パトリック ヴィエラ 背 番号。 サッカーの背番号4番の意味とは?有名選手やポジション・イメージを紹介!

背番号11といえば?

パトリック ヴィエラ 背 番号

Contents• サッカーの背番号4番の意味とは? サッカーの背番号の意味・決め方を簡単に紹介 サッカーの背番号というのは、決して適当に決めているものではありません。 古くは ポジションごとに番号が割り当てられており、 番号を見れば役割がなんとなくわかる…といったものでした。 (元来の各ポジションの番号は、上記の図を参照) 近年は結構好きに番号を付けるようになってきた印象もありますが、 現在でもこのポジションに由来した番号の付け方を見て取ることが出来ますよ。 フォーメーションと言いますか、戦術の発展の違いで 国ごとに微妙に番号の意味が異なるのも面白いところ。 この辺りは非常に深いので、 下記の記事で詳しく紹介しています。 ・ディフェンシブハーフ(ボランチ) ・センターバック 一言でタイプを説明すると、 守備的な選手が付けることが多いと言えるでしょう。 背番号発祥時には2-3-5という Vフォーメーションが主流だったわけですが、4番と言うのはこの時の 右のハーフバックの番号です。 各国で様々な戦術の発展と共に、背番号も国ごとの違いが出てくるのですが…この時に 5番と6番が最終ラインに降りた国と、 4番と6番が最終ラインに降りた国という違いが出てきます。 このため前者は4番が中盤に残り ディフェンシブハーフに。 後者は1列降りて センターバックになります。 傾向としては ヨーロッパ系の4番はディフェンシブハーフ、 南米系はセンターバックと言えますね。 ヨーロッパ系でも3バックの時は4番が降りてきて、4,5,6で3センターバックとなる傾向があるでしょうか? 基本的には4番の意味というのは上記の通りですが、結構 攻撃的な選手が付けていることも多かったり。 それについても解説したいと思いますよ。 ハビエル・サネッティ パトリック・ヴィエラ スティーブン・ジェラード ちょっと時代が偏ってしまいましたが…。 まずはちょっと例外と言うかパターンが違う サネッティ。 彼の 本職は右サイドバックです。 インテルではディフェンシブハーフやセントラルハーフとしても活躍しましたが、恐らく 4番は右サイドバックから来ていると思われますよ。 アルゼンチン代表でも(中盤の番号である)8番と4番を使い分けていた時期もありましたし。 アルゼンチンでは右サイドバックが2番で、右のCBが4番なのですが…結構歴史を振り返ってみると SBが4番でCBが2番ということも多かったり。 代表だけ見ても サネッティが右SBで4番を付けていた時は、 セルヒオ・バスケスやロ ベルト・アジャラ、 ワルテル・サムエルなどの CBが2番を付けていましたね。 一応ディフェンシブハーフでもプレーした選手ですし、 4番の代名詞的な存在でもあるのでここで紹介です。 続いてアーセナルやフランス代表で活躍した、 パトリック・ヴィエラです。 アーセナルでは4番、インテルでは14番、シティでは24番…代表では4番というように 4番にこだわりを持った選手。 インテルでは先ほどのサネッティが4番を付けており…クラブのレジェンドでしたので14番に。 シティでは…誰だか忘れましたが空いてなかったんですよね。 圧倒的な守備能力を活かしたディフェンシブハーフでしたが、テクニックもかなり高い水準だった選手でした。 最後に ジェラードですが、 クラブでは8番を付けており 代表では4番を付けたプレーヤー。 守備的なミッドフィールダー…とも言えないので、 本当は8番を付けたかったであろう選手です。 しかし代表では フランク・ランパードが8番を付けていたので、もう片方の番号である 4番になったと思われます。 代表での活躍もあり、4番のイメージが強い方も多いでしょう。 ロナルド・クーマン フェルナンド・イエロ ダヴィド・ルイス まずはバルセロナやオランダ代表で活躍した クーマンです。 最近の方は監督のイメージが強いでしょうが、現役時代は 得点能力の高いCBとして活躍しました。 オランダでは 4番を センターバックと呼びますが、その通りに センターバックで大活躍した選手ですね。 続いてレアル・マドリードのレジェンドである イエロ。 センターバックだけでなくディフェンシブハーフでもプレーしていますが、 本職はCBでしょう。 サイズがあり強さがありつつも、 戦術眼に優れテクニックも兼ね備えた素晴らしいディフェンダーでした。 しかし…何よりも評価が高いのは、その キャプテンシーでしょうか。 後継者となった セルヒオ・ラモスもCBではありますが、4番はCBだから…ではなく イエロから継承したという意味合いが強いでしょう。 レアル初期はセンターバックよりも 右サイドバックのイメージがありますし…。 最後は2019年8月にアーセナル移籍で話題になった ダヴィド・ルイスです。 ブラジルを代表するセンターバックであるルイスも、 4番を好んで使っている選手。 現在のアーセナルでは4番が空いていたものの、 23番を選択。 これはどうやらアーセナルの、イングランド代表のレジェンドである ソル・キャンベルの番号を継いだ…ということのようです。 彼も偉大なディフェンダーでしたね。 攻撃的な4番 最後に 攻撃的な4番です。 ティム・ケーヒル 本田圭佑 セスク・ファブレガス 一覧には載せなかったですが、なぜか4番を付けた攻撃的な選手の奔りというと… ルート・フリットでしょうか。 キャリア最後のチェルシーに所属した際に4番を付けています。 オランダ代表では10番の常連だったように、 非常に攻撃的な選手でした。 続いてオーストラリア代表で、なぜか日本戦で得点を取る日本キラーの ケーヒルです。 彼はFWでの起用のイメージが強いですが、 本来はセントラルミッドフィールダーの選手。 恐らく 4番はセントラルミッドフィールダーとして与えられた番号かと。 オーストラリア代表では当初は10番でしたし。 (その後はハリー・キューエルが10番) 代表キャリアも長いので、そのまま 4番=彼の番号として定着しています。 そして特殊な4番を日本で有名にしたのが 本田圭佑選手。 日本代表では18番を付けていましたが、 4番に変更したことで当時話題になりましたね。 これは本当は 10番が欲しかったものの… 大人の事情により本田圭佑選手が付けることは出来なかったということがあります。 そのため1桁で攻撃の選手っぽくない番号、更には好きな番号ということで 3番と4番を候補に。 当時3番は 駒野友一選手が、4番は 栗原勇蔵選手が付けていましたため交渉したところ…駒野友一選手には断られ、 栗原勇蔵選手は譲ってくれたために4番になったようです。 最後にアーセナルやチェルシーで活躍した セスクです。 これは諸説あるようですが… 5月4日生まれであること、 家の番地が4番地であること、更には 憧れのグアルディオラが4番であること…などが理由とされています。 グアルディオラ説が有力でしょうかね?彼は 元々バルセロナの下部組織の選手ですし。 ただ、シャビとイニエスタが同ポジションでいたことや、アーセナルの監督であるヴェンゲルがほれ込んだことよりアーセナルに移籍。 最初は57番や15番を付けましたが、 ヴィエラの退団に伴い4番に変更しています。 非常に4番のイメージが強い選手ですが、 代表では10番や18番となっており… 4番を付けたことが無いのも面白いところです。

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Soccer D.B. : アーセナル 背番号変遷

パトリック ヴィエラ 背 番号

世界最高のセントラルハーフとも評された、 パトリック・ヴィエラ。 やはりアーセナルのイメージが強いでしょうかね? そんな ヴィエラの背番号を歴代で紹介します。 アーセナル時代の4番のイメージが強い選手ではありますが、 4以外の番号を付けてプレーしていたことも多いんです。 【所属クラブ】 1993-1995 ASカンヌ 7,13等 1995-1996 ACミラン 4 1996-2005 アーセナル 4 2005-2006 ユヴェントス 4 2006-2010 インテル 14 2010-2011 マンチェスター・シティ 24 【フランス代表】 1998 ワールドカップ 4 2000 ユーロ2000 4 2001 コンフェデレーションズカップ 4 2002 ワールドカップ 4 2004 ユーロ2004 4 2006 ワールドカップ2006 4 Contents• ヴィエラの背番号を歴代で紹介!【クラブ編】 ASカンヌ【1993-1995】 1993-1995 ASカンヌ 7,13等 ヴィエラは1993年に ASカンヌでプロデビューしています。 フランスのリーグ・アンが背番号固定制になったのは…正確には不明なのですが、恐らく欧州の他の国同様に1995-1996シーズンじゃないかと。 なので、 カンヌの頃は背番号固定ではなかったと思われます。 スタメンに1~11までを割り当てる形となり、試合ごとに背番号が違う…という状態でした。 そのため、この時の背番号は 不明となっていますが…7番や13番という記録がありますね。 ACミラン【1995-1996】 1995-1996 ACミラン 4 1995-1996シーズン途中に ACミランに移籍。 しかしミランでは出場機会に恵まれず… 在籍中わずか2試合の出場となっています。 下記動画はリーグ戦ではなくWEFAカップのものですが、ミラン時代の映像をどうぞ。 ヴィエラはリーグ同様に 4番ですが、バッジョが珍しい9番を付けています。 (リーグでは18番) アーセナル【1996-2005】 1996-2005 アーセナル 4 1996-1997シーズンよりイングランドの アーセナルに移籍。 ここで才能を開花させたと言っても過言では無いでしょう。 アーセン・ヴェンゲル監督の目に止まり、チームの中心選手に成長しています。 アーセナル時代の背番号は、加入から退団までの9シーズンを通して 4番だと思うのですが…。 Wikipediaでは1999-2000までは21番になっていますね…。 加入時にはエディ・マクゴールドリックが21番だったような(秋にはレンタルでいなくなりましたが) そして97-98からはルイス・ボア・モルテが21番だったかと思います。 なのでヴィエラは9シーズン全てて4番じゃないでしょうか? アーセナル時代のプレー映像をどうぞ。 (フランス代表のプレーも多いですが) インテル【2006-2010】 2006-2010 インテル 14 ユヴェントスがカルチョスキャンダルでセリエBに降格したため、2006-2007シーズンより インテルに移籍。 インテルでも中心選手として活躍したものの… この頃から怪我が目立つようになった印象もあります。 原因かどうかはわかりませんが…2006-2007シーズンのミラン戦で 負傷したままプレーしていたのが印象的ですね。 本人は交代を申し出たものの、結局代えることなくプレーさせられた…ということがありました。 インテルでは在籍4シーズン全てで 14番を使っています。 これは4番が…インテルのバンディエラである ハビエル・サネッティの番号だったからでしょう。 そんなインテル時代の映像をどうぞ。 マンチェスター・シティ【2010-2011】 2010-2011 マンチェスター・シティ 24 2009-2010シーズン途中、冬の移籍期間に出場機会を求めて マンチェスター・シティに移籍。 ベテランとなったもののしっかりと出場機会を確保し、2010-2011シーズン終了と共に現役を 引退。 そしてそのままマンチェスター・シティのアカデミーコーチに就任しました。 シティでの背番号は 24番となっており、これは既に4番は ネダム・オヌオハが付けていたからだと思われます。 14番は空いていたハズなので…なぜ24番にしたのかは不明ですが…。 そんなシティ時代の映像をどうぞ。 ヴィエラの背番号を歴代で紹介!【フランス代表編】 ワールドカップ【1998】 1998 ワールドカップ 4 フランス代表にデビューしたのは1997年2月の親善試合、オランダ戦です。 そして 1998年ワールドカップの本戦メンバーにも選出。 ディディエ・デシャンらのバックアップメンバーとして、7試合中2試合に出場しています。 4番は不人気なのか…22歳の若手でバックアッパーながら、希望通り背番号は 4番となっています。 ユーロ【2000】 2000 ユーロ2000 4 続く ユーロ2000ではレギュラーの座を掴んだと言って良いでしょう。 途中交代も含みますが、 6試合全てに出場し優勝に貢献しています。 デシャンと並びフランスの中盤の底を務めました。 この時の 背番号も4ですね。 ちょっと長い動画ですが、ユーロ2000での活躍の映像です。

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Soccer D.B. : フランス代表 背番号変遷

パトリック ヴィエラ 背 番号

pos. nat. name birth play time start goal first match FW 79. 14 5 445 5 1 98. 16 vs FW 68. 01 6 277 3 2 99. 14 vs FW 81. 25 7 171 1 0 01. 11 vs MF 83. 01 24 1566 20 2 04. 24 vs MF 81. 01 4 110 1 1 06. 13 vs FW 83. 25 11 469 4 3 07. 19 vs FW 85. 10 2 68 1 0 11. 13 vs FW 85. 04 12 720 8 8 12. 18 vs FW 88. 10 2 118 1 3 16. 13 vs.

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