結愛ちゃん 手紙。 結愛ちゃんが残した手紙を改めて読みなおす-目黒の女児虐待死事件-

東京・目黒で5歳児が虐待死

結愛ちゃん 手紙

東京都目黒区の船戸結愛ちゃん(5)が虐待を受けて死亡した事件。 食事を与えず暴行を繰り返した継父の雄大容疑者(33)と実母の優里容疑者(25)は「保護責任者遺棄致死」の罪で起訴された。 夫婦の虐待の数々をノンフィクションライターの水谷竹秀氏がルポする。 (以下、より抜粋、引用) *** 東急電鉄田園都市線の駒沢大学駅から東南に徒歩約15分。 瀟洒な高級住宅が並ぶ中、白い木造の2階建てアパートは老朽化が目立ち、ベランダの鉄筋部分はさび付いて赤茶けていた。 5歳の船戸結愛ちゃんが、継父の雄大と実母の優里から虐待され、死亡した部屋(2DK)は2階の中央だ。 ベランダの物干し竿には洗濯ばさみが取り付けられ、エアコンの室外機には、紫色のベビーカーが立て掛けられたまま。 二つのガラス戸は、カーテンで閉め切られていた。 ほぼ寝たきり状態で 6月27日、雄大と優里は、保護責任者遺棄致死罪で東京地裁に起訴された。 起訴状によると、今年1月下旬ごろから、結愛ちゃんに十分な食事を与えず、2月下旬には雄大の暴行により極度に衰弱していたのに、病院へ連れて行くことなく放置していた。 3月2日、肺炎による敗血症で死亡させた。 栄養失調だった結愛ちゃんの体重は、5歳児の平均体重を7キロも下回る12・2キロしかなかった。 病院に搬送された際はおむつをはいた状態で、すでに自力でトイレに行けないほど衰弱していたとみられる。 遺体にはいくつもの痣があり、あばら骨が浮き出ていた。 雄大と優里の間には長男(1歳)が生まれていたため、アパートには当時、4人で一緒に暮らしていた。 しかし、優里と元夫との間に生まれた連れ子の結愛ちゃんだけは、別の部屋で寝かされていた。 雄大と優里は、結愛ちゃんの食事を制限し、朝食はスープ1杯、昼食はコメを茶碗3分の1、夜は茶碗半分程度しか与えていなかった。 結愛ちゃんは毎日、自分で体重を測定し、ノートに書かされていた。 しかし、2月20日を最後に、それも途絶えていた。 結愛ちゃんは同月末ごろから、雄大に顔面を殴られるなどの暴行を受け、その後はほぼ寝たきり状態で、嘔吐を繰り返していた。 死亡する数日前には、雄大から風呂場で冷水のシャワーを浴びせられた。 部屋からは、結愛ちゃんが鉛筆で綴ったノートが見つかっている。 〈もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします〉 まだ小学生に入学する前の結愛ちゃんが自分で目覚まし時計をセットし、毎朝4時に起床。 ひらがなの練習をさせられていた。 部屋には電灯がないため、冬場の暗い中で勉強していたとみられる。 さらにアパートからは、「いきがきれるまでうんどうする」「4じまでにふろをあらう」「はみがきをします」など20項目近い日課が書かれた段ボール片も見つかっている。 6月6日の逮捕時、雄大は警視庁の調べに対し「暴行し、食事を与えず、病院に連れて行かなかったのは間違いない」と容疑を認める供述をした。 対する優里は「自分の立場が危うくなることを恐れ、虐待を容認し、見て見ぬふりをしていた」と証言。 その後、雄大は一転して、黙秘を続けている。 (中略) ネット書店で購入する• 人口3万の街で ある時は「ドン」と響く音、またある時は「どうしてこんなこともできないの!」というヒステリックな母親の声が、その部屋から外部に漏れていた。 「ドンっていう音はするけど、最初は何だか分からなかった。 尻餅をついたのかなと。 たまに、お父さんが説教している低い声も聞こえてきました」 香川県善通寺市。 船戸一家が住んでいたアパートの住人はこう語る。 そのアパートに雄大と優里、結愛ちゃんの3人が住み始めたのは2015年半ば。 3階にある1DKの部屋で、家賃は6万円あまりだった。 善通寺市は香川県北西部に位置し、人口は約3万2600人。 市のシンボルとされる五重の塔が建つ善通寺は、空海誕生の地として知られる真言宗善通寺派の総本山である。 結愛ちゃん虐待の最初の舞台となったアパートは、そんな由緒ある寺の目と鼻の先、徒歩数分の圏内にあった。 (中略) 船戸一家がアパートに住み始めた当初、雄大と結愛ちゃんがボールで仲良く遊ぶ姿が近隣住民に目撃されていた。 ところが、ある時から雄大が結愛ちゃんに「躾」をするようになる。 アパートの住人が証言する。 「結愛ちゃんは、最初は普通の子どもと同じように『えーん、えーん』と大きな声で泣いていた。 ところが、だんだん小さくなり、しくしくっていう、くぐもった泣き声に変わっていきました」 善通寺市を含む県西部を管轄する児童相談所(児相)・西部子ども相談センターによると、雄大は「結愛ちゃんが妻とおばあちゃんに甘やかされて何もできない子になっているから、きちんとしつけたい。 特に礼儀作法、挨拶、お礼。 結愛ちゃんが嘘をつくので、それで怒って叩くことがあった」と説明していた。 虐待の端緒をアパートの住人が確認したのは、16年8月だった。 住人が振り返る。 「結愛ちゃんが顔を水に付ける練習をしている様子が、あの部屋から聞こえてきたのです。 それが『バシャン! バシャン!』という不自然な音だった。 自分から顔をつけているのではなく、母親に無理矢理押さえつけられているような感じでした」 練習は1週間ほど続いた。 「ママ、苦しい。 止めて!」 ある日の夕方、そんな結愛ちゃんの声が聞こえた。 あまりに心配した住人は、スマホでその状況を録音し、児相に通報していた。 その年のクリスマスの晩には、パジャマを着た結愛ちゃんが、アパートの外に放り出されている姿を目撃した。 その寒さの中で裸足だった。 すかさず自宅から持って来た衣類を、結愛ちゃんに着せた。 抱きかかえた住人は自転車の後ろに乗せ、背中をさすり続けた。 「パパに怒られた。 パパ恐い。 家に帰りたくない」 結愛ちゃんは震えながらそう口にした。 友人の協力を得て警察に通報し、パトカーが到着したところで結愛ちゃんを引き渡した。 雄大は部屋の中にいたとみられ、しばらくしてから屋外に飛び出してきた。 携帯電話を手に「いない! いない!」と繰り返し、慌てながら結愛ちゃんを探していたという。 西部子ども相談センターによると、この時、結愛ちゃんは唇から出血し、額にはこぶができていた。 事態を重く見たセンターは結愛ちゃんを一時保護。 翌17年2月に一旦解除したが、3月にアパートの外で再び警察に発見された。 唇から出血していた結愛ちゃんから「パパに叩かれた」と打ち明けられ、2回目の一時保護措置。 4カ月後に解除をしてからは見守り態勢を強化し、家庭訪問や病院への通院を促すなどで結愛ちゃんの状態を注視していた。 以来、一時保護の措置が取られることなく、雄大は17年末、単身で東京に渡る。 会社での勤務は12月20日が最後となり、夜には居酒屋で送別会が開かれた。 回想するのは元上司だ。 「船戸君の働きぶりには期待していたので慰留しました。 ですが、『結愛ちゃんがおとなしすぎて、ご近所の人にも挨拶ができない、このままではダメなので環境を変えたい』と。 この春から結愛ちゃんは小学校に上がる予定でした。 入学手続きも控えていて、転校はさせたくないので今辞める必要があると言っていた」 雄大は17年2月と5月に結愛ちゃんへの傷害容疑で書類送検されていた。 いずれも不起訴で表沙汰にならなかったため、会社側は全く把握していなかった。 「タイムカードを見ると、書類送検の翌日、船戸君は普通に出勤していた。 家庭でそんなことになっているとは、誰も気付きませんでした」(中略) 大自然に囲まれた故郷を離れ、東京に結愛ちゃんと1歳の長男を連れて転居したのは今年1月下旬。 目黒のアパートでは、結愛ちゃんは、近隣住民に目撃されていなかった。 (後略) *** 全文は「新潮45」2018年8月号に掲載。 雄大の仕事ぶりや、事件当日の様子、船戸一家のような「ステップファミリー」が舞台となった他の虐待事件など、8ページにわたり詳しく解説する。 水谷竹秀(みずたに・たけひで) 1975年三重県生まれ。 上智大学卒。 新聞記者等を経てフリーに。 2011年『日本を捨てた男たち』で開高健ノンフィクション賞を受賞。 著書に『だから、居場所が欲しかった。 」など。 あわせて読みたい関連本•

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目黒女児虐待事件

結愛ちゃん 手紙

虐待で命を落とす 子どもを出さないために、 いま声をあげ始めた ひとりの女性がいます。 彼女は 悲痛な手紙を残して亡くなった 5歳の少女の 主治医でした。 (NEWS23 2019年5月14日放送) 先月、 小児科の医師たちを中心に、 児童虐待の問題を考える シンポジウムが開かれました。 タイトルは・・・ 「目黒事件に学ぶ」 去年3月、東京・目黒区で 5歳の船戸結愛ちゃんが 両親の虐待を受けて 死亡した事件。 この日、 強い思いを持って登壇した、 ひとりの小児科医がいました。 木下あゆみさん。 結愛ちゃん一家が 東京に引っ越す前、 まだ香川県にいた時、 一時保護をきっかけに 結愛ちゃんを 定期的に診察してきた 「主治医」です。 事件をめぐって 国の検証報告書は 児相のリスク判断が 不十分だったなどと 指摘しましたが、 木下さんは 自分が抱いていた危機感を 他の関係機関と共有する難しさを 語りました。 ここでは、 育児相談に使う部屋のそばに 子どもが遊べるスペースが 作られていて スタッフが 見守るようにしています。 子どもや親の様子で 気づいたことを 病院の職員なら誰でも 記入できる「気になるシート」。 病院全体で、 子どもや親を見守ることを 呼びかけています。 木下さんは 虐待を防ぐ体制作りに 20年近く関わり、 警察や児相、市町村などと 顔が見える連携も 進めてきました。 なぜ関係機関に 伝わらなかったのか? 木下さんは 「アザがある」 という言葉ひとつでも 関係機関によって 実は受け止め方が違うと 感じるようになったと言います。 あざの位置や不自然さが 虐待の危険度を推し量る上で 重要な目印になるのです。 木下さんは 事件をきっかけに立ち上がった 児童虐待問題の 与野党勉強会に招かれ、 結愛ちゃんの 主治医であることを 初めて公にしました。 そして、 児相などに医師を配置し、 子どもを直接診察した 医師の危機感が 確実に共有される仕組みや 全国どこに引っ越しても、 変わらずに 親子を支える体制の 必要性を訴えました。 国会で審議が始まった 児童福祉法改正案では 児童相談所への 医師と保健師の配置も 義務づけられています。 結愛ちゃん事件から1年3か月。 大きな一歩を踏み出すために 木下さんは 声を上げ続けようと 考えています。 【雨宮キャスター】 木下さんが 取り組んでいる活動として 「チャイルド・デス・レビュー」 というのがあります。 アメリカで40年ほど前に始まり 子どもの死亡事例を 幅広く検証することで 再発防止につなげるという 取り組みなんですね。 【駒田キャスター】 虐待のニュースを取材したときに 自治体・児童相談所・学校の連携に 問題があると感じたのですが、 それにプラスして、 医師の存在もとても大切なんですね。 【星キャスター】 お医者さんも含めて虐待を防ぐ いまの体制でできることも多いですが、 もう一方で、 児童相談所の人員を増やすなど 国や自治体が人とお金を 投入しないといけない分野が まだまだある。 今度の児童福祉法改正は ほんのひとつのステップに過ぎないので、 たくさん残されている 課題に取り組むのが大人の責任だと思いますね。

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船戸雄大・優里の顔画像特定!結愛ちゃんの泣ける手記全文と事件の概要!

結愛ちゃん 手紙

東京都目黒区で、痛ましい虐待事件が起こった。 5歳になる結愛ちゃんが、義父の暴力やネグレクトによって死亡した。 この事件は、僕がここで説明しなくても、皆が知っていることだろう。 先週は、もうこの事件のことばかりが繰り返し報じられた。 この事件が世間で注目されるきっかけとなったのが、彼女が残したと思われる「文章」だった。 彼女の「文章」を何度も何度も読んで、この記事を書くことを決めた。 色んな人がこの事件について色々と言っている。 僕の意見をここで記しておきたい。 (「常識的」にしか物事が考えらない人は、以下読まないでくださいね) まず、結愛ちゃんの残した「言葉」を再読したい。 ママ もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして きのうまでぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる もうぜったいぜったい やらないからね ぜったい やくそくします この結愛ちゃんの言葉をどう読めばよいか。 そして、この言葉から、今後の虐待対策をどう考えればよいのか。 また、このような悲しい事件を二度と繰り返さないためにどうすればよいのか。 このことについて、幾つか論点を絞って、考えたい。 既に明らかになっているが、結愛ちゃんの母親の優里さんは雄大氏と「再婚」している。 なので、結愛ちゃんは「再婚家庭の子ども」ということになる。 更に、優里さんと雄大氏の間に子どもがいるので、「パッチワークファミリー」と言っていいと思う。 まだ日本ではあまり知られていないが、ドイツではかなり認知されている「新しい家族の形態」である。 日本では、「ステップファミリー(義理家族)」とも言う。 メディアではほぼこの言葉は使われていないが、パッチワークファミリーを生きるためには、知っておかなければならないことがたくさんある。 その一つが、「新しいお父さん(雄大氏)」と「前のお父さんの子ども(結愛ちゃん)」の関係構築の難しさだ。 母親や新しいお父さんがどう思おうと、どう言おうと、子どもにとっては、「前のお父さん」が「本当のお父さん」だ。 だから、「新しいお父さん」は、子にとっては「エイリアン」なのだ。 (*シュトロバッハさんの『離婚家庭の子どもの援助』より) 雄大氏は、「言うことを聞かなかったので、4,5日前に顔面を殴った」と言っているという。 それ自体、絶対に認められることではないが、僕らは「なぜ言うことを聞かなかったのか」について、真面目に考える必要がある。 日本では、パッチワークファミリーの情報が極めて少ない。 少ないだけじゃなくて、話題にならない。 僕も、シュトロバッハさんの本の翻訳をしたり、パッチワークファミリーの論文も書いたりしているけど、全くレスポンスはない。 「赤ちゃんポスト」や「匿名出産」については色々と尋ねられたり、取材を受けたりしているけど、それよりも前からやっているこの研究には、全く関心をもたれない。 離婚することが当たり前になり、母子家庭の貧困の問題が取り上げられ、それを抜け出すために、「再婚」する女性や男性が増えている。 「再婚」まではスムーズにできても、「連れ子」がいる場合、新しいお父さん(お母さん)と連れ子のいるお父さん(お母さん)は、どちらも、パッチワークファミリーについて学ばなければならない。 でも、そういう話に全くなっていない。 また、一方だけに連れ子がいる場合のその親(優里さん)の心理的プレッシャーについても考えなければいけない。 優里さんは、逮捕後に「自分の立場が危うくなると思った」と述べている。 それは「DV」かもしれないし、また「経済的立場」だったかもしれない。 虐待死については、僕もこれまで色々と書いてきたし、論じてもきた。 虐待死の中には、「緊急下(in need)」の場合と、そうでない場合(慢性的に持続的に行われる場合)がある。 結愛ちゃんの場合は、前者ではなく、後者である。 虐待を示すMaltreatment(Misshandlung)の意味は、「不適切な子育て」「不適切な子どもへの関わり」「不適切な養育」である。 今回の事件は、まさにmal=「悪い」「悪質な」「悪性の」トリートメント(子の扱い)だった。 ゆえに、今回の事件は、赤ちゃんポストや内密出産では救えない事件だったと言える。 親自身が「緊急性」を認識していなければ、どうにもならない。 恐らく、雄大氏も実の母の優里さんも、「子どもを捨てたい」「子育てを放棄したい」とは思わなかっただろうし、思ったとしても、手放すことはしなかっただろう。 虐待問題や、虐待後の措置の問題、すなわち親権をめぐる問題では、「虐待を繰り返すのに、親権は絶対に放棄しない親」の問題が潜んでいる。 乳児院や児童養護施設に入所している子どもの「養子縁組」がなかなか進まないのは、親が親権を放棄しない(できない)からだというのは、この業界では「自明」の話。 だから、赤ちゃんポストや匿名出産といった「匿名支援」とは異なるアプローチが必要になる。 ただ、だからといって、児童相談所の権限を強めるとか、親権制限をもっと強めるとか、そういうアプローチでこの問題が解決するとは必ずしも言えない。 そのことを警告するYouTubeもあった。 () どういう支援があったら、この家族全体を救えることができたのか。 今のところ、それを提示する記事やコメントは見当たらない。 今回の事件がメディアやSNSで話題になって、また、上に挙げた結愛ちゃんの手紙を読んで、強い怒りを感じた。 でも、それは雄大氏や優里さんに対してというよりはむしろ、それを「傍観する人々」に対して、だ。 その中には、テレビの中で、結愛ちゃんの手紙を涙ながらに読み上げるアナウンサーやそれに共感するコメンテーターも含まれる。 僕は、「教育」や「子育て」について研究している人間だ。 しかも、そのベースには、ヨーロッパの教育学や子育てがあって、日本の教育や子育てを批判的に見ている。 結愛ちゃんのこの手紙、「虐待で殺された結愛ちゃんが書いた手紙」というフィルターを外して読んでもらいたい。 「虐待されていないけど、厳しい家庭で育つ子どもの手紙」と思って読んでもらいたい。 どうだろうか。 それほど驚くほどの文章ではないのではないだろうか。 いや、文章を書いたという点で凄いが、5歳の女の子なら、かなりの文章は書ける。 今の子たちは、相当の「教育」を受けているから、5歳の女の子なら相当書くことができる(子もいる)。 これを、本人が書いたのか、それとも親に書かされたのかという議論もあるが、そこは問題ではない(言葉はそれ自体、親や教師や保育士から教わるものだから)。 そうではなく、この文章に書かれていること全部が、日本の子どもにとっては、実はとても当たり前に言っていること=言わされていることなのではないか。 「もうパパとママにいわれなくても しっかりじぶんから きょうよりか あしたはもっともっと できるようにするから」は、それこそ、虐待を受けているかどうかは問わずに、言わされている言葉ではないか? 「言われなくてもしなさい!」「なんども同じことを言わせないで!」「なんでこんなことできないの?」「どうしてできないの?」…、日本の親は、とにかくこういう言葉を日常的に「吐く」。 多くの親が「なんでできないの!!」と子に向かって叫んでいないか? 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」という言葉も、厳しい家庭の子どもは、みんな言っている言葉ではないか? 「ゆるしてください」、その言葉を言う子どもを何人見てきただろう。 「ごめんなさい」「ゆるしてください」、そうやって大人に「謝罪」する子どもがどれほどいることか。 僕の学生の中にも、「すみませんでした」「ごめんなさい」とすぐに言う子がいるが、話を聴くと、厳しく躾(というマルトリートメント)を受けて育ってきたことがすぐに分かる。 「きのうまでぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします」というのも、普段、日本の親が言いがちなことを見事に示している。 「あんたはぜんぜんできない!」「ぜんぜんダメ!」「できないことはすぐに直しなさい!」、父母に限らず、日本の親がすぐに子に言ってしまうことそのものではないか。 (僕的には、子どもには一回たりとも、「ぜんぜんできない」と子どもに言うべきではないし、なおすことも一つもない、と考えている。 ルソー派なので…)。 「これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめる」という言葉を読んだ僕は、失神しそうになった。 この一文は、まさに「日本の教育そのもの」ではないか!、と。 僕は「子どもの仕事はただ遊ぶこと」だと思っているが、日本の親たちは、「遊んでないで!」「遊んでばかりいないで!」「遊ぶんじゃない!」「遊んでいる子はバカだ」、と普段から言いがちではないか? 遊ばせないで、塾に行かせたり、遊ばせないで、スマホやTVやDVDを見せるだけだったりとか。 「どんだけあほみたいにあそんだか」とあるが、もしかしたら、離婚前のことを言っているのかもしれない。 再婚前は自由に遊べていたのかもしれない。 (彼女の名前は「結愛」=「愛を結ぶ」「結ばれた愛」だ。 生まれた時、すなわち5年前は、親からそういう思いをもたれていた、ということだ。 少なくとも、生まれた瞬間、名づけられた瞬間は、母親に愛されていた。 そこを僕らはもっと重く受け止めなければならない。 優里さんの状況を改善することができたら、最悪な事態は防げていたかもしれない。 また、恐らく再婚直前直後は、義父もそれほど酷くはなかったと予想される。 もし再婚前にそういう男だと分かっていたら、再婚はしなかっただろうから。 つまり、義父も再婚後に「変わった」、「変貌した」と。 ) 最後の「ぜったい やくそくします」というのも、躾の厳しい家庭で育つ子の「常とう句」ではないか? 「いい、約束だぞ」「約束やぶるなよ」「約束をやぶったら、…」、日本の親が言いがちなフレーズそのものではないか。 以上、全文を見てきた。 この文章から、僕らは学ばなければいけない。 認識しなければならない。 結愛ちゃんのように育てられている子どもは、まだまだたくさんたくさんいる、ということを。 というか、日本人の子育て観そのものではないか!、と。 だから、今回のこの事件の報道やコメントをみて、怒りが強烈にこみ上げてきた。 「なんで、そんなに他人事のように言うんだよ!?」、と。 親だけじゃない。 保育士や教師も、この結愛ちゃんの言葉を、自分への言葉だと捉えなければいけない。 それを意識していない人が最も問題だ。 「結愛ちゃん、かわいそう」と言いながら、自分の子どもに(自分の園児たちに)同じようなことをやっていないか?、言っていないか?と。 子どもは、親に謝る必要なんてないの。 子どもは、何度も何度も同じ間違いをして、それでようやく自分でやめるようになるの。 遊べばいいの。 遊ぶことが子どもの最大の仕事なの(それが分からない人はホイジンガの「ホモ・ルーデンス」を読んで!)。 できないことなんていいの。 できなくていいの。 できる必要もないの。 できないことを詫びなくていいの。 だいたい、大人だって、何にもできないじゃないか。 偉そうに言っている大人のあなた、何ができるの? 何かすごいことができるの? 自分が大したことないのに、子どもに(子どもにとって)大したことを求めないでほしいの。 子どもは、ただ存在しているだけで、すごいパワーをもっているの(それが分からない人は、世阿弥の「風姿花伝」を読んで!)。 ここまで読んでくれた人は、もう、雄大氏や優里さんをただ「悪人」として叩くことはしないと思う。 叩くべきは、この日本で渦巻く歪んだ子育て観の方だ。 子どもは親や保育士の「所有物」ではないのだから。 マルトリートメントという観点で見れば、日本の子どもはほとんどが虐待を受けているのだ。 (やや誇張して言っています…) 結愛ちゃんの命を無駄にしないためにも、またこういう事件を二度と繰り返さないためにも、僕らはもっと熟考しなければならない。 ミクロレベルで「どう対応するか」だけではダメで、もっと大きな問題としてこの事件を捉えなければならない。 さもなくば、また同じように、親の行き過ぎたトリートメントによって、子の命が奪われるだけだろう。 僕らはもっと子育てについて学ばなければならない。 そして、 伝えていかなければいけない。 子どもを作る行為は「快楽」であるが、子どもを育てる行為は「知的(理性的)」である。 また、子どもを作る行為は、私事であり、極めてプライベートな営みであるが、子どもを育てる行為は、社会的であり、公共的(public)であり、連帯的であり、共同的である。 … 【補足1】( ) この結愛ちゃんの事件と同じ時期に起こった「新幹線殺人事件」の小島一郎氏(22)もまた、父親(52)に、マルトリートメントを受けていたと想定される。 週刊文春(6月21日号)に、彼の父親のインタビューが掲載されていた。 彼は、新幹線内で「なた」で殺人行為を働いた一郎氏に対して、とても厳しい教育(という名の虐待)を行っていたと思われる。 そんな父と子を知る人がこう語っていた、という。 「 父親は『男は子供を谷底に突き落として育てるもんだ』という教育方針で息子に厳しかった。 共働きのS家(Sは実父のこと)では同居している(父方の)祖母が食事の用意をしていたようですが、『姉のご飯は作ったるけど、一郎のは作らん』とよく言っていた。 実質的に育児放棄されていた。 一郎君と家族の会話はだんだんと少なくなっていったようです」 この記事を読む限り、一郎氏の親と結愛ちゃんの親は、似たような行為をしていたように思う(もちろん「程度」は異なるが…)。 結愛ちゃんの父親(と母親)を責める人は、考えてほしい。 もし結愛ちゃんが「男の子」で、もし彼女が今回殺されないで育っていたら、どんな22歳になっていたか、を。 逆も考えてほしい。 もし小島一郎氏の親が、結愛ちゃんの父親の雄大氏だったとしたら… 「善」と「悪」が反転するのではないだろうか。 【補足2】 上で紹介したシュトロバッハさんの『離婚家庭の子どもの援助』、Amazonでまだ購入できます!是非! ! ちなみに、出版社の「在庫」はもうありません。 再版の見込みもありません。 再婚家庭・パッチワークファミリーの子どもを支える上で重要な視点がいっぱい提示されています! ! Unknownさん コメントありがとうございます。 死因については既に公表されているとおりだと思いますし、それはとうぜん踏まえた上での記事です。 だから、この記事でも、冒頭で「「常識的」にしか物事が考えらない人は、以下読まないでください」と注記いたしました。 雄大氏を悪人として叩いても、次の犠牲者を止めることにはなりません。 そうではなく、こういう事件がどうして起こるのか、その根っこは何か、その一つの見解を申したまでです。 慢性的なマルトリートメントに苦しみながらも、誰にも気づかれないで育っている子どももまだまだたくさんいます。 そのあたりは、自分が子育てしているからどうこうという話では全くありません。 (それに僕が子育てしているかどうかも関係ありません。 僕に何人も子どもがいたらどうしますか?) それに、当事者であればあるほど、自分が当事者であることを意識して、表に出さない努力をするのが「プロ」だと思います。 今回の事件に関して言えば、だれも経験できないような話だと思います。 雄大氏の過去も出てきていますが、彼もまた色々な意味で「当事者」だったとも思います。 以上、Unknownさんへの僕のご返答となります。 いずれにしても、貴重なコメントありがとうございました。 こんなマイナーで幸の薄いブログにまで目を通していただき、感謝しています。 Unknownさん(二つ目のコメント) 上に書いたコメントと重なりますが、「人の親になって日々子供と向きあ」ったとしても、今回の事件については、語れないと思います。 しかも、今回のこの事件は中身的にもとても複雑で、感情的にどうこう言えるものでもありません。 それに、この記事が「実体験」に裏打ちされていないかどうかは、分かりませんよ。 僕ももしかしたら、雄大氏みたいな考え方をもっている人間になっていたかもしれないですし…。 もし僕の見解が的外れだと言うのであれば、そこを具体的に反証していただけたら幸いです。 間違っていれば、その部分については是非再検討させて頂きたいと思います。 こんな末裔のブログにまでお目を通してくださり、ありがとうございました。 初めましてですが、コメントをさせて頂きたいと思います。 簡単ですが、自己紹介を。 私は36歳の父親で3歳男の子と、5歳の男の子がいます。 普段はラーメン中心でブログを頻繁に拝見させて頂いていましたが、今回の記事を読ませて頂き、色々と考える事がありました。 率直な感想としては、考える部分や共感するところが多々ありました。 今もリアルタイムで長男が嫁に謝らされてました… 躾は勿論必要だと思いますが、躾の方法であったり接し方なのかと。 日本だけなのかは分かりませんが、確かに知り得る限りでは大人優位みたいな習慣は私も感じます。 私自身が人様に胸を張れる大人と思っていないですし、大人が子供よりも立派な立場とも思いません。 子供に教えられる事も山程あります。 keiさんの綴った内容はあくまで1つの考えであって、理解に苦しむ方もいらっしゃるのも分かりますが、内容に対して配慮されている事は十分に伝わりました。 それに対して頭ごなしに否定するのはどうなのかな?と感じたのでコメントさせて頂いたのですが、子供が居るとか居ないとかじゃなくて、むしろ子供がいるからこそ自分に無い考えを取り込もうとする努力が親であるからこそ必要なのじゃないかと思います。 国は中々変わらないと思うので、先ずは身近にいる親達がコツコツ努力して国を動かす力をつけられたら良いなと思います。 Keiさん初めまして。また初めて書込みさせて頂きます。 Keiさんのブログで、今回の記事を拝見し、色々と考えさせられ、また、すーっと落ちるものを感じました。 特に 子どもを育てる行為は、社会的であり、公共的(public)であり、連帯的であり、共同的である。 という一文。 大人に何が出来るのだろう。 Dr. Keiさんに共感します。 久しぶりこのブログ見ました。 私への貴方の反論を見ました。 結婚もしてないし子供もいないでしょうが貴方は 笑 そんなん、机上の空論ですよ 笑 空論で理想論だからね 軽いんですよね やったこと無いからね あー、ちなみに貴方が未婚で子供もいないなんて事はすぐに解りますよ 結婚して子育てに一所懸命にしてる人間は Twitterに独り言を言いませんからね 笑 聞いてくれる嫁がいるから 笑 だし ラーメン食べ歩きもしないよ 愛しい自分の子供が家で待ってるから 笑 以上です。 こんばんは、古い記事に突然コメントさせてもらいます。 確かに、子育てしている世代には耳の痛い持論かなと思います。 海外のように人様の前では自分の子を自慢したりだとかできないので…親バカだとか甘やかしになるのでは、とか。 さじ加減が難しく私も日々思い悩みながら子育てしています。 命の危険に伴うルール、例えば交通ルールだとかはめちゃくちゃ厳しくしていますがそれでもなかなかヒヤッとすることはなくなりません。 子供の仕事は食べる寝る遊ぶこと、と私も子供に言っていますが、生活のルールも守らないと家庭を回せません。 ご飯の時間、お風呂、歯磨き、薬を飲ませたり、髪を乾かして、明日の洋服や持ち物を準備して、早寝早起き、子供を育てるためにやることもたくさんあって、そのなかで遊んでばっかりいないでおもちゃ片付けて!とか早く食べなさい!とか、寝ないで遊んでばっかりだとお化けが来るよとか脅したり怒ったりするのは本当に大変なことです。 もちろんなるべく怒らず優しい親でいたいのですが、忙殺されていつの間にか鬼ババになるのです。 そんなとき、パートナーや友達が愚痴を聞いてくれたり、地域の子育て支援センターの先生でもいい、話を聞いてくれるだけでもきっと鬼から優しい親に戻れると思います。 孤立化は本当にしんどいです。 赤の他人でも道を譲ってくれたとか、本当にささいな優しさでも心は暖かくなると思います。 虐待の連鎖も、日本の子育て観が変わらないことと同じようにあると思います。 死ななかったサバイバーたちは子育てのときに苦労します。 もらえなかった優しさを与えることの難しさ…自分には許されなかった子供に対する優しさや愛を与えていく立場になるのです。 そこを乗り越えるために必要なのは自分を認めることからかもしれません。 私も厳しい家庭で育ったので… 大人になって立派になれたと思ったのに日々子育てを通して、まだまだだったとまた鍛えられています。 立派な親とゆうのはどういったものか…指針がないなか手探りで、きっとそんな人は多いでしょう。 うまく伝えられませんが、あなたのように問題と向き合って考えてくれる人がいることが嬉しいです。 疲れた親がいたら共感してくれたり優しくしてあげることで世の中うまく回るんじゃないかな…とか思ったんですけどどうでしょうか。

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