夢のある者には希望がある。 「夢」と「希望」の違いとは?意味を詳しく解釈

『夢八訓』|Puka|note

夢のある者には希望がある

syncreate. jp)を創立経営しています。 そしてこれが、P2Mのライフサイクルマネジメントに符合すると見るのはこじつけ過ぎでしょうか!? 夢と希望は違うと言われます。 夢は無意識に湧き上がってくるものに対し、希望は意識して創っていくものである。 言葉に表されたものである。 自分で未来を託すものである。 往々にして過酷な試練を経て創られるものである。 希望とは、P2Mでいうところの、自らに課すミッションプロファイリング Mission Profiling とも言えます。 従って、「夢があるから希望がある」はミッションプロファイリングで、「希望があるから目標がある」と「目標があるから計画がある」はプログラムマネジメントで、「計画があるから行動がある」と「行動があるから実績がある」と「実績があるから反省がある」はプロジェクトマネジメントです。 更には「反省があるから進歩がある」と「進歩があるから夢がある」はスパイラルアップしたプロファイリングマネジメントと言えるのではないでしょうか! P2Mのライフサイクルも、上記8つの因果律を問うているに過ぎない訳です。 ポイントは、最後に「進歩があるから夢がある」を持ってきて、リカーシブルに最初につなげ、スパイラルアップした継続性を暗示させているところにあると思います。 事は一朝一夕にはなりません。 一歩一歩プロセスを重ねながら、夢と進歩を継続的に重ねるという努力が必要です。 その意味では、終わり 完成形 はありません。 これはP2Mのみならず、人生そのものにも言えると思います。 自らの人生もプロジェクトでありプログラムであると捉え、P2Mに照らしながら考えてみると、更に理解が進むのではないでしょうか。 夢を起点に、上記8つのステージをONにすると、全てが良いスパイラルに入るかも知れません。

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この言葉の「ある」を「ない」に置き換えたら、やっぱり夢はあった方がいいわけ。

夢のある者には希望がある

夢のある人は希望がある 希望のある人は目標がある 目標のある人は計画がある 計画のある人は行動がある 行動のある人は実績がある 実績のある人は反省がある 反省のある人は進歩がある 進歩のある人は夢がある 最近ひょんな事で知ったのですが、上掲の一文を『夢の八訓』(『夢七訓』と言われることもある)と言うのだそうです。 これを編み出したのは、吉田貞雄という人です。 「吉田貞雄?」。 当ブログを定期訪問されている方は、何となく聞き覚えのある名前かもしれません。 そうなのです。 今年2月のでご紹介しました、私の出身中学(山形県南陽市立宮内中学校)の先輩と同姓同名です。 同記事は、吉田様からのコメントにより、私が郷里町でお世話になっていた宮内町立母子寮の敷地は、戦後間もなくまで日本信号(株)の宮内工場があったこと、それが昭和22年の大火災によって焼失し、我が母子寮は直後その跡地に建てられたものだったことなどをご紹介しました。 当然ながら私は、今回この吉田貞雄『夢の八訓』に初めて接して、『もしかして、吉田先輩?』と思いました。 早速気になって、ネットでいろいろ調べてみました。 その結果、吉田先輩と同姓同名の別人であることが分かりました。 この作者の吉田貞雄氏とは、1940年兵庫県生まれ。 関西大学卒業後流通業界で名を馳せ、後に流通評論家として知られた人だったようです。 「だった」と過去形なのは、1999年にお亡くなりになられた人だからです。 実際この遺訓を現在でも座右の銘にしている人は、全国にけっこうおられるようです。 出身中学校の先輩・吉田貞雄様とのご縁から、今回『夢の八訓』を知ることができました。 私はこれを、最近座右の書にしている『思考は現実化する』(田中孝顕訳、騎虎書房刊)の余白に書き込み、折りに触れて目を通すようにしています。 ナポレオン・ヒル原著(原題『THINK & GROW RICH』)のこの著書については、既に(今年1月)などで触れました。 しかしこのサイクルが一巡した後の「夢」は、最初のものとは違っているはずです。 おそらく「夢のスケール」が、一段も二段も大きくなっているはずなのです。 このステップをうまずたゆまず一歩ずつ着実に実践していける人は、本当に素晴らしいと思います。 「夢」から「さらなる大きな夢」へ、確実にステップアップしていける人だからです。 こうして善循環のサイクルに乗って、どんどん「真の自己実現」に近づいていける人なのではないでしょうか? 3・11大震災の発生により、日本は大地震、大津波、福島第一原発事故と大三重苦に見舞われました。 「天災か、闇の勢力の仕業か」は別として、日本国民総体の「夢」が、いっぺんにペシャンコに潰されたような形です。 しかしそれでは、「思考は現実化する」の法則により、この国の未来が暗澹たるものになるのは確実です。 確かに国家と国民は直結するところがあります。 しかし国民は、明確な国家ビジョンを提示できない無能国家から独立して存在することも十分可能です。 いな今後は、今のような政治システムが徐々に不要となる社会に進化していきます。 前出の旧約箴言でも、主体は国家ではなく「国民」であることに留意すべきです。 「明るい将来ビジョン」を想い描くのは、あくまでも国民一人一人であるということです。 この際私たちは、「明るい夢(願望)からすべては始まる」ということを再確認したいものです。 (大場光太郎・記).

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夢のある者には希望がある

「夢」と「希望」各々の解釈 では、 「ゆめ」と読む 「夢」と 「きぼう」という読み方をする 「希望」の意味を見ていくことにします。 「夢」の意味や使い方 「夢」にはいくつかの解釈があるのですが、 「睡眠中に現実の経験のように感じる心像」という意味があり、よく 「怖い夢を見る」という使い方をしています。 その他にも、 「将来実現させたいと思っている事柄」という意味もあり、 「幼い頃から政治家になるのが夢だった」というような使い方があります。 また、 「現実逃避的な空想や楽しい考え」、 「はかないこと」などの意味合いで使われることもあります。 「希望」の意味や使い方 「希望」は 「未来に望みをかけること」、 「こうなればよい、叶ってほしいと願うこと」、 「望み通りになるだろうという良いよ見通し」という意味があります。 「進学を希望する」というような使い方をしています。 「夢」と「希望」の違い では、 「夢」と 「希望」は、どのような違いがあるのでしょうか? 「夢」と 「希望」は、両方とも 「将来や未来に向けて実現したいこと」という共通した解釈ができます。 しかし、 「夢」は、 「実現する可能性は低いが、そうなったらとても嬉しい」というニュアンスがあります。 これと比べて 「希望」は 「実現できる可能性が高く近いうちに実現できそう」という観点で使われることがあります。 特に 「進路希望」や、 「大企業への就職を希望する」などに使われており、短期的なことで実現できそうなことに対しても使われれいます。 この点が2つの言葉の相違点と言えます。 「夢」と「希望」各々を使った例文と意味を解釈 ここで 「夢」と 「希望」を使った例文を見ながら、具体的な活用シーンをイメージしていくことにします。 「夢」を使った例文と意味を解釈 「当たれば億万長者も夢ではないことを信じて、宝くじを買い続けている」 宝くじで億万長者になることは、誰もが見る 「夢」です。 逆に言えば、 「夢」を買っているのかもしれません。 「希望」を使った例文と意味を解釈 「将来の希望を失ったことで、彼は生きる力をなくしてしまった」 人は誰でも将来への希望を実現させるために頑張っています。 しかし、何らかの事情で 「希望」頑張って絶たれてしまった時に、生きる気力を失ってしまいます。 しかし、その後にどれだけ立ち直れるかが、大切なことです。 まとめ 「夢」と 「希望」という言葉の意味や使い方、解釈の違いを見てきましたが、私達も 「夢」を持って諦めることなく、 「希望」を実現できるように前向きに進んで行きたいものです。

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