秋 きぬ と 目 に は さやか に。 【コラム:121】秋来ぬと目にはさやかに見えねども(2018年9月)

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」は誰の歌か?

秋 きぬ と 目 に は さやか に

小倉百人一首 018 住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢のかよひ路 人目よくらむ すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ 藤原敏行朝臣 解説 藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん・? ~902,907? )は、清和、、、宇多、醍醐の五朝に仕えていますが、陸奥出羽の按察使・富士麻呂の子とも言われています。 藤原敏行はが選んだのひとりに名前が挙げられていて、平安時代の優れた歌人で、『古今集』にある「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる」もよく知られている和歌のひとつです。 また、藤原敏行は歌人であると同時に書道にも優れ、空海に並ぶと言われるほどの書道の大家でもありました。 世俗の身でありましたが、 書をよくしたので 「請われるままに写経をしたので地獄に送られた」などという話も、「今昔物語」や「宇治拾遺集」に残されています。 この和歌は敏行の恋心を詠ったものですが、御所で開かれた歌会の折、思いを寄せる女性を思い出して詠まれたと言われています。 「人目よくらむ」は「人目を避けようとしている」というような意味ですが、この主語は明記されていないので、「私」とも「あなた」とも取れるつくりになっています。 「私」を主語としたなら、「夢の中でさえ、人目をはばかってしまう 気の弱い わたし」というようにも解釈できます。 読み すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ 季節 - 現代意訳 住の江の岸に打ち寄せる波のように いつもあなたに会いたいのだが 、 どうして夜の夢の中でさえ、あなたは人目をはばかって会ってはくれないのだろう。 「らむ」は推量。 出典 「古今集」.

次の

句切れについて

秋 きぬ と 目 に は さやか に

今日は久しぶりに涼しかった。 もう、秋かと思わせるような天気だった。 秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる 「古今和歌集」の藤原敏行朝臣の歌である。 訳すまでもないだろう。 今日のような日は、1000年以上も前に創られたこんな歌が口をついて出てくる。 おそらく日本人ならば誰でも理解できる感覚だと思う。 ちなみに、この藤原敏行(朝臣)は、藤原(朝臣)敏行ではないということで、比較的位の低い公家だったことがわかる。 井沢元彦的に言えば、この藤原敏行朝臣のように「三十六歌仙」というようなところに選ばれるような人は、どこか不遇だったのかもしれない。 彼の不遇な人生がそこはかとなく、この歌から感じとれないだろうか。 さて、話を戻す。 こんな日だから敢えて言っておきたい。 日本の伝統というのはこういった歌に対する感性の連続性にあるのであって、明治維新以降ににわかに出来上がった偏狭なナショナリズムイデオロギーとは一線を画するものであると僕は思う。 さらにいえば、小学生に英語やコンピュータ、それに金融の初歩を学ばせようなどという目先のソロバン勘定よりも、こういった歌を一つでも多く、覚えさせたほうがよっぽど深い人生を生きられるのではないだろうか。 ただし、そのことを理解するのには、このような歌を30年間位、体の中で眠らせて醸造させなければならないのだ。 僕は個人的には、中学、高校と古典というのが全く苦手だった。 むしろ、苦痛だった。 なんで、こんなものを学ばされるのかとすら思った。 だからこそ、今、後悔して、こんなことを言っているのである。 まさむね.

次の

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」は誰の歌か?

秋 きぬ と 目 に は さやか に

秋になると思い出す和歌を水垣久さんのホームページから引用しました。 藤原敏行 ふじわらのとしゆき 生年未詳~延喜元? -901 陸奥出羽按察使であった南家富士麿の長男。 母は紀名虎の娘。 紀有常の娘(在原業平室の姉妹)を妻とする。 子には歌人で参議に到った伊衡などがいる。 系図 貞観八年 866 、少内記。 地方官や右近少将を経て、寛平七年 895 、蔵人頭。 同九年、従四位上右兵衛督。 『古今集和歌目録』に「延喜七年卒。 家伝云、昌泰四年卒」とある(昌泰四年は昌泰三年=延喜元年の誤りか)。 三十六歌仙の一人。 能書家としても名高い。 古今集に十九首、後撰集に四首採られ、勅撰集入集は計二十九首。 三十六人集の一巻として家集『敏行集』が伝存する。 一世代前の六歌仙歌人たちにくらべ、技巧性を増しながら繊細流麗、かつ清新な感覚がある。 和歌史的には、まさに業平から貫之への橋渡しをしたような歌人である。 秋 秋立つ日、よめる 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古今169) 【通釈】秋が来たと目にははっきりと見えないけれども、風の音にはっと気づいた。 【補記】古今集秋歌劈頭。 立秋の日に詠んだという歌。 もとより「風の音にぞおどろかれぬる」という秋の発見は平生の実感に基づこうが、その《実感》を生かしたのは、視覚・聴覚の対比という知的な構想なのである。 一陣の涼風のようにさわやかな調べ・姿は比類がなく、「さやかに」の句が下句にも効いて響き、秋の訪れを告げる風の音が、鮮やかに聞き取れる。

次の