喜びを数えたら あなたでいっぱい。 NES駒ヶ根|喜びを教えたらあなたでいっぱい。

喜びを数えたらあなたでいっぱい|すぴか|note

喜びを数えたら あなたでいっぱい

スポンサーリンク 3番 会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って 手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら 会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って 手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら 「あなた」に会うためには たくさんの障害や険しい道をこえる 必要があるのでしょう。 並木という言葉で表現されています。 らるらりら という言葉に特に意味はないようです。 音楽のハミングで使われる ラララーやドゥー、ドゥー と同じように捉えていいでしょう。 ラストサビ パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせあなたにとどけ かかと弾ませこの指とまれ サビ1、2と同じですが最後に かかと弾ませこの指とまれ とあります。 かかと弾むというのは ワクワクしながら、歩いている様子や 走っている様子を連想させます。 複数人でワイワイと 一つの場所に集まっている姿が 目に浮かびますね。 感想 このプロジェクトは 「東京オリンピック・ パラリンピック競技大会組織委員会」に 「東京2020公認プログラム」 として認証されています。 今回紹介した 「パプリカ」 どんどん大きく展開していきそうですね。 今後、NHKでは 「パプリカ」を 紹介する番組やイベントを予定しており 2020年に向けて更なる展開が期待されそうです。 米津玄師が作る子供への歌 聴いていて心地よいですね。 可愛らしい雰囲気の楽曲ながらも 言葉選びが逸脱していました。 さすがですね。

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【Foorin/パプリカ】歌詞の意味を徹底解釈!米津玄師が作詞作曲を手掛けた応援ソングの実態は?

喜びを数えたら あなたでいっぱい

東京オリンピックのNHK公式テーマソング『パプリカ』という歌があります。 幼稚園児のダンス音楽としてめちゃめちゃ流行っているので、どこかで聞いた方も多いのではないでしょうか? 実は僕、今日初めてパプリカをフルでちゃんと聴いたのですが、そしてその時に強烈な違和感を感じたのです。 その後、どうしてもその歌の意味を掘らなければいけないような気がして、4時間ほど歌詞と向き合っていました。 そしてわかりました。 もうとにかく自分でも止められなくなるほど掘れば掘るほど意味が出てくる奥深い曲だったんです。 今からここに書くのは完全に個人の解釈によるもので言ってみれば僕の妄想です。 なのでそういう読み方もできるよねと言う程度でお楽しみ下さい。 先に結論を書いておきます。 僕が見つけたこの曲の裏ストーリーは、「 少年が友達を亡くした悲しみと折り合いをつけ、未来へ向かって歩き出す歌」です。 なぜそうなるのか、順をおって説明させてください。 まずはパプリカの歌詞全文を引用させてもらいます。 ーーーー以下引用ーーーー 【Aメロ】 曲がりくねり はしゃいだ道 青葉の森で駆け回る 遊びまわり 日差しの街 誰かが呼んでいる 【Bメロ】 夏が来る 影が立つ あなたに会いたい 見つけたのはいちばん星 明日も晴れるかな 【サビ】 パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせあなたにとどけ 【Aメロ】 雨に燻り 月は陰り 木陰で泣いてたのは誰 一人一人 慰めるように 誰かが呼んでいる 【Bメロ】 喜びを数えたら あなたでいっぱい 帰り道を照らしたのは 思い出のかげぼうし 【サビ】 パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせあなたにとどけ 【Cメロ】 会いにいくよ 並木を抜けて 歌を歌って 手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら 【サビ】 パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせあなたにとどけ かかと弾ませこの指とまれ へ ーーーー引用終わりーーーー 別タブで開くためのリンクも貼っておきます。 パプリカの歌詞解釈 ではAメロから順番に説明させていただきます。 まずAメロの歌詞全体を通して、誰もが共感できるようなノスタルジックな情景を描いていますが、よく見るとあちこちにヒントがあるように僕には見えました。 「目には青葉、山ホトトギス、初鰹」という有名な俳句がありますが、これは全て初夏の風物詩を並べています。 すなわち「青葉の森」とは「初夏の森」であり、それを人生に当てはめると「人生の春が終わり、夏に差し掛かった頃」言い換えれば「少年期が終わり、青年期に差し掛かった頃」と読み解くことができます。 つまり青年のコミュニティに入り始めている まとめると「曲がりくねったはしゃいだ道」である少年期が終わり、「青葉の森」や「日差しの街」である青年期に入り始めたことがわかります。 青年期は先ほどの説明の通り。 そしてここで注目したいのが「季節の夏」です。 日本の夏のイベントといえば何でしょう?そうお盆ですね。 あの世とこの世が重なる期間です。 つまりこの分の意味は「あの世が近くなる」となります。 ここでは、この世に対してのあの世を表します。 そして夏は太陽の光も生命の力も強まる季節です。 つまり影が立つとは「光が強くなったことによって、あの世の輪郭が強く浮かび上がってきた」という意味になります。 では次の「あなたに会いたい」ですが、これは誰に会いたいのでしょう? 「あの世が近くなる」季節に 「あの世の輪郭が強く浮かび上がる」季節に 「会いたくなる」人とは誰でしょう? 僕はここで「亡くなった友達」と結論づけました。 「亡くなった友達に会いたい」と歌った後に続くのは何か? 「見つけたのはいちばん星」です。 子供に亡くなった人のことを説明する時なんと言います? もうズバリですよね。 「お星様になる」っていいますよね。 つまり魂よ安らかなれという意味に取れます。 さあいよいよサビにいきましょう。 けれど僕は未来に向かって歩いていく。 なぜそうなるか説明します。 「種を蒔く」は未来へ向かって行動すること。 つまり「あなたの事は忘れないけれど、僕は未来へ歩き出す」と言っているのです。 日本的な宗教観では亡くなった人は神様にもなります。 つまりここでは「亡くなって神様になったあなたに感謝を伝えたい」を意味しています。 でもあなたの事は忘れない 「夢を描く」は未来へ心を向ける事。 自分の気持ちが未来を向き始めていることを表しています。 「心遊ばせあなたにとどけ」では「それでもそんな気持ちや描いた夢を、あなたに話したいんだよ」というという意味になります。 「未来に向かう事は決してあなたを忘れることではない」とすることで気持ちの折り合いをつけようとしているのです。 そんな時に木陰で泣いていたらもう死ぬほど心細いでしょう。 「こっちへおいで」と聞こえてしまったのでしょう。 しかし次のBメロで状況は変わります。 いい思い出を浮かべてみたら「あなた」との思い出ばかりだったのでしょう。 つまり「この世に帰ってくる道」 あなたを亡くしたショックで生きる気力を失い、声が聞こえるくらいあの世に近いところまで行ってしまったけれど、あなたの思い出が僕をこの世に引き戻してくれた。 という意味が読み取れます。 ここで見て欲しいのは、それでもその帰る道を照らしたのは「思い出のかげぼうし」であること。 かげぼうしとはつまり人の影。 Aメロの解釈でも出てきましたが「影」は死を表し、人の影は「亡くなった人」を表します。 つまり僕をこの世に引き戻してくれたのは「思い出の中にいる亡くなった人」なのです。 2番サビはAメロの繰り返しなので省略します。 続いて説明したいのがCメロの歌詞。 歌の流れとしてプロポーズはありえないでしょう。 そしてお墓まいりとは故人に挨拶や何かしらの報告がある時にいくもの。 ここでは「僕は未来に向かう」という報告をするという意味だと思っています。 そして最後、サビの繰り返し。 けれど僕は未来を生きる。 最後のサビで他と唯一違うのは「かかと弾ませこの指とまれ」の部分です。 それ以外の部分が「あなたへの感謝」と「未来へ歩き出す」を意味する事はもう書きましたが、この「かかと弾ませこの指とまれ」は未来への歩みをさらに進めて、そこで生きる決意を表明しています。 なぜなら「かかとを弾ませる」という事はやや駆け足気味に歩いているという事であり、「この指とまれ」は仲間を集めることを意味します。 つまり「未来へ向かって駆け足気味に歩き出し、その先で僕は仲間を見つける(君以外の友達をつくる)」という未来でいきていく事の決意表明と取れるのです。 よってこれまでの話をまとめると『パプリカ』は「少年が友達を亡くした悲しみと折り合いをつけ、未来へ向かって歩き出す歌」となるのです。 「パプリカ」というタイトルの意味 これまで読み解いてきた歌の意味を踏まえて「パプリカ」というタイトルをもう一度見てみると、ある仮説が浮かびます。 パプリカはピーマンと近しい植物です。 同じナス科トウガラシ属で、栽培方法なども似通っています。 そしてピーマンといえば、お盆にナス、きゅうりなどと共にご先祖様にお供えする野菜です。 ピーマンを「亡くなった人を想う野菜」と意味づけするならば、それと近しいけれど別のものであるパプリカにはどういった意味を見いだせるでしょうか。 「ピーマンに似ているけれど違う野菜」に「あなたを忘れはしないけれど、未来へ歩き出した僕」を見る事はできないでしょうか? そう思いながら歌を聞けば、違った意味合いを感じ取れると思います。 ここまで読んでいただきありがとうございました。 この解釈があったからといって何がどうという訳ではありません。 ただどうしても、誰かに伝えずにはいられなかったのです。 この記事によって、あなたの日常の色が少しでも変われば、ぼくにとって最高の喜びです。

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米津玄師『パプリカ』歌詞の意味を考察・解釈

喜びを数えたら あなたでいっぱい

(画像出典元:パプリカのジャケットより) パプリカの米津玄師バージョンが8月9日にYoutubeにアップされました。 しかもMV付きのフルバージョンです。 Foorinも良いのですが、個人的には米津玄師が歌っているのが好きですね。 懐かしいような、切ないような、そんな気持ちになってしまいます。 まんが日本昔ばなしの「にんげんっていいな」に近いどこかもの悲しい哀愁のようなものを感じてしまいます。 「2020応援ソングプロジェクト」の曲として米津玄師が作ったわけですが、なんだかとっても泣きたくなります。 応援ソングなのになぜだ!!! それでは米津玄師のパプリカの歌詞の意味やみんなのうたのMVの考察を行いたいと思います。 長崎との関連についても! スポンサーリンク パプリカの歌詞の意味! 以前パプリカに対する米津玄師のコメントがあったので貼っておきます。 子どものころを思い返すことがここ最近の音楽活動に於いて、重要なテーマになっていたところに、ダイレクトに子どもへ向けた音楽を作ることになりました。 子どもたちが素直に楽しめるものを作るためには、子どもの目線で生活を省みつつ、まず子どもを舐めないところから始めるべきだと思いました。 この曲を聴いた子どもたちが、小さな世界を元気に生きていく為の糧になりますように。 (引用元:米津玄師コメント) とりあえず歌詞全文。 曲がりくねり はしゃいだ道 青葉の森で駆け回る 遊び回り 日差しの街 誰かが呼んでる 夏が来る 影がたつ あなたに会いたい 見つけたのは一番星 明日も晴れるかな パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け 雨に燻り 月は陰り 木陰で泣いてたのは誰 一人一人 慰めるように 誰かが呼んでる 喜びを数えたら あなたでいっぱい 帰り道を照らしたのは 思い出の影法師 パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け 会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って 手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら 会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って 手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け 踵弾ませ この指とまれ 最初に聴いた感じでは切なさはあるものの、子供の頃を思い出すような歌詞ばかりです。 子供にも人気なので、子供にもうまくハマっているんだと思います。 曲がりくねり はしゃいだ道 青葉の森で駆け回る 遊び回り 日差しの街 誰かが呼んでる 子供たちが数人で元気に遊んでいる風景が思い起こされます。 「青葉の森」「日差しの街」というワードでは誰しもが連想する光景があるはずです。 夏が来る 影がたつ あなたに会いたい 見つけたのは一番星 明日も晴れるかな この部分も「夏が来る」と昂揚するのは子供の夏休みを連想させられ、毎日遊んで過ごす無邪気さが現れています。 一番星とは宵の明星(金星)のことで、日没を表していて、遊び終わりの帰りであり、明日もまた遊ぶというのが暗に意味されています。 Bメロで使われている「あなた」は子供の頃の淡い恋の対象であるとも取れ、一番星にもメタファーとしてかかっています。 パプリカ 花が咲いたら 晴れた空に種を蒔こう ハレルヤ 夢を描いたなら 心遊ばせ あなたに届け サビ部分ですね。 パプリカについては米津玄師自身が語感がよく、野菜としてのパプリカも色鮮やかで可愛いとインタビューで話しています。 また花が咲いていることから、後述するパプリカの花言葉「君を忘れない」の意味もかかっているでしょう。 子供の恋がそのまま将来実を結ぶことはほとんどありませんが、その種を蒔く行為は未来が対象になっています。 恋の経験という意味合いで解釈すると、その恋が実ることはないが忘れ去るような無駄な経験ではなく、将来の自分にプラスの影響を与えてくれるものとなります。 ですのでこの中で言う「あなた」は聞いている人であり、主観の自分と客観の自分も内包しています。 ちなみにハレルヤは神の恵みへの感謝を表す語です。 これも後述するパプリカの花言葉との関連があります。 雨に燻り 月は陰り 木陰で泣いてたのは誰 一人一人 慰めるように 誰かが呼んでる 燻るとは「あれこれと思い悩む」ことです。 雨が降ってしまい、1番の歌詞とは対照的に外に遊びに行けない様子がわかります。 雨、月、木陰など単語からもどことなく暗く悲しいイメージが想起されます。 喜びを数えたら あなたでいっぱい 帰り道を照らしたのは 思い出の影法師 2番Bメロも思い返している内容になっています。 ここの影法師とは夕焼けに照らされた長くのびた影であり、過去のメタファーにもなっています。 この部分の「あなた」は1番Bメロと同じく好きの対象者であるとともに、過去の自分自身とも取ることができます。 会いに行くよ 並木を抜けて 歌を歌って 手にはいっぱいの 花を抱えて らるらりら かなりポジティブな部分で、並木を抜けると視界が広がるのでかなり前向きにさせられます。 「手にはいっぱいの花」は自分を取り囲む友達や喜びそのものと言えます。 踵弾ませ この指とまれ 最後は説明不要ですが、楽しさが溢れていて、やはり子供らしさのある歌詞です。 大人視点でも、子供時代を思い起こす歌詞で締めくくられていますね。 もう戻れない過去というのがどこか哀愁を呼び起こします。 子供からするとまさにリアルタイムな内容ですが、大人からすると忘れていた子供の記憶が蘇るような感覚があります。 ぼくたちそれぞれが持っている懐かしさのシニフィエにこの楽曲はなっているんだなと思いました。 パプリカの花言葉 「パプリ~カ 花が咲いたら~」 パプリカは野菜として一般的に食べているので、パプリカと聞いて花をイメージするよりも、野菜として売られているパプリカをイメージしてしまうのではないでしょうか。 でもよく考えてみればトマトだってキャベツだって花は咲きますよね。 パプリカの花はこんな感じです。 真っ白な星形できれいですね。 花言葉は• 哀れみ• 海の利益、めぐみ• 君を忘れない があります。 MV、みんなのうたの考察 みんなのうた、MVでは割と歌詞と連動しているアニメーションになっています。 加藤隆によるもので、パプリカのジャケットも彼によるものです。 冒頭シーンでは大人になった男の子から始まっていて、そこから子供になっているので、一連の子供のシーンは過去の回想になっています。 また赤いマントをした子供は「妖精」のようなものであり、大人には見えていません。 向日葵や麦わら帽子、うちわ、花火のシーンなどから夏なのがわかりますね。 Cメロから大人に戻ったカットの後にまた子供に戻り、赤いマントの女の子に会いに行きます。 この子供は過去に戻っているわけではなく、感覚的に童心に返っている表現ですね。 また花火がはじける前に彼岸花のようになっていたり、赤いマントの子供に会いに行った場所で彼岸花が映っています。 (パプリカMVスクリーンショット) ここで連想されるのは赤いマントの女の子は死者です。 夏と言えばお盆ですが、お盆にはお墓参りをしますよね。 また故人の霊が返ってくるとも言われています。 もう亡くなってしまった大切な人との思い出が蘇るのが「お盆」でもあり、過去を懐かしむ、忘れないという行事でもあります。 そう考えるとこのMVでは里帰り(お墓参り)の解釈もできるし、赤いマントの子供は霊的なものとも概念的なものとも言えます。 ここも花言葉と関連しており、海の利益やめぐみを連想させます。 (パプリカMVスクリーンショット) MVのいろいろなところに描かれている鳥は引きだと頭が赤くなかったのでコウノトリかと思いましたが、最後のシーンでは鶴でした。 海のシーンはカモメもしくはウミネコ。 (パプリカMVスクリーンショット) これは鶴あるいはコウノトリ。 (パプリカMVスクリーンショット) これは鶴。 (パプリカMVスクリーンショット) 鶴は長寿や繁栄のシンボル、コウノトリも赤ちゃんを運んでくると言われているので子孫繁栄です。 8月9日の意味 Youtubeにアップロードされた日付が8月9日というのも意味がある気がします。 まずは長崎市への原子爆弾投下が行われたのが8月9日ですよね。 そう考えるとそう取れなくもない歌詞やMVだなと感じてしまいます。 不思議です。 しかしあくまで推測にすぎないので別の意味があるのではないでしょうか。 「2020応援ソングプロジェクト」は東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会により「東京2020公認プログラム」として認証されています。 そして1年後の2020年8月9日はオリンピックの閉会式がありますね。 こちらの方がしっくりきます。 閉会式では次に繋ぐバトンや大会を振り返る意味合いもあるので、この曲の過去を回顧しながら進んでいく(パプリカ自体は応援ソングなので)というのは非常に合っています。

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