第七天国(1927)。 『第七天国』: 映画フェイス

第七天国(1927)

第七天国(1927)

(02. 一番下 の更に下。 愛は人を強くする。 逆境を跳ね返す彼女のそのシーンには思わず拍手した。 ラストは完璧。 やはり名作だ。 淀長さんオススメ作品としてビデオ販売されていました。 そんな男の心の行方を祈るような目で見守る少女の慎ましくいじらしいこと。 私も主人もオーバーウェイト、これじゃ暑いカップルですね。 いや、残すような演出が素晴らしい。 上へ上へ天国へ、駆け上がる勢い。 彼のパワーをもらってディアンヌの表情がどんどん変わっていくのが良い。 幸福な気分で観れるし、心に残る。 貧乏でいいじゃん、貧乏はいつも上を見てばかりだけど、上を向いてりゃ星がたくさん見える。 あ、もう11時だ。 即ち螺旋階段、セット内に吹かせた風、目の眩む高所に立つ少女、玄関の覗き窓である。 頭弱いけど、身上のハート&ソウルで勝負し、底辺から上に登ろうとする、彼のハングリー精神に、希望と勇気を貰いました。 なんとなしに彼と結ばれる、彼女の貞淑な所が素敵です。 理想のカップル。 [] [].

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第七天国(1927)のレビュー・感想・評価

第七天国(1927)

ネタバレ! クリックして本文を読む 愛してるって言えないから名前を呼ぶ不器用さも、 待ち合わせはいつも11時なのも、 本当に見えてなくてもシーコには目に焼き付けたディアンが「見える」のも、 細部に光るものが散りばめられていてうっかりポロポロ泣いてしまった… いつも下ばかり見てた彼女は逞しくなって上を向いて、いつのまにか窓の外を伝って歩くのも怖くなくなっていて。 無神論者だった彼は神に永遠を誓うようになって。 知らぬ間に互いに影響し合って人って変われるんだと、社会の底辺や戦争という現実さえ凌駕する普遍的な希望を感じた。 物理的に天と地を行き交う映像も見事。 トーキーへと変わる時代に映画はここまで作り上げられていたのかと目を見張ります。 地下で働いていても、住まいと気持ちだけは天を向いて生きる。 階段を上っていくのが最後に反復されて感動するとは思わなかった…あの結末の解釈の余白が残っているのもいい…現実か虚構か、天国と下水道、神と戦争、何を信じるかは自分次第なんだと。 地下下水道の掃除夫・シコは、安アパートの屋根裏のような7階の部屋を第七天国と呼び、パリを見下ろしながら大らかに生きている男。 街で出会った女性ディアヌの窮地を救うため、生活を共にすることになり…。 パリを舞台に、第一次世界大戦を挟んだ貧しい二人の純愛。 フランク・ボーセージ監督、1927年のサイレント作品、第一回アカデミー賞でいくつも受賞している作品です。 活弁付きで鑑賞しました。 何と言っても彼女を第七天国へ誘うシーンが素敵!トキメキの、胸踊る場面でした。 現代でしたら、ヒロインの姉ももっとしっかり描かれるでしょうね、痛々しいです。 澤登 翠氏の活弁は過不足なく、物語を楽しめました。 良い経験でした。 会話の中には不平等や神の存在の議論まであるけど、当時の弁士達はどんな名調子で演じたんでしょうか。 2015. 福山駅前シネマモード 作品情報 2017. 現在 掲載のあらすじと、鑑賞した作品は違いました。 何回か問合せましたがそのままなので、バージョン違いがあるのかしら?.

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第七天国(1927)

第七天国(1927)

パリのスラム街。 下水道清掃人の チコの 夢は、日の当たる地上で働く道路清掃人になること。 「 ぼくは出来るヤツだからね」と、人差し指を掲げるのがお決まりのポーズ。 同じ街に住む ダイアンは 、売春婦の姉に、事ある毎にムチで打たれる悲惨な生活をしていた…。 ある日、大金持ちの伯父夫妻が、姉妹を引き取ってもよいと訪ねて来た。 伯父から、真っ当 な暮らしをしていたかと尋ねられ、正直者のダイアンは返事に窮してしまった。 その様子を見て全てを察した伯父は、2人を引き取るのを辞めて帰ってしまっ た。 怒った姉はダイアンをムチで打ち、外へ逃げ出した彼女を捕まえて首を絞めた。 その時、偶然 に地下から出て来たチコがダイアンを助けた。 チコは無神論者だ。 「 神がいるなら何故彼女を護ってやらないんだ?…。 ぼくは2度5フラン出して神を試してやった。 1度は道路清掃人にして下さいと。 もう1度は金髪 の女房をと…。 10フラン丸損だ。 ぼくは神に10フラン貸しがある…」。 そばを通りかかった神父が、チコの話を聞いてやって来た。 神父は道路清掃人の鑑札と、メダ イ (キリスト教のメダル)のネックレスをチコに差し出した。 「 こ れで借りの半分は返したね…」。 ダイアンがナイフで自殺を図ったが、再びチコが救った。 警官がダイアンを連行しに来た。 売春の罪で捕まった姉が、ダイアンも同罪だと告げ口したの だ。 チコは思わず警官に言い放った。 「 彼女はぼくの女房だ」。 警官が去った後、チコは頭を抱えた。 警察が家に調べに来れば嘘がばれ、道路清掃人 の仕事も失くしてしまう…。 ダイアン 「 私を家に置いたら。 済んだら出ていくわ」。 チコ 「 君は頭がい い」。 ダイアン 「 あなたは心が広 いわ」。 2人は友人のおんぼろタクシーで街を一周してからチコの家へ。 チコは階段をどんどん登って 行った。 4階、5階 … そして7階へ。 チコ 「 働いているのは地下だけど、住まいは星に近いんだ」。 ダイアン 「 素敵だわ。 天国よ」。 チコの部屋の窓には、隣の建物へ渡れるように板が掛けてあった。 チコはダイアンの手を取って一緒に渡ろうとしたが、ダイアンは怖がって渡れなかった。 チコ 「 下なんか見るな。 いつも上を見ろ!」。 「 ぼくは上ばかり見 ている。 だから出来るヤツなんだ」。 2人の生活が始まったが、チコは、同居するのは警察の調べが済むまで、と念を押していた。 窓の渡り板の先には、道路清掃人の先輩であるゴバンさん夫妻が住んでいた。 チコとの生活で元気を取り戻したダイアンは、怖がっていた板の上を 渡れるようにもなった。 ついに警察が調べにやって来た。 刑事が帰った後、ダイアンは後ろ髪を引かれる思いで部屋か ら出て行こうとしたが、その背中にチコが声をかけた。 「 居たければ 居たって構わないぜ」。 ダイアン 「 わたしは神様を信じてるの。 あなたに会わせて下さった」。 チコ 「 神なんか当てにするな。 ぼくに任せておけばいい」。 ある日、チコがウエディングドレスを買ってきた。 ダイアンから、1度でいいから 「 愛してる」と言って欲しいと頼まれたチコが、代わりに発した言葉は、「 チコ…、ダイアン…天 国」。 ドイツと戦争になり、チコは出兵しなければならなくなった。 ダイアンはウェディングドレスを着てチコを励ました。 「 怖がらないで。 上を向いて…。 おかげで強くなれたわ。 わたしも出来るヤツよ」。 2人だけで結婚式を挙げ、神父から貰ったメダイのネックレスをお互いの首に掛け合った。 時 刻は11時。 チコと入れ替えで姉がやって来た。 ダイアンの幸福を妬む姉はネックレスを奪い取り、ダイア ンをムチで打った。 しかし、チコとの生活で逞しくなったダイアンは、姉からネックレスとムチを奪い返した。 戦争は長引き、ダイアンは軍需工場で働くようになっていた。 工場勤務の大佐がダイアンに言い寄ってきたが、ダイアンは相手にしなかった。 毎日11時になると、チコとダイアンはメダイのネックレスを手に 祈りを捧げた。 祈りの言葉は、「 チコ、ダイアン、天国」。 戦争4年目のある日、チコは前線で負傷した。 チコはダイアンへの伝言 ー 「 愛を込めて…上を向きながら死んだ 」 ー と、メダイのネックレスを戦友に託した。 工場の大佐が、チコの名前が載った戦死者名簿を持って来たが、ダイアンはチコの戦死を信じ なかった。 「 チコは毎日11時に、私のところへ会いに来ている 」。 そこへ、神父がチコのネックレスを持って来て、彼の最後の言葉を伝えた。 戦争の終結が発表され、町はお祭り騒ぎ。 ダイアンは1人打ちひしがれていたが…。 注) 主演女優賞は、『第七天国』、、『街の天使』 の3作の演技に対して贈られた。 ・監督、ジャネット・ゲイナー、チャールズ・ファレルの3人は、『街 の天使』 1928年)、『幸運の星 』(1929年)で も組んだ。 (右の写真) 左から、チャールズ・ファレル、 ジャネット・ゲイ ナー、フランク・ボーゼージ監督 ・淀川長治さんが、「友の会」 で本作の話をしたのを聞いていた永六輔さんが、名曲「上を向いて歩こう」を作詞したという。 同曲は 「 SUKIYAKI」 というタイトルで、全米でも第1位の大ヒット 1963年)となった。 淀川さんがジャネット・ゲイナーに 会った時に、スキヤキに招待して、この話をしたら、ゲイナーは「 Wonderful 」と言って、大変喜んだそうです。 ・10年後にリメイクされ、シモーヌ・シモン、が主役の2人を演じた。 主演の『 The Cheat 』 1923年)にエキストラで出演し、銀幕デビュー。 その後、の『巴里の女性』 1924 年)等にもエキストラで出演した。 ・『戦艦くろがね号』 1926年)で初の主役を務めた。 ・『第七天国』 1927年)の大ヒット で人気スターに。 ジャネット・ゲイナーとは合計12作で共演。 "America's Favorite Lovebirds" 「人気者のあつあつカップル」と呼ばれ、サイレント後期からトーキー初期にかけて、大人気の名コンビとして活躍 した。 (右の写真) 『街の天使』 1928年) ジャネット・ゲイナーと ・映画への出演は『 The Deadly Game 』 1941年)が最後となった。 1948年から1953年まで、カリフォルニア州パームスプリングス市の市長を務め、1950年代はTVで活躍した。 (左の写真) 『幸運の星』 (1929年) ジャネット・ゲイナーと ・ 1990年、 88歳で他界。

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