鳥部山へまかりて、歸るに かぎりなく悲しかりけりとりべ山なきを送りて歸る心は 父のはかなくなりにけるそとばを見て、歸りける人に なき跡をそとばかりみて歸るらむ人の心を思ひこそやれ 親かくれ、頼みたりけるむこ失せなどして歎きしける人の、又程なく娘にさへおくれけりと聞きてとぶらひけるに 此たびはさきざき見けむ夢よりもさめずや物は悲しかるらむ 五十日の果つかたに、二條院の御墓に御佛供養しける人に具して參りたりけるに、月あかくて哀なりければ 今宵君しでの山路の月をみて雲の上をや思ひいづらむ 御跡に三河内侍さぶらひけるに、九月十三夜人にかはりて かくれにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ かへし 内侍 我が君の光かくれし夕べよりやみにぞ迷ふ月はすめども 親におくれて歎きける人を、五十日過までとはざりければ、とふべき人のとはぬことをあやしみて、人に尋ぬと聞きて、かく思ひて今まで申さざりつるよし申して遣しける人にかはりて なべてみな君がなさけをとふ數に思ひなされぬことのはもがな 一五八〇 ゆかりにつけて物をおもひける人のもとより、などかとはざらむと、恨み遣したりける返りごとに 哀とも心に思ふ程ばかりいはれぬべくはとひもこそせめ はかなくなりて年へにける人の文を、物の中より見出でて、むすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて 涙をやしのばん人は流すべきあはれにみゆる水ぐきの跡 同行に侍りける上人、をはりよく思ふさまなりと聞きて申し送ける 寂然 亂れずと終り聞くこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども かへし 此世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心みだれし とかくのわざ果てて、跡のことどもひろひて、高野へ參りて歸りたりけるに 寂然 いるさにはひろふかたみも殘りけり歸る山路の友は涙か 返亊 いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける夢に山路を行く心地して 侍從大納言入道はかなくなりて、よひ曉につとめする僧おのおの歸りける日、申し送りける 行きちらむ今日の別を思ふにもさらに歎はそふここちする かへし ふししづむ身には心のあらばこそ更に歎もそふ心地せめ 一五九〇 同じ日、のりつながもとへ遣しける なき跡も今日までは猶名殘あるを明日や別を添へて忍ばむ かへし 思へただ今日の別のかなしさに姿をかへて忍ぶ心を やがてその日さまかへて後、此返亊かく申したりけり。 いと哀なり 同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなく成にける哀とぶらひけるに いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば かへし たのもしき道には入りて行きしかど我が身をつめばいかがとぞ思ふ 院の二位の局身まかりける跡に、十の歌、人々よみけるに 流れゆく水に玉なすうたかたのあはれあだなる此世なりけり きえぬめるもとの雫を思ふにも誰かは末の露の身ならぬ 送りおきて歸りし道の朝露を袖にうつすは涙なりけり 船岡のすそ野の塚の數そへて昔の人に君をなしつる あらぬよの別はげにぞうかりける淺ぢが原を見るにつけても 後の世をとへと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらむ 一六〇〇 おくれゐて涙にしづむ古里を玉のかげにも哀とやみる あとをとふ道にや君は入りぬらむ苦しき死出の山へかからで 名殘さへ程なく過ぎばかなしきに七日の數を重ねずもがな 跡しのぶ人にさへまた別るべきその日をかねて知る涙かな 跡のことども果てて、ちりぢりに成にけるに、しげのり、ながのりなど涙ながして、今日にさへ又と申しける程に、南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよみける 櫻花ちりぢりになるこのもとに名殘を惜しむ鶯のこゑ かへし 少將ながのり ちる花は又こん春も咲きぬべし別はいつかめぐりあふべき 同じ日、くれけるままに雨のかきくらし降りければ 哀しる空も心のありければなみだに雨をそふるなりけり かへし 院少納言局 哀しる空にはあらじわび人の涙ぞ今日は雨とふるらむ 行きちりて又の朝つかはしける けさはいかに思ひの色のまさるらむ昨日にさへも又別れつつ かへし 少將ながのり 君にさへ立ち別れつつ今日よりぞ慰むかたはげになかりける 一六一〇 兄の入道想空はかなくなりけるを、とはざりければいひつかはしける 寂然 とへかしな別の袖に露しげき蓬がもとの心ぼそさを 待ちわびぬおくれさきだつ哀をも君ならでさは誰かとふべき 別れにし人のふたたび跡をみば恨みやせましとはぬ心を いかがせむ跡の哀はとはずとも別れし人の行方たづねよ 中々にとはぬは深きかたもあらむ心淺くも恨みつるかな かへし 分けいりて蓬が露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外にはとふべかりける へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ なき人を忍ぶ思ひのなぐさまば跡をも千たびとひこそはせめ 御法をば言葉なけれど説くと聞けば深き哀はいはでこそ思へ 一六二〇 是は具してつかはしける 露深き野べになり行く古郷は思ひやるにも袖しをれけり 人におくれてなげきける人に遣しける なき跡の面影をのみ身にそへてさこそは人の戀しかるらめ はかなくなりける人の跡に、又十日のうちに一品經供養しけるに、化城喩品 やすむべき宿をば思へ中空の旅も何かはくるしかるべき なき人の跡に一品經供養しけるに、壽量品を人にかはりて 雲晴るるわしの御山の月かげを心すみてや君ながむらむ 鳥部野にてとかくのわざしける煙のうちより出づる月あはれに見えければ 鳥部山わしの高嶺のすゑならむ煙を分けて出づる月かげ 諸行無常のこころを はかなくて行きにし方を思ふにも今もさこそは朝がほの露 曉無常を つきはてしその入あひの程なさを此曉に思ひしりぬる 無常の歌あまたよみける中に いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむと思ふ悲しき道芝の露 おどろかむと思ふ心のあらばやは長きねぶりの夢も覺むべく 風あらき磯にかかれるあま人はつながぬ舟の心地こそすれ 一六五〇 心ざすことありて、扇を佛にまゐらせけるに、新院より給ひけるに、女房承りて、つつみ紙にかきつけられける ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらへとぞ思ふ 御返し承りける ちりばかりうたがふ心なからなむ法をあふぎて頼むとならば 仁和寺の宮にて、道心逐年深といふことをよませ給ひけるに 淺く出でし心の水やたたふらむすみ行くままにふかくなるかな 閑中曉心といふことを、同じ夜 あらしのみ時々窓におとづれて明けぬる空の名殘をぞ思ふ 寂超入道、談議すと聞きてつかはしける ひろむらむ法にはあはぬ身なりとも名を聞く數にいらざらめやは かへし つたへきく流なりとも法の水汲む人からやふかくなるらむ さだのぶ入道、觀音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつかはすとて 觀音寺入道生光 寺つくる此我が谷につちうめよ君ばかりこそ山もくずさめ かへし 山くづす其力ねはかたくとも心だくみを添へこそはせめ 阿闍梨勝命、千人あつめて法華經結縁せさせけるに參りて、又の日つかはしける つらなりし昔に露もかはらじと思ひしられし法の庭かな 人にかはりて、これもつかはしける いにしへにもれけむことの悲しさは昨日の庭に心ゆきにき 世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人の、さもなかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるにつかはしける 此春はえだえだごとにさかゆべし枯たる木だに花は咲くめり 是も具して あはれびの深きちかひにたのもしき清きながれの底くまれつつ 心性さだまらずといふことを題にて、人々よみけるに 雲雀たつあら野のおふる姫ゆりのなににつくともなき心かな 懺悔業障といふことを まどひつつ過ぎけるかたの悔しさになくなく身をぞけふは恨むる 遇教待龍花といふことを 朝日まつほどはやみにてまよはまし有明の月の影なかりせば 日のいるつづみのごとし 波のうつ音をつづみにまがふれば入日の影のうちてゆらるる 見月思西といふことを 山のはにかくるる月をながむれば我も心の西に入るかな 曉念佛といふことを 夢さむるかねのひびきにうち添へて十度の御名をとなへつるかな 易往無人の文を 西へ行く月をやよそに思ふらむ心にいらぬ人のためには 人命不停速於山水の文のこころを 山川のみなぎる水の音きけばせむる命ぞ思ひしらるる 一六七〇 菩提心論に至身命而不恍惜文を あだならぬやがてさとりに歸りけり人のためにもすつる命は 疏文に心自悟心自證心 まどひきてさとりうべくもなかりつる心を知るは心なりけり 觀心 闇晴れて心の空にすむ月は西の山べやちかくなるらむ 序品 散りまがふ花のにほひをさきだてて光を法の莚にぞしく 花の香をつらなる軒に吹きしめてさとれと風のちらすなりけり 方便品、深著於五欲の文を こりもせずうき世の闇にまよふかな身を思はぬは心なりけり 譬喩品 法しらぬ人をぞげにはうしとみる三の車にこころかけねば 五百弟子品 おのづから清き心にみがかれて玉ときかくる法を知るかな 提婆品 これやさは年つもるまでこりつめし法にあふごの薪なるらむ いかにして聞くことのかくやすからむあだに思ひてえつる法かは 一六八〇 いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし 勸持品 天雲のはるるみ空の月かげに恨なぐさむをばすての山 壽量品 わしの山月を入りぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり さとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞありける 鷲の山くもる心のなかりせば誰も見るべき有明の月 一心欲見佛の文を人々よみけるに 鷲の山誰かは月を見ざるべき心にかかる雲しなければ 神力品於我滅度後の文を 行末のためにとどめぬ法ならば何か我が身にたのみあらまし 普賢品 散りしきし花の匂ひの名殘多みたたまうかりし法の庭かな 心經 何ごとも空しき法の心にて罪ある身とはつゆも思はず 無上菩提の心をよみける わしの山上くらからぬ嶺なればあたりをはらふ有明の月 一六九〇 和光同塵は結縁のはじめといふことをよみけるに いかなれば塵にまじりてます神につかふる人はきよまはるらむ 六道の歌よみけるに、地獄 罪人のしめるよもなく燃ゆる火の薪とならんことぞ悲しき 餓鬼 朝夕の子をやしなひにすと聞けばくにすぐれても悲しかるらむ 畜生 かぐら歌に草とりかふはいたけれど猶其駒になることはうし 修羅 よしなしなあらそふことをたてにして怒をのみも結ぶ心は 人 ありがたき人になりけるかひありて悟りもとむる心あらなむ 天 雲の上の樂みとてもかひぞなきさてしもやがて住みしはてねば 百首の歌の中釋教十首 きりきわうの夢のうちに三首 まどひてし心を誰も忘れつつひかへらるなることのうきかな ひきひきにわがたてつると思ひける人の心やせばまくのきぬ 末の世に人の心をみがくべき玉をも塵にまぜてけるかな 一七一〇 俊惠天王寺にこもりて、人々具して住吉にまゐり歌よみけるに具して 住よしの松が根あらふ浪のおとを梢にかくる沖つしら波 伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。 齋宮、木立ばかりさかと見えて、つい垣もなきやうになりたりけるをみて いつか又いつきの宮のいつかれてしめのみうちに塵を拂はむ 齋宮おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに、人のうちへ入りければ、ゆかしうおぼえて具して見まはりけるに、かくやありけんとあはれに覺えて、おりておはします處へ、せんじの局のもとへ申し遣しける 君すまぬ御うちは荒れてありす川いむ姿をもうつしつるかな かへし 思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちを聞かむものとは 齋院おはしまさぬ頃にて、祭の歸さもなかりければ、紫野を通るとて 紫の色なきころの野邊なれやかたまほりにてかけぬ葵は 北まつりの頃、賀茂に參りたりけるに、折うれしくて待たるる程に、使まゐりたり。 はし殿につきてへいふしをがまるるまではさることにて、舞人のけしきふるまひ、見し世のことともおぼえず、あづま遊にことうつ、陪從もなかりけり。 さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらむと、恥しきここちしてよみ侍りける 神の代もかはりにけりと見ゆるかな其ことわざのあらずなるにて ふけ行くままに、みたらしのおと神さびてきこえければ みたらしの流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や 神樂に星を ふけて出づるみ山も嶺のあか星は月待ち得たる心地こそすれ 百首の歌の中、神祇二首 神樂二首 めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影 名殘いかにかへすがへすも惜しからむ其駒にたつ神樂どねりは.

次の

三菱地所|企業情報:会社情報|役員

かね はら のぼる

超金持ち資産家役の金城武。 クッソカッコイイ。 ドラマの中で、金城武は自分の資産を「350億米ドル」という。 現実の金城武はそんなに持っていない。 たかが150億円ぐらいだ。 金城武の現在の年収、資産が衝撃的過ぎる【2019】 「People with money」が2019年3月、「もっとも稼いだ俳優トップ100」を発表した。 期間は2018年2月から2019年2月。 金城武は、なんとなんとなんと1位。 4600万ドル、日本円で50億円にのぼる。 現在、世界でもっとも高級の俳優だったのが金城武らしい。 mediamass. html) 現在金城武の資産は、1億4600万ドルぐらいあると示されていた。 まじかよ。 芸能界トップのビートたけしの総資産は、100億円から150億ぐらいと言われているし、秋元康も100億ぐらいだ。 金城武はビートたけしよりも金持ちだってことだ。 え、ま?.

次の

斎藤茂吉「あらたま」短歌全作品 テキストのみ解説なし

かね はら のぼる

一 年のうちに春たちて雨の降りければ 春としもなほおもはれぬ心かな雨ふる年のここちのみして 山ごもりして侍りけるに、年をこめて春に成りぬと聞きけるからに、霞みわたりて、山河の音日頃にも似ず聞えければ かすめども年のうちとはわかぬ間に春を告ぐなる山川の水 山ふかく住み侍りけるに、春立ちぬと聞きて 山路こそ雪のした水とけざらめ都のそらは春めきぬらむ 山里に春たつといふことを 山里は霞みわたれるけしきにて空にや春の立つを知るらむ 難波わたりに年超えに侍りけるに、春立つこころをよみける いつしかも春きにけりと津の國の難波の浦を霞こめたり 春になりける方たがへに、志賀の里へまかりける人に具してまかりけるに、逢坂山の霞みたりけるを見て わきて今日あふさか山の霞めるは立ちおくれたる春や越ゆらむ 立春の朝よみける 年くれぬ春くべしとは思ひ寐にまさしく見えてかなふ初夢 山の端の霞むけしきにしるきかな今朝よりやさは春のあけぼの 春たつと思ひもあへぬ朝とでにいつしか霞む音羽山かな 一〇 たちかはる春を知れとも見せがほに年をへだつる霞なりける とけそむる初若水のけしきにて春立つことのくまれぬるかな 春立つ日よみける 何となく春になりぬと聞く日より心にかかるみ吉野の山 正月元日雨ふりけるに いつしかも初春雨ぞふりにける野邊の若菜も生ひやしぬらむ 家々に春を翫ぶといふことを 門ごとにたつる小松にかざされて宿てふやどに春は來にけり 初春 岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔の下水みちもとむらむ ふりつみし高嶺のみ雪とけにけり清瀧川の水のしらなみ 春きて猶雪 かすめども春をばよその空に見て解けんともなき雪の下水 題しらず 三笠山春はこゑにて知られけり氷をたたく鶯のたき 春あさみ 篠 すず のまがきに風さえてまだ雪消えぬしがらきの里 二〇 嵯峨にまかりたりけるに、雪ふかかりけるを見おきて出でしことなど申し遣わすとて おぼつかな春の日數のふるままに嵯峨野の雪は消えやしぬらむ かへし 靜忍法師 立ち歸り君やとひくと待つほどにまだ消えやらず野邊のあわ雪 題しらず 春しれと谷の下みづもりぞくる岩間の氷ひま絶えにけり 小ぜりつむ澤の氷のひまたえて春めきそむる櫻井のさと くる春は嶺の霞をさきだてて谷のかけひをつたふなりけり 雪とくるしみゝにしだくから崎の道行きにくきあしがらの山 元日子日にて侍りけるに 子日してたてたる松に植ゑそへむ千代かさぬべき年のしるしに 子日 春ごとに野邊の小松を引く人はいくらの千代をふべきなるらむ ねの日する人に霞はさき立ちて小松が原をたなびきにけり 子日しに霞たなびく野邊に出でて初うぐひすの聲をきくかな 三〇 五葉の下に二葉なる小松どもの侍りけるを、子日にあたりける日、折櫃にひきそへて遣わすとて 君が爲ごえふの子日しつるかなたびたび千代をふべきしるしに ただの松ひきそへて、この松の思ふこと申すべくなむとて 子日する野邊の我こそぬしなるをごえふなしとて引く人のなき 若菜 春日野は年のうちには雪つみて春は若菜のおふるなりけり 雪中若菜 けふはただ思ひもよらで歸りなむ雪つむ野邊の若菜なりけり 雨中若菜 春雨のふる野の若菜おひぬらしぬれぬれ摘まん 籠 かたみ 手ぬきれ 若菜に初子のあひたりければ、人のもとへ申しつかはしける わか菜つむ今日に初子のあひぬれば松にや人の心ひくらむ 若菜に寄せてふるきを思ふということを わか菜つむ野邊の霞ぞあはれなる昔を遠く隔つと思へば 老人の若菜といへることを 卯杖つき七くさにこそ出でにけれ年をかさねて摘める若菜に 寄若菜述懷といふことを 若菜おふる春の野守に我なりてうき世を人につみ知らせばや 野に人あまた侍りけるを、何する人ぞと聞きければ、菜摘む者なりと答へけるに、年の内に立ちかはる春のしるしの若菜か、さはと思ひて 年ははや月なみかけて越えにけりうべつみけらしゑぐの若だち 四〇 題しらず 澤もとけずつめど 籠 かたみ にとどまらでめにもたまらぬゑぐの草ぐき 海邊の霞といふことを もしほやく浦のあたりは立ちのかで烟あらそふ春霞かな おなじこころを、伊勢の二見といふ所にて 波こすとふたみの松の見えつるは梢にかかる霞なりけり 霞によせてつれなきことを なき人を霞める空にまがふるは道をへだつる心なるべし 世にあらじと思いける頃、東山にて、人々霞によせて思ひをのべけるに そらになる心は春の霞にてよにあらじとも思ひたつかな おなじ心をよみける 世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて數ならぬ身の思出にせむ 題しらず 霞まずは何をか春と思はましまだ雪消えぬみ吉野の山 梅を 香にぞまづ心しめ置く梅の花色はあだにも散りぬべければ 梅をのみわが垣ねには植ゑ置きて見に來む人に跡しのばれむ とめこかし梅さかりなるわが宿をうときも人は折にこそよれ 五〇 山里の梅といふことを 香をとめむ人をこそまて山里の垣根の梅のちらぬかぎりは 心せむ賤が垣ほの梅はあやなよしなく過ぐる人とどめける この春はしづが垣ほにふれわびて梅が香とめむ人したしまむ 旅のとまりの梅 ひとりぬる草の枕のうつり香は垣根の梅のにほひなりけり 古き砌の梅 何となく軒なつかしき梅ゆゑに住みけむ人の心をぞ知る 嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、梅の風にちりけるを ぬしいかに風渡るとていとふらむよそにうれしき梅の匂を 庵の前なりける梅を見てよめる 梅が香を山ふところに吹きためて入りこん人にしめよ春風 伊勢のにしふく山と申す所に侍りけるに、庵の梅かうばしくにほひけるを 柴の庵によるよる梅の匂い來てやさしき方もあるすまひかな 閑中鶯といふことを うぐひすのこゑぞ霞にもれてくる人目ともしき春の山里 雨中鶯 うぐひすの春さめざめとなきゐたる竹の雫や涙なるらむ 六〇 住みける谷に、鶯の聲せずなりにければ 古巣うとく谷の鶯なりはてば我やかはりてなかむとすらむ うぐひすは谷の古巣を出でぬともわが行方をば忘れざらなむ 鶯は我を巣もりにたのみてや谷の外へは出でて行くらむ 春のほどは我が住む庵の友になりて古巣な出でそ谷の鶯 鶯によせておもひをのべけるに うき身にて聞くも惜しきはうぐひすの霞にむせぶ曙のこゑ 梅に鶯の鳴きけるを 梅が香にたぐへて聞けばうぐひすの聲なつかしき春の山ざと つくり置きし梅のふすまに鶯は身にしむ梅の香やうつすらむ 題しらず 山ふかみ霞こめたる柴の庵にこととふものは谷のうぐひす すぎて行く羽風なつかし鶯のなづさひけりな梅の立枝を 鶯は田舎の谷の巣なれどもだみたる聲は鳴かぬなりけり 七〇 雨しのぐ身延の郷のかき柴に巣立はじむる鶯のこゑ 鶯の聲にさとりをうべきかは聞く嬉しさもはかなかりけり 鳴き絶えたりける鶯の、住み侍りける谷に、聲のしければ 思ひ出でて古巣にかへる鶯は旅のねぐらや住みうかるらむ 深山不知春といふことを 雪分けて外山が谷のうぐひすは麓の里に春や告ぐらむ 山里の柳 山がつの片岡かけてしむる庵のさかひにたてる玉のを柳 柳風にみだる 見渡せばさほの川原にくりかけて風によらるる青柳の糸 雨中柳 なかなかに風のおすにぞ亂れける雨にぬれたる青柳のいと 水邊柳 水底にふかきみどりの色見えて風に浪よる河やなぎかな さわらび なほざりに燒き捨てし野のさ蕨は折る人なくてほどろとやなる 霞に月のくもれるを見て 雲なくておぼろなりとも見ゆるかな霞かかれる春の夜の月 八〇 山里の春雨といふことを、大原にて人々よみけるに 春雨の軒たれこむるつれづれに人に知られぬ人のすみかか きぎすを もえ出づる若菜あさるときこゆなりきぎす鳴く野の春の曙 生ひかはる春の若草まちわびて原の枯野にきぎす鳴くなり 片岡にしばうつりして鳴くきぎす立羽おとしてたかゝらぬかは 春霞いづち立ち出で行きにけむきぎす棲む野を燒きてけるかな 歸雁 玉づさのはしがきかとも見ゆる哉とびおくれつつ歸る雁がね 霞中歸雁といふことを 何となくおぼつかなきは天の原かすみに消えて歸る雁がね かりがねは歸る道にやまどふらむ越の中山かすみへだてて 山家呼子鳥 山ざとに誰を又こはよぶこ鳥ひとりのみこそ住まむと思ふに 題しらず ませにさく花にむつれて飛ぶ蝶の羨しきもはかなかりけり 九〇 春といへば誰も吉野の花をおもふ心にふかきゆゑやあるらむ 春の月あかかりけるに、花まだしき櫻の枝を風のゆるがしけるを見て 月みれば風に櫻の枝なべて花かとつぐるここちこそすれ 花を待つ心を 今さらに春を忘るる花もあらじやすく待ちつつ今日も暮らさむ おぼつかないづれの山の峰よりか待たるる花の咲きはじむらむ 待花忘他といふことを まつによりちらぬ心を山ざくら咲きなば花の思ひ知らなむ 題しらず 春になる櫻の枝は何となく花なけれどもむつましきかな 空晴るる雲なりけりな吉野山花もてわたる風と見たれば さらにまた霞にくるる山路かな花をたづぬる春のあけぼの 雲もかかれ花とを春は見て過ぎむいづれの山もあだに思はで 雲かかる山とは我も思ひ出でよ花ゆゑ馴れしむつび忘れず 一〇〇 ひとり山の花を尋ぬといふことを 誰かまた花を尋ねてよしの山苔ふみわくる岩つたふらむ 老木の櫻のところどころに咲きたるを見て わきて見む老木は花もあはれなり今いくたびか春にあふべき 老見花といふことを 老づとに何をかせまし此春の花待ちつけぬわが身なりせば 春は花を友といふことを、せが院の齋院にて人々よみけるに おのづから花なき年の春もあらば何につけてか日をくらさまし せが院の花盛なりける頃、としただがいひ送りける おのづから來る人あらばもろともにながめまほしき山櫻かな 返し ながむてふ數に入るべき身なりせば君が宿にて春は經なまし 上西門院の女房、法勝寺の花見られけるに、雨のふりて暮れにければ、歸られにけり。 又の日、兵衞の局のもとへ、花の御幸おもひ出させ給ふらむとおぼえて、かくなむ申さまほしかりし、とて遣しける 見る人に花も昔を思ひ出でて戀しかるべし雨にしをるる 返し いにしえを忍ぶる雨と誰か見む花もその世の友しなければ 若き人々ばかりなむ、老いにける身は風の煩はしさに、厭はるることにてとありけるなむ、やさしくきこえける 白河の花、庭面白かりけるを見て あだにちる梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる 庭の花波に似たりといふことを詠みけるに 風あらみこずゑの花のながれきて庭に波立つしら川の里 一一〇 山寺の花さかりなりけるに、昔を思ひ出でて よしの山ほき路づたひに尋ね入りて花みし春は一むかしかも 雨のふりけるに、花の下に車を立ててながめける人に ぬるともとかげを頼みて思ひけむ人の跡ふむ今日にもあるかな 世をのがれて東山に侍る頃、白川の花ざかりに人さそひければ、まかり歸りけるに、昔おもひ出でて ちるを見て歸る心や櫻花むかしにかはるしるしなるらむ かきたえてこととはずなりにける人の、花見に山里へまうできたりと聞きてよみける 年を經ておなじ梢に匂へども花こそ人にあかれざりけれ 花の下にて月を見てよみける 雲にまがふ花の下にてながむれば朧に月は見ゆるなりけり 春のあけぼの、花見けるに、鶯の鳴きければ 花の色や聲に染むらむ鶯のなく音ことなる春のあけぼの 屏風の繪を人々よみけるに、春の宮人むれて花見ける所に、よそなる人の見やりてたてりけるを 木のもとは見る人しげし櫻花よそにながめて我は惜しまむ 寂然紅葉のさかりに高野にまうでて、出でにける又の年の花の折に、申し遣しける 紅葉みし高野の峯の花ざかりたのめし人の待たるるやなぞ かへし 寂然 ともに見し嶺の紅葉のかひなれや花の折にもおもひ出ける 那智に籠りし時、花のさかりに出でける人につけて遣しける ちらでまてと都の花をおもはまし春かへるべきわが身なりせば 一二〇 閑ならんと思ひける頃、花見に人々のまうできければ 花見にとむれつつ人のくるのみぞあたら櫻のとがにはありける 花もちり人もこざらむ折は又山のかひにてのどかなるべし 國々めぐりまはりて、春歸りて吉野の方へまゐらむとしけるに、人の、このほどはいづくにか跡とむべきと申しければ 花をみし昔の心あらためて吉野の里にすまむとぞ思ふ 花の歌あまたよみけるに 空に出でていづくともなく尋ぬれば雪とは花の見ゆるなりけり 雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて花にむつるゝ鶯の聲 よしの山雲をはかりに尋ね入りて心にかけし花を見るかな おもひやる心や花にゆかざらむ霞こめたるみよしのの山 おしなべて花の盛に成にけり山の端ごとにかかる白雲 まがふ色に花咲きぬればよしの山春は晴れせぬ嶺の白雲 吉野山梢の花を身し日より心は身にも添はずなりにき 二三〇 花さへに世をうき草になしにけりちるを惜しめばさそふ山水 雨中落花 梢うつ雨にしをれてちる花の惜しき心を何にたとへむ 風の前の落花といふことを 山ざくら枝きる風の名殘なく花をさながらわが物にする 山路落花 ちりそむる花の初雪ふりぬればふみ分けまうき志賀の山越 夢中落花といふことを、前齋院にて人々よみけるに 春風の花をちらすと見る夢は覺めても胸のさわぐなりけり 散りて後花を思ふといふことを 青葉さへみれば心のとまるかな散りにし花の名殘と思へば 櫻にならびてたてりける柳に、花の散りかかるを見て 吹みだる風になびくと見しほどは花ぞ結べる青柳の糸 花の散りたりけるに並びて咲きはじめける櫻を見て ちるとみれば又咲く花の匂ひにもおくれさきだつためしありけり 苗代 苗代の水を霞はたなびきてうちひのうへにかくるなりけり 題しらず たしろみゆる池のつつみのかさそへてたたふる水や春のよの爲 二五〇 躑躅山の光たりといふことを 躑躅咲く山の岩かげ夕ばえてをぐらはよその名のみなりけり かきつばた 沼水にしげる眞菰のわかれぬを咲き隔てたるかきつばたかな つくりすて荒らしはてたる澤小田にさかりにさける杜若かな 山吹 きし近みうゑけん人ぞ恨めしき波にをらるる山吹の花 山吹の花咲く里に成ぬればここにもゐでとおもほゆるかな 伊勢にまかりたりけるに、みつと申す所にて、海邊の春の暮といふことを、神主どもよみけるに 過ぐる春潮のみつより船出して波の花をやさきにたつらむ 春のうちに郭公をきくといふことを 嬉しとも思ひぞわかぬ郭公春きくことの習ひなければ 暮春 春くれて人ちりぬめり芳野山花のわかれを思ふのみかは 三月、一日たらで暮れけるによみける 春ゆゑにせめても物を思へとやみそかにだにもたらで暮れぬる 三月晦日に 今日のみと思へばながき春の日も程なく暮るる心地こそすれ 二七〇 雨のうちに郭公を待つといふことをよみける ほととぎすしのぶ卯月も過ぎにしを猶聲惜しむ五月雨の空 郭公を待ちて明けぬといふことを 時鳥なかで明けぬと告げがほにまたれぬ鳥のねぞ聞ゆなる 郭公きかで明けぬる夏の夜の浦島の子はまことなりけり 人にかはりて まつ人の心を知らば郭公たのもしくてや夜をあかさまし 無言なりけるころ、郭公の初聲を聞きて 時鳥人にかたらぬ折にしも初音聞くこそかひなかりけれ 不尋聞子規といふことを、賀茂社にて人々よみけるに 郭公卯月のいみにゐこもるを思ひ知りても來鳴くなるかな 雨中時鳥 五月雨の晴間もみえぬ雲路より山時鳥なきて過ぐなり 夕暮時鳥といふことを 里なるるたそがれどきの郭公きかずがほにて又なのらせむ 山寺の時鳥といふことを人々よみけるに 郭公ききにとてしもこもらねど初瀬の山はたよりありけり 時鳥を 時鳥きく折にこそ夏山の青葉は花におとらざりけれ 三一〇 五月の晦日に、山里にまかりて立ちかへりにけるを、時鳥もすげなく聞き捨てて歸りしことなど、人の申し遣しける返ごとに 時鳥なごりあらせて歸りしか聞き捨つるにも成にけるかな 五日、さうぶを人の遣したりける返亊に 世のうきにひかるる人はあやめ草心のねなき心地こそすれ さることありて人の申し遣しける返ごとに、五日 折におひて人に我身やひかれましつくまの沼の菖蒲なりせば 高野に中院と申す所に、菖蒲ふきたる坊の侍りけるに、櫻のちりけるが珍しくおぼえてよみける 櫻ちるやどにかさなるあやめをば花あやめとやいふべかるらむ ちる花を今日の菖蒲のねにかけてくすだまともやいふべかるらむ 五月五日、山寺へ人の今日いるものなればとて、さうぶを遣したりける返亊に 西にのみ心ぞかかるあやめ草この世はかりの宿と思へば みな人の心のうきはあやめ草西に思ひのひかぬなりけり 五月雨の軒の雫に玉かけて宿をかざれるあやめぐさかな 五月會に熊野へまゐりて下向しけるに、日高に、宿にかつみを菖蒲にふきたりけるを見て かつみふく熊野まうでのとまりをばこもくろめとやいふべかるらむ 題しらず 空晴れて沼のみかさをおとさずばあやめもふかぬ五月なるべし 三二〇 五月雨 水たたふ入江の眞菰かりかねてむな手にすつる五月雨の頃 五月雨に水まさるらし宇治橋やくもでにかかる波のしら糸 こ笹しく古里小野の道のあとを又さはになす五月雨のころ つくづくと軒の雫をながめつつ日をのみ暮らす五月雨のころ 東屋のをがやが軒のいと水に玉ぬきかくるさみだれの頃 五月雨に小田のさ苗やいかならむあぜのうき土あらひこされて さみだれの頃にしなれば荒小田に人にまかせぬ水たたひけり ある所にて五月雨の歌十五首よみ侍りし、人にかはりて さみだれにほすひまなくてもしほぐさ烟もたてぬ浦の海士人 五月雨はいささ小川の橋もなしいづくともなくみをに流れて 水無瀬河をちのかよひぢ水みちて船わたりする五月雨の頃 三四〇 さみだれは山田のあぜの瀧枕かずをかさねておつるなりけり 河わだのよどみにとまる流木のうき橋わたす五月雨のころ おもはずもあなづりにくき小川かな五月の雨に水まさりつつ 深山水鷄 杣人の暮にやどかる心地していほりをたたく水鷄なりけり 題しらず 夏の夜はしのの小竹のふし近みそよや程なく明くるなりけり 夏の月の歌よみけるに なつの夜も小笹が原に霜ぞおく月の光のさえしわたれば 山川の岩にせかれてちる波をあられとぞみる夏の夜の月 雨後夏月 夕立のはるれば月ぞやどりける玉ゆりすうる蓮のうき葉に 海邊夏月 露のぼる蘆の若葉に月さえて秋をあらそふ難波江の浦 池上夏月といふことを かげさえて月しも殊にすみぬれば夏の池にもつららゐにけり 三五〇 泉にむかひて月をみるといふことを むすびあぐる泉にすめる月かげは手にもとられぬ鏡なりけり むすぶ手に涼しきかげをそふるかな清水にやどる夏の夜の月 撫子 かき分けて折れば露こそこぼれけれ淺茅にまじる撫子の花 雨中撫子といふことを 露おもみそのの撫子いかならむ荒らく見えつる夕立のそら 撫子のませに、瓜のつるのはひかかりたりけるに、小さき瓜どものなりたりけるを見て、人の歌よめと申せば 撫子のませにぞはへるあこだ瓜おなじつらなる名を慕ひつつ 照射 ともしするほぐしの松もかへなくにしかめあはせで明す夏の夜 夏野の草をよみける みまくさに原の小薄しがふとてふしどあせぬとしか思ふらむ 旅行草深といふことを たび人の分くる夏野の草しげみ葉末にすげの小笠はづれて 行旅夏といふことを 雲雀あがるおほ野の茅原夏くれば凉む木かげをねがひてぞ行く 題しらず くれなゐの色なりながら蓼の穗のからしや人のめにもたてぬは 三六〇 蓬生のさることなれや庭の面にからすあふぎのなぞしげるらむ 山がつの折かけ垣のひまこえてとなりにも咲く夕がほの花 あさでほす賤がはつ木をたよりにてまとはれて咲く夕がほの花 夏の夜の月みることやなかるらむかやり火たつる賤の伏屋は 蓮池にみてりといふことを おのづから月やどるべきひまもなく池に蓮の花咲きにけり となりの泉 風をのみ花なきやどは待ち待ちて泉のすゑを又むすぶかな 題しらず 君がすむきしの岩より出づる水の絶えぬ末をぞ人も汲みける 水邊納凉といふことを、北白河にてよみける 水の音にあつさ忘るるまとゐかな梢のせみの聲もまぎれて 木陰納凉といふことを人々よみけるに けふもまた松の風ふく岡へゆかむ昨日すずみし友にあふやと 題不知 夏山の夕下風のすずしさにならの木かげのたたまうきかな 三七〇 道の邊の清水ながるる柳蔭しばしとてこそ立ちとまりつれ よられつる野もせの草のかげろひて凉しくくもる夕立の空 なみたてる川原柳の青みどり凉しくわたる岸の夕風 柳はら河風ふかぬかげならばあつくやせみの聲にならまし ひさぎ生ひて凉めとなれるかげなれや波打つ岸に風わたりつつ 凉風如秋 まだきより身にしむ風のけしきかな秋さきだつるみ山ベの里 松風如秋といふことを、北白河なる所にて人々よみて、また水聲秋ありといふことをかさねけるに 松風の音のみなにか石ばしる水にも秋はありけるものを 山家待秋といふことを 山里はそとものまくず葉をしげみうら吹きかへす秋を待つかな 題しらず 荒にける澤田のあぜにくらら生ひて秋待つべくもなきわたりかな つたひくるかけひを絶ずまかすれば山田は水も思はざりけり 山里のはじめの秋といふことを さまざまのあはれをこめて梢ふく風に秋しるみ山べのさと 山居のはじめの秋といふことを 秋たつと人は告げねど知られけり山のすそ野の風のけしきに 初秋の頃、なるをと申す所にて、松風の音を聞きて つねよりも秋になるをの松風はわきて身にしむ心地こそすれ 題しらず すがるふすこぐれが下の葛まきを吹きうらがへす秋の初風 おしなべてものを思はぬ人にさへ心をつくる秋のはつ風 ときはの里にて初秋月といふことを人々よみけるに 秋立つと思ふに空もただならでわれて光を分けむ三日月 七夕 いそぎ起きて庭の小草の露ふまむやさしき數に人や思ふと 暮れぬめり今日まちつけて棚機は嬉しきにもや露こぼるらむ 天の河けふの七日は長き世のためしにもひくいみもしつべし 三九〇 ふねよする天の川べの夕ぐれは凉しき風や吹きわたるらむ 待ちつけて嬉しかるらむたなばたの心のうちぞ空に知らるる 棚機のながき思ひもくるしきにこの瀬をかぎれ天の川なみ 蜘蛛のいかきたるを見て ささがにのくもでにかけて引く糸やけふ棚機にかささぎの橋 秋の歌に露をよむとて おほかたの露には何のなるならむ袂におくは涙なりけり 題しらず いそのかみ古きすみかへ分け入れば庭のあさぢに露ぞこぼるる 小笹原葉ずゑの露の玉に似てはしなき山を行く心地する 萩 思ふにも過ぎてあはれにきこゆるは萩の葉みだる秋の夕風 萩の風露をはらふ をじか伏す萩咲く野邊の夕露をしばしもためぬ萩の上風 隣の夕べの萩の風 あたりまであはれ知れともいひがほに萩の音する秋の夕風 四〇〇 題しらず おしなべて木草の末の原までもなびきて秋のあはれ見えける 野萩似錦といふことを 今日ぞ知るその江にあらふ唐錦萩さく野邊にありけるものを 萩野にみてり 咲きそはん所の野邊にあらばやは萩より外の花も見るべく 萩野の家にみてりといふことを 分けて出づる庭しもやがて野邊なれば萩のさかりをわが物にみる 題しらず いはれ野の萩が絶間のひまひまにこの手がしはの花咲きにけり 衣手にうつりし花の色なれや袖ほころぶる萩が花ずり 終日野の花を見るといふことを 亂れ咲く野邊の萩原分け暮れて露にも袖を染めてけるかな 秋風 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原 野徑秋風 末は吹く風は野もせにわたるともあらくは分けじ萩の下露 女郎花 をみなへし分けつる袖と思はばやおなじ露にもぬると知れれば 四一〇 女郎花色めく野邊にふれはらふ袂に露やこぼれかかると 水邊女郎花といふことを 池の面にかげをさやかにうつしもて水かがみ見る女郎花かな たぐひなき花のすがたを女郎花池のかがみにうつしてぞ見る 女郎花水に近しといふことを をみなへし池のさ波に枝ひぢて物思ふ袖のぬるるがほなる 女郎花帶露といふことを 花の枝に露のしら玉ぬきかけて祈る袖ぬらす女郎花かな 折らぬより袖ぞぬれける女郎花露むすぼれて立てるけしきに 草花露重 けさみれば露のすがるに折れふして起きもあがらぬ女郎花かな 大方の野邊の露にはしをるれど我が涙なきをみなへしかな 草花時を得たりといふことを 糸すすきぬはれて鹿の伏す野べにほころびやすき藤袴かな 霧中草花 穗に出づるみ山が裾のむら薄まがきにこめてかこふ秋霧 四二〇 行路草花 折らで行く袖にも露ぞこぼれける萩の葉しげき野邊の細道 草花道をさへぎるといふことを ゆふ露をはらへば袖に玉消えて道分けかぬる小野の萩原 忍西入道、西山の麓に住みけるに、秋の花いかにおもしろからんとゆかしうと申し遣しける返亊に、いろいろの花を折りあつめて 鹿の音や心ならねばとまるらんさらでは野邊をみな見するかな かへし 鹿の立つ野邊の錦のきりはしは殘り多かる心地こそすれ 草花をよみける しげり行く芝の下草おはれ出て招くや誰をしたふなるらむ 題しらず 月のためみさびすゑじと思ひしにみどりにもしく池の浮草 うつり行く色をばしらず言の葉の名さへあだなる露草の花 薄路にあたりて繁しといふことを 花すすき心あてにぞ分けて行くほの見し道のあとしなければ 古籬苅萱 籬あれて薄ならねどかるかやも繁き野邊とはなりけるものを 人々秋の歌十首よみけるに 玉にぬく露はこぼれてむさし野の草の葉むすぶ秋の初風 四四〇 おぼつかな秋はいかなる故のあればすずろに物の悲しかるらむ 何ごとをいかに思ふとなけれども袂かわかぬ秋の夕ぐれ なにとなくものがなしくぞ見え渡る鳥羽田の面の秋の夕暮 堪へぬ身にあはれおもふもくるしきに秋の來ざらむ山里もがな 雲かかる遠山ばたの秋されば思ひやるだにかなしきものを 山里に人々まかりて秋の歌よみけるに 山里の外面の岡の高き木にそぞろがましき秋の蝉かな 田家秋夕 ながむれば袖にも露ぞこぼれける外面の小田の秋の夕暮 吹き過ぐる風さへことに身にぞしむ山田の庵の秋の夕ぐれ 題しらず 風の音に物思ふ我が色そめて身にしみわたる秋の夕暮 野の家の秋の夜 ねざめつつ長き夜かなといはれ野に幾秋までも我が身へぬらむ 四七〇 雨中虫 かべに生ふる小草にわぶる蛬しぐるる庭の露いとふらし 田家に虫を聞く こ萩咲く山田のくろの虫の音に庵もる人や袖ぬらすらむ 夕の道の虫といふことを うち具する人なき道の夕されば聲立ておくるくつわ虫かな もの心ぼそう哀なる折しも、庵の枕ちかう虫の音きこえければ その折の蓬がもとの枕にもかくこそ虫の音にはむつれめ 年ごろ申されたる人の、伏見に住むと聞きて尋ねまかりたりけるに、庭の道も見えず繁りて虫なきければ 分けて入る袖にあはれをかけよとて露けき庭に虫さへぞ鳴く 秋の末に松虫の鳴くを聞きて さらぬだに聲よわりにし松虫の秋のすゑには聞きもわかれず 限あればかれ行く野邊はいかがせむ虫の音のこせ秋の山ざと 十月初つかた山里にまかりたりけるに、蛬の聲のわづかにしければよみける 霜うずむ葎が下のきりぎりすあるかなきかに聲きこゆなり 朝に初雁を聞く よこ雲の風にわかるる東明に山とびこゆる初雁のこゑ 船中初雁 沖かけて八重の潮路を行く船はほのかにぞ聞く初雁のこゑ 四八〇 夜に入りて雁をきく からす羽にかく玉づさのここちして雁なき渡る夕やみの空 雁聲遠を 白雲を翅にかけて行く雁の門田のおもの友したふなり 霧中雁 玉づさのつづきは見えで雁がねの聲こそ霧にけたれざりけれ 霧上雁 空色のこなたをうらに立つ霧のおもてに雁のかくる玉章 題しらず つらなりて風に亂れて鳴く雁のしどろに聲のきこゆなるかな 秋ものへまかりける道にて 心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ澤の秋の夕ぐれ 曉の鹿 夜を殘す寢ざめに聞くぞあはれなる夢野の鹿もかくや鳴きけむ 夕暮に鹿をきく 篠原や霧にまがひて鳴く鹿の聲かすかなる秋の夕ぐれ 田の庵の鹿 小山田の庵近く鳴く鹿の音におどろかされておどろかすかな 幽居に鹿をきく 隣ゐぬ畑の假屋に明かす夜はしか哀なるものにぞありける 四九〇 人を尋ねて小野にまかりけるに、鹿の鳴きければ 鹿の音を聞くにつけても住む人の心しらるる小野の山里 小倉の麓に住み侍りけるに、鹿の鳴きけるを聞きて をじか鳴く小倉の山の裾ちかみただひとりすむ我が心かな 鹿 しだり咲く萩のふる枝に風かけてすがひすがひにを鹿なくなり 萩が枝の露ためず吹く秋風にをじか鳴くなり宮城野の原 よもすがら妻こひかねて鳴く鹿の涙や野邊のつゆとなるらむ さらぬだに秋は物のみかなしきを涙もよほすさをしかの聲 山おろしに鹿の音たぐふ夕暮を物がなしとはいふにやあるらむ しかもわぶ空のけしきもしぐるめり悲しかれともなれる秋かな 何となく住ままほしくぞおもほゆる鹿のね絶えぬ秋の山里 霧 鶉 ( うずら )なく折にしなれば霧こめてあはれさびしき深草の里 五〇〇 霧行客をへだつ 名殘多みむつごとつきで歸り行く人をば霧も立ちへだてけり 山家霧 立ちこむる霧の下にも埋もれて心はれせぬみ山べの里 夜をこめて竹のあみ戸に立つ霧の晴ればやがてや明けむとすらむ 題しらず 晴れがたき山路の雲に埋もれて苔の袂は霧くちにけり 寂然高野にまうでて、立ち歸りて大原より遣しける へだて來しその年月もあるものを名殘多かる嶺の朝霧 かへし したはれし名殘をこそはながめつれ立ち歸りにし嶺の朝ぎり 下野武藏のさかひ川に、舟わたりをしけるに、霧深かりければ 霧ふかき古河のわたりのわたし守岸の船つき思ひさだめよ 松の絶間よりわづかに月のかげろひて見えけるを見て かげうすみ松の絶間をもり來つつ心ぼそくや三日月の空 入日影かくれけるままに、月の窓にさし入りければ さしきつる窓の入日をあらためて光をかふる夕月夜かな 久しく月を待つといふことを 出でながら雲にかくるる月かげをかさねて待つや二むらの山 五一〇 雲間に月を待つといふことを 秋の月いさよふ山の端のみかは雲の絶間に待たれやはせぬ 閑に月を待つといふことを 月ならでさし入るかげもなきままに暮るる嬉しき秋の山里 八月十五日夜 山の端を出づる宵よりしるきかなこよひ知らする秋の夜の月 かぞへねど今宵の月のけしきにて秋の半を空に知るかな 天の川名にながれたるかひありて今宵の月はことにすみけり さやかなる影にてしるし秋の月 十夜 とよ にあまれる五日なりけり うちつけに又こむ秋のこよひまで月ゆゑ惜しくなる命かな 秋はただこよひ一夜の名なりけりおなじ雲井に月はすめども 思ひせぬ十五の年もあるものをこよひの月のかからましかば くもれる十五夜を 月みればかげなく雲につゝまれて今夜ならずば闇にみえまし 五二〇 終夜月をみる 誰きなむ月の光に誘はれてと思ふに夜半の明けにけるかな 霧月を隔つといふことを 立田山月すむ嶺のかひぞなきふもとに霧の晴れぬかぎりは 名所の月といふことを 清見潟おきの岩こすしら波に光をかはす秋の夜の月 なべてなき所の名をや惜しむらむ明石はわきて月のさやけき 月瀧を照らすといふことを 雲消ゆる那智の高峯に月たけて光をぬける瀧のしら糸 月池の氷に似たりといふことを 水なくて氷りぞしたるかつまたの池あらたむる秋の夜の月 池上の月といふことを みさびゐぬ池のおもての清ければ宿れる月もめやすかりけり 同じこころを遍昭寺にて人々よみけるに やどしもつ月の光の大澤はいかにいづこもひろ澤の池 池にすむ月にかかれる浮雲は拂ひのこせるみさびなりけり 海邊月 清見潟月すむ夜半のうき雲は富士の高嶺の烟なりけり 五三〇 海邊明月 難波がた月の光にうらさえて波のおもてに氷をぞしく 遠く修行し侍りけるに、象潟と申所にて 松島や雄島の磯も何ならずただきさがたの秋の夜の月 月前草花 月の色を花にかさねて女郎花うは裳のしたに露をかけたる 宵のまの露にしをれてをみなへし有明の月の影にたはるる 月前野花 花の色を影にうつせば秋の夜の月ぞ野守のかがみなりける 月照野花といふことを 月なくば暮るれば宿へ歸らまし野べには花のさかりなりとも 月前萩 月すむと萩植ゑざらむ宿ならばあはれすくなき秋にやあらまし 月前女郎花 庭さゆる月なりけりなをみなへし霜にあひぬる花と見たれば 月前薄 をしむ夜の月にならひて有明のいらぬをまねく花薄かな 五四〇 花すすき月の光にまがはまし深きますほの色にそめずば 月前紅葉 木の間もる有明の月のさやけきに紅葉をそへて詠めつるかな 月前鹿 たぐひなき心地こそすれ秋の夜の月すむ嶺のさを鹿の聲 月前虫 月のすむ淺茅にすだくきりぎりす露のおくにや秋を知るらむ 露ながらこぼさで折らむ月影にこ萩がえだの松虫のこゑ 田家月 夕露の玉しく小田の稻むしろかへす穗末に月ぞ宿れる 題しらず わづらはで月にはよるも通ひけり隣へつたふあぜの細道 松の木の間よりわづかに月のかげろひけるを見て、月をいただきて道を行くといふことを 汲みてこそ心すむらめ賤の女がいただく水にやどる月影 旅宿の月を思ふといふことを 月は猶よなよな毎にやどるべし我がむすび置く草のいほりに 旅宿の月といへるこころをよめる あはれしる人見たらばと思ふかな旅寐の床にやどる月影 月やどるおなじうきねの波にしも袖しぼるべき契ありけり 五五〇 都にて月をあはれと思ひしは數より外のすさびなりけり 月前に遠くのぞむといふことを くまもなき月の光にさそはれて幾雲井まで行く心ぞも 月前に友に逢ふといふことを 嬉しきは君にあふべき契ありて月に心の誘はれにけり 遙かなる所にこもりて、都なりける人のもとへ、月のころ遣しける 月のみやうはの空なるかたみにて思ひも出でば心通はむ 人々住吉にまゐりて月を翫びけるに 片そぎの行あはぬ間よりもる月やさして御袖の霜におくらむ 波にやどる月を汀にゆりよせて鏡にかくるすみよしの岸 春日にまゐりたりけるに、常よりも月あかくあはれなりければ ふりさけし人の心ぞ知られける今宵三笠の山をながめて 月寺のほとりに明らかなり 晝とみる月にあくるを知らましや時つく鐘の音なかりせば 月前に古へをおもふ いにしへを何につけてか思ひ出でむ月さへかはる世ならましかば 伊勢にて、菩提山上人、對月述懷し侍りしに めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になり行くむつび忘るな 〇五六〇 月に寄せておもひを述べけるに 世の中のうきをも知らですむ月のかげは我が身の心地こそすれ よの中はくもりはてぬる月なれやさりともと見し影も待たれず いとふ世も月すむ秋になりぬれば長らへずばと思ふなるかな さらぬだにうかれて物を思ふ身の心をさそふ秋の夜の月 捨てていにし憂世に月のすまであれなさらば心のとまらざらまし あながちに山にのみすむ心かな誰かは月の入るを惜しまぬ 月前述懷 月を見ていづれの年の秋までかこの世に我か契あるらむ 題しらず こむ世にもかかる月をし見るべくは命を惜しむ人なからまし この世にて詠めなれぬる月なれば迷はむ闇も照らさざらめや 月 秋の夜の空に出づてふ名のみして影ほのかなる夕月夜かな 〇六六〇 はなれたるしらゝの濱の沖の石をくだかで洗ふ月の白浪 思ひとけば千里のかげも數ならずいたらぬくまも月はあらせじ 大かたの秋をば月につつませて吹きほころばす風の音かな 何亊か此世にへたる思ひ出を問へかし人に月ををしへむ 思ひしるを世には隈なきかげならず我がめにくもる月の光は うきことも思ひとほさじおしかへし月のすみける久方の空 月の夜や友とをなりていづくにも人しらざらむ栖をしへよ 八月、月の頃夜ふけて北白河へまかりける、よしある樣なる家の侍りけるに、琴の音のしければ、立ちとまりてききけり。 折あはれに秋風樂と申す樂なりけり。 庭を見入れければ、淺茅の露に月のやどれるけしき、あはれなり。 垣にそひたる萩の風身にしむらんとおぼえて、申し入れて通りけり 秋風のことに身にしむ今宵かな月さへすめる宿のけしきに 九月十三夜 こよひはと所えがほにすむ月の光もてなす菊の白露 雲消えし秋のなかばの空よりも月は今宵ぞ名におへりける 〇六七〇 後九月、月を翫ぶといふことを 月みれば秋くははれる年はまたあかぬ心もそふにぞありける 獨聞擣衣 ひとりねの夜寒になるにかさねばや誰がためにうつ衣なるらむ 隔里擣衣 さよ衣いづこの里にうつならむ遠くきこゆるつちの音かな 菊 いく秋に我があひぬらむ長月のここぬかにつむ八重の白菊 秋ふかみならぶ花なき菊なれば所を霜のおけとこそ思へ 月前菊 ませなくば何をしるしに思はまし月もまがよふ白菊の花 京極太政大臣、中納言と申しける折、菊をおびただしきほどにしたてて、鳥羽院にまゐらせ給ひたりける、鳥羽の南殿の東おもてのつぼに、所なきほどに植ゑさせ給ひけり。 公重少將、人々すすめて菊もてなさせけるに、くははるべきよしあれば 君が住むやどのつぼには菊ぞかざる仙の宮といふべかるらむ 高野より出でたりけると、覺堅阿闍梨きかぬさまなりければ、菊をつかはすとて 汲みてなど心かよはばとはざらむ出でたるものを菊の下水 かへし 谷ふかく住むかと思ひてとはぬ間に恨をむすぶ菊の下水 題しらず いつよはる紅葉の色は染むべきと時雨にくもる空にとはばや 〇六八〇 紅葉未遍といふことを いとゝ山時雨に色を染めさせてかつがつ織れる錦なりけり 山家紅葉 染めてけりもみぢの色のくれなゐをしぐると見えしみ山べの里 霧中紅葉 錦はる秋の梢をみせぬかな隔つる霧のやどをつくりて 紅葉色深といふことを 限あればいかがは色もまさるべきをあかずしぐるゝ小倉山かな もみぢ葉の散らで時雨の日數へばいかばかりなる色かあらまし いやしかりける家に、蔦のもみぢ面白かりけるを見て 思はずよよしある賤のすみかかな蔦のもみぢを軒にははせて 寂蓮高野にまうでて、深き山の紅葉といふことをよみける さまざまに錦ありけるみ山かな花見し嶺を時雨そめつつ 題しらず 秋の色は風ぞ野もせにしきりたす時雨は音を袂にぞきく しぐれそむる花ぞの山に秋くれて錦の色もあらたむるかな 秋の末に法輪寺にこもりてよめる 大井河ゐせぎによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる 〇七〇〇 時雨 初時雨あはれ知らせて過ぎぬなり音に心の色をそめにし 月をまつ高嶺の雲は晴れにけり心ありけるはつ時雨かな 立田やま時雨しぬべく曇る空に心の色をそめはじめつる 秋しのや外山の里や時雨るらむ生駒のたけに雲のかかれる 時雨の歌よみけるに 東屋のあまりにもふる時雨かな誰かは知らぬ神無月とは 山家時雨 宿かこふははその柴の色をさへしたひて染むる初時雨かな 閑中時雨といふことを おのづから音する人もなかりけり山めぐりする時雨ならでは 題しらず ねざめする人の心をわびしめてしぐるる音は悲しかりけり 落葉 嵐はく庭の落葉のをしきかなまことのちりになりぬと思へば 曉落葉 時雨かとねざめの床にきこゆるは嵐に堪へぬ木の葉なりけり 〇七一〇 月前落葉 山おろしの月に木葉を吹きかけて光にまがふ影をみるかな 瀧上落葉 こがらしに峯の紅葉やたぐふらむ村濃にみゆる瀧の白糸 水上落葉 立田姫染めし梢のちるをりはくれなゐあらふ山川のみづ 落葉網代にとどまる 紅葉よるあじろの布の色染めてひをくるるとは見ゆるなりけり 草花野路落葉 もみぢちる野原を分けて行く人は花ならぬまで錦きるべし 山家落葉 道もなし宿は木の葉に埋もれぬまだきせさする冬ごもりかな 木葉ちれば月に心ぞあくがるるみ山がくれにすまむと思ふに 題しらず 神無月木葉の落つるたびごとに心うかるるみ山べの里 冬の歌よみけるに 難波江の入江の蘆に霜さえて浦風寒きあさぼらけかな 玉かけし花のかつらもおとろへて霜をいただく女郎花かな 〇七二〇 題しらず 津の國の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風わたるなり 水邊寒草 霜にあひて色あらたむる蘆の穗の寂しくみゆる難波江の浦 枯野の草をよめる 分けかねし袖に露をばとめ置きて霜に朽ちぬる眞野の萩原 霜かづく枯野の草は寂しきにいづくは人の心とむらむ 霜がれてもろくくだくる荻の葉を荒らく吹くなる風の色かな 山家枯草といふ亊を、覺雅僧都の坊にて人々詠けるに かきこめし裾野の薄霜がれてさびしさまさる柴の庵かな 野の邊りの枯れたる草といふことを、双林寺にてよみけるに さまざまに花咲きたりと見し野邊の同じ色にも霜がれにけり 氷留山水 岩間せく木葉わけこし山水をつゆ洩らさぬは氷なりけり 瀧上氷 水上に水や氷をむすぶらんくるとも見えぬ瀧の白糸 氷筏をとづといふことを 氷わる筏のさをのたゆるればもちやこさましほつの山越 〇七三〇 世をのがれて鞍馬の奧に侍りけるに、かけひの氷りて水までこざりけるに、春になるまではかく侍るなりと申しけるを聞きてよめる わりなしやこほるかけひの水ゆゑに思ひ捨ててし春の待たるる 川氷 川わたにおのおのつくるふし柴をひとつにくさるあさ氷かな 千鳥 淡路がた磯わのちどり聲しげしせとの鹽風冴えまさる夜は あはぢ潟せとの汐干の夕ぐれに須磨よりかよふ千鳥なくなり さゆれども心やすくぞ聞きあかす河瀬のちどり友ぐしてけり 霜さえて汀ふけ行く浦風を思ひしりげに鳴く千鳥かな やせわたる湊の風に月ふけて汐ひる方に千鳥鳴くなり 題しらず 千鳥なく繪嶋の浦にすむ月を波にうつして見る今宵かな 風さむみいせの濱荻分けゆけば衣かりがね浪に鳴くなり 冬月 秋すぎて庭のよもぎの末見れば月も昔になるここちする 〇七四〇 さびしさは秋見し空にかはりけり枯野をてらす有明の月 小倉山ふもとの里に木葉ちれば梢にはるる月を見るかな 槇の屋の時雨の音を聞く袖に月ももり來てやどりぬるかな 月枯れたる草を照らす 花におく露にやどりし影よりも枯野の月はあはれなりけり 氷しく沼の蘆原かぜ冴えて月も光ぞさびしかりける 靜なる夜の冬の月 霜さゆる庭の木葉をふみ分けて月は見るやと訪ふ人もがな 庭上冬月といふことを 冴ゆと見えて冬深くなる月影は水なき庭に氷をぞ敷く 山家冬月 冬枯のすさまじげなる山里に月のすむこそあはれなりけれ 月出づる嶺の木葉もちりはてて麓の里は嬉しかるらむ 舟中霰 せと渡るたななし小舟心せよ霰みだるるしまきよこぎる 〇七五〇 深山霰 杣人のまきのかり屋の下ぶしに音するものは霰なりけり 櫻木に霰のたばしるを見て ただは落ちで枝をつたへる霰かなつぼめる花の散るここちして 題しらず 音もせで岩間たばしる霰こそ蓬の宿の友になりけれ 霰にぞものめかしくはきこえける枯れたるならの柴の落葉は 冬の歌よみける中に 山ざくら初雪ふれば咲きにけり吉野はさとに冬ごもれども 題しらず 山櫻おもひよそへてながむれば木ごとの花は雪まさりけり しの原や三上の嶽を見渡せば一夜の程に雪は降りけり 夜初雪 月出づる軒にもあらぬ山の端のしらむもしるし夜はの白雪 庭雪似月 木の間もる月の影とも見ゆるかなはだらにふれる庭の白雪 枯野に雪のふりたるを 枯れはつるかやがうは葉に降る雪は更に尾花の心地こそすれ 〇七六〇 雪道を埋む 降る雪にしをりし柴も埋もれて思はぬ山に冬ごもりする 雪埋竹といふことを 雪埋むそのの呉竹折れふしてねぐら求むるむら雀かな 仁和寺の御室にて、山家閑居見雪といふことをよませ給ひけるに 降りつもる雪を友にて春までは日を送るべきみ山べの里 山居雪といふことを 年の内はとふ人更にあらじかし雪も山路も深き住家を 雪朝待人といふことを わがやどに庭より外の道もがな訪ひこむ人の跡つけで見む 雪朝會友といふことを 跡とむる駒の行方はさもあらばあれ嬉しく君にゆきも逢ひぬる 雪の朝、靈山と申す所にて眺望を人々よみけるに たけのぼる朝日の影のさすままに都の雪は消えみ消えずみ 社頭雪 玉がきはあけも緑も埋もれて雪おもしろき松の尾の山 加茂の臨時の祭かへり立の御神樂、土御門内裏にて侍りけるに、竹のつぼに雪のふりたりけるを見て うらがへすをみの衣と見ゆるかな竹のうら葉にふれる白雪 雪の歌どもよみけるに 何となくくるゝ雫の音までも山邊は雪ぞあはれなりける 〇七九〇 寂然入道大原に住みけるに遣しける 大原は比良の高嶺の近ければ雪ふるほどを思ひこそやれ かへし 思へただ都にてだに袖さえしひらの高嶺の雪のけしきは 秋の頃高野へまゐるべきよしたのめて、まゐらざりける人のもとへ、雪ふりてのち申し遣しける 雪深くうづめてけりな君くやと紅葉の錦しきし山路を 雪に庵うづもれて、せんかたなく面白かりけり。 今も來らばとよみけむことを思ひ出でて見けるほどに、鹿の分けて通りけるを見て 人こばと思ひて雪をみる程にしか跡つくることもありけり 冬の歌十首よみけるに 花もかれもみぢも散らぬ山里はさびしさを又とふ人もがな ひとりすむ片山かげの友なれや嵐にはるる冬の夜の月 津の國の芦の丸屋のさびしさは冬こそわきて訪ふべかりけれ さゆる夜はよその空にぞをしも鳴くこほりにけりなこやの池水 よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく さえ渡る浦風いかに寒からむ千鳥むれゐるゆふさきの浦 〇八〇〇 山里は時雨しころのさびしきにあられの音は漸まさりける 風さえてよすればやがて氷りつつかへる波なき志賀の唐崎 よしの山麓にふらぬ雪ならば花かと見てや尋ね入らまし 宿ごとにさびしからじとはげむべし煙こめたる小野の山里 鷹狩 あはせたる木ゐのはし鷹をきとらし犬かひ人の聲しきるなり 雪中鷹狩 かきくらす雪にきぎすは見えねども羽音に鈴をたぐへてぞやる 降る雪にとだちも見えず埋もれてとり所なきみかり野の原 月前炭竈といへることを 限あらむ雲こそあらめ炭がまの烟に月のすすけぬるかな 山里に冬深しといふことを とふ人も初雪をこそ分けこしか道とぢてけりみ山邊のさと 山里の冬といふことを人々よみけるに 玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしくみゆるふゆの山里 〇八一〇 冬の歌よみける中に さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべん冬の山ざと 題しらず 柴かこふいほりのうちは旅だちてすとほる風もとまらざりけり 谷風は戸を吹きあけて入るものをなにと嵐の窓たたくらむ 身にしみし荻の音にはかはれども柴吹く風もあはれなりけり 寒夜旅宿 旅寐する草のまくらに霜さえて有明の月の影ぞまたるる 山家歳暮 あたらしき柴のあみ戸をたちかへて年のあくるを待ちわたるかな 東山にて人々年の暮に思ひをのべけるに 年暮れしそのいとなみは忘られてあらぬさまなるいそぎをぞする 年の暮に、あがたより都なる人のもとへ申しつかはしける おしなべて同じ月日の過ぎ行けば都もかくや年は暮れぬる 山里に家ゐをせずば見ましやは紅ふかき秋のこずゑを 歳暮に人のもとへつかはしける おのづからいはぬをしたふ人やあるとやすらふ程に年の暮れぬる 離別歌 あひ知りたりける人の、みちのくにへまかりけるに、別の歌よむとて 君いなば月待つとてもながめやらむあづまのかたの夕暮の空 年頃申しなれたりける人に、遠く修行するよし申してまかりたりける、名殘おほくて立ちけるに、紅葉のしたりけるを見せまほしくて侍りつるかひなく、いかに、と申しければ、木のもとに立ちよりてよみける 心をば深きもみぢの色にそめて別れて行くやちるになるらむ 遠く修行に思ひ立ち侍りけるに、遠行別といふことを人々まで來てよみ侍りしに 程ふれば同じ都のうちだにもおぼつかなさはとはまほしきに 年ひさしく相頼みたりける同行にはなれて、遠く修行して歸らずもやと思ひけるに、何となくあはれにてよみける さだめなしいくとせ君になれなれて別をけふは思ふなるらむ 遠く修行することありけるに、菩薩院の前の齋宮にまゐりたりけるに、人々別の歌つかうまつりけるに さりともと猶あふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は 同じ折、つぼの櫻の散りけるを見て、かくなむおぼえ侍ると申しける 此春は君に別のをしきかな花のゆくへは思ひわすれて かへしせよと承りて、扇にかきてさし出でける 女房六角局 君がいなんかたみにすべき櫻さへ名殘あらせず風さそふなり 〇八三〇 見しままにすがたも影もかはらねば月ぞ都のかたみなりける 天王寺へまゐりけるに、片野など申すわたり過ぎて、見はるかされたる所の侍りけるを問ひければ、天の川と申すを聞きて、宿からむといひけむこと思ひ出だされてよみける あくがれしあまのがはらと聞くからにむかしの波の袖にかかれる 天王寺にまゐりけるに、雨のふりければ、江口と申す所に宿を借りけるに、かさざりければ 世の中をいとふまでこそかたからめかりのやどりを惜しむ君かな かへし 家を出づる人とし聞けばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ 天王寺へまゐりたりけるに、松に鷺の居たりけるを、月の光に見て 庭よりも鷺居る松のこずゑにぞ雪はつもれる夏のよの月 天王寺へまゐりて、龜井の水を見てよめる あさからぬ契の程ぞくまれぬる龜井の水に影うつしつつ 六波羅太政入道、持經者千人あつめて、津の國わたと申す所にて供養侍りける、やがてそのついでに萬燈會しけり。 夜更くるままに灯の消えけるを、おのおのともしつきけるを見て、 消えぬべき法の光のともし火をかかぐるわたのみさきなりけり 明石に人を待ちて日數へにけるに 何となく都のかたと聞く空はむつまじくてぞながめられぬる 播磨書寫へまゐるとて、野中の清水を見けること、一むかしになりにける、年へて後修行すとて通りけるに、同じさまにてかはらざりければ 昔見し野中の清水かはらねば我が影をもや思ひ出づらむ 四國のかたへ具してまかりたりける同行の、都へ歸りけるに かへり行く人の心を思ふにもはなれがたきは都なりけり 〇八四〇 ひとり見おきて歸りまかりなんずるこそあはれに、いつか都へは歸るべきなど申しければ 柴の庵のしばし都へかへらじと思はむだにもあはれなるべし 旅の歌よみけるに くさまくら旅なる袖におく露を都の人や夢にみるらむ きこえつる都へだつる山さへにはては霞にきえにけるかな わたの原はるかに波を隔てきて都に出でし月をみるかな わたの原波にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ 讚岐の國へまかりて、みの津と申す津につきて、月のあかくて、ひゞのてもかよはぬほどに遠く見えわたりけるに、水鳥のひゞのてにつきて飛びわたりけるを しきわたす月の氷をうたがひてひゞのてまはる味のむら鳥 いかで我心の雲にちりすべき見るかひありて月を詠めむ 詠めをりて月の影にぞ夜をば見るすむもすまぬもさなりけりとは 雲はれて身に愁なき人のみぞさやかに月の影はみるべき さのみやは袂に影を宿すべきよわし心に月な眺めそ 〇八五〇 月にはぢてさし出でられぬ心かな詠むる袖に影のやどれば 心をば見る人ごとにくるしめて何かは月のとりどころなる 露けさはうき身の袖のくせなるを月見るとがにおほせつるかな 詠めきて月いかばかりしのばれむ此の世し雲の外になりなば いつかわれこの世の空を隔たらむあはれあはれと月を思ひて 讚岐にまうでて、松山と申す所に、院おはしましけむ御跡尋ねけれども、かたもなかりければ 松山の波に流れてこし舟のやがてむなしくなりにけるかな まつ山の波のけしきはかはらじをかたなく君はなりましにけり 白峰と申す所に、御墓の侍りけるにまゐりて よしや君昔の玉の床とてもかゝらむ後は何にかはせむ 同じ國に、大師のおはしましける御あたりの山に庵むすびて住みけるに、月いとあかくて、海の方くもりなく見え侍りければ くもりなき山にて海の月みれば島ぞ氷の絶間なりける 住みけるままに、庵いとあはれに覺えて 今よりは厭はじ命あればこそかかるすまひのあはれをもしれ 〇八六〇 庵のまへに松のたてりけるを見て 久にへて我が後の世をとへよ松跡したふべき人もなき身ぞ ここを又我が住みうくてうかれなば松はひとりにならむとすらむ 雪のふりけるに 松の下は雪ふる折の色なれやみな白妙に見ゆる山路に 雪つみて木も分かず咲く花なればときはの松も見えぬなりけり 花とみる梢の雪に月さえてたとへむ方もなき心地する まがふ色は梅とのみ見て過ぎ行くに雪の花には香ぞなかりける 折しもあれ嬉しく雪の埋むかなきこもりなむと思ふ山路を なかなかに谷の細道うづめ雪ありとて人の通ふべきかは 谷の庵に玉の簾をかけましやすがるたるひの軒をとぢずば 花まゐらせける折しも、をしきに霰のふりかかりければ しきみおくあかのをしきにふちなくば何に霰の玉とまらまし 〇八七〇 大師の生れさせ給ひたる所とて、めぐりしまはして、そのしるしの松のたてりけるを見て あはれなり同じ野山にたてる木のかかるしるしの契ありけり 岩にせくあか井の水のわりなきは心すめともやどる月かな まんだら寺の行道どころへのぼるは、よの大亊にて、手をたてたるやうなり。 大師の御經かきてうづませおはしましたる山の嶺なり。 ばうのそとは、一丈ばかりなるだんつきてたてられたり。 それへ日毎にのぼらせおはしまして、行道しおはしましけると申し傳へたり。 めぐり行道すべきやうに、だんも二重につきまはされたり。 登る程のあやふさ、ことに大亊なり。 かまへて、はひまはりつきて めぐりあはむことの契ぞたのもしききびしき山の誓見るにも やがてそれが上は、大師の御師にあひまゐらせさせおはしましたる嶺なり。 わかはいしさと、その山をば申すなり。 その邊の人はわかいしとぞ申しならひたる。 山もじをばすてて申さず。 また筆の山ともなづけたり。 遠くて見れば筆に似て、まろまろと山の嶺のさきのとがりたるやうなるを申しならはしたるなめり。 行道所より、かまへてかきつき登りて、嶺にまゐりたれば、師に遇はせおはしましたる所のしるしに、塔を建ておはしましたりけり。 塔の石ずゑ、はかりなく大きなり。 高野の大塔ばかりなりける塔の跡と見ゆ。 苔は深くうづみたれども、石おほきにしてあらはに見ゆ。 筆の山と申す名につきて 筆の山にかきのぼりても見つるかな苔の下なる岩のけしきを 善通寺の大師の御影には、そばにさしあげて、大師の御師かき具せられたりき。 大師の御手などもおはしましき。 四の門の額少々われて、大方はたがはずして侍りき。 すゑにこそ、いかゞなりけんずらんと、おぼつかなくおぼえ侍りしか 備前國に小島と申す島に渡りたりけるに、あみと申すものをとる所は、おのおのわれわれしめて、ながきさをに袋をつけてたてわたすなり。 そのさをのたてはじめをば、一のさをとぞ名付けたる。 なかに年高きあま人のたて初むるなり。 たつるとて申すなる詞きき侍りしこそ、涙こぼれて、申すばかりなく覺えてよみける たて初むるあみとる浦の初さをはつみの中にもすぐれたるかな ひゝしぶかはと申す方へまかりて、四國の方へ渡らんとしけるに、風あしくて程へけり。 しぶかはのうらたと申す所に、幼きものどもの、あまた物を拾ひけるを問ひければ、つみと申すもの拾ふなりと申しけるを聞きて おりたちてうらたに拾ふ海人の子はつみよりつみを習ふなりけり まなべと申す島に、京よりあき人どものくだりて、やうやうのつみのものどもあきなひて、又しはくの島に渡りてあきなはんずるよし申しけるを聞きて まなべよりしはくへ通ふあき人はつみをかひにて渡るなりけり 串にさしたる物をあきなひけるを、何ぞと問ひければ、はまぐりを干して侍るなりと申しけるを聞きて 同じくはかきをぞさして干しもすべきはまぐりよりは名もたよりあり うしまどの迫門に、海士の出で入りて、さだえと申すものをとりて、船に入れ入れしけるを見て さだえすむ迫門の岩つぼもとめ出ていそぎし海人の氣色なるかな 沖なる岩につきて、海士どもの鮑とりける所にて 岩のねにかたおもむきに波うきてあはびをかづく海人のむらぎみ 〇八八〇 題しらず 小鯛ひく網のかけ繩よりめぐりうきしわざあるしほさきの浦 霞しく波の初花をりかけてさくら鯛つる沖のあま舟 あま人のいそしく歸るひしきものは小にしはまぐりからなしただみ 磯菜つまんいまおひそむるわかふのりみるめきはさひしきこゝろぶと 西の國のかたへ修行してまかり侍るとて、みつのと申す所にぐしならひたる同行の侍りけるに、したしき者の例ならぬこと侍るとて具せざりければ 山城のみづのみくさにつながれてこまものうげに見ゆるたびかな 西國へ修行してまかりける折、小嶋と申す所に、八幡のいははれ給ひたりけるにこもりたりけり。 年へて又その社を見けるに、松どものふる木になりたりけるを見て 昔みし松は老木になりにけり我がとしへたる程も知られて 志することありて、あきの一宮へ詣でけるに、たかとみの浦と申す所に、風に吹きとめられてほど經けり。 苫ふきたる庵より月のもるを見て 波のおとを心にかけてあかすかな苫もる月の影を友にて まうでつきて、月いとあかくてあはれにおぼえければよみける 諸ともに旅なる空に月も出でてすめばやかげの哀なるらむ 筑紫に、はらかと申すいをの釣をば、十月一日におろすなり。 しはすにひきあげて、京へはのぼせ侍る。 その釣の繩はるかに遠く曳きわたして、通る船のその繩にあたりぬるをばかこちかかりて、がうけがましく申してむつかしく侍るなり。 その心をよめる はらか釣るおほわたさきのうけ繩に心かけつつ過ぎむとぞ思ふ いせじまやいるゝつきてすまうなみにけことおぼゆるいりとりのあま 〇八九〇 磯菜つみて波かけられて過ぎにける鰐の住みける大磯の根を りうもんにまゐるとて 瀬をはやみ宮瀧川を渡り行けば心の底のすむ心地する 承安元年六月一日、院、熊野へ參らせ給ひけるついでに、住吉に御幸ありけり。 修行しまはりて二日かの社に參りたりけるに、住の江あたらしくしたてたりけるを見て、後三條院の御幸、神も思ひ出で給ふらむと覺えてよめる 絶えたりし君が御幸を待ちつけて神いかばかり嬉しかるらむ 松の下枝をあらひけむ浪、いにしへにかはらずやと覺えて 古への松のしづえをあらひけむ波を心にかけてこそ見れ 夏、熊野へまゐりけるに、岩田と申す所にすずみて、下向しける人につけて、京へ同行に侍りける上人のもとへ遣しける 松がねの岩田の岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな かつらぎを尋ね侍りけるに、折にもあらぬ紅葉の見えけるを、何ぞと問ひければ、正木なりと申すを聞きて かつらぎや正木の色は秋に似てよその梢のみどりなるかな 熊野へまゐりけるに、やかみの王子の花面白かりければ、社に書きつける 待ちきつるやかみの櫻咲きにけりあらくおろすなみすの山風 奈智に籠りて、瀧に入堂し侍りけるに、此上に一二の瀧おはします。 それへまゐるなりと申す住僧の侍りけるに、ぐしてまゐりけり。 花や咲きぬらむと尋ねまほしかりける折ふしにて、たよりある心地して分けまゐりたり。 二の瀧のもとへまゐりつきたり。 如意輪の瀧となむ申すと聞きてをがみければ、まことに少しうちかたぶきたるやうに流れくだりて、尊くおぼえけり。 花山院の御庵室の跡の侍りける前に、年ふりたる櫻の木の侍りけるを見て、栖とすればとよませ給ひけむこと思ひ出でられて 木のもとに住みけむ跡をみつるかな那智の高嶺の花を尋ねて 熊野へまゐりけるに、ななこしの嶺の月を見てよみける 立ちのぼる月のあたりに雲消えて光重ぬるななこしの嶺 新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟のさたしける浦人の、黒き髮は一すぢもなかりけるを呼びよせて 年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき 〇九〇〇 黒髮は過ぐると見えし白波をかづきはてたる身には知るあま みたけよりさうの岩屋へまゐりたりけるに、もらぬ岩屋もとありけむ折おもひ出でられて 露もらぬ岩屋も袖はぬれけると聞かずばいかにあやしからまし をざさのとまりと申す所に、露のしげかりければ 分けきつるをざさの露にそぼちつつほしぞわづらふ墨染の袖 大峯のしんせんと申す所にて、月を見てよみける 深き山にすみける月を見ざりせば思ひ出もなき我が身ならまし 嶺の上も同じ月こそてらすらめ所がらなるあはれなるべし 月すめば谷にぞ雲はしづむめる嶺吹きはらふ風にしかれて をばすての嶺と申す所の見渡されて、思ひなしにや、月ことに見えければ をば捨は信濃ならねどいづくにも月すむ嶺の名にこそありけれ こいけ申す 宿 すく にて いかにして梢のひまをもとめえてこいけに今宵月のすむらむ さゝの 宿 すく にて いほりさす草の枕にともなひてささの露にも宿る月かな へいちと申す 宿 すく にて月を見けるに、梢の露の袂にかかりければ 梢なる月もあはれを思ふべし光に具して露のこぼるる 〇九一〇 あづまやと申す所にて、時雨ののち月を見て 神無月時雨はるれば東屋の峰にぞ月はむねとすみける かみなづき谷にぞ雲はしぐるめる月すむ嶺は秋にかはらで ふるやと申す 宿 すく にて 神無月時雨ふるやにすむ月はくもらぬ影もたのまれぬかな 平等院の名かかれたるそとばに、紅葉の散りかかりけるを見て、花より外にとありけむ人ぞかしと、あはれに覺えてよみける あはれとも花みし嶺に名をとめて紅葉ぞ今日はともに散りける ちくさのたけにて 分けて行く色のみならず梢さへちくさのたけは心そみけり ありのとわたりと申す所にて 笹ふかみきりこすくきを朝立ちてなびきわづらふありのとわたり 行者がへり、ちごのとまりにつゞきたる 宿 すく なり。 春の山伏は、屏風だてと申す所をたひらかに過ぎむことをかたく思ひて、行者ちごのとまりにても思ひわづらふなるべし 屏風にや心を立てて思ひけむ行者はかへりちごはとまりぬ 三重の瀧をがみけるに、ことに尊く覺えて、三業の罪もすすがるる心地してければ 身につもることばの罪もあらはれて心すみぬるみかさねの瀧 轉法輪のたけと申す所にて、釋迦の説法の座の石と申す所ををがみて 此處こそは法とかれたる所よと聞くさとりをも得つる今日かな 題しらず 近江路や野ぢの旅人急がなむやすかはらとて遠からぬかは 〇九二〇 世をのがれて伊勢の方へまかりけるに、鈴鹿山にて 鈴鹿山うき世をよそにふりすてていかになり行く我身なるらむ 高野山を住みうかれてのち、伊勢國二見浦の山寺に侍りけるに、太神宮の御山をば神路山と申す、大日の埀跡をおもひて、よみ侍りける ふかく入りて神路のおくを尋ぬれば又うへもなき峰の松かぜ 伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける 榊葉に心をかけんゆふしでて思へば神も佛なりけり 宮ばしらしたつ岩ねにしきたてゝつゆもくもらぬ日の御影かな 神路山にて 神路山月さやかなる誓ひありて天の下をばてらすなりけり 御裳濯川のほとりにて 岩戸あけしあまつみことのそのかみに櫻を誰か植ゑ始めけむ 内宮のかたはらなる山陰に、庵むすびて侍りける頃 ここも又都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名は宇治の里 櫻の御まへにちりつもり、風にたはるゝを 神風に心やすくぞまかせつる櫻の宮の花のさかりを 伊勢の月よみの社に參りて、月を見てよめる さやかなる鷲の高嶺の雲井より影やはらぐる月よみの森 修行して伊勢にまかりたりけるに、月の頃都思ひ出でられてよみける 都にも旅なる月の影をこそおなじ雲井の空に見るらめ 〇九三〇 伊勢のいそのへちのにしきの嶋に、いそわの紅葉のちりけるを 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ 伊勢のたふしと申す嶋には、小石の白のかぎり侍る濱にて、黒は一つもまじらず、むかひて、すが嶋と申すは、黒かぎり侍るなり すが島やたふしの小石わけかへて黒白まぜよ浦の濱風 さぎじまのごいしの白をたか浪のたふしの濱に打寄せてける からすざきの濱のこいしと思ふかな白もまじらぬすが嶋の黒 あはせばやさぎを烏と碁をうたばたふしすがしま黒白の濱 伊勢の二見の浦に、さるやうなる 女 め の童どものあつまりて、わざとのこととおぼしく、はまぐりをとりあつめけるを、いふかひなきあま人こそあらめ、うたてきことなりと申しければ、貝合に京よりひとの申させ給ひたれば、えりつつとるなりと申しけるに 今ぞ知るふたみの浦のはまぐりを貝あはせとておほふなりける いらごへ渡りたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、あこやのむねと侍るなり、それをとりたるからを、高く積みおきたりけるを見て あこやとるゐがひのからを積み置きて寶の跡を見するなりけり 沖の方より、風のあしきとて、かつをと申すいを釣りける舟どもの歸りけるを見て いらご崎にかつをつり舟ならび浮きてはかちの浪にうかびてぞよる 二つありける鷹の、いらごわたりすると申しけるが、一つの鷹はとどまりて、木の末にかかりて侍ると申しけるを聞きて すたか渡るいらごが崎をうたがひてなほきにかくる山歸りかな はし鷹のすずろかさでもふるさせてすゑたる人のありがたの世や 〇九四〇 あづまの方へ、相知りたる人のもとへまかりけるに、さやの中山見しことの、昔になりたりける、思ひ出でられて 年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけりさやの中山 駿河の國久能の山寺にて、月を見てよみける 涙のみかきくらさるる旅なれやさやかに見よと月はすめども あづまの方へ修行し侍りけるに、富士の山を見て 風になびく富士の煙の空にきえて行方も知らぬ我が思ひかな 東國修行の時、ある山寺にしばらく侍りて 山高み岩ねをしむる柴の戸にしばしもさらば世をのがればや 下野の國にて、柴の煙を見てよみける 都近き小野大原を思ひ出づる柴の煙のあはれなるかな みちのくににまかりたりけるに、野中に、常よりもとおぼしき塚の見えけるを、人に問ひければ、中將の御墓と申すはこれが亊なりと申しければ、中將とは誰がことぞと又問ひければ、實方の御ことなりと申しける、いと悲しかりけり。 さらぬだにものあはれにおぼえけるに、霜がれの薄ほのぼの見え渡りて、後にかたらむも、詞なきやうにおぼえて 朽ちもせぬ其名ばかりをとどめ置きて枯野の薄かたみにぞ見る みちのくにへ修行してまかりけるに、白川の關にとまりて、所がらにや常よりも月おもしろくあはれにて、能因が、秋風ぞ吹くと申しけむ折、いつなりけむと思ひ出でられて、名殘おほくおぼえければ、關屋の柱に書き付けける 白川の關屋を月のもる影は人のこころをとむるなりけり さきにいりて、しのぶと申すわたり、あらぬ世のことにおぼえてあはれなり。 都出でし日數思ひつづくれば、霞とともにと侍ることのあとたどるまで來にける、心ひとつに思ひ知られてよみける 都出でてあふ坂越えし折までは心かすめし白川の關 たけくまの松は昔になりたりけれども、跡をだにとて見にまかりてよめる 枯れにける松なき宿のたけくまはみきと云ひてもかひなからまし あづまへまかりけるに、しのぶの奧にはべりける社の紅葉を ときはなる松の緑も神さびて紅葉ぞ秋はあけの玉垣 〇九五〇 ふりたるたな橋を、紅葉のうづみたりける、渡りにくくてやすらはれて、人に尋ねければ、おもはくの橋と申すはこれなりと申しけるを聞きて ふままうき紅葉の錦散りしきて人も通はぬおもはくの橋 しのぶの里より奧に、二日ばかり入りてある橋なり 名取川をわたりけるに、岸の紅葉の影を見て なとり川きしの紅葉のうつる影は同じ錦を底にさへ敷く 十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり嵐はげしく、ことの外に荒れたりけり。 いつしか衣川見まほしくてまかりむかひて見けり。 河の岸につきて、衣川の城しまはしたる、ことがらやうかはりて、ものを見るここちしけり。 汀氷りてとりわけさびしければ とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣川見にきたる今日しも 陸奧國にて、年の暮によめる 常よりも心ぼそくぞおもほゆる旅の空にて年の暮れぬる 奈良の僧、とがのことによりて、あまた陸奧國へ遣はされしに、中尊寺と申す所にまかりあひて、都の物語すれば、涙ながす、いとあはれなり。 かかることは、かたきことなり、命あらば物がたりにもせむと申して、遠國述懷と申すことをよみ侍りしに 涙をば衣川にぞ流しつるふるき都をおもひ出でつつ みちのくにに、平泉にむかひて、たはしねと申す山の侍るに、こと木は少なきやうに、櫻のかぎり見えて、花の咲きたるを見てよめる 聞きもせずたはしね山の櫻ばな吉野の外にかかるべしとは 奧に猶人みぬ花の散らぬあれや尋ねを入らむ山ほととぎす 又の年の三月に、出羽の國に越えて、たきの山と申す山寺に侍りける、櫻の常よりも薄紅の色こき花にて、なみたてりけるを、寺の人々も見興じければ たぐひなき思ひいではの櫻かな薄紅の花のにほひは おなじ旅にて 風あらき柴のいほりは常よりも寢覺ぞものはかなしかりける 修行し侍るに、花おもしろかりける所にて ながむるに花の名だての身ならずばこのもとにてや春を暮らさむ 〇九六〇 修行して遠くまかりける折、人の思ひ隔てたるやうなる亊の侍りければ よしさらば幾重ともなく山こえてやがても人に隔てられなむ 秋、遠く修行し侍りけるほどに、ほど經ける所より、侍從大納言成道のもとへ遣しける あらし吹く峰の木葉にともなひていづちうかるる心なるらむ かへし 何となく落つる木葉も吹く風に散り行くかたは知られやはせぬ みやだてと申しけるはしたものの、年たかくなりて、さまかへなどして、ゆかりにつきて吉野に住み侍りけり。 思ひかけぬやうなれども、供養をのべむ料にとて、くだ物を高野の御山へつかはしたりけるに、花と申すくだ物侍りけるを見て、申しつかはしける をりびつに花のくだ物つみてけり吉野の人のみやだてにして かへし みやだて 心ざし深くはこべるみやだてを悟りひらけむ花にたぐへて 常よりも道たどらるるほどに、雪ふかかりける頃、高野へまゐると聞きて、中宮大夫のもとより、いつか都へは出づべき、かかる雪にはいかにと申したりければ、返りごとに 雪分けて深き山路にこもりなば年かへりてや君にあふべき かへし 時忠卿 分けて行く山路の雪は深くともとく立ち歸れ年にたぐへて ことの外に荒れ寒かりける頃、宮法印高野にこもらせ給ひて、此ほどの寒さはいかがするとて、小袖はせたりける又の朝申しける 今宵こそあはれみあつき心地して嵐の音をよそに聞きつれ 宮の法印高野にこもらせ給ひて、おぼろけにては出でじと思ふに、修行せまほしきよし、語らせ給ひけり。 千日果てて御嶽にまゐらせ給ひて、いひつかはしける あくがれし心を道のしるべにて雲にともなふ身とぞ成りぬる かへし 山の端に月すむまじと知られにき心の空になると見しより 〇九七〇 待賢門院の中納言の局、世をそむきて小倉の麓に住み侍りける頃、まかりたりけるに、ことがらまことに優にあはれなりけり。 風のけしきさへことにかなしかりければ、かきつけける 山おろす嵐の音のはげしきをいつならひける君がすみかぞ 哀なるすみかをとひにまかりたりけるに、此歌をみてかきつけける 同じ院の兵衞局 うき世をばあらしの風にさそはれて家を出でぬる栖とぞ見る 小倉をすてて高野の麓に天野と申す山に住まれけり。 おなじ院の帥の局、都の外の栖とひ申さではいかがとて、分けおはしたりける、ありがたくなむ。 歸るさに粉河へまゐられけるに、御山よりいであひたりけるを、しるべせよとありければ、ぐし申して粉河へまゐりたりける、かかるついでは今はあるまじきことなり、吹上みんといふこと、具せられたりける人々申し出でて、吹上へおはしけり。 道より大雨風吹きて、興なくなりにけり。 さりとてはとて、吹上に行きつきたりけれども、見所なきやうにて、社にこしかきすゑて、思ふにも似ざりけり。 能因が苗代水にせきくだせとよみていひ傳へられたるものをと思ひて、社にかきつけける あまくだる名を吹上の神ならば雲晴れのきて光あらはせ 苗代にせきくだされし天の川とむるも神の心なるべし かくかきたりければ、やがて西の風吹きかはりて、忽ちに雲はれて、うらうらと日なりにけり。 末の代なれど、志いたりぬることには、しるしあらたなることを人々申しつつ、信おこして、吹上若の浦、おもふやうに見て歸られにけり。 待賢門院の女房堀川の局のもとより、いひ送られける 此世にてかたらひおかむ郭公しでの山路のしるべともなれ かへし 時鳥なくなくこそは語らはめ死出の山路に君しかからば 深夜水聲といふことを、高野にて人々よみけるに まぎれつる窓の嵐の聲とめてふくると告ぐる水の音かな 〇九九〇 ひとりすむおぼろの清水友とては月をぞすます大原の里 炭がまのたなびくけぶりひとすぢに心ぼそきは大原の里 何となく露ぞこぼるる秋の田のひた引きならす大原の里 水の音は枕に落つるここちしてねざめがちなる大原の里 あだにふく草のいほりのあはれより袖に露おく大原の里 山かぜに嶺のささぐりはらはらと庭に落ちしく大原の里 ますらをが 爪 つま 木に通草 あけびさしそへて暮るれば歸る大原の里 むぐらはふ門は木の葉に埋もれて人もさしこぬ大原の里 もろともに秋も山路も深ければしかぞかなしき大原の里 高野に籠りたりける頃、草の庵に花の散りつみければ ちる花のいほりの上を吹くならば風入るまじくめぐりかこはむ 一〇〇〇 高野より、京なる人のもとへいひつかはしける 住むことは所がらぞといひながらかうやは物のあはれなるべき 思はずなること思ひ立つよしきこえける人のもとへ、高野より云ひつかはしける しをりせで猶山深く分け入らむうきこと聞かぬ所ありやと 高野にこもりたる人を、京より、何ごとか、又いつか出づべきと申したるよし聞きて、その人にかはりて 山水のいつ出づべしと思はねば心細くてすむと知らずや 旅のこころを 旅ねする嶺の嵐につたひきてあはれなりける鐘の音かな 海邊重旅宿といへることを 波ちかき磯の松がね枕にてうらがなしきは今宵のみかは しほ湯にまかりたりけるに、具したりける人、九月晦日にさきへのぼりければ、つかはしける。 人にかはりて 秋は暮れ君は都へ歸りなばあはれなるべき旅のそらかな かへし 大宮の女房加賀 君をおきて立ち出づる空の露けさは秋さへくるる旅の悲しさ しほ湯出でて京へ歸りまうで來て、古郷の花霜がれにける、あはれなりけり。 いそぎ歸りし人のもとへ又かはりて 露おきし庭の小萩も枯れにけりいづち都に秋とまるらむ かへし おなじ人 したふ秋は露もとまらぬ都へとなどて急ぎし舟出なるらむ 一〇三〇 後朝 今朝よりぞ人の心はつらからで明けはなれ行く空を恨むる あふことをしのばざりせば道芝の露よりさきにおきてこましや 後朝時鳥 さらぬだに歸りやられぬしののめにそへてかたらふ時鳥かな 後朝花橘 かさねてはこからまほしきうつり香を花橘に今朝たぐへつつ 後朝霧 やすらはむ大かたの夜は明けぬともやみとかこへる霧にこもりて 歸るあしたの時雨 ことづけて今朝の別はやすらはむ時雨をさへや袖にかくべき 逢ひてあはぬ戀 つらくともあはずば何のならひにか身の程知らず人をうらみむ さらばたださらでぞ人のやみなましさて後もさはさもあらじとや 恨 もらさじと袖にあまるをつつまましなさけをしのぶ涙なりせば ふたたび絶ゆる戀 から衣たちはなれにしままならば重ねて物は思はざらまし 一〇四〇 商人に書をつくる戀といふことを 思ひかね市の中には人多みゆかり尋ねてつくる玉章 海路戀 波のしくことをも何かわづらはむ君があふべき道と思はば 九月ふたつありける年、閏月を忌む戀といふことを、人々よみけるに 長月のあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらむ 御あれの頃、賀茂にまゐりたりけるに、さうじにはばかる戀といふことを、人々よみけるに ことづくるみあれのほどをすぐしても猶やう月の心なるべき 同じ社にて、神に祈る戀といふことを、神主どもよみけるに 天くだる神のしるしのありなしをつれなき人の行方にてみむ 賀茂のかたに、ささきと申す里に冬深く侍りけるに、人々まうで來て、山里の戀といふことを かけひにも君がつららや結ぶらむ心細くもたえぬなるかな 寄糸戀 賤のめがすすくる糸にゆづりおきて思ふにたがふ戀もするかな 寄梅戀 折らばやと何思はまし梅の花めづらしからぬ匂ひなりせば 行きずりに一枝折りし梅が香の深くも袖にしみにけるかな 寄花戀 つれもなき人にみせばや櫻花風にしたがふ心よわさを 一〇五〇 花をみる心はよそにへだたりて身につきたるは君がおもかげ 寄殘花戀 葉がくれに散りとどまれる花のみぞ忍びし人にあふここちする 寄歸雁戀 つれもなく絶えにし人を雁がねの歸る心とおもはましかば 寄草花戀 折りてただしをればよしや我が袖も萩の下枝の露によそへて 寄鹿戀 つま戀ひて人目つつまぬ鹿の音をうらやむ袖のみさをなるかな 寄苅萱戀 一方にみだるともなきわが戀や風さだまらぬ野邊の苅萱 寄霧戀 夕ぎりの隔なくこそ思ひつれかくれて君があはぬなりけり 寄紅葉戀 わが涙しぐれの雨にたぐへばや紅葉の色の袖にまがへる 寄落葉戀 朝ごとに聲ををさむる風の音はよをへてかるる人の心か 寄氷戀 春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ 一二七〇 とりのくし思ひもかけぬ露はらひあなくしたかの我が心かな 君にそむ心の色の深さには匂ひもさらに見えぬなりけり さもこそは人め思はずなりはてめあなさまにくの袖のけしきや かつすすぐ澤のこ芹のねを白み清げにものを思はするかな いかさまに思ひつづけて恨みましひとへにつらき君ならなくに 恨みてもなぐさめてまし中々につらくて人のあはぬと思へば うちたえで君にあふ人いかなれや我が身も同じ世にこそはふれ とにかくにいとはまほしき世なれども君が住むにもひかれぬるかな 何ごとにつけてか世をば厭はましうかりし人ぞ今はうれしき あふと見しその夜の夢のさめであれな長き眠りはうかるべけれど 此歌、題も、又、人にかはりたることどももありけれどかかず、此歌ども、山里なる人の、語るにしたがひてかきたるなり。 されば、ひがごとどもや、昔今のこととりあつめたれば、時をりふしたがひたることどもも。 雜歌 いにしへごろ、東山にあみだ房と申しける上人の庵室にまかりて見けるに、あはれとおぼえてよみける 柴の庵ときくはいやしき名なれども世に好もしきすまひなりけり 世をのがれける折、ゆかりなりける人のもとへいひ送りける 世の中をそむきはてぬと云ひおかむ思ひしるべき人はなくとも 題しらず つららはふ端山は下もしげければ住む人いかにこぐらかるらむ 熊のすむ苔の岩山恐ろしみうべなりけりな人も通はず ねわたしにしるしの竿や立ちつらむこひのまちつる越の中山 雲鳥やしこき山路はさておきてをくちるはらのさびしからぬか まさきわる飛騨のたくみや出でぬらむ村雨過ぎぬかさどりの山 河合やまきのすそ山石たてる杣人いかに凉しかるらむ 杣くたすまくにがおくの河上にたつきうつべしこけさ浪よる 一三〇〇 わけ入りて誰かは人の尋ぬべき岩かげ草のしげる山路を 山寺の夕暮といふことを人々よみ侍りけるに 嶺おろす松のあらしの音に又ひびきをそふる入相の鐘 夕暮山路 夕されやひはらの嶺を越え行けば凄くきこゆる山鳩の聲 題しらず ふる畑のそばのたつ木にをる鳩の友よぶ聲の凄き夕暮 をりかくる波のたつかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺のむら鳥 つがはねどうつれる影を友として鴦住みけりな山川の水 みな鶴は澤の氷のかがみにて千歳の影をもてやなすらむ 山ざとは谷のかけひのたえだえに水こひ鳥の聲きこゆなり ことりどもの歌よみける中に 聲せずと色こくなると思はまし柳の芽はむひわのむら鳥 桃ぞのの花にまがへるてりうそのむれ立つ折はちるここちする 一三一〇 ならびゐて友をはなれぬこがらめのねぐらにたのむ椎の下枝 屏風の繪を人々よみけるに、海のきはに幼なきいやしきもののある所を 磯菜つむあまのさをとめ心せよ沖ふく風に浪高くなる おなじ繪に、苫のうちにねおどろきたる所 磯による浪に心のあらはれてねざめがちなる苫やかたかな 題しらず 山もなき海のおもてにたなびきて波の花にもまがふ白雲 ふもと行く舟人いかに寒からむくま山嶽をおろすあらしに 浪につきて磯わにいますあら神は鹽ふむきねを待つにやあるらむ 鹽風にいせの濱荻ふせばまづ穗ずゑに波のあらたむるかな あら磯の波にそなれてはふ松はみさごのゐるぞ便なりける 浦ちかみかれたる松の梢には波の音をや風はかるらむ あはぢ嶋せとのなごろは高くとも此汐わたにさし渡らばや 一三二〇 汐路行くかこみのともろ心せよまたうづ早きせと渡るなり 磯にをる波のけはしく見ゆるかな沖になごろや高く行くらむ とほくさすひたのおもてにひく汐はしづむ心ぞ悲しかりける おぼつかないぶきおろしの風さきにあさづま舟はあひやしぬらむ くれ舟よあさづまわたり今朝なせそ伊吹のたけに雪しまくなり 竹風驚夢 玉みがく露ぞ枕にちりかかる夢おどろかす竹のあらしに 山里にまかりて侍りけるに、竹の風の、荻にまがひてきこえければ 竹の音も荻吹く風のすくなきにくはえて聞けばやさしかりけり 世をのがれて嵯峨に住みける人のもとにまかりて、後世のことおこたらずつとむべきよし申して歸りけるに、竹の柱をたてたりけるを見て よよふとも竹の柱の一筋にたてたるふしはかはらざらなむ 題しらず 身にもしみものあらげなるけしきさへあはれをせむる風の音かな いかでかは音に心のすまざらむ草木もなびく嵐なりける 一三四〇 水の音はさびしき庵の友なれや嶺の嵐のたえまたえまに 八條院の宮と申しけるをり、白川殿にて蟲あはせられけるに、かはりて、蟲入れてとり出だしける物に、水に月のうつりたるよしをつくりて、その心をよみける 行末の名にや流れむ常よりも月すみわたる白川の水 内に貝合せむと、せさせ給ひけるに、人にかはりて 風たちて波ををさむる浦々に小貝をむれてひろふなりけり 難波潟しほひにむれて出でたたむしらすのさきの小貝ひろひに 風吹けば花咲く波のをるたびに櫻貝よるみしまえの浦 波あらふ衣のうらの袖貝をみぎはに風のたたみおくかな なみかくる吹上の濱の簾貝風もぞおろす磯にひろはむ しほそむるますをのこ貝ひろふとて色の濱とはいふにやあるらむ 波よする竹の泊のすずめ貝うれしき世にもあひにけるかな なみよするしららの濱のからす貝ひろひやすくもおもほゆるかな 一三六〇 ささがにのいと世をかくて過ぎにけり人の人なる手にもかからで 庚申の夜くじくばりて歌よみけるに、古今後撰拾遺、これを梅さくら山吹によせたる題をとりてよみける古今梅によす 紅の色こきむめを折る人の袖にはふかき香やとまるらむ 後撰櫻によす 春風の吹きおこせんに櫻花となりくるしくぬしや思はむ 拾遺山吹によす 山吹の花咲く井出の里こそはやしうゐたりと思はざらなむ 月蝕を題にて歌よみけるに いむといひて影にあたらぬ今宵しもわれて月みる名や立ちぬらむ 題しらず いたけもるあまみか時になりにけりえぞが千島を煙こめたり もののふのならすすさびはおびただしあけとのしさりかもの入くび むつのくのおくゆかしくぞ思ほゆるつぼのいしぶみそとの濱風 あさかへるかりゐうなこのむら鳥ははらのをかやに聲やしぬらむ もろ聲にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてやつまをこふらむ 一三七〇 年頃聞き渡りける人に、初めて對面申して歸る朝に わかるともなるる思ひをかさねまし過ぎにしかたの今宵なりせば 同行に侍りける上人、月の頃天王寺にこもりたりと聞きて、いひ遣しける いとどいかに西にかたぶく月影を常よりもけに君したふらむ 堀河局仁和寺に住み侍りけるに、まゐるべきよし申したりけれども、まぎるることありて程へにけり。 月の頃まへを過ぎけるを聞きて、いひ送られける 西へ行くしるべとたのむ月かげの空だのめこそかひなかりけれ かへし さし入らで雲路をよきし月影はまたぬ心や空に見えけむ ゆかりなくなりて、すみうかれにける古郷へ歸りゐける人のもとへ すみ捨てしその古郷をあらためて昔にかへる心地もやする ある人、世をのがれて北山寺にこもりゐたりと聞きて、尋ねまかりたりけるに、月あかかりければ 世をすてて谷底に住む人みよと嶺の木のまを出づる月影 ある宮ばらにつけて仕へ侍りける女房、世をそむきて都はなれて遠くまからむと思ひ立ちて、まゐらせけるにかはりて くやしくもよしなく君に馴れそめていとふ都のしのばれぬべき 侍從大納言成道のもとへ、後の世のことおどろかし申したりける返りごとに おどろかす君によりてぞ長き夜の久しき夢はさむべかりける かへし おどろかぬ心なりせば世の中を夢ぞとかたるかひなからまし 中院右大臣、出家おもひ立つよしかたり給ひけるに、月のいとあかく、よもすがらあはれにて明けにければ歸りけり。 その後、その夜の名殘おほかりしよしいひ送り給ふとて よもすがら月を詠めて契り置きし其むつごとに闇は晴れにし 一三八〇 かへし すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは 爲なり、ときはに堂供養しけるに、世をのがれて山寺に住み侍りける親しき人々まうできたりと聞きて、いひつかはしける いにしへにかはらぬ君が姿こそ今日はときはの形見なるらめ かへし 色かへで獨のこれるときは木はいつをまつとか人の見るらむ ある人さまかへて仁和寺の奧なる所に住むと聞きて、まかり尋ねければ、あからさまに京にと聞きて歸りにけり。 其のち人つかはして、かくなんまゐりたりしと申したる返りごとに。 立ちよりて柴の烟のあはれさをいかが思ひし冬の山里 かへし 山里に心はふかくすみながら柴の烟の立ち歸りにし 此歌もそへられたりける 惜しからぬ身を捨てやらでふる程に長き闇にや又迷ひなむ かへし 世を捨てぬ心のうちに闇こめて迷はむことは君ひとりかは したしき人々あまたありければ、同じ心に誰も御覽ぜよと遣したりける返りごとに、又 なべてみな晴せぬ闇の悲しさを君しるべせよ光見ゆやと 又かへし 思ふともいかにしてかはしるべせむ教ふる道に入らばこそあらめ 後の世のこと無下に思はずしもなしと見えける人のもとへ、いひつかはしける 世の中に心あり明の人はみなかくて闇にはまよはぬものを 一三九〇 かへし 世をそむく心ばかりは有明のつきせぬ闇は君にはるけむ ある所の女房、世をのがれて西山に住むと聞きて尋ねければ、住みあらしたるさまして、人の影もせざりけり。 あたりの人にかくと申し置きたりけるを聞きて、いひ送りける しほなれし苫屋もあれてうき波に寄るかたもなきあまと知らずや かへし 苫のやに波立ちよらぬけしきにてあまり住みうき程は見えけり 阿闍梨兼堅、世をのがれて高野に住み侍りけり。 あからさまに仁和寺に出でて歸りもまゐらぬことにて、僧綱になりぬと聞きて、いひつかはしける けさの色やわか紫に染めてける苔の袂を思ひかへして 新院、歌あつめさせおはしますと聞きて、ときはに、ためただが歌の侍りけるをかきあつめて參らせける、大原より見せにつかはすとて 寂超長門入道 木のもとに散る言の葉をかく程にやがても袖のそぼちぬるかな かへし 年ふれど朽ちぬときはの言の葉をさぞ忍ぶらむ大原のさと 寂超ためただが歌に我が歌かき具し、又おとうとの寂然が歌などとり具して新院へ參らせけるを、人とり傳へ參らせけると聞きて、兄に侍りける想空がもとより 家の風つたふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉 かへし 家の風むねと吹くべきこのもとは今ちりなむと思ふ言の葉 新院百首の歌召しけるに、奉るとて、右大將きんよしのもとより見せに遣したりける、返し申すとて 家の風吹きつたへけるかひありてちることの葉のめづらしきかな かへし 家の風吹きつたふとも和歌の浦にかひあることの葉にてこそしれ 一四〇〇 左京大夫俊成、歌あつめらるると聞きて、歌つかはすとて 花ならぬことの葉なれどおのづから色もやあると君拾はなむ かへし 俊成 世を捨てて入りにし道の言の葉ぞあはれも深き色は見えける 此集を見て返しけるに 院少納言の局 卷ごとに玉の聲せし玉章のたぐひは又もありけるものを かへし よしさらば光なくとも玉と云ひて言葉のちりは君みがかなむ 范蠡がちやうなんの心を すてやらで命をおふる人はみな千々のこがねをもてかへるなり 世に仕うべかりける人の、こもりゐたりけるもとへ遣しける 世の中にすまぬもよしや秋の月濁れる水のたたふ盛りに 人あまたして、ひとりに、かくしてあらぬさまにいひなしけることの侍りけるを聞きてよめる 一すぢにいかで杣木のそろひけむいつよりつくる心だくみに 鳥羽院に、出家のいとま申すとてよめる をしむとて惜しまれぬべきこの世かは身をすててこそ身をもたすけめ 前大納言成通世をそむきぬと聞きて、遣しける いとふべきかりのやどりは出でぬなり今はまことの道を尋ねよ 前大僧正慈鎭、無動寺に住み侍りけるに、申し遣しける いとどいかに山を出でじとおもふらむ心の月を獨すまして 一四一〇 かへし うき身こそなほ山陰にしづめども心にうかぶ月を見せばや 世の中に大亊出できて、新院あらぬさまにならせおはしまして御ぐしおろして、仁和寺の北院におはしましけるに參りて、けんげんあざり出であひたり。 月あかくてよみける かかる世に影もかはらずすむ月をみる我が身さへ恨めしきかな 讚岐にて、御心ひきかへて、後の世のこと御つとめひまなくせさせおはしますと聞きて、女房のもとへ申しける。 此文をかきて、若人不嗔打以何修忍辱 世の中をそむく便やなからましうき折ふしに君があはずば 是もついでに具して參らせける 淺ましやいかなるゆゑのむくいにてかかることしもある世なるらむ ながらへてつひに住むべき都かは此世はよしやとてもかくても 幻の夢をうつつに見る人はめもあはせでや夜をあかすらむ かくて後、人のまゐりけるに その日より落つる涙をかたみにて思ひ忘るる時の間ぞなき かへし 女房 目のまへにかはりはてにし世のうきに涙を君もながしけるかな 松山の涙は海に深くなりてはちすの池に入れよとぞ思ふ 波の立つ心の水をしづめつつ咲かん蓮を今は待つかな 一四二〇 ゆかりありける人の、新院の勘當なりけるをゆるし給ふべきよし申し入れたりける御返亊に 最上川つなでひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ 御返りごとたてまつりけり つよくひく綱手と見せよもがみ川その稻舟のいかりをさめて かく申したりければ、ゆるし給ひてけり 讚岐へおはしまして後、歌といふことの世にいときこえざりければ、寂然がもとへいひ遣しける ことの葉のなさけ絶えにし折ふしにありあふ身こそかなしかりけれ かへし 寂然 しきしまや絶えぬる道になくなくも君とのみこそあとを忍ばめ 讚岐の位におはしましけるをり、みゆきのすずのろうを聞きてよみける ふりにける君がみゆきのすずのろうはいかなる世にも絶えずきこえむ 新院さぬきにおはしましけるに、便につけて女房のもとより 水莖のかき流すべきかたぞなき心のうちは汲みて知らなむ かへし 程とほみ通ふ心のゆくばかり猶かきながせ水ぐきのあと また女房つかはしける いとどしくうきにつけても頼むかな契りし道のしるべたがふな かかりける涙にしづむ身のうさを君ならで又誰かうかべむ かへし 頼むらんしるべもいさやひとつ世の別にだにもまよふ心は 一四三〇 伊勢より、小貝を拾ひて、箱に入れてつつみこめて、皇太后宮大夫の局へ遣すとて、かきつけ侍りける 浦島がこは何ものと人問はばあけてかひある箱とこたへよ 八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひけり。 三條太政大臣歌よみてもてなしたまひしこと、ただ今とおぼえて、忍ばるる心地し侍り。 堂の跡あらためられたりける、さることのありと見えて、あはれなりければ なき人のかたみにたてし寺に入りて跡ありけりと見て歸りぬる 三昧堂のかたへわけ參りけるに、秋の草ふかかりけり。 鈴虫の音かすかにきこえければ、あはれにて おもひおきし淺茅が露を分け入ればただわずかなる鈴虫の聲 古郷の心を 野べになりてしげきあさぢを分け入れば君が住みける石ずゑの跡 行基菩薩の、何處にか一身をかくさむと書き給ひたること、思ひ出でられて いかがすべき世にあらばやは世をもすててあなうの世やと更に思はむ 一四四〇 中納言家成、渚の院したてて、ほどなくこぼたれぬと聞きて、天王寺より下向しけるついでに、西住、淨蓮など申す上人どもして見けるに、いとあはれにて、各述懷しけるに 折につけて人の心のかはりつつ世にあるかひもなぎさなりけり 寂蓮、人々すすめて、百首の歌よませ侍りけるに、いなびて、熊野に詣でける道にて、夢に、何亊も衰へゆけど、この道こそ、世の末にかはらぬものはあなれ、猶この歌よむべきよし、別當湛快三位、俊成に申すと見侍りて、おどろきながら此歌をいそぎよみ出だして、遣しける奧に、書き付け侍りける 末の世もこの情のみかはらずと見し夢なくばよそに聞かまし 述懷 何ごとにとまる心のありければ更にしも又世のいとはしき 心に思ひけることを 濁りたる心の水のすくなきに何かは月の影やどるべき いかでわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ のがれなくつひに行くべき道をさは知らではいかがすぐべかりける 愚なる心にのみやまかすべき師となることもあるなるものを 野にたてる枝なき木にもおとりけり後の世しらぬ人の心は 五首述懷 身のうさを思ひ知らでややみなましそむく習のなき世なりせば いづくにか身をかくさまし厭ひてもうき世にふかき山なかりせば 一四五〇 身のうさの隱家にせむ山里は心ありてぞすむべかりける あはれ知る涙の露ぞこぼれける草のいほりをむすぶちぎりは うかれ出づる心は身にもかなはねばいかなりとてもいかにかはせむ 寄藤花述懷 西を待つ心に藤をかけてこそそのむらさきの雲をおもはめ 花橘によせて思ひをのべけるに 世のうきを昔がたりになしはてて花橘におもひ出でばや 題しらず 我なれや風を煩らふしの竹はおきふし物の心ぼそくて 風吹けばあだになり行くばせを葉のあればと身をも頼むべき世か みくまのの濱ゆふ生ふる浦さびて人なみなみに年ぞかさなる いづくにもすまれずばただ住まであらむ柴のいほりのしばしなる世に 老人述懷といふことを人々よみけるに 山深み杖にすがりて入る人の心の底のはづかしきかな 一四六〇 題しらず 時雨かは山めぐりする心かないつまでとのみうちしをれつゝ はらはらと落つる涙ぞあはれなるたまらず物のかなしかるべし 何となくせりと聞くこそあはれなれつみけむ人の心しられて 山人よ吉野の奧にしるべせよ花も尋ねむ又おもひあり つゆもありかへすがへすも思ひ出でてひとりぞ見つる朝がほの花 ひときれは都をすてて出づれどもめぐりてはなほきそのかけ橋 故郷述懷といふことを、常磐の家にてためなりよみけるにまかりあひて しげき野をいく一むらに分けなして更にむかしをしのびかへさむ 嵯峨に住みける頃、となりの坊に申すべきことありてまかりけるに、道もなく葎のしげりければ 立ちよりて隣とふべき垣にそひて隙なくはへる八重葎かな 大原に良暹がすみける所に、人々まかりて述懷の歌よみて、つま戸に書きつけける 大原やまだすみがまもならはずといひけん人を今あらせばや 周防内侍、我さへ軒のと書き付けける古郷にて、人々思ひをのべけるに いにしへはついゐし宿もあるものを何をか忍ぶしるしにはせむ 一四七〇 百首の歌の中、述懷十首一首不足 いざさらば盛おもふも程もあらじはこやが嶺の春にむつれて 山深く心はかねておくりてき身こそうきみを出でやらねども 月にいかで昔のことをかたらせて影にそひつつ立ちもはなれむ うき世とし思はでも身の過ぎにける月の影にもなづさはりつつ 雲につきてうかれのみ行く心をば山にかけてをとめむとぞ思ふ 捨てて後はまぎれしかたは覺えぬを心のみをば世にあらせける ちりつかでゆがめる道をなほくなして行く行く人をよにつかむとや はとしまんと思ひも見えぬ世にしあれば末にさこそは大ぬさの空 ふりにける心こそ猶あはれなれおよばぬ身にも世を思はする 七月十五日月あかかりけるに、舟岡と申す所にて いかでわれこよひの月を身にそへてしでの山路の人を照らさむ 一四八〇 題しらず 我が宿は山のあなたにあるものを何とうき世を知らぬ心ぞ くもりなきかがみの上にゐる塵を目にたてて見る世と思はばや ながらへむと思ふ心ぞつゆもなきいとふにだにも足らぬうき身は 思ひ出づる過ぎにしかたをはづかしみあるにものうきこの世なりけり 捨てたれどかくれてすまぬ人になれば猶よにあるに似たるなりけり 世の中を捨てて捨てえぬ心地して都はなれぬ我が身なりけり 捨てし折の心をさらにあらためてみるよの人にわかれ果てなむ 思へ心人のあらばや世にもはぢむさりとてやはといさむばかりぞ くれ竹のふししげからぬ世なりせばこの君はとてさし出でなまし あしよしを思ひわくこそ苦しけれただあらるればあられける身を 一五〇〇 露の玉きゆれば又も置くものをたのみもなきは我が身なりけり あればとてたのまれぬかな明日は又きのふと今日はいはるべければ 秋の色は枯野ながらもあるものを世のはかなさやあさぢふの露 年月をいかで我が身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に 思ひ出でて誰かはとめて分けもこむ入る山道の露の深さを くれ竹の今いくよかはおきふしていほりの窓をあけおろすべき そのすぢに入りなば心なにしかも人目おもひて世につつむらむ 泉のぬしかくれて、あとつたへたる人のもとにまかりて、泉に向ひてふるきを思ふといふことを、人々よみけるに すむ人の心くまるる泉かな昔をいかに思ひいづらむ 友にあひて昔を戀ふるといふことを 今よりは昔がたりは心せむあやしきまでに袖しをれけり 題しらず 軒ちかき花たちばなに袖しめて昔を忍ぶ涙つつまむ 一五一〇 寄紅葉懷舊といふことを、法金剛院にてよみけるに いにしへをこふる涙の色に似て袂にちるは紅葉なりけり 十月中の十日頃、法金剛院の紅葉見けるに、上西門院おはしますよし聞きて、待賢門院の御時おもひ出でられて、兵衞殿の局にさしおかせける 紅葉見て君がたもとやしぐるらむ昔の秋の色をしたひて 返し 色深き梢を見てもしぐれつつふりにしことをかけぬ日ぞなき 題しらず つくづくと物を思ふにうちそへてをりあはれなる鐘のおとかな なさけありし昔のみ猶しのばれてながらへまうき世にもあるかな 故郷の蓬は宿のなになれば荒れ行く庭にまづしげるらむ ふるさとは見し世にもなくあせにけりいづち昔の人ゆきにけむ 何ごとも昔をきけばなさけありて故あるさまにしのばるる哉 嵯峨野の、みし世にもかはりてあらぬやうになりて、人いなんとしたりけるを見て 此里やさがのみかりの跡ならむ野山もはてはあせかはりけり 大覺寺の、金岡がたてたる石を見て 庭の岩にめたつる人もなからましかどあるさまにたてしおかねば 一五二〇 瀧のわたりの木立、あらぬことになりて、松ばかりなみ立ちたりけるを見て ながれみし岸の木立もあせはてて松のみこそは昔なるらめ 大覺寺の瀧殿の石ども、閑院にうつされて跡もなくなりたりと聞きて、見にまかりたりけるに、赤染が、今だにかかるとよみけん折おもひ出でられて、あはれとおもほえければよみける 今だにもかかりといひし瀧つせのその折までは昔なりけむ 題しらず とだえせでいつまで人のかよひけむ嵐ぞわたる谷のかけ橋 うき世をばあらればあるにまかせつつ心よいたくものな思ひそ 世をすつる人はまことにすつるかは捨てぬ人こそ捨つるなりけれ たのもしな君君にます折にあひて心の色を筆にそめつる 山里にうき世いとはむ友もがなくやしく過ぎし昔かたらむ 昔見し庭の小松に年ふりてあらしの音をこずゑにぞ聞く 見ればげに心もそれになりぞ行く枯野の薄有明の月 誰すみてあはれ知るらむ山ざとの雨降りすさむ夕暮の空 一五四〇 遁世ののち、山家にてよみ侍りける 山里は庭の木ずゑのおとまでも世をすさみたるけしきなるかな 長柄を過ぎ侍りしに 津の國のながらの橋のかたもなし名はとどまりてきこえわたれど そのかみこころざしつかうまつりけるならひに、世をのがれて後も、賀茂に參りける、年たかくなりて四國のかた修行しけるに、又歸りまゐらぬこともやとて、仁和二年十月十日の夜まゐりて幤まゐらせけり。 内へもまゐらぬことなれば、たなうの社にとりつぎてまゐらせ給へとて、こころざしけるに、木間の月ほのぼのと常よりも神さび、あはれにおぼえてよみける かしこまるしでに涙のかかるかな又いつかはとおもふ心に 題しらず ふしみ過ぎぬをかのやに猶とどまらじ日野まで行きて駒こころみむ 宇治川をくだりける船の、かなつきと申すものをもて鯉のくだるをつきけるを見て 宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ こばへつどふ沼の入江の藻のしたは人つけおかぬふしにぞありける たねつくるつぼ井の水のひく末にえぶなあつまる落合のはた しらなはにこあゆひかれて下る瀬にもちまうけたるこめのしき網 見るもうきは鵜繩ににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもち網 秋風にすずきつり船はしるめりうのひとはしの名殘したひて 一五五〇 例ならぬ人の大亊なりけるが、四月に梨の花の咲きたりけるを見て、梨のほしきよしを願ひけるに、もしやと人に尋ねければ、枯れたるかしはにつつみたる梨を、唯一つ遣して、こればかりなど申したる返りごとに 花の折かしはにつつむしなの梨は一つなれどもありのみと見ゆ 秋頃、風わづらひける人を訪ひたりける返りごとに 消えぬべき露の命も君がとふことの葉にこそおきゐられけれ かへし 吹き過ぐる風しやみなばたのもしき秋の野もせのつゆの白玉 院の小侍從、例ならぬこと、大亊にふし沈みて年月へにけりと聞きて、とひにまかりたりけるに、このほど少しよろしきよし申して、人にもきかせぬ和琴の手ひきならしけるを聞きて 琴の音に涙をそへてながすかな絶えなましかばと思ふあはれに かへし 頼むべきこともなき身を今日までも何にかかれる玉の緒ならむ 風わずらひて山寺へかへり入りけるに人々訪ひて、よろしくなりなば又と申し侍りけるに、おのおの志を思ひしりて 定めなし風わづらはぬ折だにも又こんことを頼むべきよに あだに散る木葉につけて思ふかな風さそふめる露の命を 我なくば此さとびとや秋ふかき露を袂にかけてしのばむ さまざまに哀おほかる別かな心を君がやどにとどめて 歸れども人のなさけにしたはれて心は身にもそはずなりぬる かへしどもありける、聞きおよばねばかかず 一五六〇 同行にて侍りける上人、例ならぬこと大亊に侍りけるに、月のあかくて哀なるを見ける もろともにながめながめて秋の月ひとりにならむことぞ悲しき 待賢門院かくれさせおはしましにける御跡に、人々、又の年の御はてまでさぶらはれけるに、南おもての花ちりける頃、堀河の女房のもとへ申し送りける 尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を かへし 吹く風の行方しらするものならば花とちるにもおくれざらまし 美福門院の御骨、高野の菩提心院へわたされけるを見たてまつりて 今日や君おほふ五つの雲はれて心の月をみがき出づらむ 近衞院の御墓に、人に具して參りたりけるに、露のふかかりければ みがかれし玉の栖を露ふかき野邊にうつして見るぞ悲しき 一院かくれさせおはしまして、やがて御所へ渡しまゐらせける夜、高野より出であひて參りたりける、いと悲しかりけり。 此後おはしますべき所御覽じはじめけるそのかみの御ともに、右大臣さねよし、大納言と申しけるさぶらはれける、しのばせおはしますことにて、又人さぶらはざりけり。 其をりの御ともにさぶらひけることの思ひ出でられて、折しもこよひに參りあひたる、昔今のこと思ひつづけられてよみける 今宵こそ思ひしらるれ淺からぬ君に契のある身なりけり をさめまゐらせける所へ渡しまゐらせけるに 道かはるみゆきかなしき今宵かな限のたびとみるにつけても 納めまゐらせて後、御ともにさぶらはれし人々、たとへむ方なく悲しながら、限あることなりければ歸られにけり。 はじめたることありて、明日までさぶらひてよめる とはばやと思ひよりてぞ歎かまし昔ながらの我身なりせば 右大將きんよし、父の服のうちに、母なくなりぬと聞きて、高野よりとぶらひ申しける かさねきる藤の衣をたよりにて心の色を染めよとぞ思ふ かへし 藤衣かさぬる色はふかけれどあさき心のしまぬばかりぞ 一五七〇 同じなげきし侍りける人のもとへ 君がため秋は世のうき折なれや去年も今年も物を思ひて かへし 晴やらぬ去年の時雨の上に又かきくらさるる山めぐりかな 母なくなりて山寺にこもりゐたりける人を、ほどへて思ひいでて人のとひたりければ、かはりて 思ひいづるなさけを人のおなじくは其折とへな嬉しからまし ゆかりありける人はかなくなりにける、とかくのわざに鳥部山へまかりて、歸るに かぎりなく悲しかりけりとりべ山なきを送りて歸る心は 父のはかなくなりにけるそとばを見て、歸りける人に なき跡をそとばかりみて歸るらむ人の心を思ひこそやれ 親かくれ、頼みたりけるむこ失せなどして歎きしける人の、又程なく娘にさへおくれけりと聞きてとぶらひけるに 此たびはさきざき見けむ夢よりもさめずや物は悲しかるらむ 五十日の果つかたに、二條院の御墓に御佛供養しける人に具して參りたりけるに、月あかくて哀なりければ 今宵君しでの山路の月をみて雲の上をや思ひいづらむ 御跡に三河内侍さぶらひけるに、九月十三夜人にかはりて かくれにし君がみかげの戀しさに月に向ひてねをやなくらむ かへし 内侍 我が君の光かくれし夕べよりやみにぞ迷ふ月はすめども 親におくれて歎きける人を、五十日過までとはざりければ、とふべき人のとはぬことをあやしみて、人に尋ぬと聞きて、かく思ひて今まで申さざりつるよし申して遣しける人にかはりて なべてみな君がなさけをとふ數に思ひなされぬことのはもがな 一五八〇 ゆかりにつけて物をおもひける人のもとより、などかとはざらむと、恨み遣したりける返りごとに 哀とも心に思ふ程ばかりいはれぬべくはとひもこそせめ はかなくなりて年へにける人の文を、物の中より見出でて、むすめに侍りける人のもとへ見せにつかはすとて 涙をやしのばん人は流すべきあはれにみゆる水ぐきの跡 同行に侍りける上人、をはりよく思ふさまなりと聞きて申し送ける 寂然 亂れずと終り聞くこそ嬉しけれさても別はなぐさまねども かへし 此世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心みだれし とかくのわざ果てて、跡のことどもひろひて、高野へ參りて歸りたりけるに 寂然 いるさにはひろふかたみも殘りけり歸る山路の友は涙か 返亊 いかでとも思ひわかでぞ過ぎにける夢に山路を行く心地して 侍從大納言入道はかなくなりて、よひ曉につとめする僧おのおの歸りける日、申し送りける 行きちらむ今日の別を思ふにもさらに歎はそふここちする かへし ふししづむ身には心のあらばこそ更に歎もそふ心地せめ 一五九〇 同じ日、のりつながもとへ遣しける なき跡も今日までは猶名殘あるを明日や別を添へて忍ばむ かへし 思へただ今日の別のかなしさに姿をかへて忍ぶ心を やがてその日さまかへて後、此返亊かく申したりけり。 いと哀なり 同じさまに世をのがれて大原にすみ侍りけるいもうとの、はかなく成にける哀とぶらひけるに いかばかり君思はまし道にいらでたのもしからぬ別なりせば かへし たのもしき道には入りて行きしかど我が身をつめばいかがとぞ思ふ 院の二位の局身まかりける跡に、十の歌、人々よみけるに 流れゆく水に玉なすうたかたのあはれあだなる此世なりけり きえぬめるもとの雫を思ふにも誰かは末の露の身ならぬ 送りおきて歸りし道の朝露を袖にうつすは涙なりけり 船岡のすそ野の塚の數そへて昔の人に君をなしつる あらぬよの別はげにぞうかりける淺ぢが原を見るにつけても 後の世をとへと契りし言の葉や忘らるまじき形見なるらむ 一六〇〇 おくれゐて涙にしづむ古里を玉のかげにも哀とやみる あとをとふ道にや君は入りぬらむ苦しき死出の山へかからで 名殘さへ程なく過ぎばかなしきに七日の數を重ねずもがな 跡しのぶ人にさへまた別るべきその日をかねて知る涙かな 跡のことども果てて、ちりぢりに成にけるに、しげのり、ながのりなど涙ながして、今日にさへ又と申しける程に、南面の櫻に鶯の鳴きけるを聞きてよみける 櫻花ちりぢりになるこのもとに名殘を惜しむ鶯のこゑ かへし 少將ながのり ちる花は又こん春も咲きぬべし別はいつかめぐりあふべき 同じ日、くれけるままに雨のかきくらし降りければ 哀しる空も心のありければなみだに雨をそふるなりけり かへし 院少納言局 哀しる空にはあらじわび人の涙ぞ今日は雨とふるらむ 行きちりて又の朝つかはしける けさはいかに思ひの色のまさるらむ昨日にさへも又別れつつ かへし 少將ながのり 君にさへ立ち別れつつ今日よりぞ慰むかたはげになかりける 一六一〇 兄の入道想空はかなくなりけるを、とはざりければいひつかはしける 寂然 とへかしな別の袖に露しげき蓬がもとの心ぼそさを 待ちわびぬおくれさきだつ哀をも君ならでさは誰かとふべき 別れにし人のふたたび跡をみば恨みやせましとはぬ心を いかがせむ跡の哀はとはずとも別れし人の行方たづねよ 中々にとはぬは深きかたもあらむ心淺くも恨みつるかな かへし 分けいりて蓬が露をこぼさじと思ふも人をとふにあらずや よそに思ふ別ならねば誰をかは身より外にはとふべかりける へだてなき法のことばにたよりえて蓮の露にあはれかくらむ なき人を忍ぶ思ひのなぐさまば跡をも千たびとひこそはせめ 御法をば言葉なけれど説くと聞けば深き哀はいはでこそ思へ 一六二〇 是は具してつかはしける 露深き野べになり行く古郷は思ひやるにも袖しをれけり 人におくれてなげきける人に遣しける なき跡の面影をのみ身にそへてさこそは人の戀しかるらめ はかなくなりける人の跡に、又十日のうちに一品經供養しけるに、化城喩品 やすむべき宿をば思へ中空の旅も何かはくるしかるべき なき人の跡に一品經供養しけるに、壽量品を人にかはりて 雲晴るるわしの御山の月かげを心すみてや君ながむらむ 鳥部野にてとかくのわざしける煙のうちより出づる月あはれに見えければ 鳥部山わしの高嶺のすゑならむ煙を分けて出づる月かげ 諸行無常のこころを はかなくて行きにし方を思ふにも今もさこそは朝がほの露 曉無常を つきはてしその入あひの程なさを此曉に思ひしりぬる 無常の歌あまたよみける中に いづくにかねぶりねぶりてたふれふさむと思ふ悲しき道芝の露 おどろかむと思ふ心のあらばやは長きねぶりの夢も覺むべく 風あらき磯にかかれるあま人はつながぬ舟の心地こそすれ 一六五〇 心ざすことありて、扇を佛にまゐらせけるに、新院より給ひけるに、女房承りて、つつみ紙にかきつけられける ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらへとぞ思ふ 御返し承りける ちりばかりうたがふ心なからなむ法をあふぎて頼むとならば 仁和寺の宮にて、道心逐年深といふことをよませ給ひけるに 淺く出でし心の水やたたふらむすみ行くままにふかくなるかな 閑中曉心といふことを、同じ夜 あらしのみ時々窓におとづれて明けぬる空の名殘をぞ思ふ 寂超入道、談議すと聞きてつかはしける ひろむらむ法にはあはぬ身なりとも名を聞く數にいらざらめやは かへし つたへきく流なりとも法の水汲む人からやふかくなるらむ さだのぶ入道、觀音寺に堂つくりに結縁すべきよし申しつかはすとて 觀音寺入道生光 寺つくる此我が谷につちうめよ君ばかりこそ山もくずさめ かへし 山くづす其力ねはかたくとも心だくみを添へこそはせめ 阿闍梨勝命、千人あつめて法華經結縁せさせけるに參りて、又の日つかはしける つらなりし昔に露もかはらじと思ひしられし法の庭かな 人にかはりて、これもつかはしける いにしへにもれけむことの悲しさは昨日の庭に心ゆきにき 世につかへぬべきやうなるゆかりあまたありける人の、さもなかりけることを思ひて、清水に年越に籠りたりけるにつかはしける 此春はえだえだごとにさかゆべし枯たる木だに花は咲くめり 是も具して あはれびの深きちかひにたのもしき清きながれの底くまれつつ 心性さだまらずといふことを題にて、人々よみけるに 雲雀たつあら野のおふる姫ゆりのなににつくともなき心かな 懺悔業障といふことを まどひつつ過ぎけるかたの悔しさになくなく身をぞけふは恨むる 遇教待龍花といふことを 朝日まつほどはやみにてまよはまし有明の月の影なかりせば 日のいるつづみのごとし 波のうつ音をつづみにまがふれば入日の影のうちてゆらるる 見月思西といふことを 山のはにかくるる月をながむれば我も心の西に入るかな 曉念佛といふことを 夢さむるかねのひびきにうち添へて十度の御名をとなへつるかな 易往無人の文を 西へ行く月をやよそに思ふらむ心にいらぬ人のためには 人命不停速於山水の文のこころを 山川のみなぎる水の音きけばせむる命ぞ思ひしらるる 一六七〇 菩提心論に至身命而不恍惜文を あだならぬやがてさとりに歸りけり人のためにもすつる命は 疏文に心自悟心自證心 まどひきてさとりうべくもなかりつる心を知るは心なりけり 觀心 闇晴れて心の空にすむ月は西の山べやちかくなるらむ 序品 散りまがふ花のにほひをさきだてて光を法の莚にぞしく 花の香をつらなる軒に吹きしめてさとれと風のちらすなりけり 方便品、深著於五欲の文を こりもせずうき世の闇にまよふかな身を思はぬは心なりけり 譬喩品 法しらぬ人をぞげにはうしとみる三の車にこころかけねば 五百弟子品 おのづから清き心にみがかれて玉ときかくる法を知るかな 提婆品 これやさは年つもるまでこりつめし法にあふごの薪なるらむ いかにして聞くことのかくやすからむあだに思ひてえつる法かは 一六八〇 いさぎよき玉を心にみがき出でていはけなき身に悟をぞえし 勸持品 天雲のはるるみ空の月かげに恨なぐさむをばすての山 壽量品 わしの山月を入りぬと見る人はくらきにまよふ心なりけり さとりえし心の月のあらはれて鷲の高嶺にすむにぞありける 鷲の山くもる心のなかりせば誰も見るべき有明の月 一心欲見佛の文を人々よみけるに 鷲の山誰かは月を見ざるべき心にかかる雲しなければ 神力品於我滅度後の文を 行末のためにとどめぬ法ならば何か我が身にたのみあらまし 普賢品 散りしきし花の匂ひの名殘多みたたまうかりし法の庭かな 心經 何ごとも空しき法の心にて罪ある身とはつゆも思はず 無上菩提の心をよみける わしの山上くらからぬ嶺なればあたりをはらふ有明の月 一六九〇 和光同塵は結縁のはじめといふことをよみけるに いかなれば塵にまじりてます神につかふる人はきよまはるらむ 六道の歌よみけるに、地獄 罪人のしめるよもなく燃ゆる火の薪とならんことぞ悲しき 餓鬼 朝夕の子をやしなひにすと聞けばくにすぐれても悲しかるらむ 畜生 かぐら歌に草とりかふはいたけれど猶其駒になることはうし 修羅 よしなしなあらそふことをたてにして怒をのみも結ぶ心は 人 ありがたき人になりけるかひありて悟りもとむる心あらなむ 天 雲の上の樂みとてもかひぞなきさてしもやがて住みしはてねば 百首の歌の中釋教十首 きりきわうの夢のうちに三首 まどひてし心を誰も忘れつつひかへらるなることのうきかな ひきひきにわがたてつると思ひける人の心やせばまくのきぬ 末の世に人の心をみがくべき玉をも塵にまぜてけるかな 一七一〇 俊惠天王寺にこもりて、人々具して住吉にまゐり歌よみけるに具して 住よしの松が根あらふ浪のおとを梢にかくる沖つしら波 伊勢に齋王おはしまさで年經にけり。 齋宮、木立ばかりさかと見えて、つい垣もなきやうになりたりけるをみて いつか又いつきの宮のいつかれてしめのみうちに塵を拂はむ 齋宮おりさせ給ひて本院の前を過ぎけるに、人のうちへ入りければ、ゆかしうおぼえて具して見まはりけるに、かくやありけんとあはれに覺えて、おりておはします處へ、せんじの局のもとへ申し遣しける 君すまぬ御うちは荒れてありす川いむ姿をもうつしつるかな かへし 思ひきやいみこし人のつてにして馴れし御うちを聞かむものとは 齋院おはしまさぬ頃にて、祭の歸さもなかりければ、紫野を通るとて 紫の色なきころの野邊なれやかたまほりにてかけぬ葵は 北まつりの頃、賀茂に參りたりけるに、折うれしくて待たるる程に、使まゐりたり。 はし殿につきてへいふしをがまるるまではさることにて、舞人のけしきふるまひ、見し世のことともおぼえず、あづま遊にことうつ、陪從もなかりけり。 さこそ末の世ならめ、神いかに見給ふらむと、恥しきここちしてよみ侍りける 神の代もかはりにけりと見ゆるかな其ことわざのあらずなるにて ふけ行くままに、みたらしのおと神さびてきこえければ みたらしの流はいつもかはらぬを末にしなればあさましの世や 神樂に星を ふけて出づるみ山も嶺のあか星は月待ち得たる心地こそすれ 百首の歌の中、神祇二首 神樂二首 めづらしなあさくら山の雲井よりしたひ出でたるあか星の影 名殘いかにかへすがへすも惜しからむ其駒にたつ神樂どねりは.

次の